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呪いの姫君が振り向かない  作者: 蛙酒夏海
第一章 夜の国編

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第23話 人間と蒼牙王

 どうしてこうなった。


 目の前にいる妖魔は、2mはあるだろう身長に、戦士として戦いに必要な筋肉を携えた身体を持っている。

 さらに毛皮の鎧と、肌の露出がある場所にはおびたただしい傷、なにかを称えているだろう無数の入れ墨。

 威厳を示す髭。

 青く光る二つの犬歯。

 歴戦の猛者といえるその妖魔の戦士が、屈強な仲間たちとともにオレを取り囲んでいた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ことの始まりは、荊の城にある塔のひとつに空飛ぶ船が降りてきたことだった。

 気球や、飛行船といった形ではなく、本当に空を飛ぶ帆船として城に着けられたその船は、一言で言えばまるで海賊船だった。


 その空飛ぶ海賊船は遠目に見てもかなりの大きさで、船乗りが歌うような猛々しい歌が小さく聞こえてきていた。


 

 妖魔の国に存在する騎士団。

 それは4つに別れている。

 

 この世界にオレを呼び出した妖魔の騎士ノアが率いる妖王の親衛部隊。

 以前にあった城の地下で研究をしているアンディが率いる魔術師の部隊。

 オレのことを嫌っているジャネットが率いる法官の部隊。


 そして空飛ぶ海賊船に乗って、この国へ帰ってきたのが最後のひとつ。

 妖魔の戦士の部隊だった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「悪いな。こっちから出向いてやりゃあいいところ、態々ツラ貸してもらって」


 話は冒頭に戻る。

 

 妖魔の戦士部隊、それをまとめているのが今オレの目の前にいるハーラルという妖魔だ。


 ドスの効いた低い声。

 バッキバキの筋肉に、見たこともない獣の毛皮を羽織っている。

 長い髭は三つ編みにまとめられ、背中に巨大な斧を携えている。

 見た目は完全にバイキングだ。

 

 回りを取り囲んでいる妖魔の戦士達も似たり寄ったりだ。


 彼らはこの夜の国へ帰ってくるなり、オレを空飛ぶ船へと呼び出した。

 うしろには妖魔の騎士ノアと、ジョセフ老人、あとジャネットもいる。

 

 船の看板、その中央に立たされ、ハーラルと向き合っている。


 蛇に睨まれたカエルなんてよく言ったものだ。

 これじゃあ龍に睨まれた蟻もいいところだ。

 

「すまなかったな、人間。関係のねぇところに突然呼び出されて、知りもしねぇ奴らのためにここまで呪いを解いてくれたんだ。俺から礼を言わせてもらう」


 そう言いながらハーラルという妖魔は、オレの後ろで腕を組んでいるノアを睨んだ。

 チラリと背後のノアを見るが、腕を組んだまま動かず何も言わずにいる。

 にらみ合う龍と虎、今にでも稲妻が鳴りそうな雰囲気。

 その隣のジャネットは椅子に腰掛け、手に顎を乗せたまま、つまらなそうにこの状況を眺めていた。


「もうお前はなにもしなくていい。後は俺たちに任せておけ。もとの世界にも帰してやる」

「ちょっと待ってください。ここまでやってきたのに途中で帰るだなんて…」


 言葉を返した瞬間、その場の空気が一気に変わった。

 目の前にいるハーラルだけではない。

 ハーラルの部下の戦士達の目まで変わったのだ。

 まるで口答えするな、と言わんばかりに。


「勘違いするなよ? 人間。お前の意見は聞いちゃいねえ。ただ帰れって言ってんだ」


 有無を言わさない圧を感じる。

 でも、引き下がれない。

 引き下がりたくない。

 おそらく、このハーラルたち妖魔の戦士は強硬な手段に出ようとしているはずだ。

 上手くいったとして、救えない人がいる。


 あらためて言葉を返そうとしたとき、割って入ったのは妖魔の騎士ノアだった。


「呪いを解くにも妖魔(われら)には手出しができない。どうするつもりだ」


 腰元の剣に、肘を預けながらノアが前へ進み出た。

 ハーラルとその戦士達は、ノアへより一層の睨みを効かせる。

 息もできないほど、その場の空気が一触即発の雰囲気に染まっていった。

 沈黙を破ったのはハーラルだった。


「コレを使う」

「……それは、【不可逆の爆弾(ハンプティダンプティ)】か?」


 ハーラルは部下の戦士に目配せをした。

 その合図で妖魔の戦士が見せつけるようにその場に出したのは、ゴルフバッグほどの大きさをした、金属でできた“ナニか”だった。

 落書きのような模様が所狭しと描かれ、古いものなのか、錆のような汚れや、所々に欠け落ちた部分もある。


 それを見たノアが言葉を続ける。


「………お前も無事では済まないぞ?」

「だろうな。だが俺が忠誠を誓っているのは妖王カルミラただ一人だ。あの御方を救えるなら誰の命だろうと安いもんさ。もちろん"アイツ”に恨みはねえ、むしろ気に入ってるくらいだ。が、もう時間もねえ」


 二人の睨み合いが続く。

 肌に刺さるような沈黙。


 でも分かる。

 きっとこのハーラルという妖魔の戦士は、無茶なやり方で呪いを解こうとしているのだろう。

 それこそ誰も納得できないやり方で。

 おそらく最初、オレがその手段だと思われていたように。

 

