22:味噌
麹完成。たまり醤油も。
冬の朝は白かった。
最果ての海から吹き付ける風が冷たい。
港町の屋根には薄く霜が降り、吐き出す息はどこまでも白く濁っていく。人々は寒さに身を縮め、肩をすくめながら足早に通りの石畳を歩いていた。
厳しい寒さがすべてを停滞させるはずの季節。それなのに、この街には他とは決定的に違う異質な活気と熱が満ちあふれていた。
新設された大型の煙突からは、朝早くから豊かな白い煙が絶え間なく天高く立ち上っている。
香ばしい小麦の風味が弾ける発酵パンの薫り。
直火でじっくりと焼き上げられる、肉厚な海魚の匂い。
そして、人々の肉体を温め尽くす酒場からの快活な笑い声。
朝一番だというのに、ただ歩いているだけで猛烈に腹が減ってくる街。それが、今のこの場所であった。
料理屋の広大な裏庭には、完璧な管理のもとで大量の巨大な木桶が整然と並べられていた。
厳選された大豆。
最高の比率で配合された麦。
不純物を極限まで削ぎ落とした純白の塩。
そして、高温の蒸気調理によって完璧に熱を通された素材の数々。
そのすべての土台の上に、今、純白の美しい菌糸が爆発的な勢いで増殖を遂げていた。
エルフの薬師ジェシカが、上品に長い銀髪をしならせながら木桶の内部を覗き込み、静かに、しかし深い感嘆を込めて呟いた。
「……本当に、信じられない密度で増え続けているわね。物質の変質がこれほど完璧な速度で進行するなんて」
「ああ。麹さ。不純物の侵入を完全にシャットアウトしたおかげで、培養のプロセスは100%完璧に成功したよ」
クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、ハキハキとした明晰な声で答えた。無駄なお世辞や中身のない軽口は叩かない。ただ、目の前にある確実な成果を気さくなトーンで告げる。
最前線に立つ虎獣人のティグリスが、その立派な虎耳を小刻みに震わせながら、木桶の隙間にその鼻を近づけた。
「くんくん……何だろうね、お前。これまでの燻製ともお酒とも違う、どこか奥深くて甘やかな不思議な匂いが漂っているよ」
「発酵の駆動さ。目に見えない微細な菌たちがね、大豆や麦の内部に含まれるデンプン組織を分解して、最高級の糖分へと作り替えている状態だよ」
「ははっ、またお前のその、常人には肉眼で見えない小さな生き物の話が始まったね。相変わらず、頭の中の計算のスケールが独特すぎて面白いよ」
ドワーフのガルドが、分厚い腕を組んで豪快な笑声を上げた。
「だがな、小僧! お前のその意味分からん合理的な理屈はよ、最終的に口から胃袋へ流し込んだ瞬間には、例外なく100%完璧に『極上に美味い現実』に化けるからな! 誰も否定できねぇのさ!」
ガルドの言う通り、それは誰もが認めざるを得ない厳然たる事実であった。
クルザードのもたらす変革は、いつだって古い世界の常識の外側から、圧倒的な合理性を伴ってやってくる。
純白の高純度な塩。
人間の本能を支配する最高の酒。
社会のコストを破壊する至高の海藻出汁。
そして、高温高圧の蒸気調理の仕組み。
そのすべてが、最初は周囲に全く理解されなかった。しかし、それらが複合的に噛み合わさった料理を一たび口に含んだ瞬間、人間の味覚と肉体の常識は根底から劇的に塗り替えられてきたのだ。
クルザードは木桶の結合状態を冷徹な目で見つめていた。
蒸し上げられた大豆の硬さ。
正確に砕かれた麦の比率。
そして、表面を美しく覆う白い菌の密度。
かつては制御不能の濁流として彼の脳を痛めつけたあの過剰なデータ。しかし、現在の彼の頭脳は、それらの情報を完璧な生産の数式として掌握していた。彼の視線が固定された瞬間、瞳の奥で「鑑定」の文字が整然と回り始める。
『対象:最上級の麹。状態:麹菌の完全なる定着。糖化プロセスの完了を確認』
『解析:アミノ酸の生成効率:最高値。素材の持つ旨味成分の爆発的な増幅を捕捉』
『効果:常温における長期の保存性が劇的に向上。肉体の免疫を著しく高める栄養変化あり』
