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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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7:ウォーターマスク

 港町アルフェイドに冬の風が入り始めていた。


 朝の空気は冷たい。


 海から吹き込む風が石畳を撫で、港湾労働者達の怒鳴り声を運んでいく。


 それでも。


 港外れの廃屋だけは妙に温かかった。


 燻製小屋から煙が上がり、鍋の香りが漂っている。


 人も増えた。


 冒険者。


 荷運び。


 斥候。


 流れ者。


 いつの間にか、朝になると自然に集まるようになっていた。


「……また増えてる」


 ドミニクが苦笑する。


 廃屋前の列。


 今日も長い。


 クルザードは無言で鍋を混ぜていた。


 魚骨出汁。


 燻製肉。


 海藻。


 茸。


 今日は少しだけ塩を強くしている。


 寒くなってきたからだ。


「クルー! 腹減った!」


 ステファンが叫ぶ。


「並べ」


「はいはい」


 完全に食堂だった。


 クルザードは木椀へスープを注ぎながら周囲を見る。


 人が増える。


 それ自体は良い。


 問題は流れだ。


 排水。


 薪。


 食材。


 保存。


 全部、今の人数だとギリギリ。


(そろそろ拠点を変えるか)


 そんな事を考えていた時だった。


 ギルドから鐘の音が響いた。


 緊急招集。


 空気が変わる。


 冒険者達がざわつく。


「……嫌な音だな」


 ベッティーナが立ち上がる。


 クルザードも鍋を止めた。


 ギルド内部は騒然としていた。


「四層でパーティが壊滅した!」


「生き残りは一人!」


「海蝕オーガだ!」


 ざわめき。


 四層。


 今のアルフェイドでは中堅以上しか行かない。


 そこが壊滅。


 空気が重くなる。


「討伐隊を組む!」


 受付嬢が叫ぶ。


「報酬は金貨五枚!」


 それでも動く者は少ない。


 危険すぎる。


 四層は狭い。


 湿度が高い。


 大型魔物との相性が悪い。


「……行くか?」


 ベッティーナがクルザードを見る。


「行く」


「即答だな」


「放置すると流れが止まる」


「流れ?」


「四層素材が止まる」


「鉱石も薬草も減る」


「街が詰まる」


 ベッティーナは少し笑った。


「お前、本当にそういう見方なんだな」


「全部繋がってる」


 討伐隊は十人。


 ベッティーナ達。


 ガルド。


 他にも何人か中堅冒険者が集まっていた。


 四層へ降りる階段は空気が違う。


 重い。


 湿っている。


 海水が壁を伝い、足場はぬかるんでいた。


「最悪だな……」


 ドロテアが顔をしかめる。


「火が使いにくい」


 クルザードは壁へ触れた。


 瞬間。


 情報。


『湿度八九%』

『地下海水流入』

『大型生体反応』

『血液』

『死臭』


 頭が痛い。


 吐き気。


 それでも以前より少しマシだった。


 情報の取捨選択。


 必要部分だけ拾う。


 慣れ始めている。


「右だ」


 クルザードが言う。


「生き残りがいる」


「分かるのか?」


「なんとなく」


 実際は鑑定だ。


 血液。


 足跡。


 体温。


 全部見えている。


 少し進む。


 そして。


 いた。


 男。


 壁にもたれ、血だらけになっている。


「生きてる!」


 デニーゼが駆け寄る。


「おい!」


「……来るな」


 男が震える声で言った。


「まだいる」


 その瞬間。


 轟音。


 通路奥の壁が砕けた。


 巨大な影。


「海蝕オーガ……!」


 四メートル級。


 青黒い皮膚。


 濡れた筋肉。


 異様に長い腕。


 そして。


 速い。


「散れ!」


 ベッティーナが叫ぶ。


 オーガの腕が石壁を砕く。


 マティルデが斬り込む。


 浅い。


「硬っ!?」


 ガルドが鉄槌を振る。


 鈍い音。


 それでも止まらない。


 オーガが咆哮した。


 空気が震える。


 クルザードの頭へ情報が流れ込む。


『高耐久』

『高湿度適応』

『皮膚硬化』

『視覚弱』

『呼吸依存』

『水分吸収』


(……呼吸)


