46:家畜化
鶏・牛・豚。
雪が溶け始めていた。
長い冬の終わり。
村の畑には水が流れ込み、整備された水路が静かに音を立てている。以前の泥だらけの村道は石畳へ変わり、排水路も整えられた。子供達は裸足で駆け回らなくなった。病気が減ったからだ。
朝。
村の中央広場には湯気が立っていた。
大鍋。
味噌仕立ての野菜スープ。
焼きたてのパン。
燻製肉。
発酵乳。
冬を越えた村人達は、以前より顔色が良い。
痩せ細った子供が消え始めていた。
クルザードは広場を見渡しながら、静かにパンを齧る。
ティグリスが隣で肉を食っていた。
「人、増えたな」
「増えた」
実際、急増していた。
商人。
流民。
元冒険者。
他村の農民。
獣人。
ドワーフ。
最近ではエルフまで来始めている。
理由は単純だった。
飯がある。
死なない。
仕事がある。
それだけで人は来る。
ヴァレリアが帳簿を抱えながらやって来る。
「問題発生」
「食料か」
「そう」
クルザードは即座に理解した。
人口増加は力だ。
労働力。
兵力。
技術力。
市場。
全部になる。
だが。
同時に。
食料を食う。
今まではダンジョン素材と狩猟で回っていた。
だが限界が来る。
安定供給が必要だった。
つまり。
「家畜」
ヴァレリアが頷く。
「肉が足りなくなる」
「卵も」
「乳も」
クルザードは空を見る。
春。
始めるには良い時期だった。
「やるか」
ティグリスが笑う。
「また村が変わるな」
昼。
村外れ。
以前は荒地だった場所。
今は整地され、水路が引かれ、柵が立ち始めている。
ガルドが巨大な杭を打ち込んでいた。
「おらぁ!」
地面が震える。
ベッティーナが呆れた顔をする。
「アンタ、相変わらず力馬鹿ね」
「うるせぇ!」
「ドワーフはこういう仕事得意なんだよ!」
クルザードは地面を見る。
鑑定。
【土壌:牧草適性あり】
【水分:良好】
【病原:少】
【拡張可能】
良い。
使える。
「ここを牧場にする」
マチルダが周囲を見た。
「かなり広いわね」
「最初から拡張前提」
「本気なのね」
「本気だ」
クルザードは真顔だった。
家畜は肉ではない。
もっと重要だ。
継続。
循環。
安定。
鶏は卵を産む。
牛は乳を出す。
豚は残飯処理にも使える。
糞は肥料。
つまり農業とも繋がる。
食料支配は、畑だけでは完成しない。
家畜まで揃って初めて安定する。
そして。
食が安定した国家は強い。
数日後。
第一陣が来た。
荷車。
商隊。
鶏。
豚。
小型牛。
獣臭。
鳴き声。
村人達がざわつく。
「牛だ!」
「でけぇ……」
「食うのか?」
「乳じゃない?」
子供達が目を輝かせる。
ヴァレリアが笑った。
「王都より高値だったわよ」
「それでも売った?」
「この村、金払い良すぎるのよ」
クルザードは鶏を見た。
【白羽鶏】
【産卵率:高】
【病耐性:中】
【肉質:良】
見える。
情報が。
以前より明確に。
理解できる。
どれを増やすべきか。
どれが弱いか。
病気。
餌。
全部。
ジェシカが近づく。
「この牛、少し弱ってる」
「輸送疲れか」
「多分ね」
クルザードは頷く。
「隔離」
「他と分ける」
即決。
以前の村なら無理だった。
病気が広がれば終わり。
だが今は違う。
衛生知識。
隔離。
洗浄。
薬。
回復。
全部ある。
デニーゼが回復魔法を流し込む。
光。
牛が少し落ち着いた。
ジェシカが薬草を混ぜる。
「腸が荒れてる」
「発酵乳混ぜる」
「乳酸菌?」
「効く」
周囲が普通に会話している。
以前なら考えられなかった。
知識が共有されている。
村全体が成長していた。
夜。
食堂。
クルザードは新しい料理を作っていた。
卵。
乳。
チーズ。
燻製肉。
焼きたてパン。
それを使った。
熱々のグラタン。
チーズが溶ける。
香り。
焦げ目。
湯気。
肉汁。
ティグリスが目を輝かせた。
「なんだこれ」
「焼いた」
「意味わからんくらい美味い」
ドロテアが蕩ける。
「チーズ反則……」
ステファンが大皿を抱える。
「これ毎日食いたい」
「太るぞ」
「構わん!」
笑いが起きる。
温かい。
腹が満たされる。
安心する。
この感覚が人を定住させる。
ヴァレリアが静かに言った。
「ねぇ」
「気づいてる?」
「何を」
「周囲の村、崩れ始めてる」
空気が少し変わる。
クルザードは黙って聞く。
「冬越せなかった村、多い」
「税が払えない」
「病気も広がってる」
「食料も足りない」
「だから人が流れてくる」
当然だった。
この世界では普通。
冬は死ぬ。
飢える。
病気で倒れる。
子供は消える。
それが常識。
なのに。
この村は違う。
食える。
風呂がある。
石鹸がある。
医療がある。
仕事がある。
教育がある。
だから人が来る。
ティグリスが肉を齧りながら言う。
「もう村じゃないな」
「何だと思う」
「国の卵」
クルザードは否定しなかった。
翌日。
牧場建設が本格化した。
土魔法。
石壁。
排水。
飼料庫。
水場。
ガルドが設備を作る。
アランが金属器具を整える。
村人達も働く。
そして。
クルザードは新しいスキルを試していた。
【テイム】
まだ弱い。
完全支配ではない。
だが。
感情が流れる。
警戒。
空腹。
安心。
それを理解できる。
白羽鶏へ触れる。
魔力を流す。
落ち着く。
暴れない。
ティグリスが驚く。
「……お前、動物とも話せるのか?」
「なんとなく」
「その“なんとなく”怖いんだけど」
クルザードは笑った。
「便利ではある」
実際便利だった。
群れ管理。
繁殖。
病気察知。
全部に使える。
さらに。
糞尿管理。
発酵。
肥料化。
農地改善。
全部繋がる。
マチルダが感心したように呟く。
「本当に全部繋げるのね」
「繋げた方が強い」
「普通はここまで考えないわよ」
「考える」
クルザードは本気だった。
強い兵士だけでは国は持たない。
食料。
物流。
衛生。
教育。
循環。
それを支配した国家は崩れにくい。
夕方。
子供達が鶏を追いかけ回していた。
笑い声。
転ぶ。
怒られる。
また笑う。
以前の村では見なかった光景。
余裕がある。
未来を考える余裕。
それが生まれ始めていた。
ジェシカが静かに言った。
「エルフの里より、ここ平和」
「そうか?」
「ええ」
彼女は少し遠くを見る。
「普通、人族はすぐ争う」
「飢える」
「奪う」
「死ぬ」
「でもここ、違う」
クルザードは少し考えた。
「腹減ると余裕なくなる」
「満たせば変わる」
単純な話だった。
食。
それが土台。
食えない国は崩れる。
逆に。
食える国は強い。
夜。
新しい牧場。
魔導灯が並ぶ。
牛が眠る。
豚が鳴く。
鶏が羽を休める。
そして。
クルザードは静かに村を見渡した。
灯り。
笑い声。
飯の匂い。
湯気。
人。
増えていく。
強くなっていく。
剣ではない。
生活で。
快適さで。
安心で。
覇権を取る。
それがクルザードの目指す形だった。




