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【4話】商品を盗む者


あなたは迷宮を歩く冒険者だった。

剣と革鎧を頼りに、仲間と暗い通路へ進んでいた。

誰もが明日を信じていたが、迷宮で道を踏み外した。

失敗や遅れは、そのまま結果として返ってくる。

追い詰められた者は、救いさえ獲物と見誤ることがある。

そして迷宮の奥には、時に見知らぬ扉が現れる。


---


 魔法道具店ラウンレイフィには、今日も夜が来ない。

 柔らかな光が窓から差し込み、棚に並んだ魔道具の金具を淡く照らしている。


「今日は拘束用のカードスペルを作っています」

:拘束用?

:急に物騒

:警察グッズみたいな?

:魔物用?

:この店で使うことあるんですか?


「ちなみに、カードスペルは一般的な魔法道具ではありません。最近、私が作り始めた形式です。魔法を小さな紙片に収めて、誰でも同じ結果を出しやすくするためのものですね」

:え、そうなの?

:普通に流通してるものかと思ってた

:ラウンレイフィ式魔法カード?

:オリジナル魔法じゃん


「まだ発展途上です。拘束用、道標、簡易治癒……必要になったものから少しずつ増やしています」

:必要になってから作るタイプ

:今回みたいなことがあると種類増えそう

:店のトラブルがそのまま新カード開発イベントになるのか

:道具屋というより魔法の研究施設なのかな

:客の声から生まれる新商品

「ええ。店に来る方は、それぞれ困りごとが違いますから。これからも、必要な魔法を形にしていければと思っています」

 宙に浮かぶクリスタルの中を、いつものようにコメントが流れていく。

 レイは細筆を置き、カードの端を指先で軽く押さえた。


「これが、暴れる魔物や、怪我をして動かない方がいい人を一時的に止めるためのものです」

:怪我人も止めるのか

:暴れる患者を固定するやつ

:ちゃんと医療用途もある

:使わないで済むのが一番だね


「はい。できれば、使う機会はない方がいいですね」

 レイはそう言って、完成したカードを乾燥台へ移した。

 カウンターの横には、素材を補充したばかりの木箱が置かれている。

 魔法紙。

 低級魔石。

 魔力定着剤。

 どれも、先日の昼食配信でラウンレイフィの仕入れ機能を使って取り寄せたものだった。


「カードスペルは、魔法の結果を安定させるための道具でもあります」

:結果を安定?

:利点はあるの?

:本人が魔法使うのとは違うの?


「違います。魔法を直接使う場合、術者の感覚や魔力の量に影響されます。カードスペルは、あらかじめ結果を狭めておくことで、誰が使っても似た効果になるようにしています」

:工業製品っぽい

:魔法の規格化か

:安全装置でもあるのかな


「そうですね。安全装置でもあります」

 レイは一枚のカードを持ち上げた。

 そこには、細い鎖のような紋様が描かれている。

「たとえば、さっきのこれは拘束用です。相手を傷つけず、動きを止めることに特化しています」

:便利

:でも悪用されそう

「悪用を防ぐため、私が使う為に作ったものは特殊な処理が施されています」

:判定あるんだ

:賢い

:魔法の倫理フィルター


「完璧ではありませんが、ないよりは安全です」

 その時。

 からん、と扉の鈴が鳴った。

 コメント欄が、ぴたりと止まる。

 来客がある間、レイからは遠い世界の文字が見えなくなる。

 店内に入ってきたのは、傷だらけの男だった。

 年齢は三十前後。

 革鎧は裂け、肩口には乾いた血がこびりついている。

 片方の手袋はなく、腰に下げた剣は鞘が既に朽ち始めている。

 髪は乱れ、目の下には濃い隈がある。

 疲れている。

 飢えている。

 そして、追い詰められている。

 男は扉の前で一度足を止め、店内を見回した。

 棚に並ぶ魔道具。

 壁にかけられた護符。

 カウンターにある上質な魔石。

 そして、カウンターの向こうに立つ、細身の女店主。

 他に客はいない。

 武装した護衛もいない。

 男の目に、一瞬だけ別の色が差した。

 助かった、ではない。

 奪えるかもしれない、という色だった。

 配信では、来店者を示すテロップが静かに浮かび上がる。


---


ダン・ロウワー

種族:人間

年齢:31歳

職業:元冒険者/迷宮荒らし

現在抱えている問題:

