29:海蛇
海魔物初戦。
冬の海は灰色だった。
見上げる空も、激しく打ち寄せる波も、すべてが暗く濁った鈍色に染まりきっている。最果ての港へと容赦なく吹き込んでくる大海からの大暴風は、皮膚を一瞬で引き裂くように冷たく、過酷な冷気を伴って街の全体を支配していた。
本来であれば、すべての漁船が航行を完全に断念し、人の気配が完全に綺麗に消え失せて完全に閉鎖するはずの過酷な季節。
それなのに――現在のこの街の港湾設備だけは、そんな世界の地獄を完全に置き去りにして、ただの一秒もその動きを止めてはいなかった。
自慢の腕力とスタミナを誇る本物の漁師たちが活発に動き回り。
大規模に開通したばかりの滑らかな道路の上を、大型の荷車が澱みなく行き交い。
そして、質量を完全に無視して重い木箱を自動で安全に運び続ける、あの機能的な「土の人形(物流ゴーレム)」の集団が、整然としたルートに沿って搬送の実務をこなしていた。
沿岸に新設された干物工房の乾燥棚からは、あの至高の魚節の香ばしい燻製の香りが四方へと漂い、大規模な煮込み場の周辺からは、全細胞の飢えを胃袋の底から癒やし尽くす、熱々の濃厚な魚汁の白い湯気が盛大に立ち上り続けている。
この街の機能は、一分の手戻りもなく最高効率の速度で駆動し、前進を続けていた。
まさにその時、凍てつく波音を力強く内側から引き裂くようにして、悲鳴に近い凄まじい怒鳴り声が港の全体へと広く響き渡った。
「お、沖の漁場で、俺たちの主力の漁船が完全にやられたぞ!」
その叫び声が響いた瞬間、空間を満たしていた活気ある空気は、一瞬にしてカチリと完全に殺気立ったものへと激変した。
クルザードは、運搬の手を滑らかな動作でピタリと止め、ゆっくりと振り返ってその明るい瞳の奥に冷徹な光を宿した。
港に集まっていた漁師たちの顔から一瞬にして血の気が引き、誰もが真っ青に変色して戦慄していた。
「状況の確定値を教えてくれ。一体、水面下の構造から何が出現したんだい」
「う、海蛇です! 最悪の海棲の超大型魔物が、北東の沖合に完璧な陣形を敷いて現れやがったんですよ!」
海蛇。海魔物。
そのただ一つの単語が響いただけで、周囲を取り囲んでいた群衆の全体が、恐怖のあまりに息を呑んで完全に静まり返った。
それは、この最果てのアルフェイドの古い歴史において、沿岸にあるすべての巨大な村や商会を一瞬にして木端微塵に叩き潰してきた、本物の「最悪の災害」そのものであった。
一度その巨大な顎が駆動すればね、屈強な大型船であっても一撃のもとに海底へと沈められ、中にいる人間は一人残らず無残に生きたまま呑み込まれ、何年もの歳月をかけて築き上げてきた豊かな漁場が一瞬にして完全に破壊されて機能停止に追い込まれる。
つまり、それは俺たちの集落の生命維持を支えるための、最大の「食料線」を中央から完全に遮断して破滅させる、不条理な澱みそのものであった。
「出現した、正確な局所の座標のデータを教えてくれ」
「北東の沖合、約数マイルのポイントです! すでに、物資を積んでいた我が方の主力の二隻が、一瞬の奇襲によって完全に大破して沈没させられました……!」
大商人のヴァレリアが、その最悪の報告を耳にするなり、手元のぶ厚い帳簿のページをパタンと滑らかな動作で力強く閉じた。
一人の管理者の冷徹な目が、クルザードの顔へと真っ直ぐに向けられる。
「……極めてマズいわね、お前。この極寒の冬の時期にね、私たちの最大の富の核であるあの『漁場全体の駆動』が中央から完全に詰まって停止してみなさい」
「すべての生産ラインの土台である、あの至高の魚節の量産ペースが劇的な最低値にまで低下する」
「さらに、長期の維持を担保するための海魚の塩漬けの工程もね、一分の物資も回ってこなくなって一瞬で完全に止まるわ」
全部が繋がっている。
