第21話 人間と魔眼の姫君
荊の城。
それは人間の近づけない夜の国にある妖魔の城。
常夜の空に昇る月。
今宵は下弦の弓を引くその月が、変わらぬ光で城を照らしている。
荊の城の城内は俄に慌ただしかった。
妖魔の王とその姫君たちにかかっている呪い。
その呪いの二つ目の依り代を破壊しに、召喚した人間が向かったからである。
前回と同じであるなら、人間が呪い核をまたひとつ壊してくれるのなら、今夜もまた寵姫が目覚めると期待していた。
アン・ダロウは前回、二人の寵姫の目覚めに偶然立ち会った妖魔のメイドである。
彼女は今夜、新たな寵姫の目覚めに期待しながらも、納得できない表情を浮かべていた。
「ちぇ-。 今回も私が一番に目覚めに立ち会えると思っていたのにー」
「静かになさい」
ふてくされる様子のアン・ダロウに叱責するのは、隣に立つ同じく妖魔のメイドであるユニだ。
今回、妖王カルミラとその寵姫達が眠る広間には、第5寵姫・幽姫アガーテ、第6寵姫・戦姫ペンテシレイアをはじめとする、多くの妖魔が控えていた。
これから目覚めるであろう寵姫を迎えるためだ。
控える妖魔達が今か今かと待ち構える瞬間は、突然やってくる。
なんのキッカケも持たず、広間に置かれた棺のひとつがカタカタと震え始めた。
その瞬間を心待ちにしていた妖魔が、一斉にその棺に注目する。
震え始めた棺からはポタポタと水が滴り始め、それはやがて蛇口を捻った水道のように勢いを増していく。
だが、その水が床に溢れることはない。
棺からあふれ出た水は、棺と共に空中に浮かび上がり、いくつもの水の玉を部屋中に浮かばせた。
それら水の玉は、広間中の証明に照らされ、幻想的に揺れ始める。
そして棺の蓋が開き、溢れる水と共に寵姫の一人が目を覚ました。
「んーーーっ!!よく寝たーっ♪」
部屋中に“響き渡るような声”。
それは比喩ではなく、彼女が持つ特別な声によるものだ。
第4寵姫・叫姫マヤ。彼女は人魚の姿の水妖。
妖魔の種族の中でも特に声の魔法に長けた種族。
その頂点に立つ人物だ。
「あれ? みんないるっ☆ おはよー:)」
叫姫マヤの目覚めを見ていた戦姫ペンテシレイアは、仁王立ちのまま口元を僅かに崩した。
幽姫アガーテは幽体であるその体を浮かせ、そっと叫姫に近付く。
「マヤ姉様。お久しぶりですわぁ」
幽姫は涙を流せぬ幽体で、それでもまるで泣くように微笑み、姉姫であるマヤを出迎えた。
その様子を滝のような涙を流して見ていた妖魔のメイド、 アン・ダロウは別の棺の異変に気がつく。
「あっ!」
驚き、出してしまった声。
先輩メイドのユニに怒られると思ったアン・ダロウだったが、ユニは表情を変えず、この瞬間に広間で起きていることを見逃すまいと目に焼き付けていた。
アン・ダロウは知っている。
ユニが固い表情を崩さない理由を。
自分よりも嬉しいはずの寵姫の復活。
それを素直に喜べない理由を。
そんなユニの複雑な心境を他所に、広間には次の異変が起きる。
次に変化があった棺は、妖王カルミラの最も近くに置かれた棺である。
まるで石がひび割れ、砕けていくような音を発しながら、少しずつその棺が石化していく。
その場の妖魔たちが固唾を呑んで様子を見守っていると、やがて棺は完全に石化し、ゆっくりと砂となって砕けていった。
その中から姿を現したのは小柄な女性であった。
根元が桃色がかった白いボブカットから覗く長く尖った特徴的な耳。
スカートの短い真っ白なドレス。
目覚めたはずなのに、決して開かれることのない瞑ったままの瞳。
極端に端正な顔立ち。
「ディア様。そしてマヤ様。お目覚め、心よりお喜び申し上げます」
この場で一番の妹姫であるペンテシレイアがその場に跪いて見せると、その場で迎えた妖魔達もそれにならう。
「皆様。ご心配をかけました」
今目覚めたばかりの白い髪、長い耳の寵姫はゆっくりと妖魔達に向き直ると、彼らを労うように声をかけた。
彼女は第3寵姫・石姫ディア。
その一挙手一投足のすべてが洗練され、多くの妖魔の憧れとなる存在である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
荊の城。
夜の国に高くそびえ立つ妖魔の城。
先ほどまで、二人の寵姫の目覚めによってざわめき立っていた場内であったが、今は静けさを取り戻しつつある。
そんな荊の城には、月へ向かって高く伸びる塔が何本もある。
その一つ。
城下にある棘の街を一望できる塔の上に、人間の姿があった。
「二つ目の呪いの依り代の破壊。 4人の寵姫の復活。順調、なんだよな……」
この世界に呼ばれた目的は順調に果たしていると思う。
でもこの場所にいる、多くの妖魔に関わるたびに正しいことをしているのか分からなくなってくる。
