【5話】異世界の勇者
あなたは、勇者だった。
望んで剣を取ったわけでも、世界を越えたわけでもない。
気づけば異世界にいて、勇者と呼ばれていた。
元の世界では、ただの少年だった。
だが今は、聖剣を手に魔王を倒す者として生きている。
怖くて泣いた夜もあったが、支えてくれる仲間がいた。
家に帰る方法も分からないまま、それでも歩き続けている。
そして今、ダンジョンの奥に現れた扉の前に立っている。
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魔法道具店ラウンレイフィには、今日も柔らかな光が満ちていた。
夜の来ない島。沈まない陽光。棚に並ぶ魔道具。
「今日は、照明用の魔道具を試作しています」
:照明?
:便利そう
:迷宮で絶対いるやつ
:懐中電灯枠か
:初心者用セットに入りそう
「はい。暗い場所で使うものです。火を使わないので、煙も出ません」
:安全設計だ
:地味だけど大事
:これミナちゃんに必要だったやつでは
「そうですね。ダンジョンの種類によりますが、明かりを失うとそれだけで危険です」
レイがそう言った時。
からん、と扉の鈴が鳴った。
コメント欄が、ぴたりと止まる。
来客中、レイはコメントを確認しない。
それは店主として客と向き合うためであり、来店者の前で見えない誰かと会話し続けないためでもある。
だが、配信そのものは止まらない。
クリスタルの向こう側では、この後も視聴者たちの言葉が流れ続ける。
ただし、その言葉が店主に届くことはない。
「いらっしゃいませ。魔法道具店ラウンレイフィへようこそ」
入ってきたのは、若い男女だった。
一人は、黒髪黒目の青年。
年齢は十代の終わりほど。
旅装に身を包み、肩には薄い外套をかけている。
腰には、白い鞘に収められた剣。
鞘の金具には、細かな文字が刻まれていた。
「おじゃましまーす……」
もう一人は、淡い金髪を肩の後ろで結んだ少女だった。
胸元にはどこかの騎士団紋章が刻まれている鎧を装備している。
腰には細身の剣。
姿勢はよく、目つきも鋭い。
だが、青年に向ける視線だけは、どこか柔らかかった。
「失礼します……」
二人は店に入る直前まで手を繋いでいたらしい。
少女の指が、名残惜しそうに青年の手から離れる。
その様子は、旅仲間というには少し近く、恋人というにはまだ少し照れが残っていた。
配信では、来店者を示すテロップが静かに浮かび上がる。
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神宮寺 当真
種族:人間
年齢:18歳
職業:勇者
出身:日本国・東京都
現在抱えている問題:
聖剣の鞘に組み込まれた保護魔石が劣化し、魔力漏れを起こしている。
来店理由:
神殿の紹介により、聖剣の鞘の点検と補修を依頼するため。
リシェル・フォルティア
種族:人間
年齢:19歳
職業:神殿騎士/勇者の旅仲間
現在抱えている問題:
勇者の護衛兼同行者として、聖剣の状態と神宮寺当真の体調を気にしている。
来店理由:
神宮寺当真に同行して来店した。
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そのテロップを見た瞬間、クリスタルの向こう側でコメント欄がざわつき始めた。
:日本?
:東京?
:神宮寺当真?
:え、今の名前
:勇者?
:出身、日本国って出た?
:東京って書いてあったよな?
:これ設定?
:待って、神宮寺当真って聞いたことある。行方不明事件の子じゃない?
