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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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2:鍋

朝の港町アルフェイドは、冷えていた。


海風が石畳を容赦なく撫で、魚市場の生臭さを街中へ押し広げていく。曇った空の下、荷車が軋み、朝早くから怒鳴り声が飛び交う。腐った魚を怒りに任せて蹴り飛ばす商人。少しでも安く買い叩こうと値切る冒険者。朝一番の仕事を求めて殺気立つ酒臭い港湾労働者。


人は多い。物も多い。それなのに、街全体が酷く貧しかった。


クルザードは、ただその澱んだ人の流れを静かに見つめていた。


冒険者ギルドの前。彼は年季の入った木箱に腰を下ろし、朝食として焼き固めた黒パンを齧る。

硬い。酸味が強い。栄養価や味を完全に無視し、保存優先の劣悪な工程で作られているせいで、味は最悪の一言だった。


「それ、食い物か?」


ふいに、隣から少し呆れたような声がした。

見ると、そこには金髪の女が立っていた。昨日、誰もいない廃屋で行き倒れ、彼の作った鍋を食べていたあの女だった。


薄汚れた外套は相変わらずそのままだが、腹が満たされたせいか、顔色は昨日よりも少しだけ良い。


「私はドミニクだ。そういえば、まだ名乗っていなかったな」


「クルザード」


クルザードは口元に快活な笑みを浮かべ、気さくに答えた。


「長いな。クルでいいか?」


「好きにしろ。呼びやすい名前が一番効率が良いからな」


ドミニクは、その答えを聞いて満足そうに笑った。よく笑う女だった。極限の飢餓状態から一夜明けたばかりだというのに、彼女にはどこか周囲を惹きつける妙な生命力がある。痩せているにもかかわらず、その衣服の奥にある胸元は豊かで、腰回りもどこか丸みを帯びている。ただの浮浪者に見えないのは、その骨格と、内側から溢れるような気の強さのせいかもしれない。


「それで、そのパン。見た目通り硬そうだな」


「ああ、とてつもなく硬い。顎の運動には丁度いいが、美味いとはお世辞にも言えないな」


「昨日のあの絶品な鍋を作った男が、そんなものを食べるのか?」


「パンは市場で買ったものだ。自分の手で作ったわけじゃないからな」


「なるほど、道理で」


ドミニクは納得したように深く頷いた。

クルザードは手元の黒パンを再度見つめる。彼自身の目には、この不格好な主食が抱える問題点が、火を見るより明らかだった。


彼がパンに視線を固定した瞬間、脳内に宿る「鑑定」の能力が、本人の意志を無視して強制的に情報を流し込んでくる。


『対象:市販の黒パン』

『状態:発酵時間が致命的に不足。酵母の活性化失敗』

『成分:防腐目的による塩分過多。保水性が失われ水分不足』

『構造:雑穀比率が適正値を超えて過剰。製粉技術の未熟さによる粗悪な食感』

『工程:焼成時の温度管理に失敗。表面の過加熱および内部の生焼け』


「……っ」


こめかみを鋭い頭痛が襲い、クルザードは思わず顔をしかめて眉間を指先で強く押さえた。情報が頭の中に直接叩き込まれる感覚は、何度経験しても不快な揺れを視界にもたらす。


