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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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19/43

19:料理屋

行列。


朝。

まだ東の空が僅かに白み始めたばかりで、太陽の光は一パーセントも地表へと届いていない。凍てつくような冬の朝霧が周囲を完全に包み込み、最果ての海からは肌を刺すような冷たい暴風が絶え間なく吹き付けていた。

それなのに――新設されたばかりの海岸拠点の目の前には、常識では到底考えられないほどの凄まじく長い人間の列が、暗闇の奥に向けてどこまでも整然と並び、静かに息を潜めて待っていた。


「……随分と、全体の絶対数が増えたな」


クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、ハキハキとした明晰な声で呟いた。


真横に立つ虎獣人のティグリスが、肉厚な手を腰の柄に添えながら、心底呆れたような苦笑を漏らした。

「ああ。昨日の朝に並んでいた人間の数と計算を比較してみなさい。完全に二倍以上の質量に膨れ上がっているよ」


彼らの敷地の入り口に立てられた、木材を隆起させて作った簡単な簡易看板。

そこには、

『飯あります』

ただそれだけの、飾り気のないシンプルな文字が一本の線で刻まれているだけだった。

だが――そのたった一言の裏にある圧倒的な合理性の価値は、アルフェイドの全域へ向けて、爆発的な奔流となって完全に共有され尽くしていた。


未開の領域で水揚げされた最高の海魚が、独自の精製技術によって一パーセントの嫌な泥臭さもなく完璧に処理されている。

胃袋の底を内側から劇的に温める、至高の黄金色の汁(出汁)がいつでも腹一杯に飲める。

石のように硬くて酸っぱい従来の黒パンとは格の違う、ふんわりとした白い発酵パンが手に入る。

肉体の疲労組織を完全に解きほぐす、天国のような大鍋お風呂が稼働している。

どんな致命的な損傷であっても、一瞬で元通りに修復される確実な治療がある。

王国の不条理な規制を完全に置き去りにして、純白の高純度な塩が驚くほど安値で手に入る。

そして何より、それらすべての要素が、五感を芯から震わせるほどに極上に美味い。


そんな、人間の本能が欲するすべての「生きやすさ」が完璧に揃った場所。

過酷な世界で傷ついた人々が、ここへ向けて自らの意思で吸い込まれるように流れてこない理由など、最初からどこにも残されてはいなかった。


並んでいる群衆の顔ぶれは、これまでの熟練の冒険者たちだけに留まらなかった。

街の澱んだ物流を巡る抜け目のない行商人。

これまでのずさんな保存環境に見切りをつけた本物の漁師。

自らの技術を発揮できる正しい役割を求めて集まった流れの職人。

迫害の歴史から逃れて安息の地を求める獣人の一族。

劣悪な栄養状態によってガリガリに痩せ細った、地方の貧しい親子。

未知の資源の噂を聞きつけて最果てを目指してきた旅人。

さらには、王国の不条理な軍務に疲れ果て、防具のあちこちをボロボロに崩れさせた脱走兵の兵士の姿までもが、当然のように列のあちこちに入り混じっていた。

彼らは全員、これまでの不効率な飢えによって、腹を空かせた本能の目をギラギラと輝かせていた。


大商人のヴァレリアが、手元のぶ厚い帳簿を力強く抱え込みながら、一人の管理者の冷徹な目で静かに告げた。

「クル、現在の私たちのキャパシティの計算上、これ以上の対応はもう限界よ」


「何が限界なんだい、ヴァレリア。資源の分配ラインに、何か非効率な澱みでも生じているかい?」


「大ありよ。これまでのように、遠征の『ついでにおこなう無償の炊き出し』という名目のままではね、この押し寄せる人間の質量を完璧に処理しきることは絶対に不可能よ」