現在のこの一大交易都市の全体はね、彼が開発に成功したあの無限の海産資源の流通の歯車を中心に据えることで、世界で最も強固な最高の黒字の経済を回し始めていたのだ。だからこそ、その生命維持の根源たる海の循環を、不条理な魔物の暴走によって一パーセントでも滞らせるわけにはいかなかった。
クルザードの頭脳の中で、一瞬にして最も手戻りのない冷徹なまでの「判断」が下された。
「方針は決まった。流れを滞らせる邪魔なノイズはね、早いうちに排除するに限るからね。今すぐ沖合へ向けて、大規模な『討伐の遠征』を駆動させるよ」
ティグリスが、口元を大きく釣り上げて、その黄色い瞳を獰猛な戦士の喜びへと細めて笑った。
「がははは! ついに本物の大海での死闘かい! 面白すぎるじゃないか、小僧!」
「いいや、ティグリス。面白くなんかはただの一片もないさ。俺にとってはね、みんなの美味い飯のための大切な物流を、不効率に止める敵はね、一分の躊躇もなく100%確実に完璧に『潰す』、ただそれだけの当然の管理の手順さ」
彼の放ったその一切の揺らぎもない快活な声の重みの前に、集まったメンバーたちの心の中から恐怖の澱みは完全に綺麗に消え去っていた。
数十分の後。
彼らはガルドの加工した頑強な特製の大型船に乗り込み、荒れ狂う極寒の海の上へと進路を駆動させていた。
上下に激しく揺れ動く強固な船体、顔面を容赦なく叩きつける冷たい潮風の質量。
「うわぁ……足元がこれだけ不安定に揺れると、自慢の防壁のポテンシャルを一パーセントも最高値に発揮できないわね……」
盾士のベッティーナが、船縁の木枠を強く握り締めながら、僅かに顔を引きつらせた。
「全く、ダンジョンの底の泥臭い戦場には骨の髄まで慣れ親しんでいるがな、この底の見えねぇ海戦の手順ってやつだけは、ドワーフの肉体構造には最高に不効率で慣れねぇな、クソッ!」
最高腕のガルドが、自慢の巨大な戦斧を抱え込みながら不快そうに顔をしかめた。
しかし、最前線に立つ虎獣人のティグリスだけは、逆に野生の本能の歓喜を爆発させるようにして、その立派な虎耳を活発に動かしていた。
「いいや、ガルド。常人の感覚では見落としがちな不条理な暗闇であってもね、この広大な海の上はね、魔物の放つ独特のプレッシャーの匂いが剥き出しになっていて、索敵の計算としては最高に分かりやすくて簡単さ!」
彼女の言う通り、それは天性の獣人としての圧倒的なスペックがもたらす、確実な看破の数値であった。空間を流れる風の対流、塩の成分、そして僅かに混ざる過去の捕食の血の匂いの比率。
クルザードは船首の真ん中に堂々と立ち、自らの明るい陽気な瞳を、激しくうねる灰色の水面の下へと真っ直ぐに向けていた。
彼の瞳の奥で、鑑定のシステムが強制的に起動し、脳内へ直接真実のデータを流れ込んさせる。
『対象:水面下数マイルの領域。解析:周囲の大気を物理的に圧し潰すほどの、大型の魔力反応を感知』
『特性:流体の特性を100%完全に掌握した、超高速の移動速度を保持。機動力:最高値』
『生態:周囲に他の個体の形跡:皆無。単独行動を維持する、深海適応型の独立個体と判明』
『結論:正面からの単純な物理打撃は非効率。動きを氷の特性によって完全固定し、一撃の下に脳根を粉砕するのが最高効率』
群れを形成していない、単独の強個体。
彼がその戦況の本質を看破した、まさにその瞬間であった。
ズズズン、と彼らの乗る大型船の全体が、水面下からの目に見えない凄まじい衝撃を受けて、内側から激しく軋みの音を立てて大きく傾いだ。
「――全員、迎撃の陣形を駆動させろ! 来るよ、みんな!」
彼の一片の迷いもないハキハキとした声を合図にして、大波を切り裂きながら、彼らの目の前にその圧倒的な絶望の巨体が堂々と姿を現した。
