44:ダンジョン2階層
攻略開始。
冬の朝だった。
吐く息が白い。
村の中央広場には、いつもより早く人が集まっていた。
魔導灯がまだ淡く残っている。
夜と朝の境目。
その時間に、クルザードは立っていた。
背には剣。
腰には新しく作られた解体包丁。
防具は軽い。
動きを優先している。
ティグリスが腕を組む。
「いよいよ二階層か」
「一階層とは空気が違うって話だったな」
マティルデが剣帯を確認する。
「魔物密度も上がる」
「油断はできないわね」
ドロテアが小さく笑う。
「でも楽しそう」
ステファンが拳を鳴らした。
「最近、飯ばっかだったからな」
「久々に暴れられる」
ヴァレリアが呆れ顔をする。
「村作りしてる連中の会話じゃないわね」
「両方必要」
クルザードは短く答えた。
それがこの村だった。
食も必要。
戦力も必要。
物流も必要。
教育も必要。
全部繋がっている。
どれか一つでは成立しない。
クルザードは広場を見渡した。
人が増えた。
明らかに。
獣人。
人間。
エルフ。
ドワーフ。
子供達。
商人。
移住希望者。
誰もがこの村を見ていた。
期待している。
この村なら生きられると。
冬を越せると。
仕事があると。
だから二階層攻略は必要だった。
資源。
魔石。
素材。
薬草。
全部が足りない。
村が大きくなるほど、消費も増える。
クルザードは静かに言った。
「行くぞ」
ダンジョン入口。
冷たい風が吹き出している。
巨大な石門。
黒い穴。
まるで世界が口を開けているようだった。
ティグリスが鼻を鳴らす。
「臭いが違う」
「血と湿気」
ジェシカが頷く。
「魔力濃度も高いわね」
クルザードの頭へ情報が流れ込む。
【ダンジョン第二階層】
【湿地型】
【高濃度魔力地帯】
【魔物活性率上昇】
【変異種発生率:中】
頭痛。
視界が揺れる。
情報量が多い。
だが以前よりマシだった。
少しずつ意味が繋がる。
クルザードは息を吐いた。
「前衛」
「マティルデ、ベッティーナ、ティグリス」
「中衛ドロテア」
「後衛デニーゼ」
「斥候カタリナ」
「ステファン自由」
即答だった。
誰も異論を言わない。
この男は判断が速い。
しかも正確だ。
だから全員が従う。
地下通路を降りる。
一階層と違う。
空気が重い。
湿っている。
壁には青白い苔。
水滴。
腐臭。
遠くで何かが鳴いた。
カタリナが低く言う。
「左前方」
「三」
直後。
飛び出してくる。
巨大な蛙。
全長二メートル。
舌が鋭い。
【ポイズントード】
【毒属性】
【跳躍】
【麻痺粘液】
ティグリスが先に動いた。
「はぁっ!」
獣人特有の瞬発。
爪が閃く。
一体の腹が裂ける。
同時に舌。
ベッティーナが盾で受けた。
鈍い音。
「重っ!」
ステファンが突っ込む。
拳。
蛙の頭部が潰れた。
残り一。
クルザードが水魔法を放つ。
水刃。
一直線。
首が落ちる。
静かだった。
以前より連携が良い。
全員が強くなっている。
レベルは上がらない。
それでも経験は積み上がる。
クルザードが死体へ近づく。
包丁を抜く。
ガルド製。
異常に切れる。
「また解体か?」
マティルデが呆れたように言う。
「全部資源」
「捨てる方が無駄」
腹を裂く。
毒袋。
肉。
皮。
骨。
全部分ける。
【毒袋:麻痺薬素材】
【皮:耐湿加工適性】
【骨:高出汁成分】
ティグリスが笑った。
「本当に何でも食うな」
「食えるものは食う」
「村が増えてる」
それだけで全員が納得する。
食料消費は急増していた。
最近では移住希望者も多い。
働き口を求めて来る。
飯を求めて来る。
死なない場所を求めて来る。
だからダンジョン資源は重要だった。
奥へ進む。
二階層は広い。