「全体の物資と人員の流れを正しく維持するためには、ここを明確な一つの『店』という名のシステムに書き換えて駆動させないと、いずれ中央から完全に回らなくなるわ」


最高腕のドワーフ鍛冶師ガルドが、分厚い腕を組んで灰色の立派な髭を激しく揺らしながら、深く頷いた。

「ああ、あの小僧の言う通りだ。現在の即席の厨房ではな、作業を行うための空間が圧倒的に狭すぎるぜ」

「一度に火を入れられる大型鍋の絶対量も足りねぇ」

「集まった民を大人しく座らせて効率よく回転させるための、椅子の数も決定的に不足してやがる」


金髪のドミニクが、大容量の生地桶を抱えながら、目の前の凄まじい群衆の列を見て快活な苦笑を漏らした。

「はは、誰がどう見ても、ここはもう最初から完全に店としての機能を果たしているわよ」


クルザードは木べらを手に持ったまま、僅かの間だけ静かに目を閉じ、自らの頭脳の中で次なる大規模な変革の数式を完璧に組み立てていった。

集まった人間の正確な動線の整理。

物資をスムーズに搬入するための搬入口の導線。

一分の手戻りもなく飯を供給し続けるための、完璧な生産ライン。

働くみんなの配置の振り分け。

火力を最適に維持するための、魔力の熱量の計算。

そして、手に入った魚や肉を一パーセントも腐らせずに維持するための、高度な冷却保存の仕組み。

そのすべての因果関係が、彼の合理主義的な思考の中で、一瞬にして一本の美しい図面として完璧に組み上がった。


「……よし、方針は決まった。流れを滞らせないために、今すぐこの場所に、最も機能的な『料理屋』の建物を大規模に建築するよ」


「何を建てるって?」


「絶対にそう言うと思ったわよ、お前なら!」


ティグリスとドミニクが、顔を見合わせながら心底楽しそうな大声を上げて笑った。


そこからの彼らの建設のプロセスは、世界のいかなる建築職人の常識をも遥かに置き去りにして、圧倒的に早かった。

クルザードの持つ土属性と石属性の魔力を極限まで緻密に解放し、地面の岩盤を一瞬にして隆起させて強固な基礎の壁を作り上げる。

そこに、最高腕のガルドが切り出した頑強な木材の結合を完璧な手際で加工し、新加入の魔術師アランが金属の分子構造を精密に制御して、建物の骨組みを一分の狂いもなく完全に錬成していく。

そして、質量と移動コストを完全に無視して物資を出し入れする、あのクルザードの「アイテムボックス」の空間から、必要な資材が最適なタイミングで滑らかに取り出されていった。


たったの半日という、奇跡のような驚異的な短時間。

昨日までただの不毛な砂浜であったその場所には、完全なる機能美を誇る、巨大な「木造二階建ての料理屋」の全容が堂々と姿を現していた。


その内部構造は、クルザードの合理主義の精神が細部まで完璧に具現化されていた。

何十人もの職人が同時に手を動かせる、一分の澱みもない広大な厨房。

一度に大量の食材を最高効率で煮込める、魔法結合された特注の大型鍋の数々。

熱気と煙の対流を計算し、常に新鮮な空気の流れを維持するための、精密な換気窓の配置。

手に入った資源を長期間、無駄なく維持するための、強固な石造りの貯蔵庫。

海藻を均等に天日干しにするための、風の通りを計算した巨大な乾燥棚。

そして、彼の氷属性の魔力と高温水蒸気の圧力を混合駆動させて、内部の温度を常に一定の零度近くへと維持し続ける、世界初の「簡易冷却室(冷蔵庫)」。

さらに建物の裏手には、あの天国のような簡易浴場のお風呂の設備が完璧に拡張され、最上の地下水を自動供給する井戸、汚水を一瞬で外部へと排除する精密な排水溝にいたるまでが、完璧な動線で繋がっていた。

それだけでなく、建物の正面から街道にいたるまでの未舗装のぬかるんだ泥の道までもが、石を砕いて滑らかに整えられ、一分の手戻りもない完璧な道路として美しく舗装され尽くしていた。


