54:巨大蟹
海戦。
海が荒れていた。
朝だというのに空は暗い。
港町の漁師達は誰も船を出していない。
波が高い。
風が強い。
そして何より。
「……出たか」
ヴァレリアが低く呟いた。
沖合。
巨大な影が動いていた。
海面が盛り上がる。
水柱。
そして現れる。
赤黒い甲殻。
巨大な鋏。
船ほどある脚。
海洋魔物。
巨大蟹。
海沿い国家では災害指定される怪物だった。
港の空気が凍る。
「終わりだ……」
「また船が潰される……」
「逃げろ!」
漁師達が叫ぶ。
巨大蟹は港を襲う。
倉庫を壊す。
船を砕く。
人を喰う。
だから誰も近づかない。
海洋物流最大の障害。
それが巨大蟹だった。
だが。
クルザードは静かだった。
市場で魚を食いながら言う。
「美味いらしいな」
全員が止まった。
「……は?」
ティグリスが聞き返す。
「いや、蟹だろ?」
「食える」
「いやそういう問題じゃない」
クルザードは立ち上がる。
港を見る。
巨大蟹は既に防波堤へ近づいていた。
船が逃げる。
波が荒れる。
漁師が震える。
クルザードは静かに言った。
「ティグリス」
「前」
「おう」
「ベッティーナ」
「固定」
「了解」
「ドロテア」
「視界潰せ」
「任せて」
「ジェシカ」
「毒と状態確認」
「やるわ」
「ガルド」
「脚を壊せ」
「久々に暴れるか」
全員が動く。
速い。
迷いがない。
クルザードが決める。
だから流れる。
港へ到着した時。
巨大蟹が防波堤を破壊した。
轟音。
石が飛ぶ。
漁師達が悲鳴を上げる。
ティグリスが飛び出した。
「うおおおおお!!」
獣人の身体強化。
脚力が爆発する。
巨大蟹の鋏が振り下ろされる。
重い。
速い。
普通なら潰れる。
だが。
ベッティーナが前へ出た。
「固定!」
土壁。
さらに氷壁。
二重。
衝突。
砕ける。
それでも止まる。
「今!」
ドロテアの火球。
炸裂。
目を焼く。
巨大蟹が暴れる。
波が荒れる。
クルザードは静かに鑑定する。
情報が流れ込む。
甲殻硬度。
筋肉密度。
関節。
魔力流。
熱耐性。
弱点。
頭痛。
視界が揺れる。
まだ完全ではない。
それでも以前とは違う。
見える。
「脚関節」
「右前二本」
「そこが薄い」
「ガルド!」
「任せろ!」
ドワーフが笑う。
戦鎚を振る。
土属性強化。
筋肉強化。
衝突。
甲殻が砕けた。
巨大蟹が絶叫する。
「マルセル!」
「斬る!」
飛ぶ斬撃。
関節切断。
脚が落ちる。
海へ沈む。
漁師達が絶句する。
「切った……?」
「嘘だろ……」
巨大蟹が怒る。
海水を吐き出した。
水砲。
船を砕く威力。
クルザードが前へ出る。
「アイスウォール」
氷壁。
さらに。
「アイスアーマー」
全員の身体へ氷鎧が形成される。
透明。
薄い。
だが硬い。
水砲が直撃する。
砕けない。
ティグリスが笑った。
「これ最高だな!」
走る。
鋏へ飛び乗る。
爪を立てる。
「落ちろ!」
筋肉強化。
氷刃。
関節切断。
鋏が落ちた。
港が揺れる。
巨大蟹が狂ったように暴れる。
波が荒れる。
船が転ぶ。
その時。
クルザードの視線が変わった。
海流。
波。
動き。
読める。
風属性索敵。
水属性感知。
魔力が繋がる。
「……そうか」
海戦。
これは陸じゃない。
海流を使う。
「ドロテア!」
「蒸気爆発」
「海面を潰せ」
「了解!」
熱湯。
蒸気。
爆裂。
