27:餓死ゼロ
周囲との差。
雪は、ただの一瞬も止む気配を見せなかった。
朝。
最果ての港町アルフェイドの全体、そして新しく築き上げられた街並みの屋根は、容赦なく降り積もる純白の雪によって分厚く染め上げられていた。海から吹き付ける大暴風は皮膚を鋭く刺すほどに冷たく、大気はその冷酷な質量で世界のすべてを凍りつかせようとしていた。
従来の不効率な古い世界の常識であればね、こんな過酷な時期には人は決して外に出ようとはしないものさ。
残された僅かな暖炉の火を囲み、底を突きかけた粗悪な食料を涙を流しながら分け合い、ただひたすらに耐え忍んで春の訪れを待つ。
それこそが、これまでの人間の歴史における、あまりにも理不尽で残酷な「冬」という季節の厳然たる数式であった。
だが――この新時代の意思を宿した巨大な交易都市の全体だけは、根本からすべてが違っていた。
「西側の居住区画、主要水路の凍結および澱みはただの一パーセントもなし!」
「各セクションの地下保存庫、および簡易冷却室の温度管理はすべて正常値!」
「石窯の火力量は最高値を維持! 大鍋のスープの追加生産ライン、今すぐいつでも駆動できるぞ!」
冬の朝霧を切り裂くようにして、ハキハキとした明晰な声の差配が四方から響き渡り、開通したばかりの滑らかな石畳の道路の上では、何千人もの民たちが一分の手戻りもなく活発に活気ある声を張り上げて動いていた。
中央の広場からは、嗅ぐだけで全細胞の胃袋が激しく鳴動するほどの、凄まじく濃厚な湯気が天高く立ち上り続けている。
あの至高の魚節と海藻出汁を極限までブレンドした、特製の味噌鍋。
大蛇や魔物の極上肉から溢れ出る、深く瑞々しい魚汁のコク。
そして、窯の熱によって黄金色に焼き上げられた、あのふんわりと柔らかい白い発酵パンの山。
ただそこにあるその豊かな飯の香りだけでね、凍えかけていた無数の人間たちの足の流れが、勝手にこちらの手元へと吸い込まれるようにして集まってくる。
広場の真ん中では、栄養状態の劇的に改善された小さな子供たちが、温かいスープを頬張りながら、心からの笑顔を浮かべて大声を上げて笑い合っていた。
それこそが、外の世界の基準から見れば、到底現実とは思えないほどの「圧倒的な異常」そのものであった。
なぜなら、この過酷な最果ての土地の冬というものはね、本来であれば抵抗の弱い子供たちの命が、寒さと飢えによって真っ先にとんでもない速度で減っていく恐怖の季節だからだ。
クルザードは厨房のカウンターの前に立ち、大きな木べらを滑らかに動かしながら、自らの手で整然と組み立てられた巨大な石造りの倉庫群を静かに見上げた。
絶え間なく降り注ぐ純白の雪。
煙突から勢いよく吐き出される、香ばしい煙。
そして、二十四時間一パーセントの停滞もなく街を暖かく照らし続ける、最高の魔導灯の光。
すべてが完璧な因果関係を持って駆動している。
一人の荷物持ちの「判断」によって生まれ変わったこの街の全体は、今、いかなる巨大な帝国のインフラをも遥かに置き去りにして、これ以上ないほどに力強く、美しく生きていた。
大商人のヴァレリアが、カウンターの奥から自慢のぶ厚い帳簿を大切そうに抱え込みながら、一分の無駄もない最高速度の足取りで走ってきた。
「クル、外の門から流入してくる、新しい『移住希望者の絶対数』がね、またしても事前の計算の上限を突き抜けて増えているわよ」
「現在の確定値の数字を教えてくれ、ヴァレリア」
クルザードは手を止めることなく、口元に明るく快活な笑みを浮かべ、気さくなトーンのままハキハキとした声で尋ねた。中身のない軽口や無駄なお世辞は叩かない。ただ、状況の最適な管理のために言葉を交わす。
「昨日の一日だけで、新しく村の戸籍への登録を懇願してきた人間の数は四十七人。完全に予測の数式をオーバーしているわ」
「想定の範囲内の質量だね。それで、どうしてこれほどの過酷な雪の嵐の中で、外からの命の流れが急激にこちらへ集束し始めているんだい」