『結論:味噌および醤油の量産ラインの駆動が可能。食料自給の基盤が最高値に到達』
すべてが、一本の明確な因果関係の線として繋がって理解できる。
「……真横で見ていて、本当に底の知れない化け物ね、お前は」
ジェシカが、その完璧な成分の選別の手際を見て、心底感服したような深い溜息を漏らした。
「目に見えない菌の増殖の動きまで完全に理解して、自らの魔力で温度を一定にコントロールしてしまうなんて、長命種の古い薬師であっても絶対に不可能な手順だわ」
「魔法や特別な奇跡なんかじゃないさ、ジェシカ。すべての事象にはね、最も無駄のない正しい条件の流れが存在しているだけだよ」
クルザードは当然の事実を告げるように、ハキハキと言い放った。
「地下水の純度」
「窯の内部の精密な温度維持」
「純白の塩による防腐のバランス」
「徹底された最高値の衛生環境」
「そして、それらが結合して生まれる発酵のプロセス」
「そのすべての因果関係を最も正しい手順で最適化しておけば、結果は常に最高値として返ってくるのさ。これ以上に手戻りのない合理的な判断はないだろ?」
赤髪の剣士マティルデが、ヴァレリアから任された物資の帳簿を力強く抱え込みながら、真剣な目でクルザードへと近づいてきた。
「クル、この新しく完成した『麹』の仕組み、明日から本当に私たちの村の最優先事項として量産を開始するの?」
「ああ、当然さ。一秒の迷いもなく、大規模な生産ラインへと移行するよ」
「大変なことになるわよ。これが完全に回るようになったら、私たちの手元に残る利益の絶対量は、従来の商業の計算を一瞬で置き去りにして異常な額に化けるわ」
「そいつは素晴らしいね。俺の合理主義の計算の通りさ」
クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべたまま、ハキハキとした声で即答した。
「この『味噌』という加工資源はね、極寒の冬を何の手戻りもなく完璧に乗り越えるための、世界で最も強固な最強の保存食になるからね」
「さらに、この後に完成する『醤油』という液体は、この街に出回るすべての料理の格を、天上のものへと劇的に変化させる最大の鍵になる」
「食材の持つ本当の価値が何倍にも跳ね上がり、移動中の物資が腐るリスクは完全にゼロになるのさ。これ以上の未来への投資はないよ」
大商人のヴァレリアが、カウンターの奥からしなやかな動作で歩み寄ってくると、その鋭い商人の目を細めて口元をニヤリと釣り上げた。
「なるほどね、お前。つまりそれは、目先の金貨を稼ぐことじゃないわ。このアルフェイドの全域における『食料の主導権の完全なる支配』そのもののデザインね」
「そうだ。否定はしないさ、ヴァレリア」
クルザードは真顔だった。一片の冗談も、大言壮語の気配もない。そこにあるのは、資源の管理者としての冷徹なまでの確信だけであった。
真に強固な最強の国家を動かすもの。それは、他国を圧倒する強硬な兵の数ではない。
蔵の中にうず高く積まれた、不確実な金貨の質量でもない。
「そこに集まったすべての人間が、一パーセントの飢えもなく、完璧に腹を満たして生きられるかどうか」。ただそれだけの、圧倒的な食料資源の維持と管理こそが、すべての強固な集落を維持するための最も重要な基礎なのだ。
そして――彼の作った至高の美味い飯はね、信じて集まってくれた民たちの期待を、ただの一度も裏切ることはないからだ。
日の傾き始めた昼過ぎ。
広大な料理屋の店内は、一席の隙間もないほどに完全に満席の熱気に包まれていた。
今夜の彼らの前に出された記念すべき最初の新作。それは、彼が手に入れたすべての海洋資源と発酵技術を完璧に融合させて作られた、最高峰の「特製味噌汁」であった。
極限まで濃厚に煮出された、あの至高の海藻出汁のベース。
海の旨味をたっぷりと蓄えた、瑞々しい海洋魚の骨の出汁。
そして、木桶の底から最も正しい熟成の手順を踏んで取り出された、あの芳醇な味噌の質量。
