34:ドワーフ
鍛冶加入
朝から、村の門前が騒がしかった。
荷車。
鉄材。
煤まみれの男たち。
低く太い怒鳴り声。
金属がぶつかる音。
新しく作られた石畳の道を、大量の荷車が軋みながら進んでいく。
門番の青年が呆然としていた。
「……なんだこれ」
「ドワーフだな」
隣でティグリスが鼻を鳴らした。
獣人特有の鋭い嗅覚。
鉄。
油。
炭。
火薬。
全部混ざった匂い。
「数多いぞ」
「三十……いや、四十近い」
クルザードは静かに目を細めた。
先頭を歩いているのは見覚えのある男だった。
ガルド。
巨大な戦槌を肩に担ぎ、いつものように豪快に笑っている。
「連れてきたぞぉ!」
門前に響く声。
後ろのドワーフたちも笑った。
「本当に食い物あるんだろうな!」
「風呂が毎日入れるって聞いたぞ!」
「酒もだ!」
騒がしい。
だが目は真剣だった。
彼らは流れてきたのだ。
仕事を求めて。
生き残るために。
クルザードは門の前まで歩いていく。
「増えたな」
「増やした!」
ガルドが胸を張る。
「お前の村の話したら、皆食いつきやがった!」
「飯」
「仕事」
「安全」
「この三つ揃ってる場所なんざ無ぇからな!」
後ろのドワーフたちが頷く。
「しかも税が軽い」
「病人見捨てねぇらしい」
「冬でも死なねぇって聞いた」
情報は広がっていた。
もう辺境の小村ではない。
噂になっている。
死なない村。
食える村。
仕事が尽きない村。
クルザードは新しく来たドワーフたちを見る。
筋肉。
傷。
火傷。
職人の手。
全員、本物だった。
鑑定が走る。
『中級鍛冶』
『精密加工』
『石工技術』
『炉管理』
『武器鍛造』
『金具製作』
『歯車加工』
強い。
しかも偏っていない。
これが大きい。
「受け入れる」
クルザードが言った瞬間、後ろで歓声が上がった。
「おおっ!」
「助かった!」
「これで食える!」
だが、クルザードは続ける。
「条件がある」
空気が引き締まる。
「技術を囲うな」
「教えろ」
ドワーフたちが顔を見合わせた。
普通ならあり得ない。
技術は秘匿する。
だから価値が出る。
だがクルザードは違った。
「人数増えた方が生産増える」
「生産増えた方が物流が伸びる」
「物流が伸びた方が皆儲かる」
合理だった。
極めて。
ガルドがニヤリと笑う。
「気に入った」
「やっぱ面白ぇなお前」
後ろからマチルダが出てくる。
「住居区画、第三街区を開放する」
「鍛冶場は南側」
「火災対策で石造り限定」
既に準備済みだった。
クルザードは止まらない。
人が来る前提で動く。
だから間に合う。
ドワーフたちは驚いた顔をした。
「もう用意してんのか?」
「当たり前だ」
クルザードは即答する。
「増えるの分かってた」
ヴァレリアが笑う。
「最近、鍛冶関連の問い合わせ増えてたのよ」
「農具が売れてる」
「武器も足りない」
「水車部品も需要ある」
もう始まっていた。
村の産業化が。
昼。
南区画。
新鍛冶街。
巨大な炉が建設され始めていた。
土属性魔法で基礎を固める。
石壁を形成。
水魔法で冷却路を通す。
風魔法で送風設備。
全部繋がっている。
ドワーフたちが目を見開いた。
「なんだこの建設速度……」
「普通三ヶ月だぞ……」
ガルドが笑う。
「ここ普通じゃねぇんだよ!」
ティグリスが丸太を運びながら鼻を鳴らす。
「最近そればっか聞くな」
クルザードは炉の設計図を見ていた。
鑑定。
熱効率。
煙流。
風圧。
全部見える。
以前は情報量に潰されていた。
今は違う。
整理され始めている。
「送風角度変えろ」
「煙逆流する」
クルザードが指摘する。
ドワーフ職人が驚いた。
「見ただけで分かるのか?」
「流れが悪い」
「熱逃げる」
職人たちがざわつく。
本物は、本物を理解する。
だから空気が変わる。
ガルドがニヤリと笑った。
「言っただろ」
「こいつヤベぇって」
午後。
鍛冶街へ村人たちが集まり始める。
子供。
農民。
冒険者。
皆、興味津々だった。
巨大な炉。
鉄を打つ音。
火花。
熱気。
迫力が違う。
「すげぇ……」
「鉄溶けてる……」
ドワーフたちは少し誇らしげだった。
技術者は見られると嬉しい。
理解されるともっと嬉しい。
クルザードはそこも理解している。
「見学区画作れ」
「危険区域分ける」
「子供も見れるように」
マチルダが即座に書き込む。
「教育目的?」
「ああ」
クルザードは炉を見る。
「職人は国を支える」
「見せた方が増える」
実際、その日のうちに少年たちが騒ぎ始めた。
「俺、鍛冶やりたい!」
「剣作りてぇ!」
「ゴーレム作れる!?」
ドワーフたちが笑う。
「まず炭運びだ小僧!」
「甘くねぇぞ!」
でも目は嬉しそうだった。
継承。
技術。
それが彼らの誇りだった。
夕方。
第一号の農具が完成する。
鋼製鍬。
以前より軽い。
丈夫。
刃が強い。
農民たちが目を丸くした。
「全然違う……」
「土の入り方おかしいぞ」
「疲れねぇ!」
ガルドが鼻を鳴らす。
「道具変わりゃ人生変わる」
その通りだった。
農具が変わる。
収穫が変わる。
食料が変わる。
人口が変わる。
国が変わる。
全部繋がっている。
クルザードは静かに頷いた。
「量産する」
ドワーフたちが笑う。
「仕事地獄だ!」
「最高だな!」
夜。
歓迎会。
巨大鍋が並ぶ。
味噌鍋。
燻製肉。
焼き魚。
焼きたてパン。
酒。
湯気。
香り。
ドワーフたちが涙目になっていた。
「なんだこの飯……」
「辺境だろここ……?」
「王都よりうめぇぞ……」
ティグリスが笑う。
「だろ?」
ガルドは酒を煽って叫んだ。
「決めた!」
「俺ぁここに住む!」
歓声が上がる。
「俺も!」
「鍛冶街作るぞ!」
「鉄回せ!」
村がまた広がっていく。
人が増える。
産業が増える。
物流が増える。
クルザードはその光景を静かに見ていた。
強い主人公ではない。
強くなる流れを作る。
それが彼だった。
ドワーフ加入。
それは単なる仲間増加ではない。
生産力の爆発だった。
農具。
武器。
水車。
釘。
鍋。
包丁。
全部変わる。
つまり生活が変わる。
快適さが増す。
そして人が集まる。
外では新しい炉の火が燃えていた。
赤い光。
夜空へ昇る煙。
それは戦争の煙ではない。
発展の煙だった。
クルザードは静かに酒を飲む。
熱い。
旨い。
周囲では笑い声が絶えない。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
人間。
全部混ざっている。
以前なら有り得なかった。
でも今は違う。
皆、ここで生きられる。
それだけで十分だった。
そしてクルザードは理解していた。
鉄を制する者は、物流を制する。
物流を制する者は、人を制する。
人を制する者が、国家になる。
炉の火は、その始まりだった。