海面を割って飛び出してきたのは、全長優に十メートルを軽く超える、伝説の海棲の超大型魔物《海蛇》の威容であった。
その全身は、鉄壁の硬度を誇る漆黒の強固な鱗に覆われ、赤い目は極限の興奮によってギラギラと不気味に血走っている。ただそこに佇んでいるだけで、大気そのものを物理的に凍りつかせるほどの濃厚な魔力圧の対流。
船に乗っていた一般の船員たちが、その圧倒的な捕食者の殺気の質量を前にして、驚愕のあまりに一歩後退りして戦慄した。
「おいおい、冗談だろ……! 近くで見ると、ギルドの資料の数値を遥かに置き去りにしてデカすぎるだろ、こいつは!」
拳闘士のステファンが、革製のグローブをはめた拳を強く握り締めながら叫んだ。
海蛇が天を仰ぎ、耳を劈くような凄まじい咆哮を轟かせた瞬間、大量の水飛沫が天高く跳ね上がり、その爆発的な衝撃の波が、彼らの船体をひっくり返さんばかりの勢いで容赦なく側面へと叩きつけてきた。
「船の体軸を死守しろ! 奴の引き起こす大波のエネルギーを、その身を賭けて止めるんだ!」
ベッティーナが泥を深く噛み締める代わりに、全魔力を大盾に集中させて船縁へと深く叩き込み、防壁の固定を全遂した。
さらにその背後から、魔術師のアランが金属の分子構造を精密に制御して、軋む木材の結合を一瞬にして強固に補強(完全固定)してみせた。完璧な役割の連動。
クルザードは、その荒れ狂う海蛇の動きの軌道を、脳内の計算で冷徹に見つめ続けていた。
海の中という、敵にとって100%完璧な優位環境。その中において、奴の移動速度は突風そのものの圧倒的な速さを誇っている。正面から力任せに武器を振るって殴り合っていてはね、船体が先に破壊されて全滅の大損を出すのが目に見えている最悪の戦況。
「ティグリス、今だ! 奴の視覚機能の一点に向けて、長槍の先の一閃を滑らかに流し込むんだ!」
「いいだろう! お前の下したその正しい順番の判断、一パーセントの澱みもなく体現して見せるさ!」
ティグリスは船縁を力強く蹴り上げると、空間をしならせるような驚異的な身体のバネを活かして跳躍し、大蛇の赤い目に向けて鋭利な一撃を一直線に放った。
しかし、海蛇の上位の知性は、その爪の軌道を紙一重の手際で看破すると、爆発的な速度で水面下へとその巨体を滑らかに潜らせて奇襲を完全に回避してみせた。
「消えた!? 待ちなさい、奴の気配の流れが中央の死角へと完全に隠れたわよ!」
カタリナが叫んだ次の瞬間、彼らの足元たる船底に向けて、海底からの凄まじい強打の衝撃が直撃した。
メリメリ、と頑強な木材の骨組みが内側から悲鳴を上げて激しく歪む。
「クソッ、このまま奴に船底からの不条理な強打を繰り返されみろ、三分と経たずにこの特製船であっても木端微塵に砕けて全員が海の藻屑に化けちまうぞ!」
ガルドが怒鳴り散らすが、クルザードの頭脳の中には、この戦況を最高効率で終わらせるための次なる「判断」の数式が、最初から完璧に一本の線として繋がって組み上がっていた。
「海中行動における、敵の機動力のシステムをね、今すぐこの場所で無条件で完全に『制限』するよ」
「ドロテア、熱と風の流れを今すぐ駆動させるんだ! 空間の大気を極限まで圧縮して海面を叩くんだ!」
「了解よ! 私の風の刃の質量、舐めるんじゃないわよ!」
後方からドロテアの放った精密な魔力が空間の大気と結合し、圧縮された不可視の空気のハンマーが海面に向けて猛烈な勢いで叩きつけられ、黒狼の突進軸を遮るかの如く、水面下の潮流の結合を激しく乱して駆動を怯ませた。
決定的な、手戻りのない隙の誕生。
クルザードはその僅かな一秒の流れの真ん中へ向けて、自らの両手のひらを激しく海面に向けて突き出した。
体内に眠る、あの底の知れない莫大な水属性と氷属性の魔力の源泉が一気に解放され、ドミニクからの完璧な魔力サポートと合わさることで、彼らの周囲の大海そのものが、彼の意志に従って猛烈な鳴動を始めた。
