94:選別
鑑定本領。
朝。
都市国家クルザード。
東門。
まだ陽が昇り切る前だというのに、人の列は既に地平線まで続いていた。
移住希望者。
荷馬車。
徒歩。
傷病者。
兵士。
職人。
農民。
商人。
貴族崩れ。
全部混ざっている。
国が壊れる時、人はまず流れる。
その流れはもう止まらなかった。
門前では巨大な白布の天幕が並び、移住審査が行われている。
中央。
長机。
その先に座っているのは、クルザード本人だった。
周囲にはティグリス、カタリナ、マチルダ、ヴァレリア。
さらに武装兵。
だが空気は殺気ではない。
静かな緊張。
ここで人生が決まる。
皆わかっていた。
「次」
クルザードが言う。
男が前に出た。
三十代。
痩せ。
右腕に古傷。
目線が泳いでいる。
「名前」
「……ロド」
「職業」
「農民だ」
クルザードは男を見る。
鑑定。
今では視界が違った。
昔のように情報洪水に飲まれない。
必要なものだけを抜き出せる。
脳が。
世界を整理できるようになっていた。
情報が流れる。
【ロド】
年齢:34
元傭兵
窃盗歴:三回
暴行:二件
農業経験:半年
虚偽率:高
集団扇動傾向:中
酒依存:強
危険性:中
クルザードは静かに言う。
「農民じゃないな」
男の顔が固まる。
「……な、何言って」
「傭兵崩れだ」
「窃盗歴あり」
「暴力歴あり」
「前の国で追われてる」
周囲がざわつく。
男が立ち上がろうとした瞬間。
影。
闇拘束。
黒い帯が男の両腕を絡め取る。
「ぐっ!?」
ティグリスが前に出る。
「連行」
男は叫ぶ。
「何でわかる!?」
クルザードは答えない。
必要がない。
ここは。
もう“善意だけの村”じゃない。
国家。
だから選別が必要だった。
次。
老婆。
孫を連れている。
痩せていた。
目は死んでいない。
【ミレア】
年齢:61
薬草知識:高
育児経験:豊富
識字:低
犯罪歴:なし
健康:衰弱
危険性:なし
「通せ」
老婆が泣き崩れる。
「ありがとうございます……」
クルザードは次を見る。
「医療区へ回せ」
「まず食わせろ」
デニーゼが頷いた。
流れる。
止まらない。
選別。
処理。
振り分け。
都市国家クルザードは、もはや人力だけで回る規模ではない。
だから。
仕組みが必要だった。
巨大な水晶板。
鑑定情報記録。
職業分類。
技能分類。
危険度。
住居配置。
労働割当。
全部連動している。
マチルダが資料を確認する。
「鍛冶区、追加百二十受け入れ可能」
「農業区は?」
「まだ余裕あり」
「教師不足」
クルザードは即答。
「識字持ちを教育区優先」
「元役人も使う」
「腐敗してない奴だけな」
合理。
感情じゃない。
能力を見る。
それがこの国の恐ろしさだった。
昼。
市場。
人で溢れている。
香辛料。
干し肉。
燻製魚。
焼きたてパン。
味噌。
酒。
湯気。
香り。
活気。
全部混ざる。
移住してきた人々が、呆然と市場を見ていた。
「……なんで肉があるんだ」
「冬だぞ」
「野菜もある……」
「病人が普通に歩いてる……」
元兵士の男が呟く。
横で子供がパンを食べていた。
笑っている。
その光景に、男は黙った。
前の国では。
冬に子供が笑う余裕なんてなかった。
市場中央。
巨大鍋。
今日の炊き出し。
魚味噌鍋。
野菜たっぷり。
脂が浮いている。
湯気。
香り。
空腹を直接殴ってくる。
列ができる。
誰も奪わない。
ちゃんと全員に回るから。
それが秩序だった。
ヴァレリアが笑う。
「結局、食料支配が一番強いわね」
「飢えない」
「それだけで人は従う」
クルザードは首を振る。
「違う」
「“安心して明日を考えられる”だ」
そこだった。
腹が満たされるだけじゃない。
未来がある。
だから人が残る。
だから国になる。
午後。
問題が起きた。
移住希望者同士の乱闘。
原因。
割り込み。
元兵士集団だった。
荒れている。
武器も持っていた。
「どけぇ!」
「先に通せ!」
空気が張る。
周囲の難民達が怯える。
次の瞬間。
風。
圧力。
空気が落ちた。
クルザード。
風属性。
圧。
兵士達が地面に膝をつく。
「がっ……!?」
さらに。
土拘束。
石の腕が絡みつく。
一瞬。
完全制圧。
静寂。
クルザードが言う。
「ここは前の国じゃない」
「暴力で順番は変わらん」
兵士達は息を呑む。
強い。
でも。
理不尽じゃない。
そこが怖い。
ティグリスが笑う。
「最近、だいぶ制御うまくなったな」
「前は街ごと吹き飛ばしかけてた」
「……忘れろ」
少しだけ空気が緩む。
周囲の難民達も安心した。
この国は。
強い。
でも。
守ってくれる。
夜。
会議室。
各区画責任者が集まる。
人口。
食料。
衛生。
教育。
全部報告される。
マチルダが言う。
「問題は第二世代」
「移住者の子供達?」
「そう」
「教育速度が追いつかない」
ジェシカが頷く。
「衛生知識も足りないわ」
「病気は減ったけど、人口密度が危険」
クルザードは地図を見る。
思考。
流れ。
配置。
全部頭の中で繋がる。
「学校を増設」
「下水区画も拡張」
「教師育成を急ぐ」
「識字教育を全体に」
止まらない。
この男は。
問題を見ると。
解決まで一直線だった。
ヴァレリアが苦笑する。
「本当に化け物ね」
「普通、人口急増って国家崩壊案件よ」
「なのに回してる」
クルザードは静かに答えた。
「回してるんじゃない」
「回るように作ってる」
そこだった。
人に頼らない。
構造で支える。
だから巨大化できる。
深夜。
移住管理局。
まだ灯りがついている。
審査は終わらない。
列も終わらない。
クルザードは水晶板を見ていた。
情報。
能力。
犯罪。
健康。
人格。
全部流れる。
昔。
この力は呪いだった。
情報が多すぎて壊れかけた。
でも今は違う。
意味がある。
人を活かせる。
国を作れる。
ティグリスが壁に寄りかかる。
「眠らなくていいのか?」
「後で寝る」
「またそれか」
クルザードは苦笑した。
「今しか作れない」
都市国家クルザード。
成長速度は既に異常。
でも。
本当に恐ろしいのは。
まだ完成していないことだった。
選別。
教育。
食。
物流。
医療。
技術。
全部が噛み合い始めている。
そして。
中心にいる男は。
ようやく自分の力の本当の使い方を理解し始めていた。
鑑定。
それは。
“強さを見る力”ではない。
“人を正しい場所へ置く力”だった。
だから。
この国は止まらない。
誰よりも人を理解する男が。
世界そのものを再配置し始めていた。




