第14話 人間と呪いの依り代
常夜に包まれた妖魔の国の森。その奥に古びた聖堂の遺跡がある。
その場所はもう何世紀もの間、人の手が入っておらず、崩れかけた柱は伸びた蔦に支えられ、屋根の一部は落ち、ぼんやりと光る苔が彩りを加えていた。
ここは妖王を蝕む呪い、その依り代のひとつが封印される場所。
「ここから先に、ワシは入ることはできん」
ここまでの道中を案内してくれたジョセフ老人は、何もない空間に手を伸ばすような仕草をした。
なにもないはずの空間を撫でただけであった手を、拒絶するように、はじくように小さな稲妻が走る。
「すまんが、ここからは一人で進んでくれ」
軽く焼け焦げた手を寂しそうに見つめながら、ジョセフ老人が言った。 この程度の怪我では動じないのは流石である。
「まかせてください。とりあえずやれるだけやってみます」
そう言ってみたものの、手が震えているのが分かる。
ここからは、ジョセフ老人はついてくることはできない。
助言をくれるルナもいない。
ロンのような助けが入ることもない。
一人でやらなければいけないのだ。
「――……待っとくれ」
さあ、行くぞ!と歩きだそうとしたとき、ジョセフ老人に呼び止められた。
振り返ったときのジョセフ老人の表情は、とても悩んでいることが伝わってくるような複雑なものだった。
「すまん。 こんなことを押しつけてしまって。 コトが終わればワシが、必ず元いた世界へ戻してやる。じゃから――……」
「いいんですよ。割とここでの冒険、楽しんでるんですよ?」
本心が言葉になって出てきたと思う。
ここに来てから思いのほか退屈していない。
それに自称月の妖精のルナと喧嘩別れしたままだ。
コレを終わらせて、せめて一言は謝らなきゃいけない。
ジョセフ老人に笑顔とピースサインを向けると、そのサインを知らないのか、意味を分かっていない様子だったが、ぎこちなくピースを返してくれた。
やる気は十分だ。さあ、行こう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ひび割れて雑草が飛び出した石畳を進んでいくと、聖堂の扉の前にたどり着く。
腐りかけた木の扉を引くと、湿った扉の関節が軋む感触が伝わってくる。
天井が所々落ちていていて、開けた天井と大きな窓から月の光が差し込んでいるため、光源のない室内でも明るく感じる。
室内には何もなかった。
ただ、石造りの大きな騎士の鎧が、剣を胸の前で握っているだけである。
あれが呪いの依り代。オレが倒すべき相手なのだろう。
腰に下げた剣を抜き、鎧に向かって構える。
思った通りに石の鎧もまた、石が擦れる音を立てながら、こちらへとゆっくり剣を構えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
石鎧の騎士がゆっくりと動き出す。
2mはあるだろうか、その大きな身体を動かすたびに、幾年月の間に積み重なったホコリがパラパラと落ちていく。
相手に体力という概念があるのか分からない。
長引くだけ不利になる可能性がある。
先手必勝、短期決戦を狙おう。
今までルナやジョセフ老人に教わった戦い方を活かして勝利を手にする。
難しく考えるな。シンプルにいけ。
今の自分の膂力で石の鎧を破壊できるとは思えない。強力な魔法を使える訳でもない。
弱点を見極め、そこを狙う。
剣で狙うなら鎧の継ぎ目。
魔法は目くらまし。
足裁きとスピードで各欄する。
大丈夫。頭は冴えている。
まず左手に炎を起こし、そこに風の魔法を重ねる。威力は気にせず、広範囲に広がる炎をイメージし、目くらましにする。
広げた炎の隙間を塗って、石鎧の騎士の背後へ回る。
胴体と兜の間にある首の隙間を狙って、剣を突き立てた。
ガリガリと剣先が石を削る感触。
それなりに深く入った剣からは、手応えを感じない。
「弱点どこだよ……」
呟いた瞬間に石鎧の騎士が振り向き、続け様に長剣を振るってきた。
――大丈夫。見えている。捌ける。
自分でも不思議なほどに思考がクリアになっていくのが分かる。