具材には、農地から収穫されたばかりの、栄養豊富な新鮮な根菜の数々が惜しげもなく投入されている。
石鍋から激しく立ち上る白い湯気、そして、人間の本能を胃袋の底から直接震わせるような、深く、柔らかく、空間の全体を優しく包み込むような最高の香りが、料理屋の換気窓を通じて外の街道へと広く流れ出していた。
「……おい、嘘だろ。なんだこの、胸の奥が締め付けられるような良い匂いは……!」
「朝一番にクルの発酵パンを腹一杯に食ったばかりだというのに、この匂いを嗅いだだけで、口の中に猛烈に唾液が溢れてくるぞ!」
「早くしてくれ、荷物持ち! 金ならいくらでも積む、だからその黄金色の汁を今すぐ俺の器に注ぎ込んでくれ!」
街道に並んでいた無数の冒険者たちが、殺気立つほどの圧倒的な食欲の誘惑に圧され、我先にと押し寄せて整然とした列をさらに長く伸ばしていった。
集まった獣人の一族たちの鼻が、その暴力的なまでに美味そうな匂いに刺激され、ぴくぴく、ぴくぴくと敏感に激しく動き始める。
最前線に立つ虎獣人のティグリスは、配膳の開始が待ちきれなくなったのか、すでに大きな木椀を両手で力強く握りしめながら、厨房のカウンターの真ん中へとその高身長の身体を滑らかに進めていた。
「おい、クル。私はもう限界だよ。その石鍋の中の最高のスープ、今すぐ私の器に並々と注ぎなさい」
「慌てるな、ティグリス。スープの温度が全体の具材に馴染む、最も最適な熱の対流のタイミングを見極めている最中だからね。一秒だけ待つんだ」
「無理だよ、お前! この匂いの前に、私の戦士としての自制心は完全に一パーセントも機能していないのさ!」
ドミニクが、大容量の生地桶を抱えながら、その彼女の普段の獰猛さからは想像もつかない姿を見て、大声を上げて快活に笑った。
「あははは! 凄いわね、ティグリス。いつもあんなに怖いのに、クルの新しい料理の前だと、本当に完全に餌を待っている可愛い猫ちゃんそのものじゃない!」
「猫じゃない、誇り高き虎だ! ドミニク、次にその不敬な言葉を叩いてみせなさい、一撃でお前のその細腕を根元から噛みちぎって泥に沈めてあげるよ!」
「はいはい、怖くないから大人しく並びなさい」
ドミニクの気さくないなしに、厨房の全体から温かい笑い声が湧き上がる。
クルザードは瞳の中の鑑定の数値を見つめながら、スープの結合状態が最高値に達したその瞬間、大きな木べらを止め、ハキハキとした明晰な声で告げた。
「よし、熱の対流は完璧。今だ、溶くよ」
彼が、大鍋の濃厚な出汁の中に、熟成された最高の味噌を滑らかに溶かし入れた瞬間、料理屋の内部の香りの格は、一瞬にして天上のものへと昇華を遂げた。
ただの塩気や脂の匂いとは根本から格の違う、人間の遺伝子の奥底に直接作用するような、圧倒的に深く、瑞々しい至高の香気。
薬師のジェシカが、その白い湯気を含んだ香りを嗅いだ瞬間、驚愕のあまりにその美しい目を見開いて、小さく息を呑んだ。
「……なんて、恐ろしい男かしら。これ、味覚の防壁を一瞬で粉砕する、完全なる反則の料理だわ」
クルザードは一秒の無駄もない見事な手際で、集まった者たちの木椀へ次々と熱々の味噌汁を注ぎ入れ、カウンターへと滑らかに並べていった。
椀の中から立ち上る、黄金色に優しく輝くスープ。
その表面を美しく彩る、刻まれたばかりの新鮮な葱の瑞々しい緑。
直火で完璧に焼き上げられた、海魚の塩焼き。
そして、窯から取り出されたばかりの、ふんわりとした白い発酵パン。
いや――今の彼らの手元に並べられていた主食は、もうただのパンだけではなかった。
クルザードの冷徹な「判断」の指示の通り、村の外に広がる広大な敷地においては、鑑定のデータによって土壌を完璧に改善し、最適な水路のルートを整備した、最高効率の「米の試験栽培」が、すでに大規模に開始されていた。
海からの豊かな水を土属性の魔法で完璧に整えた肥沃な農地。
質量を完全に無視して重い資材を自動で運び続ける、土の人形(物流ゴーレム)の駆動。
そのすべてが、一分の手戻りもなく完璧な組織の循環として、勝手に回り始めていた。