:そんなんあったっけ
:たしか、三年前くらいに大都会のど真ん中で失踪した事件がやってたと思う
だが、その文字はレイには届かないし、店に入ってきた二人にも届かない。
遠い世界で誰かが息を呑み、誰かが検索をかけ、誰かが切り抜きの録画を始めても、その声は店内の空気を震わせることはなかった。
「ここが、魔法道具店ラウンレイフィ……」
黒髪の青年、神宮寺当真は、店内を見回して小さく呟いた。
「どなたかのご紹介ですか。本日は、どのようなご用件ですか?」
「えっと……神殿騎士団長のオーレリア様から、この店ならどんな魔道具や魔剣でも修理できると伺って来ました」
当真はそう言いながら、懐から預かっていた会員証を取り出し、静かに差し出す。
それは、かつてラウンレイフィを何度か訪れた者にだけ渡される、古い来店証だった。
「これを預かってます。私の持つ聖剣を見ていただきたくて」
そして腰の剣に手を添えたが、わずかに体が揺れ、足元がふらつく。
その動きに合わせ、隣の女性、リシェルが少しだけ体を寄せる。
「トウマ、ゆっくりで構いません。昨日も無理をしたばかりでしょう」
「大丈夫だって。もうだいぶ回復したから」
「とても大丈夫には見えません」
「……ちょっと疲れてただけで――」
リシェルはそう言いながら、自然な仕草で当真の腰に手を添えた。
支えるための動きだったが、どこか下心を感じる動きでもあった。
「店の人の前で言わなくても」
「私はとても心配なんです」
当真は、少し照れたように視線を逸らす。
――本題が始まらず、寸劇のように仲の良さを見せつけられ、レイは思わず声をかける。
「お二人のお話は後ほどでも。まずは、依頼品を拝見します」
店内では、ただの微笑ましい会話だった。
しかし、配信の向こう側では、別の意味を持ち始めていた。
:手つないでた?
:隣の子、彼女?
:神殿騎士って出てる
:普通に仲良さそう
:待って本当に行方不明者なら家族が見たらどうなるんだ
:いや偶然でしょ
:でも名前と年齢と東京が一致してる
:顔、ニュース画像と似てない?
:幸せそうじゃん……
:生きてるならよかった、でいいのかこれ
コメントは流れる。
だが、誰にも届かない。
「本題に入ってください」
「はい。これが、教会に何代も継承されてる聖剣です。これの修理を依頼したくて」
レイは青年から聖剣を受け取った。
「失礼します」
レイは剣を半ばまで抜き、黄金色に輝く刃が目に入ったが、刃そのものに損傷がないことだけを確認すると、すぐ鞘へ戻した。
鞘は白く、神殿で祝福された魔法金属で作られており、表面に模様が刻まれ、神聖魔法の魔法回路に似ている。その根元に、青白く光る魔石が嵌め込まれていた。
――ほんの一瞬だけ、レイの表情がわずかに揺れた。
それは誰にも気づかれないほど微細な変化。
大昔、とある騎士に頼まれて作り上げた一振りの魔法剣。
その記憶が、鞘に刻まれた魔法回路の癖や組み方から、内容が蘇ってくる。
「どのような異常がありますか?」
「剣を抜いていない時でも、魔力を吸い取られているような感覚があります。寝ても、魔力が回復しないんです」
「なるほど……」
レイは平静を取り戻し、何事もなかったように診断を始める。
「最初は気のせいかと思ったんですけど、戦闘後の疲れ方が変で」
「……お客様の感覚は、間違っていません。今もこの時、手にした私から魔力が吸われています」
当真は少し困ったように笑った。
リシェルが即座に言う。
「あなたは自分の疲労を軽く見すぎです」
「分かってるって」
「分かっていません!」
リシェルが当真の袖をそっと摘まみ、言い合いをしているが、レイは二人のやり取りに構わず、鞘の部品を点検していく。
「魔石が劣化していますね」
「相当古いものですから、そういうのもあるんですね」
「剣の魔力を、内側で抑えるための部品です。これが壊れると、魔力を蓄える機構が誤作動を起こして、持ち主の魔力を常に吸い続ける可能性がありますね」
当真の顔が少し引きつった。
「それ、けっこう危なかったんですか?」
「長期間放置すれば、危険でしたね」
「そんな……」
リシェルが低い声で言う。
当真は小さく肩を落とした。
その様子に、レイは少しだけ目を細める。
「修理は可能です。魔石を加工して交換すれば、一時間ほどで終わります」
「一時間で?」
「はい。剣そのものは良い状態です。鞘も魔石の交換と魔法回路の調整だけで済みます」
当真が、目に見えて安堵した。
「よかった……これでまた、戦いに出れるね」
その声は小さかったが、本心からのものだった。
「君に心配をかけたね」
「いつものことです」
リシェルはそう言いながらも当真の手にそっと触れ、今度は隠す様子もなく、当真も少し迷ってからその手を握り返した。
ほんの短い時間だったが、配信の向こう側ではその仕草だけで十分だった。
コメント欄は別の意味で盛り上がっていた。
:握った
:完全に付き合ってる距離
:異世界で恋人できてるのか
:いや本人か分からんけど
:行方不明から何年だっけ?
