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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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53/104

53:深海魚

 海洋食革命。


 冬が終わり始めていた。


 市場には雪解け水が流れ、石畳の隙間から少しずつ草が顔を出す。


 それでも朝は寒い。


 吐く息は白い。


 だが市場は止まらない。


 人が増えた。


 宿屋は埋まり始めた。


 市場の店は朝から火を入れる。


 冒険者は定住し、商人は倉庫を借り始め、職人は弟子を取るようになった。


 街が「村」から外れ始めていた。


 そして今。


 クルザードは市場中央で、一匹の巨大な魚を見下ろしていた。


「……なんだこれ」


 ティグリスが素直に顔をしかめる。


「化け物じゃねぇか」


 長い。


 青黒い。


 目が異様に大きい。


 牙のような歯。


 普通の魚ではない。


 海洋ダンジョン近海で取れた“深海魚”だった。


 運んできた商人ヴァレリアが肩を竦める。


「売れ残りよ」


「見た目が悪すぎる」


「臭いも強い」


「漁師も嫌がる」


 市場の人間達も距離を取っていた。


「腐ってんじゃねぇのか?」


「食えるのかあれ……」


「怖ぇよ」


 クルザードは魚へ触れる。


 鑑定。


 一瞬。


 情報が流れ込む。


 脂質。


 筋肉密度。


 栄養。


 寄生虫。


 可食部。


 最適加熱温度。


 保存適性。


 旨味構造。


 頭が少し痛む。


 情報量がまだ多い。


 それでも以前より整理できるようになっていた。


「……なるほど」


 クルザードは静かに呟いた。


「これ、当たりだ」


 ジェシカが目を細める。


「本当に?」


「脂が強い」


「栄養価が高い」


「保存向き」


「煮込み向き」


「燻製もいける」


 ガルドが笑った。


「また始まったな」


「ゴミを宝に変える顔だ」


 クルザードは既に考えていた。


 この街は肉に偏っている。


 それでも強い。


 だが魚が入れば話が変わる。


 塩漬け。


 干物。


 魚醤。


 保存。


 遠距離輸送。


 全部が広がる。


 海を取れる。


 それは物流革命だった。


「解体する」


 市場裏。


 水場。


 巨大な魚が吊るされる。


 クルザードが包丁を入れた。


 脂が落ちる。


 白い。


 重い。


 マティルデが驚く。


「凄い脂……」


「冬魚だな」


 クルザードは淡々と捌く。


 頭。


 骨。


 内臓。


 全部分ける。


 無駄にしない。


 ティグリスが鼻を動かした。


「……あれ?」


「臭くなくなった」


「血抜き」


「温度管理」


「あと処理」


「魚はそこが全部だ」


 ヴァレリアが感心した顔をする。


「魚商人より詳しいじゃない」


「料理人だからな」


 クルザードは真顔で返した。


 その言葉に、ドロテアが少し笑う。


「最近もう料理人の範囲超えてるけどね」


 最初の料理は鍋だった。


 深海魚味噌鍋。


 骨で出汁。


 味噌。


 酒。


 生姜。


 ネギ。


 そこへ厚切りの魚肉。


 さらに豆腐。


 白菜。


 きのこ。


 煮える。


 脂が溶ける。


 香りが変わる。


 一瞬。


 市場の空気が止まった。


「……やば」


「匂い凄ぇ」


「腹減る……」


 ティグリスが待てなくなる。


「まだか!?」


「熱いぞ」


「いい」


「食う」


 完全に獣だった。


 クルザードは苦笑しながら椀へ注ぐ。


 白い湯気。


 脂。


 味噌の香り。


 ティグリスが食う。


 沈黙。


 そして。


「……うっっっま」


 全員が吹き出した。


「語彙消えたわね」


 マチルダが呆れる。


 だが次の瞬間には、彼女も黙った。


 魚が柔らかい。


 脂が甘い。


 臭みがない。


 味噌と完全に噛み合っている。