「簡単な話さ、お前。私たちの敷地に隣接している、周辺の大きな領地や商会の基盤がね、この冬の冷気によって完全に中央から崩壊して全滅しかけているからよ」
ヴァレリアの声は極めて静かであった。しかし、その言葉の裏に隠された現実は、一国の歴史がひっくり返るほどに重苦しく、凄惨なものであった。
冬という季節は、人間の未熟な社会構造を内側から破滅させる、最も残酷な審判のプロセスだからね。
物資を長期間維持するための備蓄の絶対量が足りない。
ずさんな不衛生の放置によって、集落全体の衛生環境が爆発的に崩壊する。
それらが複合的に絡み合うことで、致死性の病気や不条理な飢餓のバグが一瞬にして暴走する。
どれか一つの歯車が不効率に崩れればね、あとはドミノ倒しのように全体のシステムがすべて一瞬で完全に止まって死ぬのさ。現に今年、アルフェイドの周囲の古い領地たちは、その不条理な因果関係の前に、すでに完全に限界を迎えて機能停止に陥っていた。
「外の領地における、無駄な飢えによる『死人の数』はどれくらい出ているんだい」
クルザードがスープの濃度を精密に調整しながら尋ねると、ヴァレリアは僅かの間だけ、不快そうにその口元を引き締めて言葉を濁した。
「……かなり深刻なレベルの確定値が出ているわ。抵抗の手段を持たない、幼い子供たちの死亡率にいたっては、目も当てられないほどよ」
ティグリスが、長槍を床に叩きつけるように置きながら、自慢の虎耳を不快そうに伏せて盛大に舌打ちを漏らした。
「チッ、全くもってクソみたいな不条理な季節だね、冬ってやつは。これだから私は山の下の人間たちのやり方が嫌いなのさ」
「いいや、違うよ、ティグリス。季節の不条理なんかじゃないさ」
クルザードは木べらを止め、自らの明るい陽気な瞳の奥に冷徹な確信の光を宿して、静かに言い放った。
「彼らが、これまでの長い時間の猶予の中でね、来るべき状況に対して最も正しい手順の『備え』を怠っていた、ただそれだけのシンプルな機能不全さ」
広場の全体が、彼の一片の揺らぎもないその冷徹な言葉の前に、一瞬にしてカチリと深く静まり返った。
いかなる感情論の言い訳をも許さない、剥き出しの圧倒的な正論。
生存に必要な食料の絶対量が冬の間に足りなくなるというのなら、正しい量産体制をシステム化してその生産量を極限まで「増やす」だけさ。
時間と共に手に入った物資が腐って大損を出すというのなら、あの麹や高純度な塩の防壁を用いて、何年でも品質を維持する高度な「保存のライン」を構築するだけさ。
ずさんな環境のせいで無駄な病気のエラーが乱発するというのなら、水路を精密に整えて最高値の「衛生環境」を担保するだけさ。
道路が悪くて物資を安全に運べないというのなら、アイテムボックスの空間輸送を駆動させ、街のインフラの構造そのものを最高効率へと「直す」だけさ。
そのすべての事象はね、論理的な計算の工夫を凝らせば、いくらでも事前に完璧に対策が可能な、ただの簡単な処理の工程だったはずなんだ。
ただ、古い世界の未熟な人間たちが、目先の利権や暴力の奪い合いに貴重な時間を浪費して、その当たり前の合理の工夫を今日まで一パーセントもやってこなかった。その世界の不効率の結果が、ただ外の地獄として現れているに過ぎない。
日の傾き始めた昼過ぎ。
大規模に新設された炊き出しの分配所の前には、魔法結合された巨大な石鍋が何十個も整然と並び、猛烈な火力を帯びて駆動していた。
ベースとなるのは、あの最高の魚節とオーク節の持つ潜在的な旨味を極限まで凝縮して抽出した、至高の出汁のベース。
そこに熟成された最高の味噌の質量を溶かし込み、農地からゴーレムを使って収穫されたばかりの新鮮な山の野菜が、これでもかと贅沢に投入されている。
石鍋から激しく立ち上る白い湯気、そして人間の本能を胃袋の底から直接支配するような最高の香りが広場を満たしていく。
