第27話 人間と月姫 後編
月の塔の最上階。
二つの影が舞うようにぶつかり合っていた。
刀と剣が戟を飛ばす音は、まるで音楽のようだった。
調流・連剣術―― 舞姫とも呼ばれた月姫サクヤの剣術は、反撃を許さない連撃が特徴である。
剣を振り切った勢いを殺さず、それを活かし、次の一太刀につなげていく。
そのすべての剣戟を受けきることは難しく、相手が攻めに転じることは叶わない。
一太刀のすべてが必殺の瞬間に、決殺を狙って放たれる剣の舞。
彼の剣姫とともに舞うことができる者など、これまではいなかった。
今この瞬間の、ただ一人の人間を除いて。
そして今、月の塔で舞うもうひとつの影は、月姫の猛攻を受けきり、彼自身も舞うように更に加速していく。
しかし少しずつ、一太刀ごとに人間の身体には傷が増えていき、そのスピードも落ちていく。
やっぱりルナは凄いな。
教えてもらっていた剣。その振り方の一つ一つ。
その完成形が目の前で踊っている。
理解し切れていなかった足の運び方、腕の振り方、体重の乗せ方。
それらがすべて完璧で、とても綺麗だ。
まるでダンスのような動きに、こんな時にも思わず魅惚れてしまう。
必死についていこうとするけど、少しずつ実力の差が出てきているのが分かる。
呪いをかけているせいで、本調子じゃないなんて信じられない。
「すごいね。ここまでついてこれるようになるなんて、最初は夢にも想わなかったよ」
それでも私には敵わない。
そう含ませるように、剣を振る月姫は悲しい笑みを浮かべた。
「残念だよ。ごめんね」
月姫は少し距離をとるように後ろに飛び、その大太刀をゆっくりと振るいながら構えをとった。
「――月火美刃」
月姫が刃に囁くように唱えると、刀は妖しげに青白い光を帯びた。
そして同時に荊の影が、彼女を蝕むように現れる。
荊の影響だろうか、月姫はほんの少しだけ苦しそうに表情を歪ませ、唇を噛んだ。
「………っ、 最期に必殺技を見せてあげる」
――この瞬間を待っていた。
月姫は右左足に大きく体重を乗せ、次の必殺の一撃のために、大きな溜めを作る。
その様子を見た人間の瞳が赤く光った。
「――魔眼解放…第三寵姫・石姫ディア!【石化の魔眼】」
人間の瞳がさらに強く、赤く光ったとき、視界に捉えていた月姫の身体が石化し始める。
「これは!?ディア様の瞳術!?」
しかし魔力が足りていないためか、月姫が石化しきることはない。
すぐに崩れた体制を立て直し、魔力を練って石化にレジストする。
それでも、呪いで弱った月姫に一瞬の隙を作るには十分だった。
赤く染まった瞳のチカラをさらに強めた人間は、あえて剣を鞘に収め、抜剣術の構えをとる。
「――魔眼解放…」
人間の瞳から血が流れる。
使って良いはずのないチカラを使っていることは明らかであった。
「その構え、ノアの……」
月姫は石化にレジストしながら、人間の剣を収める構えに、記憶の中の妖魔の騎士ノアを重ねる。
そして警戒し、回避のために大きく距離をとった。
「――狼王ノア!【狩猟の魔眼】!」
次に発動された魔眼は、相手に影響を及ぼすものではない。
“相手を自分の視界に捉え続ける”というだけのものであった。
しかしどれだけ素早い相手であろうと、その瞳から逃れることはできない。
そして人間は、その魔眼を前提にした剣技に集中する。
鞘の中に収めた剣が、込められた魔力を纏い、光を放ち始めた。
抜剣術。
それは、かつて古の物語の中に存在した草原の国を守護し、狼王と呼ばれた最強の剣士が得意とした剣術。
鞘に収めた剣に魔力を込め、次の一刀を極限に加速させる。
光を置き去りにする速さの抜剣が実現される。
通常ではコントロールできない速さの剣。
それを彼の魔眼による相手への絶対の捕捉によって可能にする。
通常、抜剣術ではあり得ない、抜剣からの最速の"突き"の一撃。
呪いの触媒となっていない、万全の状態の月姫であっても受けきれたか分からない一撃。
月の塔。
月明かりの畔。
一筋の光が、月の姫に向かってまっすぐに流れていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
胸の真ん中に突き立てた剣が震えている。
いや、剣を持つオレの手が震えているんだ。
「ルナ……」
「情けない顔しないの。まあ、キミはいっつも情けない顔してるけど」
月姫サクヤは血を吐きながらクスクスと笑う。
いつも情けない顔だなんて、まったくひどいことを言う。
いつもはもっと凜々しい顔しているはずだ。
……でも今は仕方ないだろ。
こんな時にどんな顔をしろっていうんだ。
「ごめんね。嫌な役回りをさせちゃって。でもこうしなきゃ……私のかけた呪いで…カルミラ様が…みんなが……」
月姫サクヤは、口から溢れてくる血に溺れないように、必死に最期の言葉を吐き出している。
自分の目から流れた赤い涙が彼女の頬に落ちた。
「ありがとう。あなたのおかげでやっと安心して眠れる。心残りは……ちょっとだけあるんだけどね…」
いつものように悪戯っぽく笑う彼女は、やっぱりとても寂しそうだった。
「あーあ、もっと早く迎えに来てくれるの、待ってたんだけどなぁ」
彼女が誰を待っていたのか、怖くて聞けない。
だってオレは、きっと彼女を。
頭上に、青く輝いている月。
宝石のようなその月を瞳に映しながら、月の姫はそっと目を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
月明かりの陰から、裸足で駆け寄ってくる小さな足音が響く。
月姫を抱きながら震える人間に、小さな女の子が服の裾を握りしめながら駆け寄り、その涙声を絞り出す。
「サ゛ク゛ヤ゛ちゃん゛死んじゃったの?」
ミリが目の縁に必死で涙を堪えながら聞いてくる。
「いいや、少し眠っただけさ」
これは強がりじゃない。
痛みを堪え、目から流れている血を拭った。
嫌だな。
こんなタイミングで自分の気持ちに気がついてしまった気がする。
ルナはきっとみんなに愛されていて、みんなのことを愛していて。
いつも明るくて、笑顔に溢れて、まっすぐで。
本当の姿がこんなに綺麗だなんて。
ずるいよな。
大切にしていた人たちを裏切らなければいけないくらい、追い込まれるような、オレの知らない出来事があって。
でも結局、話してはもらえなくて。
やっぱり、このままお別れにはできない。
「さぁミリ。"作戦"の時間だ。チカラを貸してくれ。ここからラウンドツーだ」
「う゛んっ!!」
ミリは鼻を啜ると、大きく頷いてくれた。