最果ての崖の上のこの場所は、人間の古い常識を置き去りにして、もう単なる貧しい流民の村の規模などでは、完全になくなっていたのだ。
ティグリスが、温かい木椀を両手で大切そうに包み込みながら、その特製味噌汁を恐る恐る口へと運んだ。
そして――彼女の身体は、完全にその場で落雷に打たれたように激しく硬直した。
一瞬の、物音一つ立てられない完全な静寂。
次の瞬間。
「……う、もう……美味すぎるよ、何なんだよ、これは……!」
彼女の声は、全細胞に染み渡る劇的な味わいの前に、極めて小さく、激しく震えていた。
ドミニクもまた、自らの椀を傾けた瞬間、その深いコクに驚愕の声を漏らした。
「……なんて、優しいのかしら。なのに、喉を通った瞬間に、冷え切っていた肉体の全神経が、物凄い勢いで内側から温まっていくのが分かるわ……!」
最高腕のガルドは、焼き魚の身を分厚い指先で滑らかに崩しながら、崖の上全体に響き渡るような豪快な大笑いを炸裂させた。
「がははは! 認めざるを得ねぇな、小僧! この濃厚で深い塩気と旨味、ドワーフの自慢の強い酒にもな、最高に完璧に噛み合って引き立てやがるぜ!」
「美味い飯と最高の酒がこれだけ揃いやがってよ、本当にいい意味で完全に終わってるわ、この街の快適さは!」
店内が一斉に、人間の心からの温かい笑顔と笑い声によって包み込まれていく。
この新しく完成した味噌という加工資源は、それほどまでに強大であった。ただの小手先の味付けではない。人間の肉体が最も激しく欲する、旨味、香り、保存性、そして確実な栄養。そのすべての要素を、最高値の合理性で完璧に内包していたからだ。
そして――彼の手元には、木桶の底から大豆の旨味だけを極限まで濃縮して分離させた、あの漆黒に輝く奇跡の液体、すなわち「たまり醤油」の質量が、完璧な流れを伴って同時に完成を遂げていた。
この資源の持つ潜在的なポテンシャルは、味噌の価値すらも遥かに凌駕して、社会の構造にとって最も危険なまでの破壊力を秘めていた。
クルザードは厨房の真ん中に立ち、直火で完璧に焼き上げられた大ぶりの海魚の表面に向けて、その漆黒の醤油の液体を、滑らかな動作で静かに数滴だけ垂らした。
じゅわぁっ、と。
赤く焼けた魚の脂と、漆黒の液体が接触したその瞬間、これまでの世界の歴史において、未だかつて誰も嗅いだことのないほどの、凄まじく香ばしい至高の香りが、調理場の全体から爆発的な勢いで一気に吹き荒れた。
「――っ!?」
店内にいた全員の肉体が、その暴力的なまでに美味そうな匂いの前に、一瞬にして完璧に射すくめられたように動きを止めた。
赤く焼けた鉄が叩かれるような、劇的な食欲の衝撃。
衣服の隙間から覗く肌が、一瞬で粟立つほどの圧倒的な香ばしさ。
深い、濃厚な、人間の野生の本能的な食欲を、正面から容赦なく殴りつけて支配するような最高の誘惑。
大商人のヴァレリアが、その香りの本質を一瞬で看破するなり、開いた口が塞がらないといった呆然とした顔で小さく呟いた。
「……ちょっと、待ってよ、お前。これ、ただ市場で売れるなんてもんじゃないわよ」
「ああ、売れるだけじゃないさ、ヴァレリア。この液体があれば、俺たちはこの世界のすべての食文化の主導権を、根底から完璧に『支配』できるからね」
クルザードは口元に不敵な笑みを浮かべたまま、ハキハキとした明晰な声で頷いた。
「この醤油という資源はね、すべての食材の持つ潜在的な旨味を、数倍に跳ね上げて調和させる完全なる万能の液体だからね」
「極上の魔物の肉であっても」
「無限に水揚げされる海の魚であっても」
「これまでの濃厚な大鍋のスープであっても」
「そして、すべての焼き物の工程であってもね」
「この液体を一滴垂らすだけで、その飯の価値は一瞬にして天上のものへと劇的に変化するのさ。これまでの人間たちがただ塩を振るだけだった古い食事の時代はね、今日この瞬間をもって、完全に中央から終わって死ぬのさ」