冬の冷気に追い詰められ、命からがらこの街へと辿り着いた無数の移住者たちは、ただその換気窓から漏れ出てくる極上の香りを嗅いだ、ただそれだけの瞬間に、これまでの人生の絶望が一気に決壊したように、大粒の涙をボロボロと泥の上に流して号泣していた。
「……あぁ、神様。お願いです……本当に、俺たちのような薄汚い流民であっても、一パーセントの金を払わずにその温かい汁を口に含ませてもらえるのですか……?」
「当然さ。この場所に集まって、俺たちのルールに従ってくれるすべての人間に対してね、一分の出し惜しみもなく腹一杯に配給するよ。全員にね」
クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、当然の事実を告げるように、ハキハキとした明晰な声で即答した。
痩せ細った泥まみれの母親の女性が、肉体をガタガタと小刻みに震わせながら木椀を握りしめている。そのすぐ真横では、骨の浮き出るほどに痩せた小さな子供が、じっと煮え滾る大鍋の底を見つめていた。
彼の脳内の鑑定の数値が、子供の全細胞のデータを一瞬でスキャンする。血糖値の低下、深刻なビタミン欠乏。だが――その瞳の奥底に宿る生存への執念の光だけは、未だにただの一パーセントも死に絶えてはいなかった。
まだ、間に合う。正しい修復の手順を踏めばね。
回復士のデニーゼが、クルザードの指示通りの完璧な配膳の動線に沿って、その熱々の具沢山スープを子供の手元へと滑らかに手渡した。
「さあ、ゆっくりと口に運ぶのですよ。全細胞の疲労を修復するための、最高の温度と栄養が含まれていますからね」
「熱いから、最初は火傷をしないように気をつけて食べるんだよ」
少年は、手渡された温かい木椀を両手で必死に抱え込みながら、その黄金色のスープを一口、口へと運んだ。
そして――スープが喉を通り、胃袋の底へと落ちたその最初の瞬間、少年の目から大粒の温かい涙が溢れ出し、彼は砂浜の上に膝をついて激しく声を上げて泣きじゃくった。
「……あったかい……! こんなに温かくて、胸の奥がギュッとなるほど美味しいスープ……生まれて初めて食べたよ……!」
少年の放ったその切実な歓喜の悲鳴の前に、広場を取り囲んでいた空気の対流が、一瞬だけ、静かにピタリと動きを止めた。
ティグリスは自慢の長槍を握りしめたまま、そのあまりにも生々しい命の救いの現実から、僅かに視線を外して深く息を吐き出した。エルフの薬師ジェシカもまた、その長い銀髪を風にしならせながら、静かに無言のまま目を伏せた。
この残酷な最果ての世界においてね、冬の極寒の時期に、これほどまでに腹一杯の温かい飯を、何の問題もなく全員が口にできるということ。ただそれだけの厳然たる事実が、どれほど奇跡に等しい異常な救いであるか。その価値の重さを、この過酷な現実を生き抜いてきた彼らには、誰よりも痛いほどによく分かっていた。
クルザードは大きな木べらを手にしたまま、広場全体の人間たちの心理の流れを、瞳の奥の数値情報で冷徹に静かに観察し続けていた。
自らの意思でこの場所に集まり、澱みのない規律を守って整然と並ぶ無数の民の姿。
スープを飲んで、健康的な赤みを肌に取り戻していく子供たちの最高の笑顔。
そして、この場所に命を預けて残ることを、全員が心から確信して笑い合っているその生命の質量。
ただそれだけの確かな生活の循環が、ここに100%完璧に存在していること。それだけで、彼がこれまで命がけで手を動かしてきたすべての工程には、世界のどの財宝よりも巨大な絶対的な価値が、合理的に証明されていた。
夜。
大規模に拡張された巨大な会議室の内部には、彼らの精製した最新の簡易地図が、一本の歪みもない直線で広大に広げられていた。
教壇を終えたばかりのマティルデが、羽ペンを手にしながら、一人の政治の専門家としての冷徹な眼光で次なる戦況の解説を口にした。