水場がある。
地下湿地。
巨大キノコ。
発光苔。
地下河川。
クルザードは立ち止まった。
鑑定。
【地下水脈】
【清浄度:高】
【農地転用可能性】
【水路接続適性】
マチルダが気づく。
「また変なこと考えてるわね」
「水引ける」
「村まで」
全員が沈黙した。
ティグリスが頭を抱える。
「ダンジョン見て農地考える奴、初めて見た」
「水は重要」
クルザードは本気だった。
既に村の拡張を考えている。
畑。
水路。
人口。
全部を見ている。
さらに奥。
空気が変わる。
カタリナが止まった。
「……来る」
地面が震える。
水飛沫。
次の瞬間。
巨大な影が飛び出した。
全長五メートル。
黒い鱗。
四脚。
鋭い牙。
【スワンプクロコダイル】
【第二階層中位】
【高耐久】
【突進】
【噛砕】
ベッティーナが前へ出る。
「来るわよ!」
激突。
盾が軋む。
後退。
重い。
ティグリスが横へ回る。
爪。
鱗が硬い。
浅い。
ステファンが跳ぶ。
拳。
だが弾かれる。
ドロテアが火球を放つ。
爆炎。
魔物が咆哮。
クルザードは見る。
鑑定。
弱点。
流れ。
筋肉。
骨。
呼吸。
全部が流れ込む。
【下顎接合部脆弱】
【水中機動高】
【陸上旋回低】
「右へ誘導!」
「マティルデ足!」
全員が即座に動く。
マティルデの斬撃。
脚部。
僅かに崩れる。
ティグリスが挑発。
魔物が向きを変える。
その瞬間。
クルザードが踏み込んだ。
水。
圧縮。
刃。
一直線。
下顎へ突き刺さる。
同時に剣。
喉を貫いた。
血飛沫。
沈黙。
魔物が崩れる。
重い音。
誰もすぐには動かなかった。
強かった。
二階層。
一階層とは違う。
だが勝った。
クルザードは息を吐く。
少し震えていた。
魔力制御。
以前より上手くなっている。
【水刃熟練上昇】
【魔力圧縮理解度上昇】
【身体制御向上】
情報が流れる。
クルザードは目を閉じた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
自分が強くなっている。
ティグリスが笑う。
「今の良かったな」
「綺麗に通した」
「……運」
「違う」
マティルデが首を振る。
「見えてる」
「最初から全部」
クルザードは否定しなかった。
見えている。
戦闘だけではない。
流れ。
村。
物流。
教育。
人口。
全部。
だから止まれない。
デニーゼがクロコダイルを見下ろす。
「これも食べる?」
「食べる」
「絶対?」
「絶対」
全員が笑った。
帰還。
夕方。
村へ戻ると、人々が集まった。
「帰ってきた!」
「二階層どうだった!?」
「魔石は!?」
クルザードはクロコダイルをアイテムボックスから出した。
歓声。
「でけぇ!」
「なんだこれ!」
ガルドが目を剥く。
「おいおいおい!」
「二階層の主級じゃねぇか!」
ヴァレリアの目が光る。
「素材価値、とんでもないわよこれ」
「売らない」
「は?」
「使う」
「また!?」
クルザードは真顔だった。
「肉は食料」
「皮は防具」
「骨は出汁」
「牙は加工」
「全部必要」
合理だった。
この男は本当に無駄を嫌う。
夜。
食堂。
クロコダイル鍋が煮えていた。
香辛料。
味噌。
骨出汁。
香りが広がる。
村人達が笑う。
「うまっ!」
「なんだこの肉!」
「魚みたいなのに肉!」
酒も進む。
パンも売れる。
夜市も賑わう。
魔導灯が照らす。
子供達が走る。
冒険者が集まる。
商人が笑う。
村が広がっていく。
クルザードはその光景を見ていた。
二階層攻略。
それは単なる戦闘ではない。
資源。
物流。
食。
人口。
全部へ繋がる。
強くなる。
その意味が、少しずつ形になり始めていた。




