95:犯罪排除
治安。
夜。
都市国家クルザード。
中央市場。
昼間の喧騒は消えていた。
石畳。
街灯。
酒場の灯り。
遠くから聞こえる笑い声。
焼き串の香り。
湯気。
パン窯の熱。
冬の冷気すら、この街ではどこか柔らかい。
人が生きている音がした。
だからこそ。
そこに混ざる“異物”は目立つ。
屋根の上。
カタリナが低く伏せていた。
斥候。
視線が夜を舐める。
「確認」
小声。
通信魔導具。
「東区画裏路地」
「三人」
「薬物取引」
即座に返答。
「捕縛優先」
クルザードだった。
彼は中央管理棟の一室で、水晶板を見ている。
都市全域。
魔力反応。
巡回位置。
通報。
全部繋がっていた。
この国の治安は、“気合い”で維持されていない。
構造で維持されている。
そこが恐ろしかった。
裏路地。
男達が袋を開く。
「これだけあれば相当――」
影。
次の瞬間。
闇拘束。
黒い帯が男達の足を絡め取る。
「なっ!?」
さらに。
風圧。
呼吸が止まる。
壁。
ティグリス。
巨大な影が落ちる。
「動くな」
低い声。
獣人の圧。
三人の男達は顔面蒼白になった。
「ま、待て!」
「俺達はただの商人だ!」
カタリナが静かに袋を拾う。
鑑定。
【依存性薬物】
違法精製
精神汚染率:高
中毒性:危険
「終わりね」
男の一人がナイフを抜こうとした。
瞬間。
金属が溶けた。
「……え?」
アラン。
金属魔法。
刃が液体のように崩れ、そのまま男の腕を拘束する。
「抵抗は非推奨だ」
静かな声だった。
その静けさが逆に怖い。
クルザードは“暴力で押さえ込む国”を作っていない。
犯罪が成立しない国を作っている。
だから。
犯罪者側が圧倒的に不利だった。
翌朝。
市場掲示板。
昨夜の逮捕者情報が張り出されていた。
【違法薬物取引】
【強制労働刑】
【再犯時:永久追放】
民は静かに読む。
誰も騒がない。
もう理解している。
この国では。
犯罪コストが高すぎる。
昼。
食堂。
焼きたてパン。
シチュー。
燻製肉。
香草。
湯気。
兵士達が食べている。
元難民。
元傭兵。
今は都市警備兵。
「前の国じゃ考えられねぇな」
男が呟く。
「飯が出る」
「給料が出る」
「怪我も治る」
「家まである」
横の男が笑った。
「そりゃ盗賊減るわ」
そこだった。
クルザードの治安政策は単純。
生活を壊さない。
未来を潰さない。
だから人は犯罪に走りにくい。
だが。
甘くはない。
犯罪者には徹底的だった。
中央監獄。
地下。
石壁。
清潔。
臭くない。
看守がいる。
食事も出る。
でも逃げられない。
魔法封印。
拘束術式。
監視ゴーレム。
全部揃っている。
犯罪者達は理解していた。
ここは“腐った国の牢獄”じゃない。
管理されている。
だから怖い。
一人の男が吐き捨てた。
「化け物国家め……」
その瞬間。
水。
男の喉元で止まる。
窒息寸前。
クルザードだった。
静かに歩いてくる。
「勘違いするな」
「お前達を苦しめたいわけじゃない」
「壊されたくないだけだ」
男達は息を呑む。
怒鳴らない。
殴らない。
なのに圧倒的。
クルザードは続ける。
「働け」
「再犯しなければ戻せる」
「能力があるなら使う」
「ないなら教える」
「でも壊すなら排除する」
合理。
徹底している。
だからぶれない。
夜。
会議室。
マチルダが報告書を読む。
「犯罪率、前月比三割減」
「窃盗激減」
「暴力事件も減少」
ヴァレリアが笑う。
「そりゃそうでしょ」
「仕事あるもの」
「飢えないもの」
「教育あるもの」
「盗む理由が減る」
ジェシカが補足する。
「あと衛生」
「酒場周りの病気も減ってる」
「薬物汚染もかなり抑えられてる」
クルザードは地図を見る。
治安は。
単独では成立しない。
食料。
住居。
雇用。
教育。
全部繋がる。
だから。
国家運営そのものが治安維持だった。
ティグリスが椅子に座る。
「それでも流れてくるぞ」
「犯罪者」
「国が崩れてるからな」
クルザードは頷いた。
「来るだろうな」
「だから選別する」
そこだった。
この男は理想論を言わない。
善人だけ集まるなんて思っていない。
人が増えればゴミも混ざる。
当然。
だから排除する。
必要なら容赦なく。
深夜。
都市外周。
吹雪。
門前。
十数人の集団。
盗賊だった。
流民を装って潜り込むつもりだった。
「この国は甘いらしいぜ」
「飯も仕事もある」
「入り込めば勝ちだ」
笑う。
その瞬間。
風。
空気が裂ける。
全員の首筋に氷刃。
「……は?」
門上。
エリザベス。
騎士鎧。
白い吐息。
「そこで止まれ」
盗賊達が武器を抜こうとした。
次の瞬間。
地面が盛り上がる。
土牢。
石壁。
一瞬で閉じ込められた。
「なっ!?」
さらに。
光。
索敵術式。
虚偽反応。
全部浮かび上がる。
逃げ場がない。
門が開く。
クルザードが出てきた。
静かだった。
怒っていない。
その無表情が怖い。
「鑑定」
情報が流れる。
殺人。
強盗。
人身売買。
全部見える。
クルザードは即断した。
「永久収監三」
「強制労働六」
「軽犯罪二は農地送り」
盗賊達が青ざめる。
「ま、待て!」
「話を――」
「聞いた」
「終わりだ」
そこに情緒はない。
でも。
間違いもない。
エリザベスが小さく息を吐く。
「……怖いくらい早い」
クルザードは門の外を見る。
遠く。
まだ人影が続いている。
流民。
難民。
崩壊国家。
終わらない。
この世界は壊れ始めている。
だから。
ここに集まる。
生きられる場所へ。
翌日。
市場。
子供達が走っている。
パン。
スープ。
笑い声。
商人の呼び込み。
鍛冶の音。
全部混ざる。
安心。
平和。
それを作るには。
排除が必要だった。
ベッティーナが言う。
「結局、“優しい国”ってのは」
「強くないと無理なんだな」
クルザードは答える。
「違う」
「壊させない覚悟が必要なんだ」
優しさだけでは守れない。
でも。
暴力だけでも続かない。
食。
教育。
医療。
仕事。
治安。
全部繋がる。
だからこの国は強い。
そして。
本当に恐ろしいのは。
民がそれを理解し始めていることだった。
「この国なら生きられる」
その確信。
それが。
最強の支配だった。