「クル、現在の私たちの拠点の外、周辺の状況の流れはね、本気で目も当てられないほどの最悪の衛生崩壊を起こしています」
「北側に位置する三つの強大な領地はね、保存食の備蓄不足によって、すでに完全なる食料難の流れに突入して機能停止しています」
「南側の区画では、ずさんな排水の放置によって、高致死性の疫病のシステムが爆発的な暴走を始めて手が付けられません」
「そして東側の街道沿いでは、飢えに耐えかねた冒険者や農民たちが、生き残るために他者から略奪を働く『大規模な盗賊化』の澱みを駆動させて、治安が底辺まで破滅しています」
酷いものだった。冬が来るたびに、正しい備えを怠ってきた周辺の領地は内側から弱体化し、機能を喪失していく。
そして、失われた資源を補填するために、再び他者から力ずくで物資を略奪し合い、流血の不効率を乱発する。だからこそ、この時期には不条理な戦争の回数だけが、分単位で爆発的に増え続けるのが世界の常識の数式だった。
だが――クルザードの作ったこの一大交易都市の全体だけは、外の地獄を完全に置き去りにして、全く逆の数式を弾き出し続けていた。
「それなのに、私たちのこの中央倉庫の内部だけはね……資源の絶対量が、完全に限界を突破して『余り倒している』のよね……」
マティルデが、手元の帳簿に刻まれた膨大な黒字の数値を前にして、半分呆れ果てたような深い感嘆の溜息を漏らした。
「ああ、それもかなり大規模な、圧倒的な余剰の質量さ。俺の完璧な計算の通りだからね」
クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、気さくなトーンのまま、ハキハキと言い放った。
巨大な石造りの倉庫群、その強固な防壁の向こう側に眠る、無限の富の結晶。
あの不純物を完全に引き剥がした、世界最高峰の純白の塩。
一掴みで至高のスープを錬成する、最高の魚節とオーク節の備蓄。
何年もの常温の長期保存に耐えうる、最高の味噌の木桶の数々。
窯の熱によってふんわりと焼き上げられた、大量の小麦のストック。
そして、人間の精神の緊張を一瞬で解きほぐす、最高峰の新酒の山。
そのすべての資源が、彼らの集落の内部には、一パーセントの不足の歪みもなく完璧に維持され尽くしていた。
「簡単な話さ、マティルデ。俺の作ったこの強固な『保存食のシステム』の価値が、他よりも圧倒的に強かったからだよ」
「それだけでなく、あの澱みのない完璧な物流のインフラ」
「全細胞を無菌化して病気を防ぐ、最高の衛生の管理」
「そして何より――現場の民の脳細胞を最適化するための、あの学校での教育のインプット」
「この4つの歯車がね、一分の手戻りもなく一本の流れで完璧に同期して回り続けているからだよ。ただそれだけのシンプルな因果関係さ」
民が学校の教育によって正しい算術の計算の手際をマスターするからこそ、現場の荷運び人たちが荷札の文字を一瞬で正確に識別して「帳簿の数字の管理」を回せる。
一分ごとの正確な在庫量を完全に把握できるからこそ、無駄な物資の廃棄や大損のバグを、最初から完全にゼロに抑え込んで最高効率の計算を回せる。
物流の駆動能率が数百倍の速度へと跳ね上がるからこそ、手に入った豊かな資源を、一パーセントの遅延もなく必要な場所へ完璧なタイミングで流し続けることができる。
つまり、無駄な損失が一切出ないからこそ、この極寒の冬の時期であっても、一人の人的資源をも飢えによって失うことなく、安全に春へと流れを繋ぐことができる。
感情論の綺麗事ではなく、100%完璧に計算され尽くした圧倒的な合理の具現化。
ドワーフのガルドが、自慢の樽酒を豪快に喉へと流し込みながら、崖の上全体に響き渡るような豪快な大笑いを炸裂させた。
「がははは! 認めざるを得ねぇな、小僧! お前のその冷徹なまでの合理の判断はな、他国と血を流し合って剣を振るうあの理不尽な戦争の手順なんかよりもよっぽど強固で、最強に強ぇぜ!」