「氷壁」
彼が強く念じた瞬間、海蛇が潜んでいた周囲数入メートルの海洋の水分子が一瞬にしてカチリと凍りつき、地表に向けて巨大な「強固な氷の檻の防壁」へとその姿を完璧に変貌させたのだ。
完全なる流体制御の具現化。
もちろん、大海の全域を完全に凍りつかせることなど不可能だ。しかし、クルザードの【微細制御】のスキルによって、大蛇の肉体に直接接触している局所の水分だけを極限まで凍結させて硬化させること。ただそれだけの工夫を施すだけでね、海蛇の誇っていたあの圧倒的な水泳速度のスペックはね、一瞬にして完全に機能停止に陥って動きを制限された。
「マルセル、今だ! 奴の露出している右側面に向けて、風の刃の最大火力を流し込むんだ!」
「おうよ! これで完全に終わりな、このドブ大蛇がぁ!」
マルセルの放った鋭利な風の斬撃が一直線に放たれ、凍りついて身動きの取れなくなった海蛇の強固な漆黒の鱗の全体を一撃のもとに派手に引き裂き、青い血の成分が海面へと激しく飛び散った。
しかし、奴は災害級の海魔物だ。痛みに狂った巨体が激しく身をよじり、氷の枷を力ずくで引き裂きながら、丸太のような巨大な尾を船体に向けて強烈に振り下ろしてきた。
その不条理な破壊の風圧を前にして、数人の船員の肉体が虚空へと吹き飛ばされ、戦線に僅かな澱みが生じる。
「デニーゼ、一秒の遅延もなく回復のラインを駆動させるんだ! 全細胞の修復のプロセスを最優先に!」
デニーゼの放った聖なる光の波動が前線へ滑らかに回り、負傷した人員の肉組織を一瞬で完璧に修復していく。
クルザードの頭脳の中では、鑑定の数値情報が、戦況のすべての因果関係を完璧な一本の線として弾き出し続けていた。
船体の細かな損傷数値、メンバーたちの体内の魔力残量の消費ペース、そして何より――目の前で暴れ狂う海蛇の肉体の構造の中に潜む、絶対的な弱点の看破。
脳の芯を直接釘で刺されるような激しい頭痛。しかし、今の彼にとってその苦痛は、状況を正しく支配するためのただの必要経費に過ぎなかった。
「奴の本当の急所はね、頭部から僅かに下がったあの『首の付け根の皮膚の組織』さ。あそこの結合だけが、鱗の密度が数パーセント低下して致命的に薄くなっているよ。そこへ全戦力を集中させるのが最高効率さ」
ティグリスが、その一片の揺らぎもない確信に満ちた言葉を聞くや否や、口元を大きく釣り上げて獰猛に笑声を上げた。
「がははは! ならば話は簡単だ! お前の下したその最高の判断のルート、私のすべての牙を完璧に預けて突っ込んであげるよ!」
海蛇が、再び船体を中央から噛み砕かんとして、飢えた咆哮と共に猛烈な速度で波を割って突進してきた。
「アラン、海底の岩盤から直接、強固な石の杭を垂直に突き出すんだ!」
「おうよ! 『土杭』の駆動開始だ、突き刺さりやがれ!」
アランが手を動かした次の瞬間、海底から隆起した巨大な石の柱が海面へと一気に突き出し、突進中だった海蛇の下腹部に関節のストッパーとして完璧に引っかかって、その進行を遮った。
「ドロテア、風圧の出力を右方向へ最大値に傾けろ! 奴の体軸の重心を完璧に狂わせるんだ!」
突風の圧力を受けて、海蛇の巨大な首の軌道は、クルザードの鑑定の計算通り、一ミリの狂いもなく完璧に左側のデッドスペースへと歪んで体勢を大きく崩した。
「ティグリス、今だ! 奴の首の古傷の一点へ、君のすべての全力を叩き込め!」
「これで……終わりだよ、この化け物トカゲがぁ!」
ティグリスの放った渾身の長槍の一閃が、防壁を失った大蛇の首の根元へと正確に突き立てられた。皮膜を断つ確かな手応え。しかし、奴の生命維持のシステムは未だに数十パーセントの能率を残して駆動し、巨体で大波を跳ね上げて暴れ狂う。
