93:移住制限
制御不能。
朝。
都市国家クルザード外縁。
門前。
人。
人。
さらに人。
列が終わらない。
荷車。
痩せた馬。
抱えられた子供。
古びた鎧。
農具。
人生そのものを背負って、人々が押し寄せていた。
獣人。
人間。
エルフ。
ドワーフ。
兵士。
商人。
職人。
農民。
全員同じ顔をしている。
“ここなら生きられる”
その目だった。
門の上から見下ろしていたティグリスが、呆れたように息を吐く。
「また増えてるぞ」
昨日より。
明らかに。
三倍。
門前広場が埋まり始めていた。
カタリナが高速で報告を読む。
「西方難民、二千」
「元兵士八百」
「鍛冶職人三百」
「医療関係百二十」
「孤児……六百超え」
静かになる。
クルザードは門の外を見る。
遠く。
列はまだ続いていた。
つまり。
もう国境が機能していない。
他国が崩れ始めている。
「理由は?」
クルザードが聞く。
ヴァレリアが答えた。
「食料暴騰」
「徴税強化」
「徴兵」
「冬越え失敗」
「あと」
少し間を置く。
「……こっちの噂」
それだった。
この国の飯は美味い。
冬でも食える。
治療がある。
教育がある。
子供が死なない。
兵士でも畑を持てる。
風呂がある。
盗賊が出ない。
税が軽い。
つまり。
“普通に生きられる”。
それが。
世界で一番強い。
門前で小さな騒ぎが起きた。
若い男が倒れる。
痩せていた。
兵士崩れ。
腕には古傷。
子供を抱えている。
デニーゼが駆け寄る。
「栄養失調ね」
光魔法。
淡い光。
男の呼吸が戻る。
周囲の難民達が息を呑んだ。
「治療……無料なのか?」
「今はな」
クルザードが答える。
男が震えた。
「俺達の国じゃ……金がないと見捨てられた」
クルザードは何も言わない。
ただ。
現実を見ている。
人は。
生きられる場所へ流れる。
当然だった。
マチルダが眉を寄せる。
「このままだと限界が来る」
「食料は?」
「今は持つ」
「住居が足りない」
「学校も」
「下水処理も追いつかない」
都市国家。
既に巨大。
それでも。
増加速度が異常だった。
理由。
他国が崩壊しているから。
しかも。
まだ序章。
頭脳流出。
兵士流出。
技術流出。
国家の血が抜けている。
当然。
残るのは。
腐敗。
無能。
暴力。
だからさらに人が逃げる。
負の連鎖。
止まらない。
会議室。
主要メンバーが集まる。
地図。
人口推移。
食料生産量。
全部広がっていた。
マチルダが指を置く。
「現在人口、十八万突破」
「三ヶ月前の倍よ」
異常。
国家規模だった。
ヴァレリアが続ける。
「市場は活性化してる」
「税収も増えてる」
「でも」
「制御できない速度」
そこが問題。
クルザードは黙って考える。
静か。
誰も急かさない。
この男は。
止まって見える時ほど。
頭が動いている。
やがて。
口を開いた。
「移住制限をかける」
空気が止まる。
ティグリスが目を細める。
「……切るのか?」
「切らない」
「選別する」
違う。
それがクルザード。
感情じゃない。
構造を見る。
「子供」
「技術者」
「医療」
「農業」
「教育」
「こっちで回せる人材を優先」
「犯罪者は弾く」
合理。
だが冷酷ではない。
ジェシカが頷く。
「病人は?」
「隔離区を増設」
「治療する」
切り捨てない。
でも。
全部は抱えない。
国家とはそういうものだった。
ガルドが腕を組む。
「住居足りねえぞ」
「南区を広げる」
「石造集合住宅」
「上下水を先に通す」
即答。
もう流れがある。
迷わない。
だから。
国が回る。
翌日。
移住管理局が設立された。
巨大な白石建築。
前には長蛇の列。
鑑定。
職業。
健康。
犯罪歴。
技能。
全部見る。
クルザード自身も立っていた。
鑑定。
今では。
意味を持つ。
昔のように情報に潰されない。
必要なものだけを抜き出せる。
「次」
痩せた男。
元農民。
家族持ち。
犯罪歴なし。
農地経験十年。
「通せ」
「次」
女。
元薬師。
識字あり。
「医療区へ」
「次」
盗賊。
窃盗常習。
暴力歴。
隠している。
でも。
クルザードには見える。
「拘束」
一瞬。
影が動く。
闇拘束。
男が地面に叩きつけられた。
列が静まる。
怖い。
でも。
安心でもある。
ここは。
悪党が通れない。
それが大事だった。
夜。
食堂。
今日も人で溢れている。
鍋。
パン。
スープ。
焼き魚。
香り。
湯気。
笑い声。
疲れ切った難民達が、泣きながら食べていた。
「……温かい」
老婆が呟く。
それだけ。
それだけで涙が出る。
ティグリスが酒を飲みながら笑う。
「また増えたな」
「止まらん」
クルザードも椀を持つ。
味噌鍋。
魚出汁。
冬野菜。
身体に染みる。
周囲を見る。
エルフの子供。
ドワーフ職人。
元兵士。
商人。
全部混ざっていた。
昔なら。
争っていた連中。
今は。
同じ鍋を囲っている。
理由。
生きられるから。
それだけだった。
マチルダが席に座る。
「他国から抗議が来てる」
「人材を奪うなって」
クルザードは鍋を食べる。
「奪ってない」
「勝手に来る」
事実だった。
縛れない。
人は。
生きられる場所へ流れる。
止めたいなら。
自国をまともにすればいい。
それだけ。
でも。
できない。
だから崩れる。
ヴァレリアが資料を置く。
「問題は次よ」
「食料?」
「違う」
「期待」
静かになる。
「皆、“ここなら全部解決する”と思ってる」
それは危険だった。
理想国家。
救済国家。
そんなものではない。
クルザードははっきり言った。
「勘違いするな」
「ここは楽園じゃない」
「働け」
「学べ」
「支えろ」
「その代わり生きられる」
厳しい。
でも。
誠実だった。
誰か一人に寄りかからない。
国家とは。
全員で回すもの。
だから。
持続する。
深夜。
都市国家クルザード。
街灯が並ぶ。
光が道路を照らす。
夜なのに。
人が歩いている。
安全だから。
店も開いている。
劇場も。
酒場も。
市場も。
笑い声。
音楽。
鍛冶音。
物流ゴーレムの車輪音。
全部動いている。
止まらない。
クルザードは高台から都市を見る。
巨大だった。
もう。
村ではない。
街でもない。
文明だった。
ティグリスが隣に来る。
「怖くないのか?」
「何がだ」
「人が集まりすぎる」
クルザードは少し考えた。
「怖いさ」
「でも」
街を見る。
「止められない」
それが真実。
食。
物流。
教育。
医療。
衛生。
安心。
一度知った人間は。
もう戻れない。
だから。
この流れは止まらない。
都市国家クルザード。
それはもう。
一地方勢力ではなかった。
世界そのものを飲み込み始めていた。




