第18話 人間と処刑王 前編
夜の国。
荊の城。
夜の闇の中で月明かりにその姿を映し出されている。
その城の広間に怒声が響き渡っていた。
声の主は妖魔の騎士、妖魔騎士団の一つ【紅裳刑吏団】の団長ジャネット。
「なんでよ!なんで呪いの依り代が壊されてるの!? そんなことをしたらどうなるのか、ノアだってわかってるでしょ!? なんで人間なんて召喚したの!? 私たちはそれをしないために、別の方法を探し回ってたんでしょ!?」
ワインレッドのような赤黒い髪を二つにまとめ、少女のような見た目の彼女は、ノアとアンディという二人の騎士団長と、宮廷魔術師であるジョセフを前に臆することなく、その怒りを露わにする。
「他の方法が見つからなかったからだ。このままではカルミラ様をただ失うことになる」
「そんなのわかってる!でも!」
「我らはただ問題を先送りにしてきただけだった。それももう時間切れだ」
淡々と現状を伝えるノアに、ジャネットはさらに怒りを募らせる。
「落ち着きなよ、ジャネット。みんなもこの方法が最善じゃないってことは分かっている。でももう時間も選択肢もないんだよ」
「アンタは黙ってて!」
居たたまれなくなり、優しく諭すアンディをジャネットは強く睨みつける。
聞く耳を持たないジャネットにアンディは肩をすくめた。
他の方法が見つからない、もう時間が無い、そんなことは自分だって分かっている。
そんな言葉を飲み込み、ジャネットは自分の唇から血が流れるほど、歯を食いしばる。
そしてもうこれ以上話しても無駄だとばかりに、なにも言わずにその場を立ち去ろうとした。
「どこへ行くのじゃ?」
「その人間に会ってくる。どいて」
広間を出て行こうとするジャネットの前に立ち塞がったのは、この様子を黙って見ていた宮廷魔術師のジョセフだ。
「ジャネット。 わかっておるんじゃろな? 妖魔【ワシら】では正攻法でさえ呪いを解くことはできぬ。 今はあの人間に頼るしかないのじゃ」
一触即発の異様な空気の中。
ジャネットの中でなにかが切れる音がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国。魔物が跋扈する森の中。
いつものように魔物と戦う人間と月の妖精の姿があった。
「この辺りの魔物にも苦戦しなくなってきたね~」
月の妖精ルナが、山のように積み重なった、人間よりも大きい蜘蛛の死体を見ながら言う。
「ぜぇぜぇ…いや、全然苦戦しているから…ぜぇ…」
蜘蛛の子散らす、とはよく言ったものである。
一匹の巨大蜘蛛を見つけ、腕試しに討伐していたところ、次から次へと仲間の蜘蛛が寄っては集り、息を切らしながら小一時間ほど戦う羽目になってしまった。
「騎士団の妖魔たちもこの辺りの魔物の間引きはしているはずだし、そろそろもう少し森の奥に行くべきかなぁ」
こちらの意見を無視しながら月の妖精ルナは言う。
実際、夜の国の森、その浅い場所では魔物を見かけることが少なくなってきている。
以前に助けて貰った狩人のロンを始め、妖魔の騎士たちは森の魔物を定期的に狩っており、街に被害が出ないようにしている。
そこに案配を無視したオレが魔物を狩りまくるのだ。森の様子も変化してくるというものだろう。
妖魔の騎士団は四つの部隊に別れており、城や街を守っているのは、オレを召喚した騎士団長ノアが率いる部隊である。
前に会ったアンディという妖魔が率いているのは、騎士団の中でも魔法使いを集めた部隊。彼らは主に城で呪いについて研究を続けている。
残る二つの部隊は、妖魔の国を飛びだし、呪いを解くための方法を探しに様々な場所へ行っていた。
“行っていた”というのは、以前にオレが呪いの依り代を破壊し、二人の寵姫が目覚めたことに起因する。
あとで聞いた話では、目覚めた寵姫の二人が、その二つの部隊を呼び戻したとのことだった。
きっとそろそろ戻ってくる頃なんだろう。
いい人たちだと良いな。
なんだかんだ妖魔の人達もいい人が多いからな。
そのときはそんな呑気なことを考えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国の森の中、月の妖精ルナと次の呪いの依り代の破壊のため、特訓を続けていた。
剣の振るい方について細かな手ほどきを受けていたとき、ふとルナの様子が変わる。
「? ……ルナ、どうかした?」
問いかけに答えず、ルナがじっと森の奥を見つめる。
「……逃げてっ!!」
突然の警告。焦った表情。
唐突な叫び声とともにルナが光の粒となって消えていく。