「また、それか?」


ドミニクが彼の様子を見て、不思議そうに覗き込んできた。


「ああ。入ってくる情報が多すぎる。制御できない濁流のようなものだ」


「便利そうで、その実、随分と不便な能力だな」


「使い切れない能力はただの欠陥さ。宝の持ち腐れほど不効率なことはないからね」


クルザードは自嘲気味に笑ったが、その声に悲壮感はない。ドミニクもそんな彼の気さくな態度に苦笑を返した。


その時だった。


「おい、そこの荷物持ち!」


昨日彼を置き去りにした不届き者たちとは別の、新しい冒険者パーティがこちらに向かって声をかけてきた。

総勢五人組。装備の質はそれなりに良く、それなりの修羅場を潜ってきた気配がある。だが、全員の顔に濃い疲労の色が滲み出ていた。


特に目を引いたのは、最前線に立つべき大盾を背負った女盾士だった。

長身で、服の上からでも鍛え上げられていることが分かる見事な筋肉質。それでいて、胸も尻も驚くほど大きい。その体躯に違わぬ鋭い視線をクルザードへ向けてくる。


「地下二層へ行く。重い荷運びをきっちりこなせる奴を探しているんだが、お前、身体は動きそうか?」


「身体なら問題なく動く。それで、報酬は?」


クルザードは木箱から立ち上がり、ハキハキとした口調で尋ねた。無駄な謙遜も、意味のない引き伸ばしも必要ない。


「銅貨六枚だ」


「地下二層の危険度を考えると、そいつは少し安いな」


「その代わり、道中の飯付きだ。悪くない条件だと思うが、どうだ?」


クルザードは一瞬だけ、思考を巡らせた。

地下二層。昨日の第一層よりもさらに深く、魔物の生態も凶悪になる。当然、荷物持ちとしての死亡リスクも跳ね上がる。

しかし、彼の脳が導き出した「判断」は異なっていた。


(危険度が上がるということは、それだけ手に入る食材の種類と質が増えるということだ)


生き残る算段は、自分の中にある莫大な魔力と鑑定があれば十分に立てられる。ならば、ここは乗るべき局面だった。


「行く。その依頼、引き受けさせてもらうよ」


「即決かよ。命知らずだな」


パーティの一人が驚いたように呟く。


「命知らずというより、腹が減るからね。美味いものを食うためなら、多少の段差は厭わないさ」


クルザードが陽気に笑ってみせると、大盾を背負った女が愉快そうに口元を釣り上げた。


「気に入った。私はベッティーナ。このパーティの盾士だ」


「俺はクルザード。よろしく頼むよ、ベッティーナ」


「こっちの赤髪の派手なのがマティルデ。頼れる剣士だ」


ベッティーナに紹介された赤髪の女剣士が、腰の長剣を軽く叩きながら手を振る。


「……ドロテア。魔法使い」


後ろで大きな杖に寄りかかっている、極端に眠そうな目の女がぼそりと呟いた。


「私はデニーゼです。回復士を務めています」


最後に、パーティの調停役のような柔らかい雰囲気をまとった聖職者の女が、穏やかに微笑む。


「で、俺がステファンだ。よろしくな、荷物持ち」


頑強な体躯をした拳闘士の男が、革製のグローブをはめた拳を小気味よく鳴らした。


全員、この街の基準で言えばそこそこに強い、バランスの取れた中堅パーティだ。

だが、クルザードの目――すなわち「鑑定」は、彼らが隠そうとしている内情を一瞬ですべて見抜いていた。


前衛二人の踏み込みの癖、後衛の魔力残量、装備の細かな摩耗具合、そして何より、全員の身体が慢性的な「栄養失調」と「過労」によって悲鳴を上げている事実。

頭痛と共にその膨大なデータが脳内に流れ込み、クルザードは意識の裏で冷徹に戦力を計算する。


「おい、本当に大丈夫か? 顔色が少し青いぞ」


ステファンが不審そうに眉を寄せた。


「問題ないさ。ただ、これから始まる素晴らしい迷宮探索を想像して、少し武者震いがしただけだよ。さあ、案内してくれ」


快活な笑声とともに荷袋を背負い直す。その足取りには、疲れを見せるパーティメンバーの誰よりも澱みがない。体調の悪さは嘘だが、動けるという確信に嘘はなかった。


ダンジョン《灰喰らい》第二層。


第一層のぬかるんだ通路とは明らかに空気が違っていた。

むっとするような高い湿度、そして生物が腐敗したような強烈な臭気が通路の奥から漂ってくる。海水がより深い地下へと染み込んでいる影響で、湿り気を帯びた石壁の至る所に、不気味な青黒い苔がびっしりと広がっていた。