頭を下げ、横薙ぎを避けると、石鎧の騎士が勢いそのままに剣を振り下ろしてくる。
相手の剣が頬をかすめ、肌を薄く切り裂く。
自身の剣を斜めに構え、勢いを逃がしながら振り下ろしを受けると、正面から首元を目がけて剣を突き立てる。
そして相手がよろめいた隙をついて首元を掴んだ。
「【炎の魔法】!!」
自分の掌を中心に炎が巻き起こる。
鎧の隙間から身体の中に炎が侵入し、焼き尽くす。
しかし素早く体勢を立て直した石鎧の騎士が、こちらの手を振り払い、蹴りによる追撃を加えようとする。
咄嗟に防御し、後ろ飛びに追撃をいなすが、重くて速い石の塊ががぶつかって来るのだ。ダメージはゼロではない。
「ぐぅぅ痛い…」
距離を取り、呼吸を整える。
「効果は薄い、けど今見えたな」
そう。近付いた時に、鎧の隙間から胸の中心の辺りに光る石のようなものが見えたのだ。
おそらくアレがこの石鎧の騎士の核だろう。
鎧に守られているのが厄介であるが、目標が決まれば話は早い。
どのように攻めていくか考えていると、石鎧の騎士が走って距離を詰めてくる。
その巨躯から繰り出される剣戟は凄まじく、避けて捌くだけでもこちらの精神力を削っていく。
やはり長くは持ちそうにない。
狙いは首元の鎧の隙間。縦に剣を突き刺したい。そのために――……
石鎧の騎士の動き事態はそれほど速くない。
剣筋は鋭く、重たいが見切れないほどではない。
それならと、ルナに習ったように足に魔力を意識する。
次に振るってくる相手の剣を受け、下に流すタイミングで、魔力を纏わせた右足を後ろに引きずるように滑らせる。
石鎧の騎士が受け流された剣を握り直し、横薙ぎに振るう追撃を見切る。
それを避けるタイミングで、円を描くように身体ごと回転し、同じく魔力を纏わせた左足を滑らせる。
足を運んだ場所にチカラが残っていくのが分かる。
「【悲しみに暮れる夜の歌】」
ほんの僅か。自分を中心に周囲の空気が振動する。足下の石畳がフワリと一瞬浮いた、次の瞬間、自分以外の周囲のすべての重力が強く、重くなる。
石鎧の騎士は追撃のために剣を振り抜いていたため、そのままバランスを崩し、思わず膝をつく。
月の妖精ルナに教わった剣技 【金色神楽】
連続する剣檄に合わせて、魔力を纏わせた足を捌き、まるで舞のような動きの中で強力な魔術を発動するという技。
非常に難しく、様々な種類の術があるが、まだ簡単な術でも失敗することもある。
しかし激しい近接戦闘の中で、相手の隙を狙い、剣と同時に術を発動することができるため、場面によっては非常に有効な技である。
「勝負ありだ」
甲冑の隙間を縫い、コアへと剣を突き立てた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コアを破壊された石鎧の騎士は、その場で膝をつき、ボロボロと崩れ落ちていく。
「思ったよりも苦戦しなかったな」
そう、違和感を覚えるような手応えだ。
たしかに相手はコチラの命を狙っていただろうし、油断していればやられていただろう。でも…
「妖魔たちが相手をすれば、もっと簡単に倒せるだろうけど…」
この世界の妖魔たちは信じられない程に強い。
魔物を狩り初めて、自分に力がついてきて、さらに妖魔たちの異常さに気がついていくのだ。
まるで試合のような感覚。
命のやり取りというより、模擬戦のような……
「考えてもしかたない。今は戻るか」
とはいえ、自分にとって強敵であることに代わりはなかった。
今はジョセフ老人の元へ戻り、体を休めよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よくやってくれた」
褒めてくれたジョセフ老人の眼差しに、思いのほか喜びは感じられない。
複雑な心境が伝わってくるようだ。
それでも一歩踏み出せた。
心境に変化があったのは自分も同じであると、小さく感じていた。
そして妖魔の王にかけられた呪いの一部が、初めて壊されたこのとき、妖魔の王が住まう荊の城でも、ひとつの大きな変化が起きていた。




