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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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50/105

50:宿屋

 人が泊まる。


 村が変わる時には、必ず匂いが変わる。


 クルザードはそう思っていた。


 土の匂い。


 鍛冶の火。


 焼きたてパン。


 燻製肉。


 味噌鍋の湯気。


 石鹸。


 発酵酒。


 人が増える場所には、必ず生活の香りが生まれる。


 そして今。


 この村には“旅人の匂い”が増え始めていた。


 朝。


 村の入口に三台の馬車が止まる。


 商人。


 冒険者。


 素材運搬人。


 さらに後方には徒歩の移住希望者までいる。


 冒険者ギルド正式認定。


 その効果は、想像以上に早かった。


 ヴァレリアが帳簿を見ながら息を吐く。


「部屋が足りない」


「やっぱりか」


「やっぱりじゃないわよ。もう完全に足りない」


 現在。


 空き家を仮宿にしている。


 だが限界だった。


 冒険者は定住し始めている。


 商人は泊まり込みを希望する。


 護衛まで増える。


 村が“通過地点”から“滞在地点”へ変わり始めているのだ。


 クルザードは少し考える。


「宿屋を作る」


 ヴァレリアが即答した。


「絶対必要」


「しかも安宿じゃ駄目よ」


「分かってる」


「飯と風呂をセットにする」


 その瞬間。


 隣で聞いていたティグリスが反応した。


「風呂付きか?」


「ああ」


「最高じゃねぇか」


 ガルドも頷く。


「旅人は風呂で落ちる」


「飯より効く時あるぞ」


 クルザードは既に頭の中で設計を始めていた。


 必要なのは“泊まれる場所”じゃない。


 “帰ってきたくなる場所”だ。


 そこが重要だった。


 昼。


 建設予定地。


 広場近く。


 水路に近い。


 物流動線も悪くない。


 魔導灯設置済み。


 夜も安全。


 立地としては最高だった。


 マチルダが図面を見ながら言う。


「三階建て?」


「最初から大きいわね」


「どうせ増える」


「……本当にそう思ってるのね」


「止まらない」


 クルザードの言葉に、彼女は少し黙った。


 最近、理解し始めている。


 この男は“今”を見て動いていない。


 流れを見る。


 人の増加。


 物流。


 食料。


 治安。


 技術。


 全部が繋がった先を読んでいる。


 だから先手が早い。


 工事は即日始まった。


 土魔法。


 石魔法。


 ガルドの鍛冶。


 物流ゴーレム。


 全部投入。


 以前なら数ヶ月かかる建築。


 今のこの村なら違う。


 人がいる。


 技術がある。


 連携がある。


 そして。


 無駄がない。


 土魔法で基礎形成。


 石壁構築。


 アランが金属補強。


 ガルドが配管と炉を作る。


 水路から風呂へ直結。


 熱湯魔法による温水供給。


 冷却庫も併設。


 食材保管可能。


 ジェシカが薬草湯を提案した。


「疲労回復効くわよ」


「採用」


 ティグリスが笑う。


「完全に落としにきてるな」


「泊まった奴、帰れなくなるぞ」


「それでいい」


 クルザードは即答した。


 居着かせる。


 それが目的だ。


 夜。


 工事の合間。


 大鍋が広場に置かれる。


 今日は豚骨味噌鍋だった。


 白濁したスープ。


 香る味噌。


 肉。


 野菜。


 湯気。


 焼きたてパンまで並ぶ。


 工事組が一斉に集まる。


 疲れている。


 だが顔は明るい。


 理由は単純。


 未来が見えているからだ。


 宿屋ができれば仕事が増える。


 商人が増える。


 冒険者が増える。


 税収も増える。


 店も増える。


 つまり。


 村が強くなる。


 ベッティーナが鍋を食べながら呟く。


「昔は、こんな飯食えると思わなかった」


「毎日硬いパンだったものね」


 デニーゼが苦笑する。


「病人も多かったし」


「冬は本当に酷かった」


 クルザードは黙って聞いていた。


 その空気を覚えている。


 最初は本当に何もなかった。