「来るぞ! 陣形を維持しろ!」


マティルデの鋭い警告が響く。

通路の曲がり角から姿を現したのは、海蝕かいしょくゴブリンと呼ばれる魔物だった。

通常の個体とは異なり、皮膚が不気味な青色に変色している。手の爪は異常なほど長く鋭利に発達し、塩分を含んだ地下水に適応した、この階層特有の異常個体だ。数は三体。


ベッティーナが迅速に前へ出た。背負っていた大盾を力強く構え、地面を蹴る。

ズシン、と重い金属音が狭い通路に響き、海蝕ゴブリンの鋭い爪を正面から完璧に受け止めた。その隙を逃さず、マティルデが横から滑り込むように長剣を振るう。


流れるような連携。悪くない動きだ。

だが、クルザードは荷物を背負ったまま、冷静にその戦闘を見限っていた。


(致命的な火力不足だな。前衛が耐えて後衛が処理する安定型の陣形だが、決定的な一撃に欠ける。このままでは戦闘が長引き、ただでさえ低下している彼らのスタミナが完全に枯渇する)


「チッ、この泥人形め、硬てぇな!」


ステファンが渾身の拳でゴブリンの一体を殴り飛ばしたが、魔物はすぐに身をよじって立ち上がった。海水の成分を含んだ皮膚は柔軟で、打撃の威力を逃してしまう。耐久力が尋常ではない。

後方からドロテアが短い詠唱と共に火球を放つ。狭い通路に激しい熱気と蒸気が爆発的に広がり、一瞬にして全員の視界が悪化した。


視界不良、疲労による反応の遅れ。その隙を、迷宮の悪意は見逃さない。


(来るな)


クルザードの鑑定が、煙の向こう側の構造的死角を捉えた。


「後ろだ! 回復士を護れ!」


クルザードの叫びと同時に、通路の横穴から完全に気配を隠していた別個体の海蝕ゴブリンが飛び出してきた。


「なっ!?」


完全に裏をかかれた前衛は動けない。青い魔物は、無防備なデニーゼへ向けてその凶爪を振り上げた。


だが、その爪がデニーゼの肌に届くよりも早く、クルザードの身体は動いていた。

その速度は、周囲の誰も、そして彼自身すら論理的な理解を置き去りにするほどに異常だった。


一歩の踏み込みで距離を詰め、腰の古びた剣を滑らかに引き抜く。

空間を切り裂くような冷徹な一閃。

一切の無駄な軌道を排除し、最も効率的なルートを描いた刃が、海蝕ゴブリンの首を正確に刎ね飛ばした。


ゴト、と重い頭部が地面を転がり、青い身体が泥の中に崩れ落ちる。


激しい戦闘の音が、一瞬にして止んだ。静寂が石室の通路を満たす。

ベッティーナも、マティルデも、魔法の杖を構えたままのドロテアも、全員が信じられないものを見る目でクルザードを凝視していた。


「……お前、ただの荷物持ちじゃねぇだろ」


ステファンが呆然としながら、掠れた声で言った。


「いいや、ご覧の通りただの荷物持ちさ。この通り、荷物を運ぶための腕力は人一倍あるからね」


「そういう意味で言ってるんじゃねえよ……」


クルザードは彼らの驚愕を追及させる隙を与えないよう、気さくに笑いながら手をかざした。

「アイテムボックス」を発動し、倒した海蝕ゴブリンの死骸を即座に収納していく。この空間の中であれば、どれだけ時間が経とうとも腐敗せず、鮮度が落ちることもない。彼にとっては、最高の食材管理庫だった。