決定的な、手戻りのない本当の終焉の瞬間の誕生。
クルザードは確実な一歩を踏み出して前に出ると、腰の細身の剣を滑らかにしならせて、その手のひらの中心に、新しくマスターした魔力制御の熱効率を一気の奔流となって解放した。
体内の風属性の魔力と火属性の魔力を完璧な比率で混合駆動させ、刃の表面に向けて、極限まで高圧圧縮された赤熱のエネルギーを一点へと集束させていく。
新魔法、《火刃》。
「通れ」
彼が静かにそう念じて剣を振り下ろしたその瞬間、大気を一瞬で蒸発させるような凄まじい風圧の轟音と共に、赤く焼けた剣閃が海蛇の首の急所へと正確に叩き込まれた。
ドォン! と、海岸全体を内側から爆破したかのような猛烈な蒸気爆発の音が響き渡り、海蛇の首の組織は、高温の圧力によって一瞬にして粉々に吹き飛んで抉れ去った。大蛇が、生まれて初めて体験するその圧倒的な熱エネルギーの破壊の前に、苦悶の悲鳴を上げてその生命活動の機能を完全に停止していく。
「最後の仕上げさ、マルセル! その首を根元から完璧に断ち切るんだ!」
「これで……終わりだぁぁぁぁ!」
マルセルの放った飛ぶ斬撃が、完全に防壁を失っていた大蛇の首の根元を美しく、そして正確に貫通し、その巨大な頸椎を一撃のもとに綺麗に切断してみせた。
激しい水飛沫の後、海岸線には再び、心地よいほどの完全な静寂が戻った。
災害級を誇っていたシーサーペントの十メートルを超える巨体は、今度こそ完全に生命活動を停止し、海面へとどさりと力なく崩れ落ちて沈んでいった。
終わった。冷たい雨上がりの静かな海。彼らの吐き出す息だけが、白く濁って空気中に消えていく。
クルザードは剣を鞘に収めると、激しい疲労と魔力の消耗のせいで、その場にぐったりと膝をついて座り込んだ。
頭痛は酷く、吐き気が込み上げ、内情は深刻だった。しかし、その激しい苦痛の意識の裏側で、彼の脳内を支配していたのは、最高の結果の回収への確信であった。
『対象:海蛇(絶命)。状態:高品質な海蛇肉。有害な毒素の中和を捕捉』
『成分:体内の心臓組織から、最高級の【高級魔石】の抽出に成功』
『鱗組織:最高の防具用【耐魔鱗】としての加工適性あり』
『油脂:冬の間の貴重な照明用の油として利用可能な、【上質油脂】を多量に検出』
「……完璧な、最上の当たりさ。これほど高純度な魔石や極上の肉の絶対量、外の世界のどの大商会であってもお目にかかれない最高の資産だよ。一欠片の細胞もここに無駄に見捨てておくわけにはいかないさ。全部をアイテムボックスへ収納して持って帰り、今夜最高の至高の鍋の素材に加工しよう」
ティグリスが、そのどんな死闘の直後であっても一ミリもブレない徹底した合理主義の姿勢を聞くや夕方、堪えきれずに大声を上げて爆笑した。
「がははは! お前、本当にどこまでもブレない男だな、本当に! 災害級の化け物を仕留めて一言目が『美味そう』かよ!」
「当然さ、ティグリス。食えるだけの高い価値を持った資源をここに無駄に見落としておく方がね、俺の合理主義にとってはよほど不条理で許し難い大損だからね」
彼の一片の揺らぎもないその快活な一言に、全員が一斉に大声を上げて笑い、彼らは大満足の収穫を抱えて、軽やかな足取りで最高の料理屋へと帰還していった。
港へと戻る頃には、彼らの無事の生還、そしてあの災害級の海蛇を一瞬のもとに討伐したという信じられない報せが、爆発的な奔流となって街全体の全域へと広く共有され、凄まじい騒ぎが巻き起こっていた。
――おい、聞いたか! あの沿岸の村を一瞬で滅ぼすっていう、あの恐ろしい海蛇の化け物を本当に制圧したぞ!
――しかも、王国の正規軍の艦隊ではなく、崖の上のあの料理屋の荷運び人たちが、たったの一隻の船で潜り込んで、ノーダメージで完全に全滅させたらしい!
