6:初依頼
港町アルフェイドの朝は早い。
まだ日も昇り切らないうちから、港には荷車が並び、魚市場では怒鳴り声が飛び交っていた。
潮の匂い。
血の匂い。
腐臭。
そして。
燻製の香り。
「……また並んでる」
ドミニクが半笑いで呟いた。
廃屋前。
朝だというのに冒険者が集まっている。
理由は簡単だった。
クルザードの飯だ。
燻製肉。
海藻スープ。
焼きたてパン。
温かい鍋。
ダンジョンへ潜る前に食うと、明らかに身体が軽い。
疲れにくい。
腹が減りにくい。
だから皆、並ぶ。
クルザードは大鍋を混ぜていた。
今日の鍋は魚出汁が強い。
海骨。
燻製肉。
茸。
塩。
少量の香草。
湯気が立つ。
香りが広がる。
「クル! 俺にも!」
「順番だ」
「ちぇっ」
ステファンが笑いながら木椀を差し出す。
その横ではベッティーナ達が配膳を手伝っていた。
完全に馴染んでいる。
しかも最近は、冒険者達の態度が違った。
前は“荷物持ち”。
今は。
「クルの飯、食わねぇと潜れねぇ」
「今日のスープ魚強いな」
「燻製売ってくれ!」
そんな扱いだ。
クルザードは淡々と配る。
効率優先。
列。
順番。
役割分担。
自然と流れができていた。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開く。
「誰かいるか!」
声は低かった。
全員の視線が向く。
入ってきたのは大柄な男。
ドワーフ。
灰色の髭。
分厚い腕。
煤だらけの革エプロン。
背中には巨大な鉄槌。
「ガルドだ……」
「あの鍛冶師か」
周囲がざわつく。
クルザードも視線を向けた。
瞬間。
情報が流れ込む。
『筋力高』
『鍛冶熟練』
『疲労蓄積』
『栄養不足』
『酒過多』
『右肩損傷』
頭痛。
クルザードは眉を寄せる。
ガルドは周囲を見回し、鼻を動かした。
「……なんだこの匂い」
「クルの飯だ」
「飯?」
ステファンが笑う。
「食えば分かる」
ガルドは近づいてきた。
クルザードを見下ろす。
「お前が作ったのか」
「ああ」
「若ぇな」
「二十二だ」
「ガキだな」
クルザードは鍋を差し出した。
「食うか?」
ガルドは受け取る。
一口。
止まる。
二口。
三口。
無言。
そして。
「……おかわり」
周囲が吹き出した。
ドミニクが腹を抱えて笑う。
「ははっ、早い!」
「うるせぇ!」
ガルドは顔を赤くしながら怒鳴る。
クルザードは静かに追加を注いだ。
「塩がいい」
ガルドが呟く。
「精製した」
「ほう」
「不純物が多いと味が濁る」
ガルドは目を細めた。
「分かってる奴だな」
「食は効率だ」
「……面白ぇこと言う」
その時。
ギルド受付が騒がしくなる。
「三層採掘依頼だ!」
「鉱石不足!」
「運搬人員込み!」
ガルドが舌打ちした。
「またか」
「何かあるのか?」
クルザードが聞く。
「三層に良質鉱脈が出た」
「だが海蝕トカゲが住み着いてる」
「しかも奥が湿って運搬効率最悪だ」
クルザードは少し考えた。
三層。
未到達。
危険度上昇。
だが。
(鉱石)
鍛冶。
物流。
道具。
全部に繋がる。
「報酬は?」
ガルドが笑った。
「飯付きなら来るか?」
「行く」
「即決かよ」
「素材が増える」
ガルドは豪快に笑った。
「気に入った!」
ベッティーナが呆れた顔をする。
「お前、本当に飯基準だな」
「食料は重要だ」
「否定できねぇのが腹立つ」
数時間後。
ダンジョン《灰喰らい》三層。
空気が重い。
二層よりさらに湿度が高い。
海水が地下へ流れ込み、小さな水路を作っている。
足場が悪い。
ぬかるみ。
腐臭。
だが。
『鉄鉱石』
『魔鉄』
『水晶成分』
『高品質鉱脈』
クルザードには見えていた。
「こっちだ」
「は?」
ガルドが振り返る。
「分かるのか?」
「なんとなく」
実際は鑑定だ。
壁を見るだけで鉱物成分が流れ込む。
頭痛は酷い。
だが方向は分かる。
「……便利すぎるだろ」
「使い切れてない」
「それでこれかよ」
その時だった。
水路奥で音がした。
ガルルルル。
「来るぞ!」
カタリナが叫ぶ。
海蝕トカゲ。
青黒い鱗。
大型犬ほどの体躯。
群れ。
五体。
ベッティーナが前へ出る。
盾。
衝突。
重い音。
マティルデが斬る。
ステファンが殴り飛ばす。
ガルドは鉄槌で頭を砕いた。
強い。
純粋な前衛力が高い。
だが。
(動きが悪い)
疲労。
塩分不足。
水分不足。
鑑定が教えてくる。
「左!」
クルザードが叫ぶ。
死角。
別個体。
ドロテアへ飛びかかる。
アランが金属魔法で拘束。
動きが止まる。
「助かった!」
「前見ろ!」
クルザードが言う。
次の瞬間。
水路が爆ぜた。
巨大な影。
「……は?」
全員が固まる。
海蝕大蛇。
十メートル級。
濡れた鱗。
巨大な口。
「なんで三層にこんなのが!?」
ベッティーナが叫ぶ。
クルザードの頭へ情報が流れ込む。
『飢餓』
『水路支配個体』
『視覚弱』
『熱感知』
『腹部損傷』
『毒袋』
(うるさい)
頭痛。
吐き気。
だが。
(見える)
動き。
弱点。
流れ。
「火は使うな!」
クルザードが叫ぶ。
「熱感知が強い!」
「マジかよ!?」
「腹だ!」
「右下!」
全員が即座に動いた。
ベッティーナが盾で頭を止める。
マティルデが横へ流す。
ステファンが腹を殴る。
アランが鱗を拘束。
ガルドが鉄槌を叩き込む。
連携。
流れ。
クルザードはその中央にいた。
指示。
判断。
配置。
自然と全員が動く。
そして。
大蛇が崩れた。
沈黙。
「……勝った」
ドロテアが呆然とする。
「お前、指揮うまくねぇか?」
ベッティーナが息を吐く。
クルザードは首を振った。
「情報が見えるだけだ」
「十分化け物だろ」
クルザードは大蛇を見る。
肉。
脂。
骨。
皮。
全部使える。
「持って帰る」
「全部?」
「ああ」
ガルドが笑った。
「お前、本当に無駄嫌いだな」
「捨てる方が損だ」
帰還後。
廃屋前には再び人が集まっていた。
今日は大蛇鍋。
白濁スープ。
海塩。
香草。
燻製脂。
肉汁。
湯気。
香りが街へ広がる。
「……やば」
「なんだこれ」
「うめぇ……」
冒険者達が夢中で食う。
ガルドも無言で三杯目だった。
「お前、鍛冶屋来い」
「何故」
「飯食わせろ」
周囲が爆笑した。
クルザードは静かに鍋を見つめる。
人が増えている。
笑いが増えている。
飯を中心に流れができ始めていた。
そしてクルザードは、まだ気づいていなかった。
この“飯目的同行”が。
やがて都市を作り。
物流を変え。
国家を生む最初の流れになることを。