 身体が温まる。


 酒が欲しくなる。


 パンにも合う。


 白米があれば狂う。


 そんな味だった。


 ジェシカが静かに呟く。


「これ……身体にいいわ」


「脂が強いのに重くない」


「栄養が濃い」


 クルザードは頷く。


「冬の保存食になる」


「干せる」


「燻せる」


「塩漬けも出来る」


「しかも海は量が多い」


 ヴァレリアが完全に商人の顔になる。


「……待って」


「これ、物流変わるわよ?」


「変える」


 即答だった。


 海産物流。


 塩。


 干物。


 保存。


 長距離輸送。


 街道支配。


 全部繋がる。


 クルザードの頭の中では、もう市場が広がっていた。


 午後。


 第二弾。


 焼き魚。


 深海魚の脂身を炙る。


 火属性魔法。


 皮が弾ける。


 脂が落ちる。


 香りが爆発した。


「なんだこの匂い!?」


「肉よりやばい!」


 冒険者達が寄ってくる。


 クルザードは塩を振る。


 それだけ。


 余計なことをしない。


 一口。


 油が溢れる。


 香ばしい。


 白身が崩れる。


 ティグリスが完全に目を見開いた。


「魚ってこんなうめぇのか!?」


「鮮度だ」


「処理だ」


「温度だ」


「あと塩」


 合理だった。


 食は知識で変わる。


 逆に言えば。


 知識を持つ者が支配する。


 クルザードはそこを理解していた。


 夕方。


 市場は異様な熱気だった。


 魚が飛ぶように売れる。


 今まで見向きもされなかった深海魚が、一瞬で消える。


 商人達が騒ぎ始めた。


「仕入れろ!」


「海ルート押さえろ!」


「塩確保しろ!」


 ヴァレリアが笑う。


「また世界壊したわね」


「まだだ」


「港がいる」


「冷蔵がいる」


「輸送がいる」


「加工場もいる」


 ガルドが酒を吹く。


「もう国じゃねぇか」


「最初からそのつもりだ」


 静かだった。


 当然のように言う。


 だから怖い。


 夜。


 市場。


 魔導灯が灯る。


 魚料理の屋台が並ぶ。


 焼き魚。


 魚鍋。


 干物。


 魚串。


 魚の燻製。


 酒が進む。


 笑い声が響く。


 子供達が魚汁を飲んでいる。


 老人が温まっている。


 旅人が驚いている。


「辺境だろここ……?」


「なんで王都より飯うまいんだよ」


「しかも安い」


「意味わからん」


 意味はある。


 合理だ。


 保存。


 物流。


 衛生。


 加工。


 教育。


 全部繋がっている。


 だから強い。


 クルザードは市場を見渡す。


 ティグリスは肉と魚を両手で食っていた。


 ガルドは酒を飲み。


 ジェシカは子供へ魚汁を配り。


 ヴァレリアは既に海商ルートの計算を始め。


 マチルダは帳簿を整理し。


 冒険者達は笑っている。


 街が回っていた。


 以前よりもっと強く。


 もっと自然に。


 その時。


 一人の老漁師が、静かにクルザードへ頭を下げた。


「……初めてだ」


「こんな扱いされたのは」


「海の魚は嫌われてた」


「臭いって」


「貧乏人の飯だって」


 クルザードは魚鍋を見ながら言う。


「食材に罪はない」


「扱えない側が弱いだけだ」


 老漁師は少し泣きそうな顔で笑った。


「……あんた、怖ぇな」


「世界変えちまう」


 クルザードは答えなかった。


 ただ静かに市場を見た。


 人が増えている。


 物流が広がっている。


 食が支配を始めている。


 剣ではない。


 恐怖でもない。


 温かい飯。


 安心。


 保存。


 仕事。


 それが人を集める。


 快適さは、もう力だった。


 そしてその夜。


 海洋食革命の噂は、陸路を越えて各国へ流れ始める。


 辺境に、海を支配し始めた街がある。


 深海魚すら、美食へ変える化け物料理人がいる。


 そして。


 その街から帰ってきた者は、必ず同じことを言った。


「……もう他の街で飯食えねぇ」







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