「当然さ、ガルド。食料と物資の正しい流れというものはね、国家という巨大な生き物の肉体を動かすための、最も重要な『血の流れ』そのものだからね」
クルザードは当然の事実を告げるように、ハキハキとした明晰な声で言葉を続けた。
「その循環の門が一度でも澱んで止まってしまえばね、どんなに強い武力を持った帝国であっても、内側から一瞬で完全に止まって死ぬからね。澱みは早いうちに排除するに限るさ」
彼の放ったその言葉の重みの前に、居合わせたメンバー全員が、この場所がもう単なる貧しい流民の村の規模などではなく、一つの巨大な「国家の誕生の姿」そのものである厳然たる事実を、完全に、そして深く理解していた。
次の日の早朝。
大雪が激しく降り積もる森の入り口のルートにおいて、彼らの豊かな食料資源を力ずくで略奪せんとする、新しい盗賊の集団が姿を現した。
周辺の古い領地が中央から完全に崩壊し、飢餓が暴走している以上、彼らが生き残るためにこちらの防壁を破ろうと突っ込んでくるのは、歴史の厳然たる因果関係の流れとして、当然の予測の範囲内であった。
しかし――その不条理な襲撃に対するクルザードの陣形の駆動効率は、彼らの古い常識を一瞬で置き去りにして、圧倒的に早かった。
戦闘の開始から完了にいたるまで、一分の手戻りも無駄な流血すらも、ただの一秒も発生しはしなかった。
「大気への魔力供給を開始する! 風の縄による『風拘束』、一瞬で完了よ!」
魔法使いのドロテアが杖をしならせた瞬間、突進中だった盗賊たちの全身に、鋭利に回転する不可視の風の圧力が完璧に絡みつき、その移動速度を一瞬で無条件で完全なゼロへと制動した。
「次は俺の番だな! 地脈の組み替えを開始する、『土牢』の具現化だ!」
アランが手を泥に触れさせた次の瞬間、隆起した強固な石の壁が四方から滑らかに閉じ合わさり、動きを止められた盗賊たちの肉体を、頑強な石の檻の中に一瞬でも完全に閉じ込めて完全固定した。
「これで、全ての処理は完全に『終わり』だよ。大人しく武器をおさめなさい」
ティグリスが、その石の檻の隙間から、自慢の鋭利な長槍の刃先を男たちの喉元へと寸分の狂いもなく正確に突きつけた。
戦闘の開始から、完全なる制圧にいたるまでの経過時間は、通常の計算を遥かに置き去りにして、たったの「三十秒」すらも掛かってはいなかった。
その一連の圧倒的な神速の手際を真横で目撃していた、並んでいた無数の移住者たちの群衆が、驚愕と畏敬の念に激しく肉体を震わせてざわめき立った。
「……おい、嘘だろ。何だ、今の信じられないほどの制圧の速度は……」
「国が多額の金を積んで訓練している、あの正規軍の兵士たちよりも、遥かに有能で最強に強いじゃないか……!」
「いいや、違うよ。君たちの言うプロの兵士なんかじゃあないさ」
大盾を構えていたベッティーナが、口元に明るく快活な笑みを浮かべ、気さくなトーンで当然のように笑った。
「ここにいるみんなはね、クルの学校で文字を学び、毎日最高の飯を食って役割をこなしている、ただのこの街の普通の『村人』の一人に過ぎないのさ。お前らとは、最初から肉体と脳の駆動能率のスペックが根本からすべて格が違うのよ!」
彼女の言う通り、それは紛れもない確固たる事実であった。
この街の住人たちはね、クルザードの徹底した合理主義の精神を骨の髄までインプットされているからこそ、各自の才能の最大値が跳ね上がっていたのだ。
高度な排水水路の仕組みを全員が完璧に管理できる。
物資の劣化を防ぐ、あの高度な保存の手順を熟知している。
重い建材を一瞬で結合させる、精密な建築の才覚を身につけている。
そして、一分の手戻りもない、澱みのない物流の流れを完全に理解している。