冒険者としての信用を失い、迷宮内で盗掘や強奪まがいの行為を繰り返している。

装備を失い、所持金もほとんどなく、追い詰められている。

来店理由:

迷宮内で逃走中、偶然ラウンレイフィの扉を見つけた。


---


「いらっしゃいませ。魔法道具店ラウンレイフィへようこそ」


 ラウンレイフィ――レイはいつもと変わらない声で言った。

 ダンは返事をしなかった。

 呼吸が荒い。

 だが、店内の品を見る目だけは妙にはっきりしている。

「……店、か」

 男は噂には聞いた事があった。ダンジョンの中で、転移トラップの先に『魔法道具店』というものがあるらしい、と。

「はい。魔法道具を扱っています」

「ここは、迷宮の中なのか」

「入口は、迷宮のどこかに繋がっています。店そのものは別の場所にありますが」

 ダンは舌打ちをしそうになり、しかし途中でやめた。

 理解できないことを考える余裕はない。

 今、必要なのは金だ。

 逃げるための道具だ。

 生き延びるために売れる何かだ。

 人はここまで追い詰められると、余計なことを考える余裕がなくなる。

 目の前にどれだけ整った顔立ちの女がいようと、欲情よりも先に浮かぶのは、生き延びるための算段だけだった。


「金はねえ」

「物々交換も受け付けています」

「物もねえ」

 ダンは苛立ったように言った。

 レイは少しだけ彼の装備を見た。破れた革鎧に歪んだ剣、空の薬瓶や乾ききった水袋が目に入り、まともな状態のものはほとんどないと分かった。

「でしたら、まずは応急手当をおすすめします。安価な治癒布と、迷宮の出口を示す簡易道標があります」

「払えねえって言っただろ」

「後払いは原則として受け付けていません。ただし、命に関わる場合は救命用の最低限の品をお渡しすることがあります」


 ダンの目が細くなった。

「タダでくれるのか」

「救命用に限ります。転売を目的の方にはお渡ししていません」

「……使えねえな」

 吐き捨てるような言葉だった。

 レイは表情を変えない。

 客である限り、客として扱う。

 それがレイが長年やってきた、お店のルールである。

「お水は必要ですか」

「いらねえ」

「座りますか」

「いらねえって言ってるだろ」

 ダンは店内を歩いた。

 足取りはふらついているが、目は棚を追っている。

 小さな護符や指輪、カードスペルの束に装飾のある短剣、瓶詰めされた薬液まで、視界に入るものすべてが金目の品に見えた。

 その中でも剣は、街の店ですら見たことのないほど実用に優れた上等品で、思わず手に取りたくなるほど元冒険者としての感覚を強く刺激してくる。

 ポーションも初めて目にする色と器に収められ、細工の凝りようからして、ただの消耗品ではないと一目で分かるものだった。


「ここ、ひとりでやってるのか」

「はい」

「護衛は?」

「いませんね」

「客もいねえな」

「……今は、そうですね」

 レイが視線をクリスタルに送る。説明することはないが、遠いどこかへこの光景が届いていることを、彼女は頭の片隅で思い描いていた。

 ダンは鼻で笑った。

 それは、目の前の店の在り方そのものを嘲るような、長くくぐもった笑いであり、迷宮に繋がる危険な場所でありながら、高価な品を無防備に並べ、護衛も置かずに細い女がひとりで店番をしているという状況が、あまりにも現実離れした愚かさに見えた。

 彼の経験からすれば、そんな場所がまともに成り立つはずがなく、もし今まで無事であったのだとすれば、それは単にまだ誰にも目を付けられていないか、あるいは奪う価値に気づかれていないだけに過ぎないとしか思えなかった。