:こっちの時間と向こうの時間ズレてる可能性もある
:家族がこれ見たらきついな
:でもひどい目には遭ってなさそう
:それが救いなのか残酷なのか分からない
騒ぎは、店内の穏やかさとは別の場所で膨らんでいく。
「ちなみに、いつ頃から不調を感じました?」
レイは魔石を外しながら、何気ない調子で尋ねた。
「えっと……最初に変だと思ったのは、二か月前くらいです」
レイは魔石を加工する為に、小型の道具をカウンターに置いた。
透明な結晶でできた小さな台座。
魔石を削り、形を整え、魔法に合わせて魔力を馴染ませるための道具だ。
「店内でお待ちになりますか」
「はい。お願いします」
当真が頷く。
レイは店の端の方にあるテーブルと椅子を指さしながら、穏やかな声で案内した。
「あちらで座ってお待ちください」
視線の先には、テーブルと椅子があった。
促されるまま、二人はその場所へ向かうことにした。
当真が歩みを進めると、リシェルが即座に椅子を引いた。
「ありがとう」
リシェルは満足したように頷き、自分も椅子を隣に寄せて座った。
二人の距離は近い。
肩が触れるほどではないが、手を伸ばせばすぐ届く距離。
当真が腰に聖剣が無いことを不安そうにし、リシェルがその視線に気づく。
「大丈夫です。ダンジョンの中に店があるのも不思議ですが、神殿騎士団長が『この店の技術は世界一』だと言ってたでしょう?」
「いや、疑ってるわけじゃないんだけど……聖剣って、俺がこっちに来てからずっと持ってたから」
「不安?」
「少し」
当真は苦笑した。
「剣がないと、なんか落ち着かない」
リシェルは少し考えてから、彼の手を両手で包んだ。
「では、一時間だけ私が代わりに手を握ってますね」
「それは、頼もしいけど」
当真が素直に答えると、リシェルは少しだけ頬を赤くした。
「……温かいです」
「え、何?」
「何でもありません」
それは、魔王討伐の旅の途中にいる者達とは思えないほど、年相応のやり取りだった。
普通の人間であれば、居心地の悪さを感じるような会話だが、レイはそれを見せられても気にしない。
配信の向こう側では、さらにコメントが流れていた。
:これ見ていいやつなのか?
:ただの創作なら演出うますぎる
:本物ならプライバシーどころじゃない
:誰か家族に知らせた方がいい?