海面が白く染まる。
巨大蟹の視界が消える。
「アラン」
「金属拘束」
「いけるか」
「当然」
アランの金属魔法。
港の鎖。
碇。
鉄片。
全部が飛ぶ。
巨大蟹の脚へ巻き付く。
拘束。
止まる。
「今だ」
クルザードが走る。
速い。
身体強化。
氷滑走。
海面を滑る。
漁師達が息を呑む。
「海を走ってる……」
クルザードは巨大蟹の頭部へ飛んだ。
剣を抜く。
水属性付与。
氷圧縮。
魔力循環。
刃が白く凍る。
「……斬る」
一閃。
静かだった。
だが次の瞬間。
巨大蟹の甲殻中央が裂けた。
赤い線。
そこから崩れる。
海が揺れる。
巨大蟹が倒れた。
轟音。
巨大な波。
静寂。
誰も動かない。
そして。
「……勝った?」
「終わったのか?」
「嘘だろ……」
漁師達が呆然とする。
港を壊し続けた災害。
国軍ですら苦戦する魔物。
それを。
辺境の連中が討伐した。
しかも。
比較的軽傷で。
ティグリスが笑う。
「なぁクル」
「これ食うんだろ?」
「当然」
空気が変わった。
「……は?」
「食うのか!?」
クルザードは巨大蟹を見上げる。
「蟹味噌」
「脚肉」
「出汁」
「甲殻スープ」
「全部使える」
ヴァレリアが頭を抱えた。
「また始まった……」
その日の夕方。
港は祭りになった。
巨大蟹解体。
脚を茹でる。
蒸気が上がる。
香りが爆発する。
「なんだこの匂い……」
「やばい……」
甲殻を割る。
白い身。
熱い。
湯気。
蟹味噌。
酒。
味噌。
全部混ざる。
クルザードは巨大鍋へ投入した。
蟹鍋。
白菜。
ネギ。
豆腐。
きのこ。
酒。
味噌。
そして巨大蟹の出汁。
煮える。
香りだけで人が集まる。
市場が止まる。
「……無理」
「腹減る」
「食わせろ」
漁師達が並ぶ。
冒険者が並ぶ。
商人も並ぶ。
一口。
沈黙。
次の瞬間。
「うっっっっっま!!」
港が爆発した。
ティグリスが無言で食い続ける。
ジェシカが目を閉じる。
「濃い……」
「栄養が凄い」
ガルドは酒を流し込む。
「反則だろこれ」
ヴァレリアが完全に商売人の顔になる。
「……海、取れるわ」
「取る」
クルザードは即答した。
「巨大蟹を狩れる」
「深海魚を扱える」
「保存出来る」
「輸送出来る」
「なら海を支配出来る」
静かだった。
だが全員理解する。
これは食事じゃない。
革命だった。
海産物流。
海上護衛。
港湾整備。
塩流通。
魚加工。
全部繋がる。
国家規模になる。
そして。
漁師達が頭を下げ始めた。
「頼む……」
「この港を守ってくれ」
「もう船を沈められたくない」
クルザードは少しだけ考えた。
市場を見る。
鍋を囲む人達。
笑う子供。
酒を飲む漁師。
温かい光。
安心した顔。
「……いい」
「その代わり」
「港を広げる」
「倉庫を作る」
「冷蔵も作る」
「物流も組む」
「教育もやる」
「中途半端はしない」
漁師達は震えながら頷いた。
もう分かっていた。
この男は。
助ける時。
全部変えていく。
夜。
港には魔導灯が灯る。
巨大蟹鍋。
焼き蟹。
蟹酒。
笑い声。
湯気。
香り。
冬の寒さが消えていた。
そしてその夜。
巨大蟹討伐の噂は、海路を通じて各国へ流れ始める。
辺境の港に、海を喰う街が現れた。
巨大海洋魔物すら食材へ変える化け物集団がいる。
そして。
港から戻った船乗り達は、皆同じ顔で言った。
「……あそこ、もう国になるぞ」