「悪いな、店主さん」

 ダンの手が、棚の小箱へ伸びた。

 銀の留め具がついた、小さな魔道具の箱。

 蓋には細かな装飾とともに小粒の宝石がいくつも埋め込まれており、光を受けて静かに輝いている。

 その上品な輝きが、これがただの道具ではなく高価な品であることを無言で示していた。

 気づけばダンの指先は、その価値を確かめるように、無意識のうちに箱へと伸びていた。


「こいつは貰っていく」

「お支払いがまだです」

「払えねえって言っただろ」


 ダンは小箱を懐へ押し込み、出口へ向かおうとした。

 腐っても、ダンジョン内にある存在が『まとも』な事は少ない。

 それまで生き残ってきた経験則と、転移トラップに似た扉の性質を考えて、男は拙速を選んだ。

 早く盗みを終えたら、この場所から出るべきであると。


「商品を持ったままの退店は、お断りしています」

 レイはカウンターの向こうから静かに出る。

「どけ」

「商品をお戻しください」

「どけと言ってる」


 ダンは片手でレイの肩を押しのけようとした。

 その瞬間、彼の視界が回った。

 何が起きたのか、分からなかった。

 殴られたわけでも蹴られたわけでもなく、ただ手首を取られ、足の位置をわずかにずらされただけ。

 その一連の動きがあまりにも無駄なく正確だったため、ダンの身体は床へ沈み込み、肩が押さえられた。

 気づけば懐に入れていた小箱が音を立てて床へ転がり、何が起きたのか理解するより先に、自分が完全に制圧されているという事実だけが、重くのしかかってきた。


「……は?」

「商品をお戻しいただきます」

 レイは小箱を拾い、棚へ戻した。

 ダンは床に膝をついたまま、しばらく呆然としていた。

 自分が倒された。

 あの細い店主に。

 魔法を使われた様子もなく武器も持っていないのに、ただ触れられただけだった。


「てめえ……」

 怒りが、遅れて追いついてくる。

 ダンは歪んだ鞘から短剣を抜いた。

 短剣は長い年月と幾度もの戦いを経て、刃こぼれが目立ち、魔物の硬い皮膚や鱗を相手にするには、頼りないほどに使い込まれていた。

 振るえば重みはあるものの、かつての鋭さは失われ、深く斬り込むには頼りない。

 それでも、相手が人であれば話は別。

 鎧の隙間や無防備な首に刃を当てさえすれば、それで十分に致命傷を与えられる。

 力任せに振るう必要もなく、ただ確実に急所を狙えばいい。

 そう考えれば、この剣もまだ役目を終えたわけではないと、どこかで自分に言い聞かせていた。

「舐めやがって!」

 刃が走る。

 レイは半歩だけ下がった。

 カウンターの上に置かれていたハサミを手に取る。

「っ」

 短剣とハサミがかすかに噛み合い、乾いた金属音が一度だけ鳴ったかと思うと、レイは最小限の動きで刃の向きを逸らし、手首の力が抜ける角度へと導いてダンの短剣を床へ滑らせた。