:やめとけ、確定してない
:切り抜きもう上がってる
:ニュース系配信者が拾ってるぞ
:本人幸せそうなのが逆につらい
だが、レイはそれを見ない。
来客中にコメントを確認しない。
遠くの人々との会話は楽しいものだが、それと目の前の客と向き合うことは、別だと考えているからだ。
そして、その考えがあるからこそ、地球側の騒ぎは店内の誰にも届かなかった。
「まさか、聖剣に異常が起きるとは思わなかった」
「次からは、少しでも異常を感じたら、仲間である私や神殿の皆に、相談してくださいね」
「はい」
「目を見て言ってください」
当真は少し困ったように笑いながら、リシェルの方を向いた。
「分かってる。次からはちゃんと言う」
リシェルはその目を数秒見つめてから、ようやく頷いた。
「なら、信じます」
当真は小さく息を吐く。
そのやり取りを聞きながら、レイは新しい魔石を取り出した。
透明度の高い青い魔石。
聖剣の鞘に合わせるため、魔力の質を整える必要がある。
レイは加工器具の上へ魔石を置き、細い針のような道具で表面に触れた。
魔石の中に青い線が走る。
それは削るというより、内部の魔力の流れを整えているようだった。
――それは、何気ない疑問だった。
レイは、勇者にまつわる秘密を知る側の人間であり、絶対ではないが高確率で『異世界からの来訪者』が選ばれる『勇者』の仕組みを知っている。
「お客様はこちらに来て、どのくらいになりますか」
「……?!」
その言葉を聞いた瞬間、リシェルはわずかに目を見開いた。
レイの唐突な質問に、深い意味があったわけではない。
しかし、当真が自分の出自を明かした覚えはない。
この世界の一般人が、知るはずの無いこと。
それなのに「こちらに来て」と言われたことで、彼が異世界から来た存在であることを前提に聞かれているような気がした。
ほんの一瞬のことだったが、その違和感に当真自身は気づかず、少し考えた。
「三年くらいです」
「三年……」
「はい。最初の一年は、ほとんど訓練と移動で終わりました。最近やっと、勇者って呼ばれるのにも慣れてきたくらいで」
深く気にしても仕方ないと、リシェルも会話に参加する。
「トウマは……最初から頑張っていました。剣の持ち方も、馬の乗り方も、野宿の仕方も知らなかったのには、驚きましたが」
リシェルが言う。
「現代日本人に野営スキルを求めないでほしい。今は出来るけど」
当真はそう言って、少し誇らしげに笑った。
「帰りたいと思うことはありますか」
レイの問いに、当真は少しだけ沈黙した。
横でリシェルは、今度こそ息を呑んで視線を伏せる。
やはり――この人は当真が異世界人だと気づいている。
「……あります」
当真は正直に答えた。
「家族も、友達もいましたし。何も言えずにいなくなったので」
その言葉は、配信の向こう側の誰かに突き刺さるようなものだった。
だが、彼らは気づかない。ただ、目の前の店主に答えているだけだと思っていたから。
「でも、今さら帰れると言われたら、たぶん迷います」
リシェルの指がわずかに強く握られる。
当真はそれに気づいて、少し笑った。
「こっちにも、放っておけない人たちがいるので」
リシェルは何も言わなかった。ただ、彼の手を握ったままだ。
とても青春をしている二人に、配信の向こう側では、コメントが一気に増えていた。
:帰りたいって言った
:でも迷うって
:これ本物ならきつすぎる
:こっちにも大事な人がいるんだな
:リシェルさん……
:もう人生進んでるじゃん
:勝手に帰せとか言えないだろ
:いや家族からしたら帰ってきてほしいだろ
:これ誰が悪いんだよ
しかし、それは誰にも届かない。
レイは魔石の加工を続けている。
リシェルは当真の手を握っている。
ただ、それだけだ。