つまり――集まった民一人一人の持つ、基礎的な「全体の能力値」が、外の世界の人間たちとは比べ物にならないほどに最強に高いのだ。この全員が機能的な歯車として駆動していること。それこそが、いかなる不条理をも撥ね退ける、この場所の本当の強さの本質であった。
夜。
新設された巨大な木造の料理屋の裏手、あの天国のような簡易浴場のお風呂の内部は、豊かな白い湯気と、上質な木材の高貴な香りに優しく包まれていた。
じわじわと身体の芯まで染み渡る最高の熱の質量。
虎獣人のティグリスは、湯船の縁にその黒髪をしならせて頭を預け、肩まで深く極上の湯の中に浸かりながら、心底ほっとしたような深い息を吐き出した。
「はぁぁ……本当に、口から全細胞の感覚が蕩けて抜け落ちていきそうだよ、お前……。この湯の中に身を沈めているだけでね、肉体が内側から完璧に『生き返る』のが分かるのさ」
「はは、大袈裟な表現なんかじゃないわよ、ティグリス」
エルフの薬師ジェシカが、自らの美しい肌を滑らかに洗い流しながら、一人の専門家の真面目な顔つきで言葉を繋いだ。
「このお風呂の無菌化の循環システムがあるだけでね、冬の間に民を苦しめていたあの理不尽な病気の発症率の数値がね、これまでにないほどの激しい最低値を更新して減り続けているのだからね」
「現に、私が調合室に蓄えておいた、貴重な『回復薬の消費量』のグラフの動きを計算してみなさい。過去の数分の一以下にまで劇的に落ちて安定しているわ。これほど手戻りのない最高効率の医療の防壁はないわよ」
回復士のデニーゼもまた、温かい湯を両手ですくい上げながら、深く同意するように頷いた。
古い世界の常識ではね、肉体を清潔に保つ衛生環境の改善なんてインフラはね、不効率極まりないただの贅沢として社会から最も軽視され、見落とされてきた澱みだったからね。
でも――クルザードの放ったこのお風呂の仕組みは違っていた。
清潔を常に最高値に維持することはね、組織の全体の戦力を維持するための、最も基礎的で最強に強い『合理の選択』なのだから。
病気が減れば、現場の貴重な労働力の絶対数が、途中で無駄に減少して大損を出すリスクを完全にゼロに抑え込める。
労働力が減らなければ、極寒の冬の時期であっても、一分の手戻りもなく最高速度で物資の生産を前進させられる。
冬を安全に越せれば、そこに住まう民の人口の絶対数は爆発的な勢いで増加し続け、蓄積された技術がさらに太く広がる。すべての因果関係の流れが、完璧に一本の美しい線として繋がって駆動していた。
クルザードは浴場のすぐ横に立ち、スチームパイプのレバーを滑らかに操作しながら、立ち上る純白の湯気の行方を冷徹に見つめていた。
彼の瞳の奥では、鑑定の数値情報が、街という一つの巨大な生き物の肉体の駆動効率を、以前よりも遥かにクリアに、美しく整理して浮かび上がらせ続けていた。
『対象:都市全体の駆動能率。解析:全人員の栄養状態:完全なる適正値を維持』
『疲労:全細胞の疲労蓄積度:最低値を更新中。乳酸の沈殿反応:皆無』
『医療:有害な雑菌による感染兆候の発生率:一パーセント未満を捕捉』
『差配:新しく流入した人員の『適正配置』の流れが一分の手戻りもなく完全に同期』
『結論:街の全体が、一つの強固な生命体のシステムとして、最高効率の速度で前進中と判明』
流れの全体が見える。状況の看破に必要な因果関係が、すべて頭の中に整然とした数式として繋がって理解できる。
まさにその時、料理屋の扉が滑らかな動作で静かに開かれ、大商会のヴァレリアが、いつになく熱っぽい目をクルザードに向けて足早に歩み寄ってきた。
「クル、外の舗装道路の向こう側からね、また新しい命の流れがこちらの門へ向けて殺到して押し寄せているわよ」
「今度は、一体どんな性質の資源を持った人員の集団だい、ヴァレリア」
「驚きなさい、お前。今度はね、不条理な関税によって古い市場を追い詰められた、一級の『技術を保持した職人たちの集団』よ。彼ら全員が、自らの意思でこの村への本格的な移住を求めて並んでいるわ」