 続けざまに振るわれた拳にも彼女は退かず、最小の動きで軌道をずらし、勢いのまま受け流す。

 気づいた時にはダンの身体は再び床に沈み、抵抗の余地もなく転がされていた。


「当店での暴力行為は禁止です」

 レイの声は、少しも乱れていなかった。

「商品への窃盗行為、攻撃行為を確認しました」

「ふざけるな……!」

 ダンは起き上がろうとした。

 その手が、床に置かれた短剣へ伸びる。

 レイはカウンターへ手を伸ばした。

 そこには、先ほどまで作っていた拘束用のカードスペルがある。


「拘束します」

 カードが淡く光った。

 鎖の紋様がほどけ、光の輪となってダンの手足へ巻きつく。

 次の瞬間、彼の身体は床へ押さえつけられた。

「ぐっ……!」

 痛みはない。

 だが、動けない。

 手首も足首も、見えない縄で固定されたように止まっている。

 ダンは必死にもがくが、光の輪はわずかにきしむだけだった。

「直接魔法を使うより、カードを挟んだ方が、片付けが楽なので」

 レイはそう呟いた。

 それはダンに向けた言葉というより、誰にともなく確認するような言葉だった。

 答えの見えないまま混乱だけが深まっていった。


「離せ……!」

「できません」

「俺をどうする気だ」

「退店していただきます」

 レイは床に落ちた短剣を拾い、刃の状態を見た。

 安物だ。

 刃こぼれも多い。

 だが、手入れの跡はある。

 少なくとも、最初から盗賊だった者の道具ではない。

 冒険者として迷宮へ潜っていた時期があったのだろう。

「こちらの短剣は危険物として、一時的にお預かりします」

「返せ!」

「店外へ転移後、あなたの近くに戻します。ただし、すぐ手の届く位置には置きません」

 ダンは歯を食いしばり、怒りと屈辱と恐怖が渦巻く感情を押し殺しながら、そのすべてを宿した目でレイを睨みつけた。

 胸の奥で暴れる感情が、言葉にならずに絡み合い、逃げ場のないまま視線だけが鋭く彼女へと突き刺さっていた。

「何なんだよ、お前は」

「この店の店主です」

「お前みたいな小娘が、何でそんなに強い……」

「長くやってると、いろいろな方が来ますから」

 レイはそれだけ答えた。

 それ以上は説明せず、強さを誇ることも相手を脅すこともなく、店内で商品を盗もうとした事のみに対処する。

 息の根を止められる訳でもなく、脅威とすら認識されていない。

 ダンにとって、それが何より悔しかった。


「もう……殺せよ……」

 レイはカウンターの引き出しから一枚のカードを取り出すと、それは商品とは異なる簡素なカードスペルで、端には小さく道標の紋様が描かれていた。

 過去、冒険者の少女に渡したものの廉価版。お試しで作った『出口の方向だけが分かる』代物である。


「これは迷宮の出口を示すカードです」

「いらねえ」

「代金は不要です。救命用ですので、売ることも譲ることもできません」

「そんなもの……」

「今のあなたには必要です」

 レイは一歩だけ距離を詰め、拘束されたままの男の視線に合わせるよう、わずかに身を屈めた。

「あなたから受け取るものは、今はありません」

 淡々とした声だった。

 拒絶でも怒りでもなく、価値がないと判断されたものを見るような目だった。

 敵を見る目ではなく、警戒も苛立ちも恐れもない。

 ただ道端の物乞いに、施しを与えるかどうかを考える時のような、感情の抜け落ちた目だった。

 自分は脅威ですらなく、奪う価値も、怒る価値もない。ただそこにいるだけの存在と理解し、その認識が胸の奥を鈍く締めつけた。


「ですが、ここで終わる必要もありません」

 救いの言葉のはずだったが、ダンにはそれが、余った食材を差し出されるような響きに聞こえた。

 何か言い返そうとしても言葉は出ず、怒鳴ることも笑うこともできないまま、喉の奥に引っかかる何かに息だけが荒くなる。

「ダンジョンで死ぬ人間が少なくなるのは、良い事です」

 それは優しさではなく、彼女が本気で思っている事だった。

 レイがカードを起動すると、淡い光が男の身体へ降り注いだ。

「これは貸しではありません。対価も不要です」

 ほんのわずかに、言葉を選ぶ間があった。

「ただ、生きて帰るための魔法です」

 男の呼吸が、わずかに乱れる。

「次に扉を見つけた時、願わくばお客様であったら幸いですね」

 それ以上は言わない。

 説教も、期待も、押し付けない。

 ただ、選べる余地だけを残す。

「今は、それで十分です」

 ダンの口が止まった。

 告げられたその言葉の意味はまだよく分からないが、確かに自分は何かを与えられたのだと理解できて、その事実が胸の奥に重く沈んだまま離れない。

 欲しいものでも、売れるものでもなく、ただ生きて迷宮を出るための道具を差し出されたことで、さっきまで暴力で奪おうとしていた自分の行いが急に遠く、そして歪んだものに思えてくる。

