23:オーク討伐
肉確保。
冬の空は鈍色だった。
海風が冷たい。
港町の外壁には霜が張りつき、吐く息が白く広がる。
それでも街は止まらない。
パン窯は朝から燃えている。
魚市場には行列。
味噌汁の湯気。
酒場の笑い声。
人の流れ。
物流。
仕事。
生きる音が増えていた。
そして。
その街へ、一人の漁師が転がり込んできた。
「オークだ!」
声が広場に響く。
「森側だ!」
「群れが出た!」
空気が変わった。
人々の顔から笑みが消える。
オーク。
この世界では最悪の害獣の一つだった。
強い。
数が多い。
繁殖力が高い。
畑を荒らす。
人を襲う。
放置すれば村が消える。
以前のこの土地なら逃げていた。
でも。
今は違う。
クルザードは静かに立ち上がった。
「数は」
「二十以上!」
「森沿いを移動してる!」
ティグリスの目が鋭くなる。
「……狩るか」
ガルドが戦斧を担ぐ。
「久々に本気出すか」
ドミニクが短剣を腰へ差した。
「料理の材料が歩いてきたわね」
「言い方」
クルザードは冷静だった。
恐怖はない。
情報整理。
地形。
数。
動線。
逃走経路。
頭の中で流れが組み上がる。
鑑定が反応する。
『オーク』
『群体行動』
『飢餓状態』
『肉質:良』
『脂質:高』
『塩漬け適性:高』
『燻製適性:高』
クルザードは小さく呟いた。
「……冬を越せるな」
マチルダが呆れた顔をする。
「最初にそれ?」
「重要だ」
「まあそうだけど!」
クルザードは全員を見る。
「戦闘班」
「ティグリス前衛」
「ガルド中央」
「ドミニク遊撃」
「カタリナ索敵」
「ドロテア後方魔法」
「デニーゼ治療待機」
「ステファン左」
「マルセル右」
「アラン拘束補助」
即座。
迷いがない。
それだけで空気が変わる。
ティグリスが牙を見せて笑った。
「了解」
クルザードは更に続ける。
「殺しすぎるな」
「肉が傷む」
全員が吹き出した。
「そこかよ!」
でも。
間違っていない。
この男は常に合理だ。
命すら資源として見る。
だから強い。
森。
冷気。
雪混じりの地面。
カタリナが木の上から戻ってくる。
「いた」
「二十三」
「子供混じり」
「先頭にデカいのいる」
オーク上位種。
空気が少し重くなる。
普通なら厄介だ。
普通なら。
クルザードは静かに剣を抜いた。
銀色。
細身。
無駄がない。
彼はまだ“弱い”。
少なくとも本人はそう思っている。
でも。
戦い方は異常だった。
「ドロテア」
「蒸気」
「了解」
熱湯。
蒸気。
視界遮断。
白煙が森へ広がる。
オークたちが咆哮した。
突撃。
その瞬間。
「アラン」
「拘束開始」
地面から金属鎖が飛び出した。
オークの足を絡め取る。
転倒。
そこへ。
「ティグリス」
「任せろ!」
虎獣人が加速した。
速い。
重い。
鋭い。
爪がオークの喉を裂く。
血。
雪。
蒸気。
そして。
マルセルの斬撃が飛ぶ。
風切り音。
首が落ちる。
ガルドが笑った。
「楽になったなぁ!」
戦斧がオークを粉砕する。
以前とは違う。
連携。
役割。
拘束。
処理。
流れが出来ている。
クルザードは後方から全体を見ていた。
鑑定。
視線。
魔力。
位置。
全員の動きが頭に入る。
以前なら情報過多で潰れていた。
今は違う。
整理できる。
繋がる。
意味になる。
オーク上位種が突撃した。
巨大。
二メートル半。
筋肉。
牙。
棍棒。
普通なら脅威。
でも。
「ベッティーナ」
「止める!」
盾士が前へ出た。
激突。
轟音。
地面が沈む。
止まった。
完全には押し切れない。
でも十分。
クルザードが剣を振る。
「ウォーターワイヤ」
水が細線になる。
見えないほど細い。
一閃。
オークの腕が落ちた。
「……は?」
ティグリスが目を見開く。
クルザード自身も少し驚いていた。
以前より精密。
魔力制御。
上がっている。
レベルアップ。
身体感覚。
理解。
全部積み上がっていた。
オーク上位種が吠える。
突進。
その瞬間。
「スチーム」
蒸気爆発。
視界遮断。
怯み。
そこへ。
「終わりだ」
クルザードの剣が首を断った。
静寂。
雪が落ちる音だけが聞こえる。
ティグリスが呟く。
「……お前、弱くないだろ」
「まだ弱い」
「嘘つけ」
ガルドが笑った。
「でもまぁ、前よりヤバいな!」
クルザードは死体を見ていた。
肉。
脂。
骨。
皮。
全部資源。
「解体する」
全員が即座に動く。
以前なら嫌がっていた。
今は違う。
価値を知っている。
肉は塩漬け。
燻製。
味噌漬け。
保存。
骨は出汁。
皮は防具。
脂は油。
全部使う。
無駄がない。
それがこの街の強さだった。
夜。
街は祭りみたいになっていた。
「オーク肉だ!」
「肉鍋!」
「焼き肉!」
「味噌焼き!」
湯気。
香り。
歓声。
ティグリスが完全に壊れていた。
「肉だあああ!」
「落ち着け」
「無理!」
ドミニクが笑う。
「今日だけで何皿食べるの?」
「限界まで」
クルザードは巨大鍋を見ていた。
味噌。
出汁。
オーク肉。
根菜。
海藻。
酒。
湯気が立ち昇る。
香りだけで腹が減る。
住民たちは笑っていた。
「冬なのに肉だ!」
「しかも美味い!」
「この街おかしい!」
その通りだった。
冬。
肉不足。
飢餓。
普通ならそうなる。
でもここは違う。
保存。
物流。
衛生。
料理。
全部積み上げている。
だから余る。
だから強い。
ヴァレリアが静かに言った。
「他の街、これ見たら発狂するわよ」
「なんで冬にこんな食ってるんだって」
クルザードは鍋をかき混ぜる。
「食えるからだ」
「簡単に言うわね」
「簡単じゃない」
塩。
味噌。
酒。
燻製。
冷蔵。
物流。
全部必要だった。
一つ欠けても成立しない。
でも。
積み上がれば国家になる。
ジェシカが小さく笑う。
「ほんと変な男」
「オーク倒して最初に肉保存考えるとか」
「重要だ」
「知ってる」
彼女は味噌鍋を飲んだ。
温かい。
深い。
美味い。
そして。
安心する。
それが強い。
外ではまた移住希望者が並んでいた。
「ここ、冬でも肉食えるらしい」
「酒もある」
「風呂もある」
「病気減るって」
「仕事もある」
「子供死なないらしい」
人が増える。
止まらない。
クルザードは静かに空を見た。
雪。
灯り。
湯気。
笑い声。
そして。
鑑定が反応する。
『食料安定』
『人口増加』
『治安安定』
『満足度上昇』
『勢力化進行』
勢力。
国家。
まだ小さい。
でも。
もう始まっている。
ティグリスが肉を頬張りながら言った。
「この街、絶対ヤバくなるな」
クルザードは少しだけ笑った。
「もうなってる」