そんな考え事をしていると、背後から足音が聞こえてきた。
塔の見晴らし台の扉を開けて姿を見せたのは、先ほど目覚めたばかりの第三寵姫・石姫ディアだった。
こういう時は膝をついてかしこまった方がいいのかな。
とりあえず記憶の中にある妖魔の兵士たちの見よう見まねで、膝をついて、礼を尽くしてみる。
「あら、畏まらなくていいですわ。どうぞ楽にしてください」
石姫ディアは優しく、落ち着いた声でそう言った。
石姫は根元が桃色がかった真っ白な髪の毛をしている。
他の妖魔や寵姫に比べても比較的小柄で、丈の短いスカートに、髪と同じ真っ白な色のドレスを着ている。
ラフな格好に見えるが、立ち居振る舞いから気品があふれ出ていて、小柄で華奢な印象とは違う大人のお姉さんの雰囲気が醸し出されている。
また特徴的なのは耳だ。まるで物語に出てくるエルフのような耳で、長く先が尖っている。
だけど何より気になるのは、その眼だ。
端正な顔立ちの彼女であるが、眼はずっと閉じられている。
それでも不自由している様子は全くなく、まるで閉じたまま見えているかのようにしている。
この辺りはノアと同じだ。光を失ったのか、理由があって、あえて閉じているのか。
「ふふ、眼を閉じているのが気になりますか?」
見えていないのではないかと思い、まじまじと顔を見ていると、クスクスと笑うように石姫ディアが聞いてきた。
「あ、いえ。失礼しました」
「いいのですよ。私の瞳は少し強力な魔眼でして、普段は眼を閉じてチカラを押さえているのです」
そういえば何度か妖魔と魔眼について聞いた気がする。
妖魔は瞳に宿る魔法のチカラが強く、とくにソレが顕著に出ているのが寵姫たちであると。
「それよりも、アナタにお礼を申し上げにきたのです。此度は我々妖魔のため、ご助力をいただき本当にありがとうございます」
そう言いながら石姫は綺麗な所作でお辞儀をしてみせた。
妖魔たちを手伝って、ここまで素直にお礼を言ってもらえたのは始めてな気がする。
「本当に助けになっているのか分からないのですが…」
そう謙遜してみせると、石姫はこちらの様子を窺うように少し間を置き、微笑みながら続けた。
「本当に助かっていますよ。アナタばかりに負担を強いて、嫌な役回りをさせていることも理解しています。この国のすべてに代わり、心よりお詫びとお礼を申し上げますわ」
石姫は閉じたままの目で、まっすぐな眼差しを向けてくる。
そんな様子に思わず圧倒されてしまう。
閉じた眼でじっと見つめられる、ほんの僅かの静寂。
ほんの少しの沈黙を破ったのは、明るく楽しげな声だった。
「お姉さまー☆」
まるで空中を泳ぐように城の見晴らし台へ飛んできたのは、第四寵姫・叫姫マヤだった。
彼女は水妖と呼ばれる人魚であり、いつか夜の国の海で会った水妖の女王ローレルの妹である。
「あ!人間ちゃんもいる!助かったよぉ♪本当にありがとね☆」
「どぅわっ!」
宙を泳いで来た勢いそのままに抱きつかれてしまう。
露出の激しい胸が当たり、ありがたい限りだ。
叫姫マヤは、人魚のイメージ通り下半身が魚である。
毛先に向かって緑がかっていく綺麗なブロンドヘアを宙に靡かせながら楽しそうに笑っている。
特徴的なのはその声だ。ただ綺麗な声をしているのはもちろん、まるでリヴァーブが掛かっているかのように響いて聞こえる。
不思議だ。
「マヤちゃん久しぶりに起きたから、肩が凝っちゃったよ↓」
「マヤ、すこし落ち着きなさい」
「はーい、お姉様ー☆」
石姫ディアに窘められ、口を尖らせる叫姫。
異質な雰囲気を纏う二人が、見た目は全く違うのにまるで本物の姉妹のようなやりとりをしているのを見ると、不思議な気持ちになってくる。
「人間様…」
石姫ディアが向き直り、前置きをするように話を改める。
「我々の事情については、ある程度お察しいただいていることと存じます。改めて末妹のことでご迷惑をお掛けしていること、お詫び申し上げます」
いつか聞いた、7番目の寵姫である月姫が妖王カルミラに、呪いをかけたことだろう。
「解呪に関して、妖魔の中からも様々な意見があることは理解しています。その上で、人間様にはこのまま最後までご助力賜りたいと願っております」
深々と頭を下げる石姫ディア。
それを横目で見ていた人魚の叫姫マヤも、真似をするように可愛くお辞儀をしてみせる。
「乗りかかった船です。オレで良ければ最後まで力になります。でも妖王様ではなく、友達のために、ですけど」
自分の気持ちを素直に伝えてみる。
すると石姫ディアは顔を上げ、目を閉じたままの満面の笑みで応えた。
きっとこの人も、色々なことに気づいているのだろう。
「ええ、それで結構ですわ。ふふ、妹は幸せ者ですわね」
明日のお話も、少し短めの内容となる予定です。
でも、とても大切な内容になります。




