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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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32/105

32:水路

 灌漑。


 朝日が、水面を白く染めていた。


 新しく掘られた主水路。


 村の中央を貫く巨大な流れ。


 雪解け水を受けた川から引き込み、段差を利用して畑へ流す。


 ただの溝ではない。


 村の血管だった。


 クルザードは高台からそれを見下ろしていた。


 水が動く。


 人が動く。


 荷車が動く。


 全部が繋がっている。


「流れ始めたな」


 隣でマチルダが帳簿を抱えながら頷く。


「農地拡張、予測より早い」


「水が通れば土は死なない」


「逆に水が無ければ全部止まる」


 クルザードの視線は遠かった。


 畑。


 家畜小屋。


 倉庫。


 燻製施設。


 全部、水を前提に回る。


 だから最優先だった。


 兵舎より先。


 城壁より先。


 まず水路。


 それが彼の結論だった。


 下ではドワーフたちが石を積んでいる。


「そこ固定しろ!」


「流量ズレるぞ!」


 ガルドの怒鳴り声が響いた。


 汗だく。


 腕まくり。


 巨大な石材を運びながら笑っている。


「こんなデカい工事、王都以来だ!」


「楽しいなオイ!」


 ドワーフたちは本当に楽しそうだった。


 技術者は、技術を振るえる場所に集まる。


 クルザードはそれを理解している。


 だから仕事を与える。


 成果が返ってくる。


 単純だった。


 水路沿いでは、ドロテアが水魔法を使っていた。


「第三流路、開放!」


 水が走る。


 透明な流れが畑へ広がっていく。


 農民たちが歓声を上げた。


「水だ!」


「畑まで来た!」


「すげぇ……!」


 今まで井戸頼りだった。


 雨頼りだった。


 干ばつで終わる。


 それが普通。


 でもここは違う。


 水を管理している。


 つまり生産を管理している。


 食料支配。


 その意味を、村人たちはまだ完全には理解していなかった。


 だが身体は分かる。


 腹が減らない。


 それだけで人は従う。


「クルザード!」


 ティグリスが駆けてくる。


 獣耳がぴくぴく動いていた。


「東区画、もう植えられる!」


「早いな」


「水来た瞬間、皆動き出した」


 クルザードは少し笑う。


 当然だった。


 人は希望が見えると働く。


 逆に絶望しかない場所では動かない。


 以前の村は後者だった。


 今は違う。


 未来がある。


 だから人が増える。


 新しく来た流民の子供たちが、水路を見て騒いでいた。


「川だ!」


「違う、村の水だって!」


「魚いるかな!」


 笑い声。


 以前は痩せ細っていた子供たち。


 今は頬に色がある。


 クルザードはそれを見て、少しだけ目を細めた。


 ジェシカが近づいてくる。


「病人、また減ったわ」


「水か」


「水ね」


 即答だった。


「汚水を分けたのが大きい」


「飲水と排水を混ぜない」


「それだけでここまで変わるとは思わなかった」


 村には既に簡易排水路が作られている。


 風呂。


 洗濯。


 汚物。


 全部流れを分離した。


 衛生。


 目立たない。


 派手でもない。


 でも強い。


 死なない。


 それが最強だった。


 昼。


 建設現場の炊き出し。


 今日は塩焼き魚。


 味噌汁。


 焼きたてパン。


 燻製オーク肉。


 そして野菜煮込み。


 湯気が立つ。


 香りが広がる。


「飯だぁ!」


 農民たちが笑いながら集まる。


「今日魚か!」


「酒欲しくなるな!」


「まだ昼だ!」


 笑いが起きる。


 空気が明るい。


 以前の村ではあり得なかった。


 皆、余裕が無かった。


 今は違う。


 備蓄がある。


 水がある。


 仕事がある。


 だから笑える。


 クルザードは鍋の様子を見ながら言った。


「塩、減ってるな」


 ヴァレリアが即座に反応する。