「帰る方法を探しているのですか」
「探してはいます」
当真は答えた。
「でも、魔王を倒せば帰れるって約束されたわけでもないですし、神殿でも確かなことは分からないって言われてます」
「そうですか」
「だから今は、できることをやってます」
その言葉に、リシェルが静かに頷く。
「トウマは、よくやっています」
「だからそういうの、人前で言う?」
「事実です」
「恥ずかしいんだって」
当真は何も言い返せず、少しだけ頬を赤くした。
それに目もくれず、レイは魔石を加工器具から取り外して確認をする。
透明だった魔石の内側に、聖剣の魔力に合わせた青の紋様が浮かんでいる。
「加工は終わりました。これを鞘に組み込みます」
二人の視線がレイへ戻る。
レイは古い魔石を外した場所へ、新しい魔石を嵌め込んだ。
鞘の神聖文字が、ゆっくりと光る。青い魔力が流れ、周囲に霧がかかるような錯覚を起こした後、やがて静かに収まっていく。
漏れていた魔力が止まった。
空気のざわめきが消え、剣が本来の静けさを取り戻す。
「これで大丈夫です」
レイは聖剣を当真へ返した。
「魔力漏れは止まりました。あと800年は問題なく使えるはずです」
「ありがとうございます」
当真は深く頭を下げた。
リシェルも、隣で丁寧に礼をする。
「助かりました。これで彼が、少しは無茶をしなくなると良いのですが」
「それは、道具ではなくご本人次第ですね」
「ですよね」
当真が苦笑する。
リシェルは彼の腕を軽く抱いた。
「あなたの心配をしています」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
当真の腰に聖剣が収まると、彼の姿勢が少しだけ安定する。
不安だったものが、元の場所へ戻ったようだ。
「代金はこちらで足りますか」
リシェルが、大きめの革袋を差し出した。
中には金貨と、神殿で持たされた魔石の詰め合わせ、他にも希少な素材などが入っている。
レイは中身を確認し、頷いた。
「十分です」
「よかった」
当真はほっと息を吐いた。
「当店のご利用ありがとうございました。あとはオーレリア様にも『久しぶりの』来店をお待ちしてる旨をお伝えください」
「分かりました」
当真はそう言って、リシェルと手を繋いだ。
今度は店内でも隠さない。
リシェルも、当然のようにその手を握り返す。
「行きましょう」
「うん」
二人は扉へ向かう。
扉の向こうには、二人が来た時と同じダンジョンに繋がっていた。
当真は扉をくぐる前に、もう一度だけ振り返った。
「ありがとうございました」
「またのご来店をお待ちしています」
レイがそう言うと、当真は少し照れたように笑った。
リシェルが、その腕を引く。
「行きますよ、トウマ」
「分かってる」
二人の姿が、扉の向こうへ消えていく。
――からん、と鈴が鳴った。
店内に静けさが戻った。
そして、止まっていたわけではないコメント欄が、レイの視界に戻る。
そこには、普段とは明らかに違う速度で文字が流れていた。
:レイさん
:今の人
:神宮寺当真って出てた
:日本出身って出てた
:東京って出てた
:行方不明者かもしれない
:ニュースで顔写真を見たことある
:過去ニュース見返してる
:年齢合ってる
:顔も似てる
:本人かもしれない
:隣の人、恋人?
:幸せそうだった
:いやどうすればいいんだこれ
:本人に伝えられないの?
:次いつ来るの?
レイは、しばらくコメント欄を読んでいた。
来客中に起きていた騒ぎを、今になって初めて知る。
「行方不明、ですか」
小さく呟く。
コメント欄はさらに流れる。
:こっちの世界で突然いなくなった人
:家族が探してたはず
:ニュースになってた
:今も未解決事件扱いみたい
:本人なら生存確認になるのか?
