77:シャドウバインド
暗殺対策。
夜。
クルザード都市。
食堂街はまだ明るかった。
焼き肉の煙。
酒の匂い。
焼きたてパン。
味噌鍋。
湯気。
笑い声。
獣人の子供が走り回り、エルフの楽師が静かに弦を鳴らす。
この都市は、生きていた。
だからこそ。
狙われる。
管理塔最上階。
ヴァレリアが机に羊皮紙を並べていた。
「最近、多い」
クルザードが視線を向ける。
「何がだ」
「他国の視察」
短い言葉。
でも意味は重い。
「商人に紛れた軍人。冒険者を装った斥候。偽名の貴族。全部増えてる」
当然だった。
クルザード都市は異常。
冬でも飢えない。
病で死なない。
仕事がある。
教育がある。
しかも。
道路整備。
物流。
魔導通信。
鍛冶都市。
食堂街。
温泉街。
全部成功している。
国家が放置するわけがない。
マチルダが地図を見る。
「もう“村”じゃないわね」
「最初から村の規模じゃねぇよ」
ガルドが笑った。
だが。
クルザードは無表情だった。
嫌な予感がしていた。
深層ダンジョン。
あれ以降。
空気が変わった。
都市の成長速度が早過ぎる。
それはつまり。
敵も増える。
その時だった。
カタリナが音もなく部屋へ入る。
「侵入者」
全員の空気が変わる。
「場所は」
「東区画、魔導倉庫付近」
速い。
クルザードは即座に立つ。
「数」
「三」
「目的」
「まだ不明」
クルザードは歩き出した。
「生きたまま捕らえる」
東区画。
深夜。
物流ゴーレムが静かに荷物を運んでいる。
魔導灯。
石畳。
整備された道路。
昔の辺境とは違う。
そこに。
黒い影。
屋根を走る。
速い。
気配が薄い。
普通なら見逃す。
でも。
この都市にはカタリナがいる。
斥候。
追跡。
索敵。
彼女は本物だった。
「屋根上」
小声。
ティグリスが笑う。
「見えた」
虎獣人の視力。
夜目。
筋力。
全部高い。
暗殺者が跳ぶ。
音がない。
完全訓練型。
しかも。
魔力遮断布。
普通の索敵を抜ける装備。
かなり上等。
クルザードは理解した。
国家級。
そこまで来てる。
暗殺者の一人が短剣を投げた。
狙い。
物流ゴーレム。
魔導核。
破壊目的。
つまり。
都市機能を狙っている。
クルザードの目が細くなる。
「なるほど」
ただの暗殺じゃない。
経済破壊。
物流遮断。
都市混乱。
そこまで考えている。
その瞬間。
影がクルザードの背後へ現れた。
速い。
本当に速い。
短剣。
首狙い。
でも。
クルザードは振り向かない。
「遅い」
闇魔法。
発動。
「シャドウバインド」
影が伸びた。
地面。
壁。
建物。
全部の影が繋がる。
暗殺者の身体が止まった。
「……なっ!?」
拘束。
完全固定。
闇属性。
影拘束系。
でも。
普通と違う。
都市全体の影を使っている。
クルザードの魔力。
無限。
さらに。
魔力制御が進化していた。
影が増殖する。
足。
腕。
首。
完全拘束。
ティグリスが笑う。
「気持ち悪い技だな」
「暗殺対策だ」
もう一人が逃げる。
屋根へ。
速い。
でも。
クルザードは空を見る。
「風壁」
圧縮風。
屋根上へ展開。
暗殺者が弾き返される。
そこへ。
マルセル。
「逃がすか!」
飛翔斬撃。
屋根を削る。
暗殺者が転落。
ベッティーナが盾で押さえ込む。
「確保」
最後の一人。
消えた。
完全隠密。
気配ゼロ。
ドロテアが青ざめる。
「消えた!?」
でも。
クルザードは笑わなかった。
静かに。
地面を見る。
「……そこか」
影。
僅かな歪み。
闇魔法系。
潜伏型。
クルザードの鑑定が走る。
【影潜伏】
【暗殺特化】
【毒付与】
【高位隠密】
強い。
本当に強い。
でも。
クルザードはもう“見える”。
「シャドウバインド」
再発動。
今度は一点集中。
地面の影が槍みたいに突き上がる。
悲鳴。
影の中から暗殺者が引きずり出された。
ティグリスが驚く。
「見えてたのか」
「呼吸してた」
静かな返答。
恐ろしい。
鑑定。
索敵。
経験。
全部繋がっている。
暗殺者達は拘束された。
地下牢。
石牢。
ガルド製の魔導拘束具。
逃げられない。
マチルダが尋問を始める。
「どこの国?」
沈黙。
だが。
クルザードは椅子に座ったまま言う。
「北方連合系だな」
暗殺者の顔色が変わる。
図星。
マチルダが驚く。
「分かるの?」
「装備」
短い返答。
「金属配合。布。毒。全部特徴がある」
そこまで見ている。
暗殺者が唇を噛む。
「……化け物か」
「違う」
クルザードは静かに言った。
「飯を作ってただけだ」
本気だった。
最初。
料理しか出来なかった。
だから。
見るようになった。
素材。
火加減。
香り。
温度。
水分。
全部。
観察する。
その積み重ね。
結果。
今がある。
マチルダが息を吐く。
「問題は、これからね」
「分かってる」
暗殺。
つまり。
国家が動き始めた。
クルザード都市は。
もう辺境じゃない。
脅威認定されている。
翌朝。
都市中に情報が流れた。
『暗殺者捕縛』
しかも。
一瞬。
住民達は驚き。
次に安心した。
「またクルザード様が止めたらしい」
「やっぱこの街強ぇな」
「盗賊も暗殺者も全部捕まる」
「兵士より村人の方が強いって本当だったんだな」
笑い声。
安心感。
そこが重要だった。
恐怖を広げない。
治安。
それは。
安心を維持すること。
クルザードは中央広場を見る。
今日も人が多い。
移民。
商人。
冒険者。
職人。
子供。
増え続ける。
だから。
守らないといけない。
その日の夜。
クルザードは新しい設計図を書いていた。
魔導灯。
監視網。
索敵結界。
影拘束術式。
都市全体へ広げる。
マチルダが隣で呟く。
「……本当に国家作ってるのね」
クルザードは手を止めなかった。
「快適は、守らないと壊れる」
それが現実。
食料。
物流。
教育。
全部。
治安が前提。
だから。
暗殺対策もまた。
国家形成の一部だった。
そして。
クルザードは理解していた。
敵はこれから。
もっと強くなる。
もっと狡猾になる。
でも。
この都市も止まらない。
飯。
技術。
物流。
教育。
人口。
全部が繋がり。
巨大な国家へ変わり始めていた。
その中心で。
クルザードは静かに闇魔法を見つめる。
影は怖い。
だからこそ。
支配できれば強い。
深夜。
都市の影が揺れた。
でも。
その影はもう。
クルザードの支配下だった。