「ふぅ、これでこの区画の脅威は去ったな。ベッティーナ、今日の探索はここまでにしておいた方が賢明だ」


クルザードは状況の主導権を握るように、ベッティーナを見つめて静かに告げた。その声には、先ほどまでの陽気さとは一線を画す、確固たる戦況判断の重みがあった。


「……そうだな。全員、かなりの疲労だ。これ以上進むのはリスクが高すぎる」


ベッティーナは悔しそうに息を吐いた。彼女自身の身体が、食事不足と塩分不足、そして水分不足で限界を迎えていることを、クルザードは鑑定の数値で把握していた。


彼は周囲を見渡す。少し進んだ先に、崩れた祭壇のある古い石室が見えた。


「あそこの石室は安全地帯だ。そこで休憩にしよう。俺が全員分の飯を作る」


「休憩は分かるが……ここで、飯を作るだと?」


マティルデが目を丸くする。ダンジョン内での調理など、通常の冒険者では考えられない暴挙だ。


「腹が減っては戦も、撤退もできないだろ? 黙って俺に任せてくれれば、最高のエネルギーを補給してみせるさ」


クルザードは淡々と石室へと歩を進め、背中の荷袋をおろした。

そして、床に向けて片手をかざす。土属性の魔力をほんの少しだけ解放し、石床の構造を組み替えて、即席の頑丈な「石鍋」をその場に生成した。


その無駄のない魔法の行使に、魔法使いのドロテアが眠そうな目を限界まで見開いた。


「魔法で鍋を……? とんでもない魔力制御……便利そうね……」


「ただの道具さ。重要なのは、これを使ってどれだけ効率的に栄養を摂取するかだよ」


クルザードは周囲の驚嘆を軽くいなすと、アイテムボックスから次々と食材を取り出し、その場に並べていった。

先ほど仕留めたばかりの海蝕ゴブリンの肉。道中で採取した海藻。湿地帯に自生するダンジョン茸。そして、あらかじめ保管しておいた魚の骨と、乾燥させた各種の薬草。昨日の残りスープのベース。


「お、おい、クル……!」


ステファンが顔を引きつらせ、鍋の中身とクルザードの顔を交互に見つめた。


「本気か? お前、まさかそのゴブリンの肉を食う気じゃないだろうな?」


「ああ、本気だよ。適切な処理さえ施せば、これほど優秀なタンパク源は他にないからね」


「いや、ゴブリンを食うなんて聞いたことが――」


「聞いたことがないなら、今日がその初めての記念日だ。美味いから心配いらないさ」


クルザードは快活に笑いながら、包丁を恐るべき速度で動かした。

鑑定の情報に従い、肉の硬い筋を一本の狂いもなく正確に断ち切っていく。さらに、海蝕個体特有の臭みが集まる分泌腺を完璧に除去し、自前の塩を揉み込んで余分な水分を抜く。


石鍋に海藻と魚の骨を投入し、まずは出汁を取り始めた。

しばらくすると、パチパチと薪が爆ぜる音と共に、芳醇な湯気が石室の中に広がり始めた。


その瞬間、部屋の中の空気が一変した。


「……すごく、いい匂い」


デニーゼが思わずといった風に呟く。

魚骨から抽出された濃厚な出汁の香りと、海藻の持つ海の旨味。そこに絶妙な加減で処理された肉の脂の甘みが加わり、キノコと薬草の爽やかな香りが全体を美しくまとめ上げている。


ぐう、と。

静かな石室に、誰かの情けないお腹の音が響き渡った。

音の主はマティルデだった。彼女は顔を真っ赤にして両手で腹を押さえる。


「……ごめん。あまりにも美味しそうな匂いだったから」


「謝る必要なんてないさ。腹が減るのは、君たちがそれだけ全力で戦ったという確かな証拠だからね。生きている証拠だ」


クルザードは気さくに笑い、スープの灰汁を丁寧に掬い取る。

鍋の中で、肉汁が美しく浮き沈みし、白濁したスープが渾然一体となって煮詰まっていく。


「よし、完成だ。流れは完璧。冷めないうちに全員、椀を出してくれ」


クルザードは全員の木椀に、具沢山の熱々なスープを均等に振り分けて注ぎ込んだ。

リーダーであるベッティーナが、最初にそのスープを恐る恐る口へと運んだ。

咀嚼し、飲み込んだ瞬間、彼女の身体が完全に硬直した。


「……うまい。信じられないほど、身体に染み渡る……」


彼女の静かな声を皮切りに、他のメンバーも次々とスープを口にし、驚愕の声を上げた。


「待って、本当に何これ!? 美味すぎるんだけど!」


「これ、本当にあの青いゴブリンの肉なのか? 嘘だろ……」


「信じられない……お肉がすごく柔らかくて、全然臭みがない……」


デニーゼの瞳には、微かに感動の涙が潤んでいた。薄暗く、常に死と隣り合わせのダンジョンの中で、これほど温かく、そして身体が全細胞で欲しているような栄養に満ちた食事を摂ることの価値。それは言葉では言い表せないほどの救いだった。