 なぜ自分はあの瞬間、力で支配すればいいと疑いもなく思ったのか。

 その選択は本当に正しかったのかと、初めて立ち止まって考えざるを得なくなっていた。

「なぜだ」

 ダンは低く言った。

「俺は、盗もうとした」

 男が居た国では、金が無い者が盗みで捕まれば死罪である。

 国があり、統治され、騎士が民を取り締まる仕組みはあるが、金の無い者、市民権を持たぬ貧困者を牢屋に閉じ込める事に、税金は投入されない。

 ただ殺して終わりである。

「はい」

「お前に刃を向けた」

「そうですね」

「なら、放り出せばいいだろ」

 レイは感情の籠らない言葉で、静かに言った。

「次に来る時は、お客様としてお越しください」

「……」

 ダンは何も言えなかった。

「……次なんか、あるか」

 その言葉には、先ほどまでの勢いがなかった。

「分かりませんよ」

 レイは答える。

「ですが、扉は気まぐれで現れます。この先もダンジョンに潜るなら、またお会いする事もあるでしょう」

 床の紋章が淡く光り始めた。

 店の退店処理である。

 窃盗や暴力を行った者を、店外へ強制的に転移させる機能。

 ダンの身体が、足元から薄れていく。


「待てよ!」

 ダンは声を上げた。

「俺の短剣は」

「あなたが転移した場所から、少し離れた位置へ戻します。拘束も少ししたら解けるので、探せば見つかりますよ」

「……くそ」

 言葉の最後は、店内に残らなかった。

 ダン・ロウワーの姿は、光の中に消えた。

 からん、と遅れて扉の鈴が揺れる。

 店内に、静けさが戻った。

 そして、宙に浮かぶクリスタルへ、止まっていた文字の群れが一気に流れ始める。


:え?

:何が起きた?

:戻った?

:今の客どうなった?

:なんか一瞬で終わってない?

:コメント見えない間に事件起きてた?

:店主さん平気?

:商品棚乱れてる?

:短剣落ちてる

:え、ガチ襲撃?

 レイは床に落ちていた短剣の鞘を拾い、カウンターの上へ置いた。

 棚から転がった小箱も、元の位置へ戻す。


「少し、問題のあるお客様でした」

:問題のあるお客様で済ませるな

:何があったの

:怪我ない?

:店主さん大丈夫?

「はい。怪我はありません」

:よかった

:でも短剣あったよね?

:武器抜かれた?


「店内で商品を持ち出そうとされたため、制止しました。その後、武器を抜かれましたので、拘束用カードスペルを使用しましたね」

:ガチじゃん

:怖っ

:店内戦闘イベント?

:カード使ったんだ

:レイさんなら魔法で止められそうなのに

「直接魔法を使うより、カードスペルを使った方が手間が少なくて済みます」

:手間?

:今の言い方怖い

 レイは少し考えた。

 どこまで説明するべきか、迷っているようでもあった。

「カードスペルは、結果が決まっています。拘束用なら、拘束するだけ。相手の動きを止め、傷つけないように作ってあります」

:なるほど

:安全装置付き

:直接魔法だと?

 レイはカウンターの上のカードを一枚取り、乾燥台へ戻した。

「直接魔法を使うと、加減が難しいことがあります」

:加減

:さらっと怖い

:店主さん側の出力が高すぎるってこと?

「たとえば、地を這う虫を追い払うのに、手足を振ったら、皆さんは潰さず手加減できます?」

:例えが物騒

:それ人に使ったらダメなやつ

:だからカードを挟むのか

「はい。カードスペルは、魔法の出力を絞る道具でもあります」

 コメント欄がざわつく。

:本人の魔法がデカすぎるのでは

:レイさん、やっぱり強い?