赤髪の剣士マティルデが、その一片の揺らぎもない冷徹なまでの確信の言葉を聞くと、顔色を真面目なものへと激しく変色させて戦慄した。
「……確実よ、お前。こんな世界の常識を根底から木端微塵に叩き潰すような奇跡の液体、噂が一度外へ流れ出してみなさい。周辺のすべての強国や、古い特権階級たちが、自慢の軍隊を動かしてでも力ずくでお前のこの場所を奪いに押し寄せてくるわよ」
「ああ、来るだろうね。間違いなく、強欲な本能の動きに従ってね」
クルザードは静かだった。その明るい陽気な瞳の奥底には、いかなる強大な帝国の武力を前にしても、一パーセントの恐怖も迷いもただの一片すら宿ってはいなかった。
「価値がある資源だからこそ、古い澱みはそれを力ずくで略奪しようとする。それは計算しやすい極めて自然な因果関係さ。だから俺たちは、集まったみんなの力で、この場所のすべての防壁を最も正しい手順で守り固めるだけだよ。ただの、簡単な処理の工程さ」
ティグリスは彼のその底の知れない圧倒的な主導権の迫力に圧されながらも、我慢の限界を迎えたように、カウンターの上に身を乗り出してその黄色い瞳をギラギラと輝かせた。
「おい、小僧! 能書きはいいから、今すぐその最高の黒い液体をたっぷりと擦り込んだ、熱々の魔物の肉を私の前に並べなさい! 今すぐ焼きなさい!」
「はは、分かったから落ち着くといい、ティグリス。肉の火入れの最適なタイミングを今計算しているからね」
「落ち着いていられるわけがないだろ! この匂いの前に、私の虎としての全神経が、今すぐ肉を喰らえと激しく悲鳴を上げているのさ!」
ティグリスの強引な催促に、店内を取り囲んでいた無数の荒くれ者たちから一斉に盛大な大笑いが湧き上がり、彼らの熱狂は、昼過ぎの数十分の後には、完全に料理屋の限界容量を破壊して壊れるほどの凄まじい大混雑へと包み込まれていった。
「おい、その黒い液体を擦り込んだ、最高の焼き魚をもう五皿追加だ!」
「こっちの卓にも、あの濃厚な味噌のスープを腹一杯に持ってきてくれ、早くしろ!」
「お代わりのパンだ! いや、あの新しく出来た温かい『米の飯』ってやつを、その黒い液体と一緒に俺の器にも並べろ!」
「酒だ! クルの最高の酒を樽ごと持ってこい!」
殺到する群衆の狂乱。古い街道の向こう側に向けて伸び続ける行列の絶対数は、外の敷地を完全に埋め尽くし、冬の過酷な寒空であるというのに、崖の上から人間が消える時間はただの一秒も存在しなくなっていた。
彼らの放つ圧倒的な熱気に誘われるようにして、料理屋の周囲の舗装道路の至る所には、彼らの物資を専門に扱う新しい「屋台の数々」が、勝手に一つの巨大な市場として出来上がり始めていた。
独自の工程で量産される、黄金色の発酵パン屋。
香木の煙を操り、最高の干し肉を並べる燻製屋。
長期の維持に耐えうる、海魚の塩漬け肉の販売所。
社会のコストを破壊する、あの乾燥海藻の専門商店。
そして、肉体を内側から温め尽くす、最高峰の新酒を取り扱う酒屋の数々。
誰が命令をくだしたわけでもないのに、すべての新しい産業の歯車が、クルザードの作ったこの「最高の美味い飯」という絶対的な合理の軸を中心に据えることで、完璧な奔流となって一本の流れで繋がり、勝手に回り始めていた。
大商人のヴァレリアが、その目の前に出現した奇跡のような経済の躍動を前にして、手元の羽ペンを止め、心底感服したような深い笑みを浮かべて小さく呟いた。
「……本当に、凄まじい光景ね。お前の放ったこの飯の加減一つでね、この最果ての地の全体の経済の仕組みが、一瞬にして爆発的な勢いで回り始めているわ」
「ああ。人間という生物の本能の動きは、いつだって極めてシンプルだからね」
クルザードは木べらを滑らかに動かしながら、ハキハキとしたよく通る声で答えた。
「腹が減るからこそ、人間は生き残るために真面目に役割をこなして働く」
「どこよりも圧倒的に美味い飯があるからこそ、優秀な人材が自らの意思でこの場所に集まる」
「手に入った富を長期間劣化させずに維持できる保存技術があるからこそ、その資源は外へと広く拡散する」