 食料不足。


 病気。


 不衛生。


 盗賊。


 怯え。


 諦め。


 全部あった。


 でも今は違う。


 子供達が笑っている。


 腹いっぱい食べている。


 それだけで価値がある。


 三日後。


 宿屋完成。


 周囲が静まり返った。


 石造三階建て。


 大浴場付き。


 食堂付き。


 冷却庫直結。


 魔導灯完備。


 各部屋に洗浄水路。


 寝台も柔らかい。


 普通の宿屋じゃない。


 完全に“都市級”だった。


 ロドリク達ギルド関係者すら絶句した。


「……早すぎる」


「普通一年かかるぞ」


 ガルドが鼻を鳴らす。


「止まらず動いたからな」


 宿屋の名前はシンプルだった。


 《白鹿亭》。


 ヴァレリアが笑う。


「名前まともね」


「普通でいい」


「もっと変なの付けると思った」


「客商売だぞ」


 開業初日。


 満室。


 全員が少し引いた。


「早すぎるだろ……」


 マルセルが呟く。


 本当に早かった。


 冒険者。


 商人。


 旅人。


 全員泊まる。


 理由は明白。


 飯が美味い。


 安全。


 風呂がある。


 臭くない。


 治療もある。


 しかも安い。


 終わっていた。


 完全に。


 夜。


 食堂は満席だった。


 焼いた肉の音。


 酒。


 笑い声。


 パンの香り。


 湯気。


 各地の冒険者達が驚いている。


「なんだここ……」


「辺境だよな?」


「王都より飯うまくねぇか?」


「風呂あるぞ風呂」


「寝台柔らか……」


「帰りたくねぇ……」


 ヴァレリアが帳簿を抱えて笑いを堪えていた。


「利益が酷い」


「完全に黒字」


「開業初日でこれ?」


「まだ増える」


 クルザードは淡々と答える。


 彼には見えていた。


 宿屋はただの建物じゃない。


 情報拠点。


 物流拠点。


 人材収集。


 経済循環。


 全部の中心になる。


 冒険者が来る。


 商人が来る。


 噂が広がる。


 さらに人が来る。


 流れが加速する。


 そこへ。


 一人の男が入ってきた。


 四十代。


 大柄。


 剣傷だらけ。


 歴戦。


 空気で分かる。


 冒険者だ。


 かなり強い。


 彼は周囲を見回し、静かに席へ座る。


 料理が運ばれる。


 豚肉の香草焼き。


 チーズ。


 スープ。


 焼きたてパン。


 酒。


 男は無言で食べた。


 一口。


 二口。


 三口。


 そして。


 止まった。


「……なんだこれ」


 周囲が少し笑う。


 最近よく見る反応だった。


 男は真顔のまま言う。


「こんな場所、聞いてないぞ」


「辺境だろここ」


 ティグリスが笑う。


「だった」


「今は違う」


 男は酒を飲み、周囲を見る。


 魔導灯。


 笑う子供。


 清潔な床。


 湯気。


 飯。


 冒険者達の穏やかな顔。


 そして。


 安心した空気。


 彼は長く黙った後、低く言った。


「……泊まる」


「部屋空いてるか」


 ヴァレリアが即答する。


「あります」


「長期も歓迎よ」


 その瞬間。


 クルザードは確信した。


 もう後戻りしない。


 村は完全に“人を集める場所”になった。


 強さとは結局。


 安心だ。


 飯。


 風呂。


 仕事。


 安全。


 それを持つ場所に、人は集まる。


 夜更け。


 宿屋の窓から光が漏れる。


 笑い声。


 酒。


 食事。


 人の気配。


 それを見ながら、ジェシカが静かに言った。


「不思議ね」


「何がだ」


「昔は皆、生き残る顔してた」


「今は、明日を考えてる」


 クルザードは少しだけ目を細める。


 未来を考えられる。


 それだけで、人は強くなる。


 広場では子供達が眠そうに歩いていた。


 宿屋の煙突から湯気が上がる。


 魔導灯が村を照らす。


 そして今夜もまた、新しい旅人が村へ入ってくる。


 誰かが小さく呟いた。


「……ここ、なんか帰りたくなるな」


 その言葉を聞きながら、クルザードは静かに空を見上げた。


 村は、もう止まらない。







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