第18話 人間と処刑王 後編
「あの、ジョセフさん」
「………」
こちらの問いかけに答えない老魔術師のジョセフ。
余計なコトは聞くなよ? というオーラがひしひしと伝わってくる。
ジャネットという少女に襲われたあと、怪我の治療のためジョセフ老人の邸宅へ戻ってきていた。
「……ジャネットは寵姫にならなかったのじゃ」
詳細を知ることを半ば諦めたとき、ポツリポツリとジョセフ老人が語り出した。
「あるとき、カルミラ様が戦争で滅びた国から一人の少女を救い、この国へ連れてきた。それがジャネットじゃった」
少女は非道な行いをする国に対し、戦士を集め、内乱を起こした。
国の中で起きた小さな火種は、やがて大きな戦火となり、国中を焼いた。
悪逆非道を尽くした王は、少女とその仲間達の懸命な働きによって討たれることになる。
しかし戦火で焼かれた人々は、それだけでは納得しなかった。
戦を起こした少女を焼け。
アイツがいなければ内乱は起きなかった。
悪の王など放っておけばよかったのだ。
少女に唆され、ワタシの息子は戦地へ行き、死んだ。
あの娘がいなければ――……
少女が救いたかった人々の心の中に、憎しみの炎が灯ったとき。
少女は縛られ、焼かれることになる。
「そこをカルミラ様に救われたが、この国へ連れてこられてからも、しばらくは塞ぎ込んでおったの」
言葉が出なかった。
さっきの赤毛の子にそんな壮絶な過去があるだなんて、想像もしなかった。
「ジャネットの心を救ったのは寵姫様たちじゃ。そんなカルミラ様や寵姫様を今度は自分が守るのだと、血の滲むような努力をし、騎士団の団長を預かるまでになった」
守りたかったはずの主君。
そして守れなかった寵姫たち。
彼女たちを呪いから救うこともできない自分。
そこに歯がゆさを感じているのは、ジャネット自身だという。
「ジョセフさん、前に聞いたんです。妖王を呪ったのは7番目の寵姫だって。どんなコトがあったのか詳しくは知らないけど……」
「………」
きっと呪いを解くことにみんなが抵抗を示すのは、これが原因だ。
今、動かなきゃいけないと思った。
気づいた時にはジョセフ老人の邸宅を飛び出し、森へと駆けだしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国。妖王の住まう荊の城。その東にある月の塔の下で、月の妖精を探す声が木霊する。
「ルナー!出てきてくれ!ルナ!」
余計なときにはいつも出てくるのに、探しているときに限って出てきてくれない。
いつだったか、妖魔の騎士団長であるアンディと妖王カルミラが呪いによって封印されている部屋に行ったときのこと。
そこに居合わせた、オレをこの世界に呼び寄せた妖魔の騎士ノアに聞いた呪いについての話。
ルナを探しながら、その時の話を思い出していた――――………
――――……妖王カルミラは7番目の寵姫に呪われた。
7番目の寵姫は明るく、誰もを愛し、誰からも愛され、剣の才に秀でた強く美しい姫だった。
人の世界に魔の王が現れ、妖魔の国にも影響を及ぼし始めたとき、そんな彼女は問題の解決に名乗りを上げた。
妖王や他の妖魔も、彼女ならと送り出し、彼女は人の英雄達と行動をともにし、魔の王の討伐へと繰り出していく。
人の英雄たちと7番目の寵姫により、魔の王は追い詰められることになる。
しかし魔の王はその毒牙を、毒牙による傷跡をすべてに残していった。いつかその傷跡から甦るために。
ある英雄は命を奪われ。
ある英雄は永遠の時間を奪われ。
ある英雄は愛するものを奪われた。
7番目の寵姫は恋をしていた。
行動をともにした英雄の一人に。
寵姫はその英雄を人質に取られた。
魔の王にとって恐るべき存在である妖王カルミラに死を与えるために。
妖王カルミラは7番目の寵姫の呪いを受け入れた。
『お前の愛するものを救えるのだろう?』
その抱擁に、7番目の寵姫は涙を流した。
そして妖魔の国は深淵の夜を迎えることになる。
――――……ルナー!」
「……ディ-? よかった! 無事だったんだね!」
こちらの呼びかけに、月の妖精ルナが応える。
木陰から飛び出したルナは、飛びつくように頭に抱きついてきた。
「ルナ、急で悪いけど、さっきの赤毛の子、ジャネットのことを教えて欲しい」
ルナの表情はキョトンとした顔を一瞬見せたあと、ほんの少し戸惑うようなものへと変わった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2つ目の呪い媒介。蓬莱の洞窟。
それは荊の城の北にある。
吊り橋を渡り、崖を越えた先にあるそれは、岩肌をくり抜いて作られている。
入り口にはいくつもの朽ちた柱がならんでおり、過去には別のナニかが建っていただろうことがわかる。
今はただ植物の根が押し寄せ、石畳は浮き、壁は崩れている。
蓬莱の洞窟に近づくと、音が聞こえてくる。
轟音。
とてつもない質量の何かが、想像できないほどの速さでぶつかる音。
そしてぶつかったあとに、電気が走って弾けて消えるような音。
2つ目の呪いの触媒。
それがある洞窟の前。
妖魔除けの呪いのため、中に入るコトができないジャネットが、その呪いを壊そうと拳から血を流し、呪いの壁を殴り続けていた。
痛々しいその光景。
怒り狂うように拳を振っているように見えるが、その姿からは悲しみしか感じない。
「どうして! なんで私じゃ駄目なの!? なんでよ! 姉様!」
ジャネットは呪いの結界に拳を叩きつけ、悔しそうに叫んでいる。
敢えて足音を立てて少しずつ近付く。
ジャネットはこちらに気がつくと、刺すようにな目線を向けてくる。
「なによ? やっぱり殺されたいの?」
視界に入れたら思わず殺してしまう。
背中越しにそんな台詞が伝わってくる。
振り向くこともせず、殺意を飛ばすジャネットにルナから預かったものを見せた。
「コレを持ってきたんだ」
アイリスという花が刻まれた古びた指輪。
ルナにジャネットのコトを相談し、預かった指輪。
ジャネットとルナの間に、この指輪を通してなにがあったのかは教えて貰っていない。
けど、とても大切なものだってことは分かる。
「なんで、なんでアンタがそれを持ってるのよ…!」
「なにがあったのか知らない。けど、けどオレも、友達を助けたいと思ってるんだ」
「………っ!」
ジャネットは何かを言いかけて、歯を食いしばるように言葉を飲み込む。
「……本当ならアンタみたいに何も知らない奴に、関わってなんて欲しくない!」
ジャネットの握りしめた拳と、食いしばった口元から血が流れている。
「でも今は、今だけは、殺さないでいてあげる」




