第24話 人間と荊の城 -兵士達の場合-
月の妖精は泣いていた。
愛した者を奪われ。大切な者を呪い。大事な者を遠ざけた。
その身が呪いを焦がしても、なにも返ってはこなかった。
呪いの荊が囁くように、その棘を深く突き刺す。
『なぜ泣くのだ月の姫よ。 愛する者を守りたいのだろう? ならば簡単なことではないか。
妖魔の王を呪っておくれ。 死の呪いのかけておくれ。 いいかい? お前か妖王、どちらかが死ぬまで、呪いを解いてはいけないよ。 お前が約束を守ってくれるなら、お前の愛した男を救ってやるよ』
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ハーラルとの決闘、いや殴り合い、いや一方的なリンチの傷が癒え、最後の呪いを解きにいく前に身体を慣らしておこうとジョセフ老人の邸宅を出たときだった。
玄関の扉を開けた先、そこに立っていたのは、いつかオレを殺しかけた妖魔刑吏団【紅裳騎士団】の団長ジャネットだった。
まるで赤ワインのような赤黒い長い髪を二つに分けて縛り、腕を組んで仁王立ちをして、玄関の扉を開けたオレを睨んでいる。
「アンタのことは認めていない。 でもアンタが何も知らないんじゃないってことはわかった。 だから……いいからちょっと顔を貸しなさい」
嫌な予感しかしなかった。
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夜の国。 荊の城。
棘の街から見て、城の裏手側に兵士達の修練場がある。
そこに城の兵士たちが集まり、これから始まることを見届けようとざわめき立っていた。
「カルミラ様の呪いを解くのに、今のままでじゃアンタは弱すぎるわ」
ジャネットは相変わらず眉間に皺を寄せ、腕を組みながら言った。
「私が直々に稽古をつけてあげるから、どこからでもかかってきなさい」
ハーラルとのやりとりを見て、なにか感じてくれたのだろうか。
こちらに対しての態度が軟化したのは喜ばしいのだが、ジャネットには一度殺されかけている。
稽古と称して不幸な事故が起きないか心配だ。
どうしたものかと立ち尽くしていると、痺れを切らしたジャネットが魔力を練り始めた。
「こないの? じゃあ私から行くわよ。 言っておくけど、死んでも恨まないでね」
ほら言わんこっちゃない。
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【宮廷鍛冶師センジ】
あの人間は異常だ。なにかが明らかにおかしい。
それが最初の印象だった。
ノアがカルミラ様の呪いを解くために呼び出したという人間。
最初は何をさせても駄目そうだという印象しかなく、期待などしようにもできなかった。
それがある日、折れてしまった剣を持ってきて、稽古をつけ始めると、一太刀ごとに様子が変わっていった。
最初はほんの小さな違和感だった。
だがそれは次第に確認に変わる。
どこで知ったというのか、"あの方"と同じ剣の振り方を日ごとに身につけていく。
それだけじゃない。会うごとに帯びている魔力が増えていく。
異常なスピードで剣技を習得していく。
魔術を覚えていく。
才能ある妖魔でさえ、ここまでの速度で成長したりはしないだろう。
“ロール”によってセカイの理に干渉されているというだけでは、納得できる領域を明らかに超えている。
そして今はジャネットが稽古をつけている。
確かにジャネットはじゃじゃ馬娘であるが、あれでいて面倒見は良い。
いくら気に入らないからと言って、怪我をさせたりはしない……と思いたいが心配で見に来てしまった。
それがどうだ。
実際に見てみれば、あのジャネットの拳撃を捌ききっているではないか。
もちろんジャネット本人も本気ではない。
しかし加減したジャネットの拳に、あの人間は合わせきっている。
ジャネットもそれに気付いているのだろう。
相手の力量に合わせて少しずつ技の威力と速さを上げ続けている。
ジャネット自身は天才型ではない。
