第12話 人間と科学者
妖魔が住まう夜の国には騎士団が存在する。
王たるカルミラを守り、自分たちの住むこの国を守護するための騎士団だ。
その騎士団は、四つの隊からなっている。
【王冠親衛騎士団】
通称“ディアディムクラウン”と呼ばれる王直属の親衛隊は、騎士団長である“狼王ノア”が指揮をとっている。
ご存じの通り、ノアはこの世界にオレを呼び出した張本人である。
あまり姿は見せないが、妖魔たちの中では最強の一角とされているらしい。
そして今回、ジョセフ老人からお使いを頼まれ、尋ねていくことになっているアンディという妖魔だが。
ノアと同じく四つの騎士団の一つを束ねる騎士団長なのだそうだ。
アンディは【翠輪魔術師団】、通称“ヴァーグベール“と呼ばれる魔術師団の長を務めているが、その業務のすべてを副団長を投げだし研究に没頭しているという。
話しを聞く限り、怖い人ではなさそうだが、果たして……
不安な気持ちを胸に、いつもの道を荊の城まで進む。
城までは歩いて10分程度であり、もうすでに慣れた道のりである。
いつものように城内へ入り、教えてもらった地下への通路を進む。
数本の蝋燭に頼りなく照らされた螺旋状の階段を下った先に扉はあった。
木製の扉。軽くノックをし、リング状の取っ手を引く。通ってきた通路よりも薄暗く、しかし広い室内には何に使うのかわからないものがごった返していた。
「あれ、君は……」
ゴミの山の中から生えたように小さな顔が飛び出す。
薄暗い中でも分かるくらい顔色が悪く、目の下には隈がひどい。ボサボサのボブカットの髪にはホコリがついていた。
「はじめまして、ジョセフさんの使いでお邪魔しました。アンディさん」
「やっぱり君が例の……」
ちょっと待ってて。そう言いながら、不健康を絵に描いたような笑顔で迎えてくれた彼が、魔法師団団長のアンディのようだ。
「人間なんて久しぶりに見たなぁ。今日はどうしたの?」
アンディはホコリに咽せながら、折れそうくらいに細いな首を揺らして笑っている。妖魔と知らずに出会ったら、病気で床に伏せている少年にしか見えないだろう。
「ジョセフさんの使いで道具をいくつかお貸しいただければと思いまして」
「あー、先生のおつかいかー」
ジョセフ老人を先生と呼んでいる。師弟関係なんだろうか。
妖魔の騎士団にはそれぞれ特徴があり、アンドリューが指揮を取る【翠輪魔術師団】は魔法使いを集めた部隊だという。
確かに目の前のアンディの見た目からは、剣を使って荒々しく戦う姿は想像できない。
そんなアンディへジョセフ老人から預かったメモを渡すと、一瞬目を細めて考える様子を見せた後に「あれはどこへやったっけかなー」と言いながらゴミの山を漁り始めた。
彼は類い希なる魔法の才能を持ち、さらにその頭脳から様々な魔法道具を作り、魔法師団を率いているらしいが……。
ゴミの山を漁っている様子を見ていると、そんな威厳の欠片も感じることができない。
ふと部屋の奥へと目を向けると、何か人の形をしたものが吊されていることに気がついた。ピクリとも動く気配のないソレは、命の様子さえ感じさせずに、天井から張り巡らされている様々なパイプに繋がられてじっとしている。パイプの先は機械のようなものに繋がっており、その身体のあちこちに空いた穴からはたくさんの機械が覗いていた。
「ロボット…?」
思いかけず言葉が漏れる。今にも動き出しそうな人型の人形。外見は女性の姿をしている。この世界でロボット、ましてや機械を見ることになるとは思わっていなかった。
「ろぼっと?ああ、あのゴーレムのことかい?」
両手で持つ木箱の中にたくさんの道具を入れて、アンディが近づいてきた。
「はい」と、渡された木箱を受け取りながら会話を続ける。
「ええ、すごいです。これは動くんですか?」
