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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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51/107

51:市場

 流通。


 朝日が昇る前から、村はもう起きていた。


 白鹿亭の煙突から湯気が上がる。


 パン工房では焼き窯が赤く燃え、香ばしい匂いが通りへ流れ出していた。


 物流ゴーレムが荷車を押し、農地班が収穫を運ぶ。


 魔導灯がゆっくり消えていく石畳を、商人達が歩き始める。


 以前なら考えられない光景だった。


 辺境の村。


 人が通り過ぎるだけの場所。


 それが今は違う。


 “集まる場所”になっている。


 クルザードは広場を見下ろしながら静かに言った。


「市場を作る」


 ヴァレリアが即座に頷く。


「必要ね」


「もう限界よ」


 実際、既に広場は半分市場化していた。


 パン。


 干し肉。


 燻製。


 薬草。


 チーズ。


 酒。


 冒険者素材。


 勝手に露店が増えている。


 人が増えれば物が動く。


 物が動けば金が動く。


 つまり、市場は自然発生する。


 ならば。


 管理する側が先に形を作るべきだった。


 マチルダが地図を広げる。


「水路沿い?」


「そうだ」


「物流動線優先」


「宿屋とも繋ぐ」


 彼女は感心したように息を吐いた。


「本当に無駄がないわね」


「人を歩かせる場所は金になる」


「だから流れを止めない」


 ティグリスが焼き串を食べながら割り込む。


「肉屋も増やせ」


「最近すぐ売り切れる」


「分かってる」


「あと酒」


「それも」


 ガルドが笑った。


「完全に街になってきたな」


 その言葉に、誰も否定しなかった。


 もう村の規模じゃない。


 冒険者。


 商人。


 移住者。


 職人。


 全員が増えている。


 クルザードは市場予定地へ向かう。


 宿屋近く。


 広場隣接。


 水路接続。


 冷却庫も近い。


 食材保管と販売を直結できる。


 物流として理想的だった。


「まず屋根付き通路」


「雨でも止まらないようにする」


 マチルダが頷きながら書き込む。


「区画分けは?」


「食品区」


「鍛冶区」


「素材区」


「薬草区」


「露店区」


「あと食堂街」


 ヴァレリアが笑った。


「絶対人気出るわ」


「飯が一番人呼ぶ」


 クルザードは当然のように答える。


 この世界は保存技術が弱い。


 衛生も弱い。


 つまり。


 “安全に美味い飯を食える場所”が極端に少ない。


 そこへ。


 味噌。


 チーズ。


 燻製。


 焼きたてパン。


 温かい鍋。


 さらに風呂まである。


 終わっていた。


 勝負にならない。


 昼。


 市場建設開始。


 土魔法で整地。


 石壁形成。


 木材運搬。


 物流ゴーレムが休まず動く。


 最近では村人達も自然に連携していた。


 指示待ちが減っている。


 自分で考えて動く。


 教育の成果だった。


 クルザードはそれを見て少し目を細める。


 強い国とは、強い王じゃない。


 動ける民だ。


 そこを間違えた瞬間、全部腐る。


 夕方。


 最初の区画が完成した。


 屋根付き通路。


 石畳。


 排水路。


 魔導灯。


 木製看板。


 それだけなのに空気が変わる。


 “商売する場所”になった。


 ヴァレリアが笑う。


「もう並んでるわよ」


 露店希望者。


 本当に早かった。


 肉屋。


 薬草売り。


 布商人。


 酒屋。


 鍛冶素材屋。


 全員場所を欲しがる。


 クルザードは露店許可を出しながら条件を決めた。


「衛生管理必須」


「水路汚すな」


「価格詐欺禁止」


「暴力禁止」


「食材腐らせるな」


「違反三回で永久追放」


 商人達が少し驚く。


 厳しい。


 だが。


 分かりやすい。


 それが重要だった。


 ヴァレリアが横で笑う。


「商人は曖昧嫌うのよ」


「線引き明確だと逆に集まる」


「揉めないからな」


 クルザードは淡々と答える。


 市場で一番危険なのは混乱だ。


 価格崩壊。


 衛生崩壊。


