47:ゴブリン集落
殲滅。
春の朝だった。
水路には澄んだ水が流れ、畑では新芽が顔を出し始めている。
牧場では鶏が鳴き、牛が草を食み、豚が泥の中で鼻を鳴らしていた。
村は、生きていた。
以前とは違う。
ただ生き延びるだけの場所ではない。
増えている。
育っている。
広がっている。
朝の炊き出し広場には湯気が立ち、焼きたてのパンの香りが漂う。
味噌と乳を混ぜた濃厚なスープ。
燻製肉。
卵焼き。
温かい飯。
その匂いだけで、人が集まる。
実際、集まっていた。
移民は増え続けている。
獣人。
流民。
元冒険者。
商人。
子連れの母親。
痩せた農民。
冬を越せなかった村から、人が流れてきていた。
クルザードは木椀を持ちながら、広場の様子を見ていた。
ティグリスが肉を頬張る。
「もう百人超えたな」
「もっと増える」
「食料持つか?」
「持たせる」
即答だった。
畑は増やした。
家畜も始めた。
保存食も整っている。
だが。
問題は別にある。
カタリナが走ってきた。
斥候特有の静かな足。
息が乱れていない。
「北東」
「ゴブリン」
空気が変わった。
ティグリスが肉を置く。
マティルデが立ち上がる。
ベッティーナが盾へ手を伸ばした。
クルザードは静かに聞く。
「数」
「三十以上」
「集落化してる」
「子供もいる」
周囲の空気が重くなる。
ゴブリン。
弱い魔物。
それは半分正解だ。
単体は弱い。
だが。
増える。
奪う。
群れる。
放置すると被害が広がる。
家畜。
畑。
子供。
女。
全部狙う。
村の成長にとって最悪の存在だった。
ヴァレリアが険しい顔をする。
「交易路近いわよね」
「ああ」
「放置できない」
クルザードは立ち上がった。
「潰す」
その声に迷いはなかった。
昼。
出撃準備。
以前と違う。
村側にも余裕があった。
装備。
食料。
回復。
連携。
全部整っている。
ガルドが武器を並べる。
「刃、全部研いどいたぞ」
新しい包丁技術から発展した刃物。
以前より軽く、鋭い。
肉の解体。
骨の切断。
魔物の処理。
全部の技術が武器へ応用され始めていた。
マルセルが剣を振る。
風を切る音。
「斬れるな」
「そりゃ鍛え直したからな」
アランは金属魔法用の短杖を調整していた。
ドロテアは魔力回復薬を確認する。
ジェシカは毒消しを準備。
デニーゼは回復班。
完全に組織化されていた。
クルザードは地図を見る。
カタリナが説明する。
「ここ」
「崖沿い」
「洞窟利用してる」
「見張りあり」
クルザードは目を閉じる。
鑑定。
情報。
流れ込む。
以前より整理されていた。
【ゴブリン集落】
【個体数:三十七】
【上位個体:二】
【夜襲傾向あり】
【繁殖速度:高】
【略奪優先】
【周辺脅威:中】
理解できる。
以前なら頭痛だけだった。
今は違う。
意味が繋がる。
危険度。
位置。
行動。
全部。
クルザードは即座に指示を出す。
「ベッティーナ前」
「マティルデ左右処理」
「ティグリス突破役」
「ドロテア後衛」
「アラン拘束」
「マルセル遊撃」
「カタリナ索敵継続」
全員が即座に動く。
迷わない。
この男が流れを決める。
そう理解しているからだ。
夕方。
森。
空気が変わる。
臭い。
腐臭。
血。
糞尿。
ゴブリン集落特有の臭気。
ティグリスが鼻を歪めた。
「臭ぇ」
「衛生最悪」
ジェシカが冷静に言う。
「病気も持ってる」
「長居したくないわね」
クルザードは周囲を見る。
鑑定。
【罠:三】
【見張り:二】
【弓個体:五】
【奇襲準備:あり】
見える。
「右上」
瞬間。
マルセルが剣を振る。
斬撃。
木上のゴブリンが真っ二つになった。
悲鳴。
次の瞬間。