そして次の瞬間、後頭部に冷たいものを感じた。
反射的に頭を下げると、先ほどまで首のあった位置に、猛スピードのトラックが通り過ぎるような衝撃が走り抜ける。
命の危険を感じ、今いた場所から離れ、振り返る。
そこには今まさに自分の首があった位置に、必殺の回し蹴りを放ったであろう、赤黒い髪の少女がいた。
「あら、案外反応は悪くないのね。人間、アンタには悪いけどここで死んでもらうから」
赤毛、10代といえるほどの見た目の少女。
大きく、獲物を見つけた獅子のようなつり目。
眉間に深くよった皺は、怒りを表現している。
こちらを冷たい目で見る少女は、怒りを抑えられないといった様子で握った拳を振るわせている。
髪の毛と同じような赤黒い魔力が、目に見えるほどに練り上げられ、両の拳に巻き付いている。
「遺言はあの世へ持って行って」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の国。森の中。
凄まじい地響きと、轟音が響き渡る。
衝撃とともに破壊された木々が、粉々になった破片をまき散らし、土煙に混じって倒れていく。
拳線は速く、鋭い。
魔力に覆われた両の拳は、空気を抉り、破裂させる。
刃よりも鋭い蹴撃は、遠く離れた場所までその衝撃を届ける。
それでもまだ本気ではない少女の攻撃は、休むことを知らない。
迷いが、彼女の拳を僅かに鈍らせていた。
彼女の名前はジャネット。
妖魔、第4の騎士団【紅裳刑吏団】を率いる刑吏団長である。
「ちょっと待ってくれ! なんでいきなり攻撃されなきゃいけないんだ! せめて理由を教えてくれ!」
「理由? アンタが勝手に呪いを解こうとするからよ」
「勝手じゃない! 頼まれたんだ!」
「アタシは許可してない」
お前は誰だよ!
と言う暇も無く、次の攻撃が飛んでくる。
言うまでもなく、今まで対峙した中で最強の相手だろう。
特訓の相手として、手加減してくれていた人たちはたくさんいたが、手加減をしていない妖魔の恐ろしさを、今まさに肌で感じている。
目を閉じるコトが許されない。
相手を見続けているのに、次の攻撃が読めない。
拳が一瞬ブレたと思ったら、次の瞬間には、顔があった場所に衝撃が飛んでくる。
離れている場所に衝撃だけが飛んでくるのだ。
しかも一発一発の威力が桁違いである。
避けた先にある大木が、一発で木片になっていく。
「ちっ、せめて楽に殺してあげようと思ったのに、ちょこまかと…」
苛立ったようすを隠そうともしない赤髪の少女は攻撃をやめる。
一瞬、諦めてもらえたか? と思ったが、違う。
なにかくる――……
そう思った瞬間、今度は少女の全身がブレて見えた。
一瞬の隙を見逃さない眼光。
避けることなど考えることも許されない、必殺に近い足払い。
「どぉおりゃぁああ!!」
足払いはかろうじて躱すコトができたが、それによりバランスを崩された。
赤髪の少女の拳が光りを纏い、赤く灼熱の輝きを放つ。
拳を振るタイミングも、速さも、威力も、確実にこちらの命を終わらせるものだった。
(駄目だ。死ぬ――)
轟音が鳴り響き、土煙が立ちこめる。
少女の放出した魔力が小さな稲妻となり、地面に走っている。
死を覚悟し、眼を瞑ってしまったが、いつまで経っても痛みがこない。
いやもう死んでいるのかもしれない。
そう思い、そっと眼を開けると、目の前にジョセフ老人が浮いていた。
「もうやめい。ジャネット」
ジョセフ老人の前には魔方陣が光輝いており、ジャネットと呼ばれた少女の拳はその魔方陣に阻まれて止まっていた。
「なんでよ! ジョセフ様もわかってるんでしょ!? この方法で呪いを解いちゃダメなんだって!」
「……ジャネット。もう時間がないのじゃ。お前こそ、わかっておるじゃろう」
諭すように名前を呼び、落ち着かせるように説き伏せるジョセフ老人。
「そんなのわかってるよ! でもっ! ……じゃあカルミラ様を助けて、姉様を見殺しっ――」
ジャネットが殺気とともに何かを言いかけた瞬間。
彼女の前に巨大な光の剣が突き刺さった。
最初に衝撃があり、光の剣を認識して、次に音が通り過ぎる。
物理法則なんて無視した魔法の発動。
「もうこれ以上、口を開くでない」
始めて感じるジョセフ老人の本気の殺気。
話してはいけないことを話そうとしたジャネットへの本気の忠告。
「――もういい。 そこの人間より先に、別の方法で私が呪いを解いてみせる」
そう言うとジャネットは、熱のなくなった、切っ先だけの殺気をまき散らし、踵を返し森の中へと消えていった。
ジャネットが強く握りしめた拳からは、血が流れていた。




