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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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3:鑑定

 朝のダンジョン《灰喰らい》は湿っていた。


 二層へ続く石階段には地下水が染み出し、足元には青黒い苔が広がっている。海が近いせいで空気は塩臭い。


 クルザードはその匂いを嗅ぎながら歩いていた。


 前を行くのはベッティーナ達のパーティ。


 昨日の鍋以来、完全に荷物持ち扱いではなくなっている。


 理由は単純だ。


 飯が美味かった。


 それだけで人は態度を変える。


 クルザードは知っていた。


 食事は、ただ腹を満たすだけじゃない。


 疲労。


 集中力。


 士気。


 判断速度。


 全部変わる。


 だから、この世界は効率が悪い。


 腐った食事。


 不足した塩分。


 粗悪な保存。


 それでまともに戦える訳がない。


「おい、クル」


 ベッティーナが振り返る。


「今日は三層まで行く」


「了解」


「昨日みたいに察知できるか?」


「分からん」


 クルザードは正直に答えた。


 鑑定は制御不能だ。


 見えすぎる。


 聞こえすぎる。


 感じすぎる。


 必要な情報と不要な情報の区別ができない。


 人を見るだけで、


『疲労率』

『水分不足』

『筋繊維損傷』

『鉄分欠乏』

『軽度睡眠不足』


 全部流れ込んでくる。


 床を見るだけで、


『湿度』

『菌類』

『水脈』

『崩落率』

『鉱物成分』


 頭へ叩き込まれる。


 便利ではある。


 だが、処理しきれない。


 結果、頭痛が来る。


「……また顔色悪いぞ」


 デニーゼが心配そうに言った。


「問題ない」


「問題ある顔してる」


「慣れてる」


 クルザードは短く返した。


 その時だった。


 視界が揺れた。


 通路。


 壁。


 水滴。


 全部に情報が流れ込む。


『地下水脈接近』

『空洞』

『魔力濃度上昇』

『大型生体反応』

『腐敗臭』

『血液残留』

『危険』


「止まれ」


 クルザードが即座に言った。


 全員が止まる。


「なんだ?」


「前」


 直後。


 轟音。


 壁が砕けた。


 巨大な影。


「海蝕トロール!?」


 マティルデが叫ぶ。


 三メートル級。


 青灰色の皮膚。


 濡れた巨体。


 筋肉の塊。


 通常二層には出ない魔物。


「なんでこんな所に!」


 ドロテアが顔を青くする。


 クルザードの頭へ情報が流れ込む。


『飢餓』

『興奮』

『右脚損傷』

『視界左側欠損』

『水分過多』

『再生能力』


(うるさい)


 頭が割れそうになる。


 だが、情報は止まらない。


『急所』

『関節』

『筋肉硬度』

『移動予測』


「右脚を狙え!」


 クルザードが叫ぶ。


「は!?」


「損傷してる!」


 ベッティーナが即座に動いた。


 盾突撃。


 トロールが拳を振る。


 重い。


 空気が震える。


 ベッティーナが吹き飛ばされた。


「ぐっ!」


「ベッティーナ!」


 デニーゼが回復へ走る。


 マティルデが斬り込む。


 浅い。


 皮膚が硬い。


「チッ!」


「ドロテア!」


「分かってる!」


 火球。


 爆発。


 熱風。


 だが止まらない。


 トロールが咆哮した。


 クルザードは目を細める。


 情報。


 情報。


 情報。


 多すぎる。


 うるさい。


 だが。


(……見える)


 少しだけ。


 流れが。


 トロールが左へ重心を寄せる。


 右脚を庇う。


 再生前。


 筋肉繊維断裂。


「そこだ!」


 マティルデが斬る。


 右脚。


 深く入った。


「ギャアアアア!」


 巨体が崩れる。


「今!」


 ステファンが飛び込む。


 拳。


 衝撃。


 アランが金属魔法を展開。


 トロールの肩に刺さった剣が溶け、拘束具みたいに変形する。


「固定した!」


「ドロテア!」


「燃えろ!」


 火球直撃。


 爆炎。


 熱。


 肉が焼ける匂い。


 トロールが暴れる。


 クルザードは前へ出た。


 水が集まる。


 地下水。


 空気中。


 全部。


 制御しきれない量。


「おい、待っ――」


 ベッティーナが叫ぶ。


 遅い。


 水が槍になる。


 圧縮。


 高速回転。


 ウォーターランス 水穿。


 トロールの喉を貫通した。


 沈黙。


 巨体が崩れる。


 全員が止まった。


「……は?」


 ステファンが呆然とする。


 クルザードは頭を押さえた。


 痛い。


 気持ち悪い。


 情報が止まらない。


『魔石』

『肉質』

『毒素』

『再利用可能』

『皮強度』

『塩分濃度』


「おい!」


 ベッティーナが肩を掴む。


「大丈夫か!?」


「……問題ない」


「あるだろ」


「慣れてる」


「慣れるなそんなもん!」


 怒鳴られた。


 クルザードは少しだけ笑う。


 怒鳴られる感覚が、妙に新鮮だった。


 今まで誰も気にしなかった。


 荷物持ちだったから。


「とりあえず戻るぞ」


「いや」


 クルザードはトロールを見る。


「解体する」


「今から!?」


「鮮度落ちる」


 ベッティーナ達が顔を見合わせる。


 数十分後。


 石室には肉を焼く匂いが広がっていた。


 トロール肉。


 臭みが強い。


 普通は食えない。


 だがクルザードは違った。


 筋を外し。


 脂を落とし。


 薬草を擦り込み。


 海塩を使う。


 さらに茸。


 海藻。


 魚骨出汁。


 石鍋で煮込む。


 香りが変わる。


「……嘘だろ」


 ドロテアが呟く。


 臭みが消えていた。


 肉汁。


 塩味。


 旨味。


 湯気。


 全員の腹が鳴る。


「食え」


 クルザードが言った。


 マティルデが恐る恐る食べる。


 止まる。


「……うま」


 次々と全員が食べ始めた。


「柔らかい……」


「トロール肉だぞこれ」


「酒欲しい……」


「身体が温まる……」


 デニーゼがほっと息を吐いた。


 戦闘後の疲労が抜けていく。


 クルザードは静かに鍋を見つめる。


 鑑定がまた流れる。


『塩分適正』

『疲労回復』

『栄養効率上昇』

『筋肉修復補助』


(……使えるな)


 初めてだった。


 鑑定が。


 役に立った。


 戦闘でも。


 料理でも。


 意味を持った。


 頭痛は酷い。


 制御もできない。


 それでも。


 少しだけ。


 世界の見え方が変わり始めていた。


「クル」


 ベッティーナが鍋を食べながら言う。


「お前、何者なんだ?」


「荷物持ちだ」


「絶対違う」


「今は荷物持ちだ」


 クルザードは静かに答えた。


 今は、まだ。


 何も持っていない。


 金も。


 地位も。


 仲間も。


 だが。


 食わせれば人は集まる。


 助ければ残る。


 快適なら離れない。


 この世界は。


 もっと効率良く回せる。


 鍋の湯気が、静かに揺れていた。






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