88:比較
格差露呈。
春。
街道は人で埋まり始めていた。
南から商隊。
北から避難民。
東から流れ者。
西から兵士。
全部。
クルザードの街へ向かう。
理由は単純。
「生きられるから」
それだけだった。
朝。
市場はいつものように湯気に包まれている。
肉を焼く音。
パン窯の熱。
味噌スープの香り。
魚を揚げる油音。
人が笑う。
値段を交渉する。
子供が走る。
誰かが転び。
誰かが笑う。
普通の光景。
でも。
他国から来た者には異常だった。
「……なんで肉が毎日あるんだ」
痩せた男が呟く。
元王国兵。
鎧は傷だらけ。
顔色悪い。
家族連れ。
娘は細い。
妻は疲れ切っている。
それでも。
目の前。
肉串。
湯気。
香り。
現実感がない。
屋台の獣人が笑った。
「食うか?」
「金は後でいい」
男は固まった。
「……え?」
「腹減ってんだろ」
娘が肉を見ていた。
視線。
離れない。
獣人は串を渡した。
「熱いから気をつけろ」
少女がかじる。
肉汁。
目が見開く。
涙。
母親も泣いた。
男は俯く。
「……俺の国じゃ」
「冬に子供が死ぬ」
獣人は肩をすくめる。
「ここじゃ減った」
「クルザードが変えた」
市場の中央。
物流板。
本日の価格。
小麦。
肉。
塩。
薬草。
全部管理されている。
暴騰しない。
つまり。
飢えない。
それだけで。
国は安定する。
ヴァレリアが数字を確認していた。
「北区の燻製在庫増やして」
「魚便が早すぎる」
「塩倉庫追加」
商人達が即動く。
速い。
無駄がない。
それを見た他国商人が呆然とした。
「……王都より動きが速い」
さらに。
道路。
整備済み。
馬車が沈まない。
物流ゴーレムが荷を運ぶ。
夜でも街灯。
盗賊は即拘束。
つまり。
物流が止まらない。
商人が逃げない。
だから物が集まる。
結果。
価格安定。
全部繋がっている。
昼。
医療院。
行列。
でも。
絶望感がない。
治るから。
デニーゼが診察している。
「次」
「咳いつから?」
「三日前です……」
薬。
清潔な水。
栄養。
回復魔法。
患者は治っていく。
その横。
他国から来た老婆が震えていた。
「……無料なのかい」
「安いだけ」
デニーゼは答える。
「働けるなら働いて返して」
老婆は泣いた。
王国では。
金が無ければ死ぬ。
ここでは。
生きられる。
差。
あまりにも。
露骨だった。
学校。
子供達が計算している。
獣人。
人間。
エルフ。
全部混ざっている。
「二十七×四は?」
「百八!」
「正解!」
他国貴族の従者が呟く。
「平民が計算してる……」
恐怖だった。
教育された平民。
それは。
既存国家から見れば脅威。
でも。
クルザード側は違う。
教育された方が効率いい。
それだけ。
マチルダが黒板を書く。
「衛生」
「手を洗う理由」
「病気は広がる」
子供達が真剣に聞く。
つまり。
次世代。
既に強い。
夕方。
街外れ。
新規流入者の居住区。
建設中。
土魔法。
石魔法。
建屋が組み上がる。
速い。
兵士達が動いている。
元他国兵。
今は建築班。
「柱固定!」
「水路ずらすな!」
声が飛ぶ。
統率。
高い。
理由。
飯。
給料。
安全。
全部ある。
だから逃げない。
そこへ。
王国騎士団の一団が到着した。
視察。
名目上は。
実態は確認。
本当に噂通りか。
隊長格の騎士が街を見る。
沈黙。
「……なんだここは」
兵士の目が死んでいない。
民が怯えていない。
道が綺麗。
臭くない。
子供が太っている。
あり得ない。
副官が呟く。
「王都より豊かです」
「馬鹿言うな」
「……ですが」
言い返せない。
現実。
見えている。
さらに。
兵士達。
街を見て動揺していた。
「……あれ元第二防衛隊だ」
「本当だ」
「なんでここに」
元同僚。
今。
笑って働いている。
顔色が良い。
筋肉が戻っている。
しかも。
家族連れ。
隊長は理解する。
流出。
止まらない。
何故なら。
比較してしまう。
兵士寮。
腐ったパン。
遅配。
暴力。
対して。
ここ。
温かい飯。
風呂。
治療。
給料。
教育。
比較した瞬間。
終わる。
夜。
酒場。
元兵士達が飲んでいた。
酒。
焼き魚。
味噌鍋。
笑い声。
王国騎士達は別席で見ていた。
「お前ら戻らないのか」
一人が聞いた。
元兵士は笑う。
「戻る理由あるか?」
「……」
「娘が笑うんだぞ」
「戻れるかよ」
誰も反論できない。
さらに。
劇場。
夜なのに人がいる。
娯楽がある。
つまり。
余裕がある。
貧困国家には存在しない光景。
騎士達は完全に理解した。
この国。
豊か。
しかも。
強い。
理由は単純。
人を消耗品として見ていない。
その時。
外。
騒ぎ。
盗賊。
三人。
逃走。
一瞬。
影が動いた。
「シャドウバインド」
地面から影。
拘束。
転倒。
終わり。
住民は驚かない。
日常。
騎士達だけが固まった。
「……今のなんだ」
「防犯術式です」
警備兵が普通に答える。
「街全域に張ってます」
隊長は頭を抱えた。
比較。
全部負けている。
治安。
物流。
食。
医療。
教育。
給料。
兵士待遇。
娯楽。
衛生。
道路。
水路。
何も勝てない。
王都。
同時刻。
貧民街。
子供が凍えていた。
パンは高騰。
薬不足。
盗賊増加。
兵士逃亡。
税増加。
貴族は宴会。
そして。
人々は噂する。
「南へ行け」
「あそこなら生きられる」
「クルザードの街へ」
流れ。
止まらない。
王国はまだ理解していない。
戦争で負ける前に。
国家は内部から崩れる。
人が離れる。
技術が離れる。
兵士が離れる。
商人が離れる。
つまり。
国の中身が抜ける。
クルザードは戦争していない。
侵略もしていない。
でも。
結果として。
周囲を削っていた。
深夜。
クルザードは街を見ていた。
街灯。
笑い声。
流れる水。
湯気。
生きている街。
ティグリスが隣に立つ。
「増えたな」
「ああ」
「怖くないのか?」
クルザードは少し考えた。
「問題は増える」
「でも人も増える」
「なら回る」
単純。
合理。
ティグリスは笑った。
「お前らしい」
遠く。
また馬車が来る。
避難民。
商人。
職人。
兵士。
全部。
ここへ来る。
比較してしまったから。
もう戻れない。
快適さを知った人間は。
不自由へ戻れない。
それが。
最も静かで。
最も恐ろしい。
国家侵略だった。




