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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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22/156

22:味噌

 麹完成。たまり醤油も。


 冬の朝は白かった。


 海から吹く風が冷たい。


 港町の屋根には薄く霜が降り、人々は肩をすくめながら通りを歩いている。


 それでも。


 この街には活気があった。


 煙突から煙が上がる。


 パンの香り。


 魚を焼く匂い。


 酒場の笑い声。


 朝なのに腹が減る街。


 それが今のこの場所だった。


 料理屋の裏庭では、大量の木桶が並んでいた。


 豆。


 麦。


 塩。


 蒸気。


 そして白い菌糸。


 ジェシカが桶を覗き込み、静かに呟く。


「……本当に増えてる」


 クルザードは頷いた。


「麹だ」


「成功した」


 ティグリスが鼻を近づける。


「なんか甘い匂いする」


「発酵だ」


「菌が糖を作ってる」


「また意味分からんこと言ってる」


 ガルドが豪快に笑った。


「でもこいつの意味分からんは、大体うまい!」


 その通りだった。


 クルザードの料理は、いつも常識の外から来る。


 塩。


 酒。


 出汁。


 蒸気。


 全部そうだった。


 最初は理解されない。


 でも。


 口に入れた瞬間に世界が変わる。


 クルザードは木桶の中を見ていた。


 蒸した豆。


 砕いた麦。


 白い菌。


 以前なら意味不明だった鑑定情報。


 今は違う。


『麹菌』

『糖化』

『発酵』

『旨味増幅』

『保存性向上』

『栄養変化』


 見える。


 理解できる。


 繋がる。


 ジェシカが感心したように息を吐く。


「……本当に化け物ね」


「菌まで理解するとか」


「全部繋がってるだけだ」


「水」


「温度」


「塩」


「衛生」


「発酵」


「全部条件がある」


 クルザードは淡々と言った。


 偶然ではない。


 再現。


 管理。


 最適化。


 それが強い。


 マチルダが帳簿を抱えて近づく。


「この麹、本当に量産するの?」


「ああ」


「利益が異常になるわよ」


「なる」


 クルザードは即答した。


「味噌は保存食になる」


「冬を越せる」


「醤油は料理全部を変える」


「食料価値が上がる」


「腐りにくくなる」


 ヴァレリアが目を細める。


「つまり食料支配ね」


「そうだ」


 クルザードは否定しなかった。


 強い国家は何か。


 軍?


 金?


 違う。


 食料だ。


 腹を満たせる国が強い。


 そして。


 美味い飯は、人を裏切らない。


 昼。


 料理屋。


 今日の新作は、“味噌汁”だった。


 魚出汁。


 海藻。


 味噌。


 根菜。


 湯気。


 香りが店外まで漏れている。


「なんだこの匂い……」


「腹減る……」


「朝食ったのに……」


 冒険者たちが列を作る。


 獣人たちの鼻がぴくぴく動く。


 ティグリスは既に厨房にいた。


「まだか」


「待て」


「無理」


 ドミニクが笑う。


「完全に餌待ちの猫」


「虎だ」


「似たようなもん」


 クルザードは鍋を見ていた。


 沸騰直前。


 出汁。


 味噌を溶く。


 香りが変わる。


 深い。


 柔らかい。


 包み込む匂い。


 ジェシカが小さく息を呑んだ。


「……これ、反則」


 クルザードは木椀へ注ぐ。


 湯気。


 黄金色。


 刻み葱。


 焼き魚。


 白パン。


 いや。


 もうパンじゃない。


 最近では米も試験栽培が始まっていた。


 農地改善。


 水路整備。


 海から引いた水。


 土属性で整えた畑。


 物流ゴーレム。


 全部少しずつ動いている。


 この街は、もう村じゃなかった。


 ティグリスが味噌汁を飲む。


 一瞬。


 停止。


 そして。


「…………うま」


 完全に固まった。


 ドミニクも飲む。


「優しい……」


「なんだこれ……」


「身体が温まる……」


 ガルドが焼き魚を崩しながら笑う。


「酒にも合うぞこれ!」


「終わってんなこの街!」


 店内が笑いに包まれる。


 味噌は強かった。


 塩だけじゃない。


 旨味。


 香り。


 保存。


 栄養。


 全部持っている。


 そして。


 たまり醤油。


 それは更に危険だった。


 クルザードは焼いた魚へ黒い液体を垂らす。


 じゅわ。


 香りが爆発した。


「……っ!?」


 店内の全員が反応する。


 香ばしい。


 深い。


 濃厚。


 食欲を殴ってくる匂い。


 ヴァレリアが呆然と呟く。


「これ……売れるなんてもんじゃない」


「支配できる」


 クルザードは頷いた。


「醤油は万能だ」


「肉」


「魚」


「鍋」


「焼き物」


「全部強くなる」


「塩だけの時代が終わる」


 マチルダが真顔になる。


「他国が奪いに来るわよ」


「来るな」


「間違いなく」


 クルザードは静かだった。


 怖がっていない。


 当然だと思っている。


 価値があるなら奪われる。


 だから守る。


 単純な話だ。


 ティグリスが醤油を舐めて目を丸くする。


「肉食いたい」


「分かる」


「今すぐ焼け」


 クルザードは苦笑した。


「落ち着け」


「無理」


 数十分後。


 店内は完全に壊れていた。


「焼き魚追加!」


「肉もくれ!」


「その黒い液体もっと!」


「酒!」


「飯!」


 行列が伸びる。


 外まで。


 冬なのに。


 人が消えない。


 料理屋の周囲には屋台まで出来始めていた。


 パン屋。


 燻製屋。


 塩漬け肉。


 海藻販売。


 酒屋。


 全部繋がっている。


 ヴァレリアが静かに呟く。


「経済が回り始めてる」


「食で」


 クルザードは頷いた。


「腹が減るから人は働く」


「美味いから集まる」


「保存できるから広がる」


「物流が生まれる」


「街になる」


 ドミニクが彼を見る。


「……最初からそこまで見えてた?」


「いや」


「でも、快適さは強い」


 それだけは分かっていた。


 寒くない。


 腹が減らない。


 臭くない。


 病気にならない。


 飯がうまい。


 酒がある。


 笑える。


 それだけで人は集まる。


 夜。


 街の人口はまた増えていた。


 移住希望者。


 冒険者。


 商人。


 流民。


 獣人。


 エルフ。


 ドワーフ。


 理由は皆同じ。


「ここは生きやすい」


 ただそれだけ。


 でも。


 それが一番難しい。


 クルザードは港を歩いていた。


 潮風。


 灯り。


 遠くの笑い声。


 ティグリスが隣に来る。


「また増えてるな」


「ああ」


「怖くないのか」


「何が」


「人だよ」


 クルザードは少し考えた。


「管理できない増加は危険だ」


「でも止めない」


「選別する」


「働ける場所を作る」


「教育する」


「流れを整える」


 ティグリスが苦笑する。


「お前、頭おかしいな」


「よく言われる」


「褒めてる」


 彼女は少し黙っていた。


 それから。


 静かに呟く。


「でもさ」


「こんな場所、初めてだ」


 クルザードは海を見る。


 船。


 物流。


 魚。


 塩。


 味噌。


 醤油。


 酒。


 全部繋がる。


 そして。


 鑑定がまた反応する。


『都市成長』

『物流活性化』

『人口流入加速』

『食文化形成』

『勢力化開始』


 勢力。


 国家。


 そこまで遠くない。


 クルザードは静かに笑った。


 味噌の香りが、まだ夜風に残っていた。


 その香りは。


 剣よりも強く。


 静かに世界を侵食し始めていた。







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