:でも異世界にいるとか誰が信じるんだ
:レイさん、次来たら伝えて
:家族に連絡させてあげて
:いや次来る保証ないんだろ
レイは、ゆっくりと首を横に振った。
「次に同じ方が来店されるか、私にも分かりません」
:でも来たら
「当店は、世界を越えた伝言所ではありません」
その声は、いつもより少しだけ硬かった。
怒っているわけではない。だが、レイの中では一線を引いている部分である。
「来店されたお客様の個人的な事情について、私から間に入ることはありません」
:でも家族が
:それはそうだけど
:個人情報だよな
:でも相手は行方不明者かもしれないんだぞ
:これどうするのが正解なんだ
その時、投げ銭通知が浮かび上がった。
昨日自体は解禁されていて、過去に何度か送られた事はあったものの、あまりラウンレイフィ本人が反応しないので、常連でも触れてない機能ではあった。
¥30,000
今の神宮寺当真さんについて教えてください。日本で行方不明になっていた人かもしれません。本当に生きているんですか。家族が探しています。
レイは通知を読み、少しだけ目を伏せた。
「申し訳ありません。お金をいただいても、来店されたお客様の個人的な情報について、私が知る事はありません」
:そりゃそう
:でもつらい
:家族だったらきつい
:いや本人か分からないし
:確認できないもんな
:でも生きてるかだけでも
「私が分かるのは、来店された方が当店のお客様であったという事実だけです」
さらに投げ銭通知が出る。
¥10,000
ふざけるな。知ってるなら答えろ。人が消えてるんだぞ。家族はずっと探してるんだ。伝えろ。連れ戻せないなら、せめて場所を言え。
コメント欄が一気に荒れた。
:言い方
:なんで投げ銭なんだ?
:普通のコメント、登録から時間経たないとできない設定だね
:人が増えてきて、なんか設定されてたやつ
:気持ちは分かるけど落ち着け
:レイさんに言っても無理だろ
:いや家族側ならこうなるのも分かる
:本物かどうかも分からないのに
:でも映像見たら冷静でいられないだろ
レイは投げ銭の文面を最後まで読んだ。
そして、静かに言った。
「知りませんよ」
短い言葉だった。
「私は、来店された方を客として扱います。事情を暴いたり、帰るべき場所を決めたり、誰かの元へ連れ戻したりすることはできません」
¥10,000
冷たすぎる。誘拐犯の仲間。全部作り物なら最低だし、本物ならもっと最低だ。金だけ取って逃げるな。
その瞬間、コメント欄の上に、灰色の通知が浮かんだ。
冥界神:該当ユーザーは、ブロックしました。
コメント欄が一瞬止まり、それからまた流れ始める。
:神様BANきた
:でも今回は笑えない
:暴言はだめだけど気持ちは分かる
:レイさん悪くない
:でも地球側は地獄だな
:本当に家族が見てたらどうなるんだ
:これ配信続けて大丈夫なのか
:切り抜きもう広がってる
:ネットニュースの速報あったぞ
レイはしばらく黙っていた。
それから、カウンターの上に置かれた加工器具を片付け始める。
さっきまで聖剣の鞘を調整していた道具。
取り外された古い魔石。削り粉。
支払われた金貨と、報酬の魔石や素材。
店内には、勇者と神殿騎士がいた痕跡がほんの少しだけ残っている。
だが、彼らはもういない。次に来る保証もない。
地球側でどれほど騒がれても、扉はそれに合わせて開くわけではない。
「……異世界召喚でしょう。聞いた事はあります」
レイはぽつりと言った。
「残酷ですよね。帰りたい方もいます、帰れない方もいます」
コメント欄の流れが、少し遅くなる。
「帰る場所を失った方もいます」
レイは古い魔石を、小さな布の上に置いた。
「そして、帰らないことを選ぶ方もいます」
:重い
:今の勇者がどれなのか分からない
:帰りたいって言ってた
:でも迷うとも言ってたよね
:こっちにも大事な人がいるんだろうな
:誰も正解分からない
「私ができるのは、店に来られた方を客として扱うことだけです」
レイはそう言って、配信に向き直る。
「必要なものを修理し、必要なものを売り、必要であれば依頼を受ける。それ以上のことは、承っていません」
:でも見ちゃった側はつらいな
:配信って怖いな