すごいと言われたことが嬉しかったのか、アンドディは少しだけ照れくさそうに顎を掻いた。
「彼女は【ポーシャ】っていうんだ。昔亡くなったボクの恋人。いつかあの身体に魂をいれて、彼女を甦らせるコトがボクの夢なんだ」
【ポーシャ】と呼んだ機械人形をまっすぐに見つめるアンドリューの目は、狂気と愛情に溢れていた。そのあまりにも純粋な眼差しに思わず息を呑んでしまった。
「カルミラ様がボクの研究と夢を認めてくれて、ボクと彼女の居場所を作ってくれたんだ。でも最近はあまり研究が進んでいなくてね。もっぱらカルミラ様の呪いを彼女に肩代わりさせる研究ばかりしているのさ」
結局まだ動かせたことはないんだ、とアンドリューは続ける。ゴーレムに向けている眼には、寂しさと諦めが混じっているように感じた。
やはりこの国の人たちはみんな、どこか寂しさを抱えているように見える。
「人間は凄いよね。魔法や特別なチカラを持っていなくたって、ボクらが想像もできないものを造ってしまうんだから」
彼なりに暗い話を変えようとしてくれたのかもしれない。こちらの人間の世界で研究されているという技術などについて色々と教えてくれた。
「それで…なにに悩んでいるの?」
アンディは大きな隈のある目でまっすぐ見つめてきた。
その目に先ほど感じた狂気はなく、ただ目の前の人間に興味があるという目だった。
「悩んでいる、というと…」
「ジョセフ先生からのメモに、"話しを聞いてやってくれ"って書いてあったんだ」
ジョセフ老人は、なんだかんだ面倒見がいい。おそらく悩んでいる様子を察して、今回のおつかいも頼んだのだろう。
それなら一度、素直にその思惑にのってみようか。
「実は…」
意を決し、カルミラの呪いを解く、ということについて悩んでいると打ち明けてみた。
アンディは話しが終わるまで、床にあぐらをかき、じっと聞いてくれた。
「たしかに突然知らないところに呼び出されて、知らない人を助けてくれって言われても困るよね」
腕を組みながらしばらく考えた様子のアンディであったが、意を決したように表情を明るくした。
「よし!それならついておいで。会いに行こう」
「会いに? どなたにでしょうか? 団長」
「それはもちろん……う゛っ…ガラテア…いたの?」
アンディのかけ声に反応し、応えたのはオレではなく、扉から入ってきた女性の妖魔だった。
綺麗なブロンドの長い髪を揺らし、呆れたような顔をした彼女は、様子からして話しに聞いていた副団長のガラテアとやらだろう。
アンディに仕事のほとんどを押しつけられているという噂の。
「今日の、いいえ今期の書類処理、終わっていませんよね? ただでさえ魔法師団は管理すべき道具が多いんです。今日は逃がしませんよ」
アンディは仁王立ちする副団長ガラテアを横目に、オレの右手首を掴んで走りだした。
「ボクにはガラテアという優秀な副団長がいるから大丈夫さっ!」
「あっ!団長!待ちなさい!」
アンディがオレの腕を掴み、壁に掛けてあった何かの図面をパッと外す。図面のうしろにあったのは魔方陣だった。
「じゃああとはよろしく~」
アンディがガラテアに手を振った。
その瞬間、オレとアンディはそろって光に包まれていき、気がつけば荊の城の裏手にいた。
転送魔法というところだろうか。
ガラテアの綺麗な顔が悔しそうに歪んでいるのが瞼の裏に残っている。
きっといつも、あの手この手で逃げられているのだろう。
「上手く逃げ切れたね。こんなこともあろうかと脱出ルートは常に確保しているのさ。まだあと20はあるんだよ」
「いいんですか。副団長のガラテアさん、怒ってましたけど」
「大丈夫。こう見えてボクは結構偉いんだから」
アンディの悪戯好きの少年のような笑顔に、ガラテアの普段の苦労が見えるようで、すこし笑ってしまった。




