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呪いの姫君が振り向かない ―この月が綺麗だって君に伝えたかったんだ―  作者: 蛙酒夏海
第一章 夜の国編

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第19話 人間と人魚姫 前編

常夜の国の荊の城。

その東にある誰も寄りつかない月の塔。

かつては人の世界と妖魔の世界を繋ぐ場所であったその塔は、今はただ寂しく月へと思いを伸ばすだけ。



 いつものように強くなるための特訓。

 次の呪いの依り代への挑戦のための大詰め。


 魔獣狩りを行うために、月の妖精ルナを尋ね、月の塔を訪れたときのことだった。


「ル…ナ……?」


 塔の近くでルナを見つけ、声をかけようとしたとき、彼女の様子がいつもと違うことに気がついた。


 今にも泣きそうな様子で大きな花の上に座り込み、遠くを眺めている。

 いつも元気なルナからはあまり想像できない姿だ。


 できるだけ気配を消さないように近付く。


 こちらに気がついた様子を見せなかったが、気がついていたのだろう。

 視線をそのままに、ルナが話し始める。


「私ね。本当は悪い子なの」


 なにも言わずにルナの隣に、ゆっくりと腰掛ける。

 

「昔ね、大事な人のことを傷つけちゃって、本当はその人たちに謝りたいんだけどね、今は会えないの」


 この独白はきっと謝罪だ。

 その謝りたい人達への贖罪に、オレを利用していることへの。

 

 そんなこと気にしなくていいのに。


「一緒に謝ってあげるよ。 約束する。 お説教されるかもしれないけど、一緒に怒られよう」


 精一杯に優しく。

 努めて笑顔で。

 ルナの顔を覗く。


「ふふん。 ありがと……じゃあ、今日も特訓に行くよ!」



 少しだけ元気になった月の妖精ルナと、深い森の中へと駆けだした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その日の森は様子が違った。

 いつの間にか通い慣れた森の中。


 いつもと違う雰囲気を辺りに感じる。


 具体的になにが違うのか、と聞かれると上手く説明できないのだが。


「なんか変だね」


 同行している月の妖精ルナも、その異変を感じ取ったようだ。


 今は二人で木の上にいる。

 この当たりの木は一本一本がとても太く、背が高い。

 鉄塔とくらべても遜色ないくらいのサイズ感だ。

 木の上には危険が少なく、安全に獲物を見つけるコトができる。

 脚力もついてきたのか、数度、幹を蹴るだけで上まで上れてしまうのだ。


 できるだけ高い木の上から周囲の様子を窺っていると、遠くから生木を裂く音が聞こえてきた。

 乾いた稲妻のような音だ。

 近くにあった木に移り、さらに高い位置から、月が明るく照らす夜空へと眼を凝らす。


 森の少し奥の方で、木々が倒れていき土煙を上げているところがある。

 大型のモンスターだろうか。

 このあたりの木は、一本一本が、元いた世界では見たこともなかったような大木だ。

 それを倒せるほどのパワーをもつモンスター、あまり関わりたくないが……


「この世界には、このレベルの魔物がまだまだいるのか…」


 そう考えたら、今の自信の実力を計るために確認したいと思った。

 もうすぐ挑戦する次の呪いの依り代のためにも。


 ルナに目配せをする。


「もー。 様子を見るだけだよ? 危なそうだったら引き返すんだからね」


 少し怒った様子のルナに承諾をもらい、移動を始める。


 体を乗せていた枝を蹴る。

 次の木に飛び移り、さらにその次へと移動していく。

 我ながら身軽になったものだ。


 近づきすぎて、そのナニカに見つからないよう気をつけながら、木々が倒されていっている場所へ向かっていく。


 木々で深く隠されていたその魔物の姿が、だんだんと明らかになっていく。


 10mはあるだろうかという岩の巨体。

 胴体よりも長く、ゴツゴツとした腕。

 均整のとれていないいびつな足。

 ソイツは大きく、怒ったようなうなり声を上げながらなにかを追うように森を進んでいた。


「これは、さすがに敵わないな…」


 目の前にいる岩の巨人に思わずそう呟いてしまう。

 動きは鈍いように見えるが、腕を振る速度は凄まじく。

 めちゃくちゃに振った腕に触れた木々が、一撃で倒されてしまっている。

 岩でできた身体も硬そうであり、そもそもオレ自身の攻撃が通りそうにもない。

 

 なにかを追っているようだが……


 巨人の進む先に眼をやると、二人の青年が眼に入る。

 一人は以前、闇狼との戦いの時に助けられた狩人のロンである。

 もう一人もロンと同じように狩人のような格好をしている青年だ。

 

 その二人と魔物の攻防に思わず見入ってしまった。


 二人は巨人の一撃を危なげなく躱している。

 さらにロンは隙を見て後ろを振り返り、弓を構える。

 巨人に向けられているのは光を纏った矢だ。

 次の瞬間、ロンが引いていた弦を離したかと思うと、空中に光の線が走り、巨人の右肩がはじかれ、その後に音が遅れてやってくる。


 さらに体制を崩した巨人に向け、もう一人の狩人が片手で剣を振る。

 その狩人と岩の巨人との距離は離れているため、一瞬なにをしているのか分からなかった。


 振った剣が届く訳がない。


 しかし剣を振った場所から風が起こり、その風は巨人を襲った。


 圧倒的な光景だった。


 見たこともない強大な魔物を相手に、木々の隙間を縫いながら走り、一瞬の隙をついて強力な攻撃を繰り出す。

 


 妖魔たちの強さ。戦闘のセンス。経験。

 圧倒的なレベルの違いを見せつけられた気がした。


 この世界に来て、ある程度は戦えるようになったつもりでいたが、自分がまだまだであることに気がつかせられた思いだ。


 この戦いに見とれているレベルじゃダメなんだ。

 今、目の前で繰り広げられている攻防を、軽くこなせる位にならなきゃいけないんだ。


 そう考えながら見ているとおかしなコトに気づく。


 一見、ロン達の方が余裕を持ち、優勢に見えるが、非常に戦いづらそうにしているのだ。

 


「あそこ!見て!」


 

 ロン達の様子を窺っていると、ルナが指を指して声をあげる。

 指し示す方へ目を凝らすと岩の巨人の肩に、何かグッタリとしたものが乗っている。


「……大きな魚?」

「たぶん人魚……水妖だね」


 呆れた様子でルナが頭を抱える。

 

 確かにあの鱗に見覚えがある……というかアイツまた厄介事を起こしているのか。


 よくよく見てみるとアレは水妖の王女メルジーナである。

 始めてあったときは植物の魔物に捕まっていたが、今は岩の魔物に捕まっている。

 ロン達が戦いにくそうにしている理由が分かった。

 ローラがいるため、攻撃しきれないのだ。

 それだけなら何とかできそうなモノだが、他にも何か理由があるのかもしれない。


 というかロン達の近くの木陰に、一緒になって走り回る白い毛玉が見える。

 あれはメルジーナの友達、犬のポポだろう。


「助けてくる。ルナはここにいて!」


 息を吸い、大きく吐き出す。

 気持ちを入れ替え、岩の巨人に立ち向かう勇気を奮い立たせた。


「待って!私も……」


 乗っていた大木の枝を力一杯に蹴り、岩の巨人へ向かって全力で飛んだ時、後ろでルナが何かを呟いた気がした。

 



 

「私も……助けに行きたい」 




 一瞬だけ振り返ったとき、景色とともに遠くなっていくルナの姿に、どこか不安を感じた。


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