――さらに、その中心に立つクルという男、大蛇の動きを氷の檻で一瞬で完璧に固定し、赤く焼けた新魔法の一撃で、その巨大な首を一瞬で爆破してへし折ったってよ……。
集まった無数の民たちの瞳の中に、驚愕と、そしてこれまでにないほどの深い「安堵の光」が、強固に生まれ始めていた。
彼らには、はっきりと理解できていたからだ。この海の主導権の流れが守られたということは、明日からも、あのどこよりも圧倒的に美味い魚節や、精製された塩の配給の流れが、ただの一秒も滞ることなく完璧に自分たちの手元へと届き続けるという、確実な生存の予測そのものだったからである。
物流はね、国家という巨大な生き物の肉体を動かすための、最も重要な『血の流れ』そのものだからね。
そこが一度でも魔物の暴走によって澱んで止まってしまえばね、どんなに強い武力を持った帝国であっても、内側から一瞬で完全に止まって死ぬ。だからこそ、俺たちはその不条理なノイズを、自らの手で最も正しい最高効率の手順で完璧に守り固めるだけだよ。ただの、シンプルな合理の計算さ。
その日の夜、料理屋の広大な広場の真ん中では、冬の冷たい夜空を暖かく押し返すような巨大な石鍋が灯され、いつものように温かい湯気が盛大に空へと昇り続けていた。
今夜の拠点の飯は、今日獲得したばかりのあの新鮮な海蛇の巨体を最も贅沢に応用して作られた、最高峰の「至高の海蛇鍋」であった。
極限まで濃厚に煮出された、あの魚節と海藻出汁の完璧なブレンドベース。そこに、熟成されたあの至高の味噌の質量を一分の澱みもない手戻りのない手順で完璧に溶かし込み、高温の蒸気調理によって驚くほどフワフワとした柔らかさに仕上げられた、大蛇の高品質な白身肉が、惜しげもなく投入されている。
石鍋から激しく立ち上る白い湯気、そして人間の本能を胃袋の底から直接支配するような最高の香りが広場を満たしていく。
集まった民たちは、木椀を掲げながら、口々に心からの笑顔を浮かべて大声を上げて笑い合っていた。
「美味ぇぇぇ! なんだこの、口の中に入れた瞬間に繊維がフワッと解けて消えちゃう最高にジューシーな肉の美味さは……!」
ステファンが、椀を掲げながら絶叫の歓喜の声を張り上げた。
ティグリスもまた、その黄色い目を輝かせながら、夢中で大きな椀を平らげていった。
「おい、クル! これ、本当にあの海の中から現れた、あの禍々しい海の大蛇の肉なのかい!? 通常の魚の概念のレベルを、一瞬で遥かに超越してあまりにも美味すぎるよ!」
「関係面ないさ、ティグリス。世界の常識がどれだけそいつを恐怖の化け物と呼んでいようともね、俺の鑑定の目の前にあって、正しく調理されてみんなの肉体を豊かに育てる高い栄養価値を持っているならね、それは一パーセントの無駄もない最高の『優良な資源』そのものだからね」
クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、当然の事実を告げるように、気さくなトーンで淡々と答えた。
彼の放ったその一片のブレもない徹底した合理主義の至言に、居合わせたメンバー全員が一斉に盛大な笑声を上げ、彼らの新しい建国の歴史の巨大な歯車は、さらに完璧な速度で力強く、そして最強の奔流を伴って美しく噛み合って回り始めていった。
海を制する。その事象の持つ本当の恐ろしさはね、単に戦いで強さを示すことなんかじゃないわ。それは、この最果ての地の全体における『食料支配の主導権の完全なる掌握』へと、最初から完璧に直結しているのさ。
ヴァレリアが、そのスープの最後の一滴を飲み干すと、一人の商人の冷徹な目をクルザードに向けて深く呟いた。
「本当に、お前という男の放つこの快適さの防壁はね、どんな過酷な冬の試練が襲いかかろうともね、ただの一秒も止まることなく進化し続けるわね」
クルザードは大きな木べらを手に持ち直すと、窓の外に広がる、月明かりを美しく反射してきらきらと輝く広大な海、そして新しく開通した港の上で活発に駆動する民たちの姿を静かに見つめ、その瞳の奥に冷徹なまでの確信の光を宿し続けた。
冬。海。魔物の襲撃。
世界はこれからも、より不条理な危険の数値を増やして、俺たちの防壁を破ろうと押し寄せてくるだろうね。
でも――その試練を最も正しい最高効率の手順で一つずつ越えていくたびにね、俺たちのこの作った最高の居場所の全体は、さらに何倍にも強固に、最強に太く固まって成長していくからね。
そして、その圧倒的な『生きやすさ』の価値がある限り、人間の心の流れはね、古い世界のすべてを完全に置き去りにして、怒涛の勢いでこちらの手元へと勝手に流れ込んでくるのさ。快適さはね、人間の本能を芯から縛り付ける力として、ただの一度も裏切ることはないからね。
海蛇鍋の放つ、最高の香ばしい白い湯気の向こう側で。
最果ての海岸線を暖かく照らし続ける、港の最高の灯りは、明日への確実な生存の予測と共に、新時代の偉大なる最強の“国家の味”を、今、完璧な速度で力強く、そして最強の奔流を伴って美しく駆動させようとしていた。