「物資が外へと伸びれば、そこに澱みのない完璧な物流のインフラが勝手に形成される」
「そして、その全ての循環が揃った場所こそがね、古い不条理を置き去りにして、世界で最も強固な最強の『街』へと勝手にその姿を変貌させるのさ。これがすべての数式さ」
ドミニクが、彼のその揺るぎない確信に満ちた横顔を見つめながら、不思議そうにその丸い目を瞬かせた。
「ねぇ、クル。お前、最初にあの誰もいないボロ廃屋の前で私を拾った最初の夜からね、本当に自分の頭の中で、ここまで巨大な一大都市の未来の図面を最初から完璧に見据えて手を動かしていたの?」
「いいや、まさか。俺はただ、目の前にある物理的な無駄や不効率な澱みを、最も正しい手順で一つずつ減らしてきただけさ」
「でもね、それだけは最初から完全に分かっていたよ。この世界において、圧倒的な『快適さと生きやすさ』の提供こそがね、人間の本能を芯から束ねるための、何よりも最強に強い絶対の防壁になるということをね」
寒くない。
理不尽な飢えによって腹を空かせることがない。
街の全域が徹底して最高値に無菌化され、臭くない。
ずさんな不衛生による病気や古傷のエラーで、人が途中で死なない。
口にするすべての飯が、五感を震わせるほどに極上に美味い。
肉体の緊張を一瞬で癒やし尽くす、最高の風呂と酒がある。
そして、自らの才能を発揮して、明日への生存の予測を完璧に確信して笑い合える。
ただそれだけの、人間の本能が最も激しく欲する絶対的な合理の軸。それさえこの場所に完璧に整えておけば、人間の心の流れは、古い世界の不条理や関税の仕組みを完全に置き去りにして、怒涛の勢いでこちらの手元へと流れ込んでくるのだ。
夜。
彼らの新しく築き上げつつある街の人口の絶対数は、昨日をさらに遥かに凌駕して、恐ろしい勢いで広く拡張され続けていた。
押し寄せる無数の移住希望者。
富の流れの本質を察知した、目の高い商人たち。
戦いの効率の向上を確信した、腕利きの冒険者。
そして、行く宛を失ってこの最果てへと流れ着いた、無数の貧しい流民たち。
彼らが、新しく舗装された滑らかな道路の上で交わす、明日の生存を完璧に確信した信頼の言葉の理由は、全員が例外なく全く同じ一言であった。
「――ここ、世界中のどの大都市よりも、圧倒的に一番生きやすい最高の場所じゃないか」
ただ、それだけのシンプルな答え。しかし、これまでの不条理な歴史の澱みの中で、弱肉強食の搾取に怯え続けてきた彼らにとっては、それこそが一生をかけてでも手に入れるべき、何よりも難しく、最も切実な奇跡の救いそのものだった。
クルザードは、着々とその全容を現しつつある、広大な漁港の海岸線の防壁の上に立ち、静かに打ち寄せる冬の夜の波の躍動を一人で見つめていた。
濃厚な潮風の匂い。
街の至る所から溢れ出てくる、橙色の最高の灯り。
そして、夜の帳を温かく包み込むような、人間の心からの深い笑い声。
彼の真横を、泥を力強く踏み締める重い足音を響かせながら、虎獣人のティグリスが滑らかな動作で並んで腰を下ろした。
「……また、昨日よりも一段と人間の絶対数が増えているね、お前。崖の下の表通りが見えなくなるほどの大集団だよ」
「ああ。極めて順調で、正しい合理的な流れの更新さ」
「お前さ、これほど急激に巨大な富と人間が一点へ集中していくこの現状を前にして、一パーセントの恐怖や不安も抱いたりはしないのかい? 人間の強欲な本能の暴走はね、時に魔物よりも遥かに恐ろしい澱みを生むものよ」
クルザードは首を振り、口元に明るく快活な笑みを浮かべ、気さくな口調でありながら、ハキハキとしたよく通る声で答えた。
「管理の計算が行き届かない無秩序な増加はね、確かに組織にとって最も危険な駆動エラーを引き起こす大損に繋がるからね。だが、俺は彼らの流入をただ手をこまねいて止めるつもりは、一パーセントもないさ」
「何をするつもりだい」
「すべての流れを、俺の頭の中で完璧に整え、コントロールするだけだよ」