「次の隊商、塩優先で組む」


「海側ルートも広げたい」


「魚節が売れ始めてる」


「商人が嗅ぎつけたか」


「ええ」


 ヴァレリアが笑う。


「『この村の保存食は異常』って」


 実際異常だった。


 保存技術。


 燻製。


 味噌。


 魚節。


 干物。


 全部組み合わせている。


 しかも衛生管理まである。


 腐敗率が低い。


 つまり遠距離物流が可能。


 物流が強い村は伸びる。


 逆に物流が死ぬ国は崩れる。


 クルザードは理解していた。


「水路完成で輸送量増える」


 マチルダが言う。


「人口、また増えるわよ」


「構わない」


「余裕あるの?」


「作る」


 即答。


 ティグリスが笑う。


「ほんと迷わないな」


「迷って止まる方が危険だ」


 その通りだった。


 止まると人が死ぬ。


 だから進める。


 午後。


 クルザードは新水門の前にいた。


 巨大だった。


 石造。


 木製制御盤。


 ドワーフ製金具。


「完成だ!」


 ガルドが誇らしげに胸を張る。


「開けるぞ!」


 巨大なハンドルが回る。


 水圧。


 轟音。


 そして。


 一気に流れが走った。


 水が畑へ広がる。


 乾いていた土地が濡れていく。


 農民たちが息を呑む。


「……すげぇ」


「本当に水来た」


「畑全部いけるぞ……!」


 老人が泣いていた。


「こんなの初めて見た……」


 それは誇張じゃない。


 この辺境では、灌漑技術そのものが珍しい。


 王都は知識を独占する。


 地方へ流さない。


 だから辺境は弱いまま。


 でもこの村は違う。


 クルザードは隠さない。


 教える。


 広げる。


 その代わり、人が集まる。


 技術独占ではなく、技術吸引だった。


「読み書き班、こっち!」


 マチルダが声を上げる。


 子供たちが走ってくる。


「水量記録するわよ!」


「数字覚えなさい!」


 子供たちが板へ数字を書く。


 流量。


 時間。


 区画。


 教育が現場へ直結していた。


 だから強い。


「勉強って、こう使うのか……」


 若い農民が呟く。


 マチルダが笑った。


「そうよ」


「文字は偉い人の飾りじゃない」


「腹を満たす道具」


 その言葉に、クルザードは少し頷いた。


 夕方。


 水路沿いを歩く。


 流れが夕日に染まっていた。


 畑では既に苗植えが始まっている。


 獣人。


 人間。


 エルフ。


 ドワーフ。


 全部混ざって働いていた。


「変な光景だな」


 ステファンが笑う。


「昔なら喧嘩してた連中だ」


「飯があると変わる」


 クルザードが言う。


「飢えてると奪う」


「満ちると協力できる」


 シンプルだった。


 でも本質だった。


 遠くで鐘が鳴る。


 夕食の合図。


 人が帰っていく。


 笑いながら。


 疲れながら。


 でも足取りは軽い。


 村が生きている。


 クルザードは水面を見る。


 流れ。


 止まらない。


 それが重要だった。


 止まれば腐る。


 国も。


 人も。


 水も。


 流れている限り、生きていける。


「次は南側だな」


 クルザードが言う。


 マチルダが呆れた顔をする。


「まだ広げるの?」


「人口増える」


「食料足りなくなる」


「なら先に増やす」


 ティグリスが肩を竦めた。


「ほんと止まらないな」


「止まった村は死ぬ」


 夜。


 高台。


 村全体が見える。


 水路が光っていた。


 灯り。


 畑。


 湯気。


 煙。


 全部繋がっている。


 そして。


 人が増えている。


 明日も。


 また来る。


 飢えた人間。


 仕事を求める人間。


 生き残りたい人間。


 この村は、それを受け入れる。


 飯があるから。


 水があるから。


 そして。


 流れがあるから。


 クルザードは静かに目を閉じた。


 遠くで水音が鳴っている。


 その音は、もう小川の音ではなかった。


 国家の始まりの音だった。







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