集落が騒ぎ始める。
「ギギギィ!」
「ギャアア!」
飛び出してくる。
粗末な武器。
汚れた皮鎧。
だが数は多い。
ベッティーナが前へ出る。
「来なさい」
盾。
衝撃。
ゴブリンがぶつかる。
止まる。
そこへ。
マティルデ。
一閃。
首が飛ぶ。
ティグリスが笑う。
「遅い!」
獣人特有の脚力。
一瞬で距離を詰める。
拳。
蹴り。
爪。
骨が砕ける。
アランが手をかざした。
「拘束」
金属魔法。
ゴブリンの武器が溶ける。
液状化。
そのまま腕へ絡みつく。
「ギィィィ!?」
動けない。
マルセルが首を刎ねた。
クルザードは後方から全体を見る。
戦っていない。
指揮。
判断。
流れ。
それを制御している。
鑑定が動く。
【左側伏兵】
【地中穴】
【投石準備】
「左下!」
瞬間。
ドロテアが火球を放った。
爆発。
隠れていたゴブリンが吹き飛ぶ。
ティグリスが笑った。
「便利すぎるだろそれ!」
「今わかった」
「それが怖いんだよ!」
ゴブリン達が崩れ始める。
統制がない。
連携もない。
数だけ。
対してこちらは違う。
役割。
連携。
回復。
装備。
判断。
全部が揃っていた。
そして。
クルザード自身も変わっていた。
魔力。
以前より制御できる。
流れる。
循環する。
クルザードが右手を上げた。
「水槍」
水属性。
圧縮。
貫通。
高速。
放たれた瞬間。
ゴブリン三体を貫いた。
ティグリスが振り返る。
「おい」
「今の何だ」
「なんとなくできた」
「お前の“なんとなく”危険すぎる!」
さらに。
ゴブリン上位種。
大柄。
棍棒持ち。
飛び出してくる。
「グォオオ!!」
ベッティーナが押される。
重い。
強い。
普通のゴブリンではない。
クルザードの鑑定が動く。
【ゴブリンファイター】
【筋力:高】
【脚部損傷歴あり】
【右膝不安定】
見えた。
「右足」
瞬間。
マティルデが低く滑り込む。
斬撃。
膝。
断裂。
巨体が崩れる。
そこへ。
ティグリス。
拳。
顔面粉砕。
終わりだった。
残ったゴブリンが逃げ始める。
クルザードは冷静に言った。
「逃がすな」
理由は単純。
再繁殖する。
再襲撃する。
なら。
終わらせる。
風魔法。
拘束。
斬撃。
火球。
数分後。
静かになった。
夕焼け。
血の臭い。
焼けた肉の臭気。
ゴブリン集落は消えた。
カタリナが周囲を確認する。
「制圧完了」
ヴァレリアが溜息を吐いた。
「本当に強くなったわね」
「まだ弱い」
クルザードは周囲を見る。
洞窟。
保存食。
略奪品。
鉄。
布。
食料。
全部回収対象。
「持って帰る」
ガルドが笑う。
「ゴミみてぇな鉄だぞ」
「溶かせば使える」
「ははっ、違ぇねぇ」
合理。
全部資源。
無駄にしない。
夜。
帰還。
村が歓声を上げる。
「帰ってきた!」
「無事だ!」
「討伐成功!」
子供達が駆け回る。
ティグリスが頭を撫でる。
ベッティーナが笑う。
安心感。
守られている。
その感覚が村を強くする。
広場では大鍋が煮えていた。
豚骨味噌鍋。
野菜。
乳で作った濃厚スープ。
焼きたてパン。
燻製肉。
酒。
湯気が夜空へ昇る。
クルザードは静かに座った。
ヴァレリアが隣へ来る。
「気づいてる?」
「何を」
「もう普通の村じゃない」
クルザードは鍋を見る。
笑う人。
食う人。
働く人。
子供。
冒険者。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
全部混ざっている。
「そうだな」
「じゃあ何?」
少し沈黙。
そして。
クルザードは静かに答えた。
「生き残る場所だ」
それは、この世界で最も強い言葉だった。