 だから止めなくちゃいけない。


「あの、最後までオレにやらせてください」

「……ああ? 部外者は引っ込んでいろって言ったのが、わからなかったのか? おとなしくしてりゃミリアムのお嬢に言って帰りの算段もつけてやるっつってんだよ」


 ハーラルの部下が心配をするように、半身を乗り出してこちらを止めに来る。


「人間、お前の気持ちは汲むが、もう止めとけ」


 ハーラルの部下が哀れむような眼で見ながら言う。

 でも止められない。こんな中途半端で止めれるなら、もっと前に止めている。 


「駄目なんです!きっと、そのために呼ばれて、ここまでやってきたんですから」


 ハーラルの部下の妖魔が焦り顔にため息を混じらせながら、オレを抑える。


 苛立ちを募らせたハーラルの怒気が強くなる。


「だからなにも分からねえ人間は黙ってろ」

「分かってないのはアンタだろ!アンタたちが呪いを解いちゃ駄目だって言ってんだよ!」


 オレが荒げた声に、その場の空気が凍っていくのが分かった。

 見渡す勇気はないが、ここにいる妖魔の戦士全員の目に苛立ちや呆れの表情が浮かんでいるのだろう。


「口の利き方には気をつけろよ、人間? いつまでも優しくしてやるなんて勘違いしてんじゃねえぞ?」


 ここまで来てしまったらもう引き下がれない。

 いや、最初から引き下がるつもりはない。

 ここでやりたいと思えたこと、やらなきゃいけないことのために、目の前の妖魔を納得させる必要がある。


「オレと勝負しろ。オレが勝ったら言うとおりにしてもらう」


 拳を身体の前に持ってきて、不格好なファイティングポーズを取ってみせた。

 

「お、おい。やめとけって…」


 焦ったように、間に入ってくれている妖魔の戦士が止めてくれる。

 その妖魔の戦士の額に、冷や汗が流れているのが見えた。

 余程まずい相手に喧嘩を売っているのだろう。


「……わかった。度胸だけは買ってやる。やれるってんなら分からせてみろ」


 立ち上がったハーラルは、木材でできた船床を軋ませながらこちらへ近付いてくる。

 身体から立ち上る魔力で周囲が歪んで見えるようだ。


「俺は妖魔戦士団【蒼靴騎士団(タロン・ブルー)】蒼牙王ハーラル・ブロウタングス。いつでもいい、掛かってこい。人間」


 ハーラルの低い声が、静かになった船内へ響き渡った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


妖魔の飛空挺。まるで海賊船のような黒く大きな船の中。

船内は、そこに居合わせた妖魔たちの数とは反比例するように静けさを増していた。


響くのは拳が体にぶつかる音。


妖魔戦士団の頭領ハーラルが人間を殴る。


人間は歯を食いしばり、流れ星のように飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、拳を堅く握り、ハーラルを殴り返す。


二人は順番に殴りあっていたが、誰の目にもハーラルにダメージがなく、人間が今にも気絶してしまいそうなのは明白であった。



「分からねぇな。なんでそこまで食らいつく?」


 ハーラルの声が遠くに聞こえる。

 耳だけじゃない。

 もう目も腫れて、前がよく見えない。


 でも、引けない。


「…いてたんだ」

「あぁ?」


 ハーラルが苛ついた様子で睨み返す。


「泣いてたんだ! 大事な人を傷つけたって! 大切な人を裏切ってしまったって! だから! だから、大事だって思われてるアンタたちがやっちゃダメなんだよ!」


 思わずこみ上げてきた感情が、口をついてあふれ出した。


 目を丸くして驚いた様子のハーラルとその部下達。そしてジョセフ老人とノア、ジャネット。


 多分、次の一発が最後になるだろう。

 拳にありったけの魔力を込める。

 きっとこれでもハーラルにダメージなんか入らない。

 でもそんなことは関係ない。

 どうでもいい。


「アンタたちは黙って見てろ。オレが連れ戻してやるから、説教の準備だけしておけ」


 途切れそうな意識の中、啖呵だけは立派に切れたと思う。

 振り上げて、振り下ろした拳がハーラルの左頬に届いた感触までは覚えていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「知らない天井だ…」


 いや、知っているな。


 ここは居候しているジョセフ老人宅。

 そこで間借りしている自室。

 そのベッドの上だ。


「何をワケの分からないことを言っているのですか」


 声のする方に目を向けると、ベッドの隣に座っていた妖魔の女中ユニが呆れた様子でこちらをのぞき込んでいた。

 メイド姿のユニからの視線と同じくらいに体中が痛い。


「ジョセフ様があらかた回復魔法で治していましたが、しばらくは安静にしていてください」


 ハーラルにボコボコにやられてしまったようだ。

 鏡を見るのが怖いな。

 きっと腫れ上がった情けない顔をしているのだろう。

 いい男が台無しだ。

 いや治っているのか?

 痛みが残っているせいかよく分からない。


 しかし、あれだけ大見得切って啖呵を吐いたのに、ぼろ負けって…

 思い出すだけで恥ずかしい。

 今ならやっぱり元の世界に返して欲しいかも……


 そんな思いを知ってか知らずか、ユニの呆れ顔、冷たい目線が突き刺さる。


 

「ああ、それと。ハーラル様からの伝言です。【お前に任せてやる】だそうです。確かに伝えましたから」



 ぶっきらぼうに、でもほんの少しどこか嬉しそうに、クスリと笑うような様子で言うと、ユニは部屋から出て行ってしまった。



 タイマンの勝敗はともかく、どうやら大役を任せてもらえるようだ。


8/4 タイトルを変更しました。


各騎士団の名称を懲りすぎたことは自覚しています。

王が身につけるもの、を意識した名称となっています。

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