 クルザードが目を細める。


 情報が重なる。


 喉。


 肺。


 気道。


 水。


 そして。


 魔力の流れ。


「ベッティーナ!」


「なんだ!」


「止めろ!」


「無茶言うな!」


 それでも彼女は前へ出た。


 盾。


 衝突。


 オーガが腕を振る。


 重い。


 だが一瞬止まる。


「今!」


 クルザードが手を上げた。


 周囲の水が動く。


 空気中。


 壁面。


 地下水。


 全部。


「おいクル!?」


 ドロテアが叫ぶ。


 魔力量が異常だった。


 水が集まる。


 圧縮。


 変形。


 そして。


 オーガの顔を覆った。


「……っ!?」


 透明な水膜。


 顔面へ張り付く。


 鼻。


 口。


 完全密着。


「グガァッ!?」


 オーガが暴れる。


 爪で剥がそうとする。


 だが剥がれない。


 水が動く。


 張り付く。


 塞ぐ。


「な、なんだそれ……!」


 ステファンが呆然とする。


「ウォーターマスク……」


 クルザード自身が呟いた。


 自然に出た名前だった。


 オーガが暴れる。


 呼吸できない。


 肺が止まる。


 酸素不足。


 数十秒。


 そして。


 巨体が崩れ落ちた。


 沈黙。


 全員が固まる。


「……終わった?」


 ドロテアが震える声を出す。


 クルザードは息を切らしていた。


 頭痛が酷い。


 魔力制御も雑だ。


 それでも。


(使えた)


 初めてだった。


 明確に。


 意図した形で魔法を“処理”へ使った。


「お前……」


 ベッティーナが呆然とする。


「何だその魔法」


「分からん」


「いや絶対嘘だろ」


「本当に分からん」


 クルザードは頭を押さえる。


 水属性。


 拘束。


 窒息。


 鑑定。


 情報。


 全部が繋がった。


 結果として出た。


 それだけだ。


「……怖ぇな」


 ガルドが苦笑する。


「剣でも火力でもねぇ」


「殺し方が合理的すぎる」


 クルザードはオーガを見る。


 肉。


 骨。


 皮。


 全部使える。


「解体する」


「お前ブレねぇな」


「食える」


 ベッティーナ達が吹き出した。


 戦闘後。


 四層安全地帯。


 今日はオーガ鍋だった。


 巨大骨から出る濃厚な出汁。


 脂。


 海塩。


 茸。


 香草。


 さらに燻製肉。


 湯気が立つ。


 濃い香り。


「……やば」


 マティルデが目を見開く。


「疲れ吹っ飛ぶ」


 ガルドは無言で食っていた。


 三杯目だった。


「お前、絶対鍛冶屋来い」


「何故」


「飯が必要だ」


「理由が雑だな」


「うるせぇ」


 周囲が笑う。


 重かった空気が緩む。


 死者が出た後なのに。


 鍋を囲むと、不思議と空気が戻る。


 クルザードはその様子を見ていた。


 人は、安心すると喋る。


 笑う。


 残る。


 それが分かり始めていた。


 帰還後。


 ギルドは騒然となった。


「海蝕オーガを倒した!?」


「しかも十人で!?」


「死者なし!?」


 冒険者達がざわつく。


 その中で、一番広がった噂は別だった。


「クルの飯食ってから強くなってないか?」


「疲れ方違うよな」


「回復も早ぇ」


「しかも今日は新魔法使ったらしいぞ」


「顔に水貼り付けて殺したって」


「怖ぇよ」


 クルザードはその会話を聞きながら、静かに燻製肉を吊るしていた。


 煙が昇る。


 香りが広がる。


 人が集まる。


 そして。


 少しずつ、この廃屋は“拠点”になり始めていた。







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