「正確な人員の絶対数はどれくらいだい」
「総勢で二十七人。彼らの抱える鍛冶や木工の技能のスペックは、どれをとっても最高値の資産よ」
「素晴らしいね。一秒の迷いもなく、全員を無条件で生きたまま完璧に『受け入れる』よ。当然の判断さ」
クルザードはハキハキとした口調で即答した。
「ちょっと、待ちなさい、お前! 簡単に言ってくれるけれどね、これほど急激に優秀な人員の質量を増やしてしまって、彼らの胃袋を満たすための『食料の絶対量の計算』は、本当に破綻せずに維持できるのよ?」
ヴァレリアが、一人の商人の冷徹な目で尋ねる。
「ああ、何の問題もないさ。100%完全に『余り倒している』からね」
クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、一片の躊躇もなく言い放った。
食料資源の絶対量が、彼の徹底した合理主義によって、倉庫の底に無限の余剰として蓄えられている。
つまり、物資がこれだけ余っているということはね、外部からの人口の増加の流れを、一パーセントのリスクもなく無制限に受け入れて拡大させることができるということさ。
人口の絶対数の増加こそがね、集落を次の巨大なステージへ前進させるための最強の『力』に変わる。
技術を持った本物の職人がこの場所に長く居着けばね、彼らの長年の実地経験の資産がこの場所に蓄積され、学校の教育によってその脳をさらに最高効率へと最適化していける。
国家形成という名の巨大な国のデザインはね、結局のところ、この『人と食と物流』のすべての因果関係を一本の流れで完璧に回す、ただそれだけのシンプルな合理の軸に行き着くのさ。
次の日の早朝。
新しく舗装された強固な街門の正面、激しい雪の嵐の向こう側の暗闇の街道から、ボロボロの布を肩に羽織った無数の人々が、確実な足取りでこの街に向けてゆっくりと歩みを進めてきていた。
その肉体は過酷な旅によって限界まで疲弊し、衣服は泥と潮風で汚れてボロボロであった。
しかし――彼らが、視界が開けた瞬間に目の前に堂々と現れた、あの機能美を誇る巨大な交易都市の全体を目にしたその最初の瞬間、全員の顔色は、驚愕と劇的な希望の輝きを孕んだものへと劇的に激変した。
天高く真っ直ぐに昇り続ける、パン窯と石窯の豊かな白い煙。
二十四時間一パーセントの暗闇もなく、周囲を暖かく照らし続ける最高の魔導灯の光。
五感を芯から震わせるほどに濃厚な、あの至高の味噌と魚節の香ばしい飯の匂い。
そして、冬の冷気を完全に圧し戻して響き渡る、人間の心からの深い笑い声。
寒さの中で凍りつき、死の気配だけが支配していた外の世界。それとは完全に一線を画す、これ以上なく強固に生きて、成長を続ける奇跡の街の威容。
「……おい、嘘だろ。何だ、ここは……。冬のこの過酷な時期だというのに……」
「街の全体から、これほどまでに濃厚で美味そうな、温かい飯の匂いが四方へと溢れ出しているぞ……!」
クルザードは背中の荷袋を背負い直しながら、門前の真ん中へと滑らかな動作で立ち塞がり、集まった彼らに向けて、ハキハキとしたよく通る明晰な声で簡潔にルールを言い渡した。
彼の口元には、いつも通りの気さくで明るい笑みが美しく浮かんでいた。
「俺たちの作ったこの最高の居場所へ、ようこそ。ルールは極めてシンプルさ」
「自らの才能を最高値に発揮して、この場所で真面目に『働ける』意思があるならね、一分の出し惜しみもなく大歓迎して居場所を与えるよ」
「正しい論理の知識を学校で『学ぶ』気があるならね、マティルデの教壇で一から完璧にすべてを教えてあげるよ」
「だが――もしも一度でも俺たちの合理的な流れを裏切り、他者から資産を『盗み出そう』とする不効率なノイズを駆動させた瞬間、即座にあの一瞬の土牢の枷によって完全な再拘束を施す」
「それだけさ。ルールに一パーセントの感情の揺らぎはないからね。安心してついてくるといい」