クルザードは自らの明るい陽気な瞳を正面から彼女に向けて、冷徹に次なる差配のビジョンを告げた。
「流入してきたすべての人員の戦闘能力と適性を、鑑定の数値で一瞬で正しく識別(選別)する」
「彼らが自らの才能を最も最高値に発揮できる、最適な労働の場所へと一分の手戻りもなく完璧に役割を『振り分け』て動かす」
「集まった子供たちや未熟な民に向けて、正しいインフラの知識と技術を伝えるための、徹底した教育のシステムをここに新設する」
「そして――全ての物資の循環の流れを、一パーセントの澱みもなく最高効率の速度で回し続ける。ただそれだけの、簡単な管理の手順さ」
ティグリスは彼のその非の打ち所がない完璧な大局の先を見据えた言葉を聞くと、呆れたように、しかし心底楽しそうな最高の笑声を崖の上に響かせた。
「がははは! お前、本当にどこまでも筋金入りの合理主義者で、最高に頭のおかしい素晴らしい男だな!」
「はは、よく言われるよ。資源の管理者として、褒め言葉として受け取っておくよ、ティグリス」
「ああ、最大級の褒め言葉さ」
彼女は濡れた黒髪を潮風にしならせながら、少しの間だけ沈黙し、それから――その気高い黄色い瞳の奥に、深い愛おしさと揺るぎない信頼の光を宿して静かに呟いた。
「でもね、本当に嬉しいのさ。数々の過酷な修羅場を潜り抜けて、誰からも後ろから刺される恐怖に怯えて生きてきた私がね……こんな風に、心から明日を信じて穏やかに笑える最高の『家』に出会えたのは、お前のいるこの場所が、私の長い人生の中で本気で初めてだからね」
クルザードは彼女の切実な言葉を耳の奥に聞き流しながら、再び広大な海の水平線の彼方へとその瞳を向けた。
新しく建造されつつある、大規模な大型船の影。
澱みのない完璧な港湾のインフラ。
无限の水揚げを誇る、海の魚。
最高峰の純白の塩。
社会のコストを根底から破壊する、至高の海藻出汁。
そして、今日完全に完成を遂げた、あの極上の味噌とたまり醤油。
さらには、人間の肉体を温め尽くす最高の酒。
そのすべての資源の歯車は、彼の頭脳の中で、すでに一本の巨大な、世界の歴史を塗り替えるための完璧な奔流として組み合わさっていた。
彼の視線が世界の先へと固定されたその瞬間、脳内の鑑定のシステムが、これまでにないほどの劇的な?動と共に、最上位の時代の更新のデータを脳内へクリアに流し込んできた。
『環境:集落全体の構造改革を検知。資源の自給率、および経済の駆動能率が最高値を記録』
『物流:岩塩、海魚、海藻出汁、発酵パン、醸造酒、そして味噌・醤油の各生産ラインの完全同期を確認』
『流入:周辺諸国からの人口流入の加速度が限界値を突破。集団全体の生命維持スペックが最高値に到達』
『結論:単なる一大交易都市の枠を遥かに置き去りにして、既存のすべての古い不条理を駆逐する、新たなる最強の『国家(勢力)』としての駆動が完全に開始されたと判明』
勢力。建国。そして、新時代への完全なる駆動の始まり。
もはや、その巨大な時代の歯車の回転の速度を止められる存在など、世界のどこを探してもただの一人も残されてはいなかった。
クルザードは痛む頭を押さえながらも、口元に世界全体の構造を美しく塗り替えるための、不敵で、そして最高に陽気な微笑みを浮かべた。
古い世界の権力が誇る強硬な剣の強さなど、最初から必要ない。
彼の手元から風に乗って街の全域へと広く広く拡散していく、あの極上の濃厚な味噌とたまり醤油の香ばしい湯気の香り。
ただそれだけの、世界で最も揺るぎない絶対的な「合理と快適さの軸」を中心に据えることで――
人間の本能の流れは、古い王国の不条理を完全に置き去りにして、明日への生存の予測と共に、すべてが新しく生まれるこの巨大な最強の国の真ん中へと、完璧な速度で勝手に流れ込んでくるのだ。
深夜の帳が下りてなお、海岸線の巨大な料理屋の前には、冷たい冬の夜空を暖かく押し返すような、これまでにないほどに新しく、そして最も長い一本の輝く行列が、完璧な流れを伴って美しく出来上がりつつあった。