「今日の件について、私からこれ以上お話しできることはありません」
レイははっきりと言った。
それは拒絶というより、無関心に近いものだった。
「先ほどのお客様は、生きていました。それでは不満でしょうか」
その一言で、コメント欄が静かになる。
「そして、少なくとも私の店にいらした時、隣に心配してくれる方がいましたよね」
:それだけで泣く
:生きてた
:幸せそうだった
:それで救われる人もいるかもしれない
:逆につらい人もいるだろうけど
「それ以上は、その方ご自身のものです」
レイは視線を伏せた。
遠い世界で、誰かがこの配信を見て泣いているのかもしれない。
怒っているのかもしれない。
救われているのかもしれない。
けれど、それはレイには分からない。
分かったとしても、すべてを背負うことはできない。
冥界神:この配信は、登録から4週間以上経過した者のみがコメントできるよう制限されました。
冥界神:歴戦の視聴者の皆様、引き続き、当配信をお楽しみください。
冥界神:また、7日ほど投げ銭を切ります。治安の改善が見込める場合、制限を引き下げる可能性があります。
魔法道具店ラウンレイフィは、世界を越えた伝言板でも、救済機関でもない。
ただの店。
訪れた客に、必要な道具を渡す店である。
その一方で、配信の向こう側ではすでに切り抜きが拡散され始めていた。
(ただし、無断や悪意ある転載者には、神罰が下された。
普段見逃される軽犯罪が摘発されたり。
悪しき行いが、自らに呪いとなり降り注ぐ、死なない程度に精神を病む呪い。)
画面に浮かんだテロップには、日本・東京都、神宮寺当真、勇者という言葉が並び、その隣には彼と手を握る神殿騎士の少女の姿が映し出されていた。
帰りたいと思うという声と、今すぐ帰れるなら迷うという沈黙が重なり合い、それらは断片となって遠い世界の端末から端末へと流れていく。
誰かはそれを作り物だと笑い、誰かは悪趣味なAI映像だと怒り、誰かは行方不明者の名前を検索し、また誰かはその家族に知らせるべきか迷った。
しかし、そのどれもが、魔法道具店ラウンレイフィの扉を開く鍵にはならない。
柔らかな光が、棚を照らしている。
夜の来ない島には、相変わらず穏やかな風が吹いていた。
何事もなかったように。
けれど、配信の向こう側では、もう何事もなかったことにはできなくなっていた。
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セッション5:異世界の勇者
依頼:聖剣の鞘に組み込まれた魔石の交換。
結果:修理完了。
獲得:勇者神宮寺当真の来店記録、異世界に日本出身者が存在するという情報、地球側視聴者の動揺。
喪失:配信をただの創作として見られる安心、来店者の情報を安全に眺められる距離感。
変化:地球側で、魔法道具店ラウンレイフィの切り抜きが「行方不明者が映った動画」として拡散され始める。
次回以降、勇者が再び来店する保証はない。
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幕間『神のグループチャット』
冥界神:因果感染。不幸の計数が一定になるまで、対象『群』を追い詰めます。
冥界神:畏れの獲得。信仰ポイントとして店のアップグレードに充てます。
太陽神:おい、冥界神。お前やりすぎ! 対象を絞って、呪いは『足の小指を勢いよく当てる不幸』に緩和しろ。異世界の神から苦情が来てる。
冥界神:太陽神へ。これでも自制しています。
太陽神:次から、事前の相談なく『神罰』は下すな。調和が崩れると、出禁になる
冥界神:呪縛、対象は、悪意のある100名とその一等親まで――
太陽神:待て。一等親は除外しろ。数が多すぎる。あと死者は出すなよ
冥界神:当然です。では、それを含め100名『足の小指を勢いよく当てる不幸を(満年齢-2)回』を実行。自らの行いを悔い改め、他者を貶め財産を作る事の愚かさを知れ――。
太陽神:……まあ、いいか。これくらいなら
冥界神:死に逃げるなど生易しい。安全に、疾く苦しむが良い――。
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