 治安悪化。


 それを放置した瞬間、人が離れる。


 だから最初から締める。


 夜。


 市場試験営業。


 人が溢れた。


 完全に予想以上だった。


 焼肉。


 串焼き。


 鍋。


 スープ。


 パン。


 チーズ。


 酒。


 匂いが広場全体を包む。


 冒険者達が歓声を上げていた。


「なんだこの肉!」


「酒うめぇ!」


「パン柔らかっ!」


「熱い飯食えるとか神か!」


 ティグリスが笑いながら肉を焼く。


 火属性魔法。


 炭火調整。


 肉汁。


 香り。


 煙。


 完全に暴力だった。


 人が集まらないわけがない。


 ジェシカの薬草茶も人気だった。


「胃に優しいわよ」


「飲み過ぎ防止」


 冒険者達が驚く。


「なんだこれ」


「酒飲んだ後なのに楽だ……」


 クルザードは広場全体を見ていた。


 笑い声。


 湯気。


 取引。


 交渉。


 食事。


 全部が動いている。


 これが市場だ。


 単なる売買じゃない。


 人と人を繋ぐ場所。


 情報。


 噂。


 技術。


 全部ここへ集まる。


 だから市場を制する者は強い。


 その時。


 一台の豪華な馬車が止まった。


 周囲が少し静まる。


 高級馬車。


 護衛付き。


 完全に大商会レベル。


 中から降りてきたのは細身の男だった。


 三十代。


 高級外套。


 眼光鋭い。


 商人だ。


 本物の。


 ヴァレリアが小さく息を吐く。


「……中央の人間ね」


 男は市場を見回す。


 匂い。


 人の流れ。


 物流。


 衛生。


 全部確認している。


 そして。


 ゆっくり笑った。


「これは驚いた」


「辺境に“流れ”ができている」


 クルザードが前へ出る。


「何の用だ」


「商談だよ」


 男は礼儀正しく頭を下げた。


「私はエルメイン商会の支部長」


「ラザール」


 周囲がざわつく。


 有名なのだろう。


 ヴァレリアが小さく呟く。


「王都級よ」


 ラザールは市場を見ながら言った。


「燻製」


「味噌」


「チーズ」


「保存肉」


「全部欲しい」


「物流契約をしたい」


 クルザードは即答しなかった。


 先に見る。


 人を見る。


 流れを見る。


 それが癖になっている。


 鑑定。


 情報量。


 以前はノイズだった。


 だが最近、意味を持ち始めていた。


 相手の視線。


 呼吸。


 反応。


 嘘。


 全部少しずつ見える。


 クルザードは静かに聞く。


「条件は」


 ラザールが笑う。


「まず確認したい」


「この市場、どこまで大きくする気だ?」


 クルザードは周囲を見る。


 笑う子供。


 荷物を運ぶゴーレム。


 焼きたてパン。


 肉を頬張る冒険者。


 宿屋へ向かう旅人。


 商談する商人。


 全部が動いている。


 そして。


 止まる気配がない。


 だから彼は静かに答えた。


「止まらない程度には」


 ラザールが笑った。


 商人の笑いだった。


 理解した顔。


「いい」


「気に入った」


「商人は“伸びる場所”に群がる」


「ここはその匂いがする」


 その瞬間。


 市場全体へ鐘の音が響く。


 営業終了。


 それでも人は帰らない。


 酒を飲み。


 話し。


 笑っている。


 広場が生きていた。


 ヴァレリアが静かに言う。


「もう完全に街ね」


「まだ入口だ」


「……怖いくらい先見てるわね」


 クルザードは答えない。


 市場は始まりに過ぎない。


 流通が完成すると、人はさらに増える。


 人が増えると技術が増える。


 技術が増えると生産が増える。


 生産が増えると、さらに人が来る。


 循環。


 それが始まった。


 夜。


 市場の魔導灯が灯る。


 石畳が光る。


 湯気が夜空へ上がる。


 宿屋から笑い声。


 市場から肉の香り。


 遠くでは物流ゴーレムがまだ動いている。


 その景色を見ながら、ラザールが静かに呟いた。


「……王都より、生きてるな」


 クルザードは小さく目を細める。


 快適さは武器になる。


 そして今。


 この場所は、確実に人を奪い始めていた。







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