:今までも強そうだったけど

:店主が一番危険物説

 レイはそれ以上、自分の強さについて語らなかった。

 代わりに、床の紋章を確認し、退店処理が正常に行われたかを見た。

「問題ありません。迷宮内の安全な地点へ転移しました」

:安全な地点に飛ばしてあげたんだ

:優しい

:盗もうとしたのに

 レイは言わないが、一度でも盗賊に落ちた者が、そこから市民に上がるのは社会構造的に難しい。

 本人に問題があるか、周囲の環境に問題があるか。

 あるいはその両方か。

「なんとなく、出口の方向が分かる魔法を使ったので、帰りも大丈夫でしょう」

:優しい

:いや怖いけど優しい

:制圧して救命だけはする店

:店のルール厳しいけど命は取らない

 生き残ったとして、そこから容易な人生を送れるとは思わない。

 ただし、ラウンレイフィのこれまでの人生において、誰かに『ダンジョンで死ぬことはしないで欲しい』と思っていた。

 故に、本当に生死がかかった迷い人が来たら、身銭を切ってでも、送り出しているのだ。


「当店では、購入意思のある方をお客様として扱います」

 レイは短剣を布で拭い、刃筋を見て状態を軽く確認していた。

 残念ながら、元の品質が壊滅的すぎて、使い込まれたことで寿命を迎えていた。

 かろうじて錆びていないので、手入れ自体はされているのだろうが、金属が駄目になっていた。

「一応、盗みや暴力はお断りしています」

:当たり前

:でもダンジョンだとその当たり前が通じないのか

:店内規則きた

:概要欄に書こう

 どうにか短剣を使えるように出来ないか考えながら、コメントとのやり取りを楽しむ。

「概要欄……皆さんが見てるソレ、私自身が書いてる訳じゃないんですよね」

:出た

:店内ルールを書こう

:『盗まないでください』とか?

「それは、書かなくても分かると思うのですが」

:分からない人が来たんだよなあ

:現実でも、分からない人がたくさんいるし

:注意書きは大事

 レイは少し考え、カウンターの下から小さな木札を取り出した。

 そこに細い筆で文字を書いていく。

『店内での窃盗、暴力行為は禁止』

 書き終えると、入口の横へ掛けた。

:ルール追加

:普通のことしか書いてない

:でも大事

:魔法道具店の治安が一段上がった

「これで分かりやすくなりましたね」

:分かりやすい

:でも破ったらどうなるかも書いた方が

:強制退店されますって書こう

 レイは木札の下へ、もう一行書き足した。

『違反した場合、強制退店』

:草

:店っぽい

:この世から物理的に退店させられるやつ

「殺してませんよ」

 レイは少しだけ首を傾げた。

 コメント欄はしばらく騒がしかった。

 だが、時間が経つにつれ、少しずつ落ち着いていく。

:でもさっきの人、元冒険者っぽかった?

:テロップ見えた人いる?

:迷宮荒らしって出てた

:元冒険者って書いてあった

:落ちた冒険者か……

:ミナちゃんも一歩間違えたらああなるのかな

:ロウガンさんとは真逆だな

 レイはそのコメントを見て、少しだけ目を伏せた。

「ダンジョンでは、いろいろな方が道を誤ります」

 短い言葉だった。

 責めるでもなく、許すでもない。

 ただ、長い時間の中で何度も見てきた事実を口にするような響きだった。

「ですが、引き返せないとは限りません。難しいですが」

:次に来る時は客として、っていいな

 レイは拘束用カードスペルの束を整え、箱へ戻した。

「使う機会はない方がいいのですが」

:さっそく使ったね

:フラグ回収早すぎ

:作っててよかった

「そうですね」

 短剣に魔力を流して、あと何回か振り回せる程度には、無理やり補強する。

 すると数秒後にその場から消え、遠く持ち主の元へ運ばれていった。


「では、補充分をもう一枚作っておきましょう」

 レイは新しい魔法紙を一枚取り出した。

:魔法っぽい

:仕事に戻るの早い

:メンタル強い

:店主の日常なんだな



---


 セッション4:商品を盗む者

 結果:襲撃失敗。

 獲得:店内規則の明文化、拘束用カードスペルの実用例、店主が無防備ではないという理解。

 喪失:ダン・ロウワーの短剣一時没収、盗品を持ち出せるという思い込み、店主が弱いという誤解。

 変化:視聴者は、レイが魔法を使わずとも十分に強く、カードスペルを安全のために使っていることを知った。




挿絵(By みてみん)




本編中、アンチコメントはモデレーターの神様が弾いています。

冥界神が、ラウンレイフィのメンタルケアも担当しています。

同時接続は、回を追うごとにじわじわ上がっています。


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