86:兵士流入
他国崩壊。
雪が降っていた。
国境街道。
白く染まった道を。
大量の人影が歩いている。
兵士。
元兵士。
脱走兵。
騎士崩れ。
傭兵。
家族連れ。
荷車。
痩せた馬。
全員。
疲れ切っていた。
「……本当にあるのか?」
一人の男が呟く。
「飯が余ってる国」
「冬でも死なない街」
「怪我を治してくれる場所」
隣の兵士が乾いた笑いを漏らした。
「おとぎ話だろ」
でも。
彼らは歩くしかない。
もう戻れない。
祖国は崩れていた。
理由は単純。
食料不足。
重税。
物流崩壊。
腐敗貴族。
徴兵。
さらに。
冬。
つまり。
詰み。
兵士達は知っていた。
王都は宴会している。
なのに。
地方は餓死。
補給も来ない。
だから逃げる。
当然だった。
その頃。
クルザードの国家。
朝。
湯気が立つ。
パンの香り。
味噌汁。
肉鍋。
物流ゴーレムが走る。
市場が動く。
つまり。
冬でも通常営業。
門番が遠くを見た。
「……また来たぞ」
門前。
百人以上。
兵士達が並んでいた。
剣はボロボロ。
鎧も傷だらけ。
顔色が悪い。
子供連れもいる。
ティグリスが腕を組む。
「増えたな」
「予想通りだ」
クルザードは静かだった。
彼は分かっていた。
国家は。
“比較”で崩れる。
昔なら耐えられた。
皆苦しかったから。
でも今は違う。
この国がある。
つまり。
比較対象が生まれた。
結果。
他国民は気づく。
「あれ?」
「うちの国、おかしくね?」
そして崩壊する。
門前。
兵士達は警戒していた。
追い返される。
普通はそう。
どこの国も。
余所者は嫌う。
しかも兵士。
危険。
でも。
門番は普通に言った。
「列を作れ」
「まず飯だ」
一瞬。
全員止まった。
「……飯?」
「温かいスープある」
「怪我人は医療院」
「武器は預かる」
「暴れるなら拘束」
合理。
感情じゃない。
つまり。
管理可能なら受け入れる。
兵士達は恐る恐る中へ入った。
その瞬間。
香りが広がる。
肉。
パン。
味噌。
燻製。
誰かの腹が鳴った。
食堂。
巨大鍋。
湯気。
子供達が夢中で食べている。
元兵士達は。
完全に固まっていた。
「……なんだこれ」
「冬だぞ」
「肉がある……」
「パンが柔らかい……」
デニーゼが負傷者を見ていた。
「次」
「腕見せて」
「熱あるわね」
「栄養不足」
治療。
消毒。
薬。
全部ある。
兵士達は混乱していた。
自国軍より環境が良い。
意味が分からない。
クルザードは全員を見ていた。
鑑定。
走る。
【剣術:中級】
【指揮経験あり】
【農業知識あり】
【犯罪傾向:低】
【忠誠対象喪失】
【疲労:極大】
見える。
つまり。
使える。
ヴァレリアが帳簿を見ながら聞く。
「受け入れるの?」
「ああ」
「かなり増えるわよ」
「問題ない」
「食料は?」
「余ってる」
農地拡張。
保存食。
海運。
物流。
全部繋がっていた。
つまり。
この国家は。
“受け入れ可能”。
そこが強い。
午後。
元兵士達へ説明。
広場。
クルザードが前に立つ。
「この国は働く者を拒まない」
「ただし」
「略奪」
「暴力」
「怠慢」
「裏切り」
「全部排除する」
静かな声。
でも。
重い。
兵士達は理解する。
この男。
本物だ。
理想論じゃない。
現実。
だから信用できる。
一人の元騎士が前へ出た。
「……本当に家族も生きられるのか」
「働け」
「なら食える」
「子供は?」
「学校行ける」
「病気は?」
「医療院がある」
「税は?」
「軽い」
沈黙。
そして。
男は泣いた。
「……なんでそんな国があるんだよ」
それが本音だった。
他国にはない。
だから。
人が流れる。
当然。
他国は焦る。
王都。
会議室。
「兵が消えている!」
「農民も逃げてる!」
「職人まで!」
「止めろ!」
でも。
止まらない。
何故なら。
比較されてしまった。
冬でも飢えない。
税が軽い。
治療がある。
風呂がある。
教育がある。
つまり。
人間らしく生きられる。
勝てるわけがない。
さらに。
クルザード国家は。
元兵士達をただ兵士にしない。
訓練場。
農地。
物流。
建築。
全部振り分ける。
「お前は農業経験あるな」
「……ああ」
「なら水路班」
「お前は荷運び経験」
「物流」
「指揮経験あり」
「警備隊」
適材適所。
つまり。
人材最適化。
だから。
無駄がない。
ティグリスが笑う。
「お前、頭おかしいくらい人使うな」
「死なせる方が損だ」
その通り。
国家最大資源。
人。
クルザードはそこを理解していた。
数日後。
街。
元兵士達は驚いていた。
子供が笑っている。
夜でも明るい。
盗賊がいない。
女が一人で歩いている。
つまり。
治安が異常。
さらに。
飯。
毎日まとも。
肉。
野菜。
スープ。
酒。
元兵士達は完全に理解した。
もう戻れない。
戻りたくない。
夜。
酒場。
元兵士達が語る。
「俺の国じゃ冬に子供が死ぬ」
「ここじゃ生きてる」
「医者がいる」
「学校がある」
「何なんだここ」
そこへ。
地元民が普通に酒を置いた。
「飲め」
「歓迎する」
元兵士達は固まる。
敵国出身。
普通なら嫌われる。
でも。
この国は違う。
「働くなら仲間だ」
その一言で。
一人の元兵士が崩れるように泣いた。
クルザードは遠くから見ていた。
マチルダが言う。
「……国家を飲み込んでるわね」
「向こうが崩れてるだけだ」
「同じよ」
違わない。
他国崩壊。
原因。
戦争じゃない。
比較。
つまり。
快適さ。
覇権とは。
人が“住みたい”と思うこと。
それがクルザードの答えだった。
さらに。
兵士流入で変わる。
防衛力。
道路工事。
海運護衛。
物流警備。
全部強化。
つまり。
流入すら国家強化。
崩壊国家はさらに崩れる。
兵士が逃げる。
治安悪化。
物流停止。
商人逃亡。
税収減少。
飢餓。
内乱。
完全な負の連鎖。
一方。
こちらは逆。
人増加。
労働力増加。
物流増加。
生産増加。
食料増加。
さらに人口増加。
止まらない。
深夜。
街灯が夜道を照らす。
元兵士の男が。
静かに娘を抱いて歩いていた。
娘は眠っている。
温かい。
腹も満たされている。
それだけで。
男は泣きそうだった。
「……生きてる」
その言葉。
それが全てだった。
クルザードの国家は。
強いから広がるんじゃない。
人が。
ここで生きたいと願うから。
広がっていく。