尋常ではない修練と研鑽を積み上げて今の【紅裳騎士団】の団長という地位へ辿り着いている。
だからこそ、理屈でこの異常に既に気がついているだろう。
あの人間が余裕を持って、攻撃に対応していっていることに。
ジャネットは昔から素直でまっすぐな娘だ。
思った以上に実力を伸ばしている人間に、もうすぐ苛立ってくるところだろう。
――……そろそろ止めに入ってやるか。
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夜の国。荊の城。兵士の修練場。
妖魔の4人いる騎士団長の一人であるジャネットと、別の世界から呼び出された人間が手合わせをしている。
あまり見ることのできない光景に、城の兵士達の野次馬が増え、周囲がすこしずつ騒がしくなってくる。
とくに騒がしいのは【蒼靴戦士団】に所属する妖魔の戦士達。
ハーラルという妖魔が取りまとめる戦士団の輩だった。
「おぉ、あの人間の兄ちゃん、やっぱりなかなかやるじゃねえか」
「お前はどっちに賭ける?」
「いや流石にジャネット様が負けることはないだろ」
「いや、この前ハーラル様に大見得切ってたからな。案外やると見たぞあの兄ちゃん」
「おい、誰か酒を持ってこい!」
耳の奥で野次馬の声が聞こえる。
この前、海賊船の中でハーラルと一緒にいた妖魔たちが騒がしい。
でもそんなことがどうでもよくなってくる。
目の前にいる妖魔、ジャネット。
稽古をつけてくれるということだったが、手を合わせてみて再度その凄さに驚嘆する。
コチラの力量を正確に見切り、ギリギリ躱せる攻撃をし、ギリギリ受け流せる技を繰り出してくる。
そして敢えて隙を作ってくれる。
まるでここで、このタイミングで打ち込んで来いと言わんばかりの隙を絶妙に作る。
もちろん、それに合わせることができても、こちらの攻撃は躱され、受け流されるのだが。
最近、とくに剣を振るのが楽しいと感じていた。
それを今、さらに強く感じている。
きっとジャネットは騎士団長というだけあって、稽古をつけるのが上手いのだろう。
自分の実力が引き延ばされていくのがわかる。
目を閉じれない。
いや閉じる必要がないほど、瞬く時間を永遠に感じるほど、集中できている。
剣が軽い。
まるで指先を曲げるように剣を操れる。
もっと集中できれば、きっとこの剣が届く――――…
次のジャネットの攻撃が見え、そこから予測する未来のジャネットの姿にカウンターを合わせるよう剣を置いた。
「そこまでだ」
気がつくと、ジャネットの拳とオレの剣は、センジの剣に止められていた。
止められた瞬間にハッと我に返り、狭くなっていた視野が広がっていく。
ふと目の前を見ると、ジャネットの頬が薄く切れ、紅色の血がほんの一滴流れていた。
「危うく死ぬところだったな」
ため息をつくように笑って見せたセンジ。
センジは二本の剣を両手に持っていた。
片方はオレの剣を止め、もう片方はジャネットの爪を止めている。
止められたジャネットの爪はオレの心臓間近に迫っている。
「ふん。命拾いしたわね」
あっぶねぇ。
気がつかないうちに心臓を抜き取られるところだった。
きっとジャネットの親父さんは、もっと綺麗に心臓を抜き取るんだろうな………なんて冗談言っている場合じゃない。
「今日はここまでにしておいてあげるわ。 次までにもっと精進しなさい」
次もあるんですね……
吐き捨てるように言い、消えていくジャネット。
彼女なりの激励なのだろうか。
………いや、本気で殺そうとしている気もする。
「騎士団長の一人をあそこまで相手取れるのだ。合格点だろう」
ジャネットの鞭のあとにセンジの飴が心に染みる。
「どれ、次は俺が相手をしてやろう。その次の相手も選びたい放題だぞ?」
前言撤回。
飴どころかデスソースだった。
特訓はまだまだと言わんばかりに、ニヤリと笑うセンジ。
次の相手は俺だと言わんばかりの外野にいた妖魔の戦士達。
この日、オレはボロ雑巾のようになるまでしごかれた。