極めて簡潔で、一片の曖昧さもない厳格なルールの提示。
しかし――不条理な弱肉強食の搾取に怯え続けてきた流民たちにとっては、その一片の理不尽さもない、確固たる「基準とルール」が示されることこそが、自らの命を完璧に委ねて生きていける、何よりも最高の安心そのものであった。
元伯爵令嬢のマティルデが、学校の窓から外に広がるその美しい人間の命の流入の流れを見つめながら、口元を緩めて小さく晴れやかに笑った。
「……本当に、お前の放ったあの一帳の図面の通りに、世界が根本から劇的に変わって前進していくわね、クル」
「何が大げさなんだい、マティルデ。俺はただ、不足している要素を最も正しい手順で埋めているだけだがね」
「いいや、まだ途中さ。これから俺たちのこの街はね、もっともっと多くの新しい仲間たちを呑み込んで膨らみ続け、世界中で一番強固な最強の存在へと、何の手戻りもなく完璧に強くなるからね」
そして――彼の放ったその言葉は、一パーセントの誇張も大言壮語の気配すらもない、厳然たる最高の現実そのものであった。
外の広大な領地ではね、日を追うごとに無数の人間たちが飢えに喘いで命を落としている。
それなのに――クルザードの差配するこの一大交易都市の内部だけはね、数ヶ月間の冬の冷気の暴走を前にしても、無駄に命を落とした人間の確定値は、文字通り100%完璧に『ゼロ』を記録し続けていたのだ。
そのただ一つの圧倒的な事実こそが、古い世界の常識から見れば、すでに何よりも恐ろしく、最高に異常な覇権の強さの証明であった。
冬を完全に越せるだけの、強固な保存のシステムがある街。
子供たちの命を無駄に一人も死なせない、確実な医療の防壁がある街。
資源が無限に余り倒し、全細胞の腹を完璧に満たせる最高の飯がある街。
そして、民の脳を最適化する高度な教育のインフラが整っている街。
そんな世界で最も生きやすい最高の場所にね、人間の本能の流れが、自らの意思で吸い込まれるようにして集まってこない理由など、最初から世界中どこを探しても絶対に一つもあるはずがなかったのだ。
中央の広場の真ん中では、今夜も冷たい夜風を完璧に押し返すように巨大な石鍋が灯され、豊かな白い湯気が天高く立ち上り続けていた。
熟成された最高の味噌の深い香り。
一掴みで至高の液体を錬成する、最高の魚節とオーク節の香ばしい匂い。
窯から取り出されたばかりの、ふんわりとした温かい発酵パン。
精神の緊張を芯から解きほぐす、最高峰の新酒の質量。
そして、部屋の全体を暖かく照らし続ける、橙色の最高の灯り。
雪の混ざった過酷な暗闇の世界の中でね、この崖の上から海岸線にいたるまでの彼らの空間だけが、別世界のようにどこまでも暖かく、最高の活力に満ちあふれていた。
最前線に立つ虎獣人のティグリスが、極上の肉を美味しそうに口いっぱいに頬張りながら、口元を大きく釣り上げて豪快な大笑いを炸裂させた。
「がははは! 認めざるを得ねぇな、お前! この場所に集まったすべての民たちがよ、もう完全に外の世界の地獄を置き去りにして、世界で一番の最高の『勝ち組の街の住人』として笑い合っているぜ!」
クルザードは木べらを手に持ち直すと、窓の外に広がる広大な海の水平線の彼方を見つめながら、口元に世界全体の構造を美しく塗り替えるための、不敵で、そして最高に陽気な微笑みを浮かべて小さく呟いた。
「――当然さ、ティグリス。俺の計算の通り、この世界において、圧倒的な『快適さと生きやすさ』の提供だけはね、人間の本能を芯から縛り付ける力として、ただの一度も裏切ることはないからね」
彼の放ったその一片の驕りもない完璧な合理主義の至言の前に、居合わせた誰もが、言葉を返すことすらできずに深く深く感服して頷き、彼らの新しい建国の歴史の巨大な歯車は、新時代の幕開けに向けて、さらに完璧な速度で力強く、そして最強の奔流を伴って美しく駆動し続けていった。