拳闘士のステファンも、先ほどの警戒はどこへやら、猛烈な勢いでスープを掻き込んでいる。


「肉の旨味が半端ねぇ……それに、この魚の出汁と海藻の塩気が、疲れた身体にめちゃくちゃ効く!」


クルザードは全員が夢中で食べる様子を、満足げに眺めながら自身の椀を傾けた。

しかし、彼の頭脳は、この至高の鍋を前にしてもなお、さらなる効率と発展のための計算を止めていなかった。


(美味いが、まだ足りない。ここに大豆を発酵させた味噌があれば、味の深みはさらに増す。素材の保存期間を延ばすための高度な発酵技術、そしてそれを運ぶための効率的な物流の仕組み。塩の精製度ももっと上げられる。この街には、全てが足りていない)


しかし、足りないということは、これから「作れる」ということの裏返しでもあった。


「お前、こんな腕があるなら、今すぐ荷物持ちなんてやめて料理人をやった方がいいよ」


マティルデがスープの具を咀嚼しながら、晴れやかな笑顔で言った。

「冒険者なんかより、よっぽど向いてるって」


「はは、両方やるさ。どちらか片方だけなんて、効率が悪いからね」


「は? 両方ってどういうことだよ」


ステファンが不思議そうに顔を上げる。クルザードは鍋の底を見つめながら、確信に満ちた明るい声で続けた。


「簡単な話さ。このダンジョンは、見方を変えれば世界最高の『食材庫』であり『素材庫』なんだ。ここには無限の肉があり、貴重な薬草があり、役立つ鉱石があり、豊かな水がある。これらを適切に管理し、正しく社会へ『振り分け』ることができれば、このアルフェイドという街は、今の何倍も、何十倍も豊かになれる」


ベッティーナは椀を置き、その鋭い目を細めてクルザードをじっと見つめた。


「……本当に、変な奴だな、お前は」


「よく言われるよ。褒め言葉として受け取っておくよ」


「普通、ダンジョンに潜る連中は、一攫千金の金目の魔石や財宝のことしか考えない。お前みたいに、街全体の仕組みなんて考えやしないさ」


「金のことだけを考えて資源を貪れば、最終的には全体の流れが淀んで腐るだけさ」


クルザードは静かに、しかし力強く答えた。


「この街は、あまりにも流れが悪すぎるんだ。物流、保存、衛生、そして技術を伝えるための教育。その全てが致命的に滞り、機能していない。だからこれほどの富がありながら、皆が貧しいままでいる」


彼の言葉には、圧倒的な説得力があった。

普通なら、一介の荷物持ちの分不相応な大言壮語として片付けられるはずの言葉。しかし、誰もそれを否定できなかった。なぜなら、目の前にあるこの奇跡のように美味い「ゴブリンの鍋」が、彼の言葉の正しさを何よりも雄弁に証明していたからだ。


こんな荷物持ちが、誰も見向きもしなかった泥の中から、これほどの価値を引き出してみせた。

なら――こいつの言う「流れ」の変革という言葉も、少しだけ信じてみたくなる。


石室の中は、いつの間にか驚くほど温かかった。

立ち上る白い湯気。心地よい食材の香り。そして、いつしかパーティの間に戻っていた、ささやかな笑い声。


外の暗闇では、未だに魔物たちが飢えた声で唸っている。

それでも、この一つの鍋を囲む空間だけは、アルフェイドのどこよりも深く、妙な安心感に満ちあふれていた。






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