たまたまその街道を通りがかった一般の旅人の冒険者たちが、出現した巨大な近代建築を前にして、顎が外れそうなほどの顔で完全にその場に呆然と立ち尽くしていた。


「……おい、嘘だろ。私の記憶が確かなら、昨日の夕方ここを通った時は、ただの不毛な砂浜が広がっていたはずだぞ……」

「これは、悪い夢でも見ているんじゃないか……? たった一晩の間に、こんな一国の前線基地並みの巨大な料理屋が勝手に立ち上がるわけがない……!」


クルザードはそんな周囲の驚愕を陽気な笑声で軽くいなすと、新設された広大な厨房の真ん中に立ち、口元に明るく快活な笑みを浮かべて一本の包丁を滑らかに握り締めた。

今夜の客の総数は、すでに百人近くに達しようとしていた。通常の人間であれば、調理の手際が完全に破綻して大混乱を引き起こす最悪の質量。


だが、資源の管理者としての彼の頭脳は、集まったメンバーたちの能力を最も完璧に機能させるための、最高効率の「役割の振り分け」の指示を、ハキハキと言い渡していった。


「ティグリス、君のその驚異的な腕力を活かして、水揚げされたばかりのブルーフィッシュの巨大な魚組織の解体工程を、最高速度で完了させてくれ」


「いいだろう! この肉厚の身を正確に切り分けるのは、私の長槍の手際の見せ所さ!」


「ドミニクは、配膳の動線に沿って、焼き上がった発酵パンと温かい椀の配給を澱みなく回してくれ」


「うん、任せなさい! 一分の手戻りもなく全員に届けてみせるわ!」


「ジェシカは、並んでいる民の肉体の数値を鋭くスキャンし、不衛生による体調悪化や、感染症の初期の兆候を持つ人員を一瞬で識別して治療室へ隔離するんだ」


「了解したよ。私の長命種特有の魔力感知能力があれば、細胞の微微な異変を見落とすことは一パーセントもないからね」


「ガルドは、窯の火力を維持しながら、追加の大型鍋の鋳造ラインを厨房の裏で駆動させてくれ」


「おうよ、小僧! 特注の頑強な鍋を、お前の計算通りの速度で並べてやるぜ!」


「ヴァレリアは、受付のカウンターの真ん中に立ち、流入するすべての金貨と資源の物流量の計算に集中してくれ」


「当然よ。一コッパーの無駄な計算ミスも出さずに、完璧な黒字の数字を更新し続けてみせるわ」


命令を下されているという強制的な感覚は、誰の心の中にもただの一パーセントも存在しなかった。

クルザードが中心に立ち、最適な判断の軸を一つ示すだけで、各自の才能が最も最高値に発揮できる場所へと自然に組み込まれ、一分の手戻りもない完璧な組織の循環が美しく駆動し始めた。


新設された巨大な石窯、そして大型鍋のすべてに、一斉に猛烈な火が入った。

厨房の全体を満たす、圧倒的な熱の質量。

立ち上る、純白の豊かな湯気。

そして、五感を芯から震わせるような、至高の飯の香りが空間全体を完全に支配していった。


限界まで濃厚に煮出された、あの至高の海藻出汁の深みのある香り。

自前の純白の精製海塩を揉み込み、直火でこんがりと焼き上げられた海魚の香ばしい匂い。

完璧な脱水管理によって仕上げられた、燻製肉の芳醇でスモーキーな煙。

窯の熱によって美しく黄金色に色づいていく、発酵パンの柔らかな甘い香り。

そして、収穫されたばかりの新鮮な山の野菜が炒められる、瑞々しい香り。


その幾重にも重なり合った暴力的なまでに美味そうな匂いが、換気窓を通じて外の街道へと広く流れ出した瞬間、並んでいた長い列の全体の空気が、一瞬にして激しくざわめき立った。


「……あぁ、ダメだ、匂いを嗅いだだけで、お腹の底が引き裂かれそうに腹が減ってきた……!」

「一体、何よこの匂いは! 今まで食べてきたどんな高級な魔物の肉とも、根本からすべて格が違っているわ!」

「早くしてくれ、荷物持ち! 金ならいくらでも払う、だからその美味い汁を今すぐ俺の胃袋に流し込んでくれ!」


クルザードは大きな木べらを滑らかに動かしながら、美しく煮え滾る石鍋の内部を冷徹な目で見つめていた。

彼の瞳の奥では、鑑定の数値情報が、料理の結合状態を完璧に計算して弾き出し続けていた。


『対象:大型鍋のスープ。状態:塩分濃度:適正値。不純物の混入反応:皆無』

『成分:海藻の旨味組織が完全に熱水の中に溶解。栄養価:最高値に到達』

『効果:摂取した人員の肉体疲労の急速な回復、および全細胞の免疫向上の因果関係を捕捉』

『環境:寒冷環境による集団の体調悪化を、熱量と脂質の補給によって一瞬で完全改善可能』


料理のすべての本質が、彼の目には数値として完璧に「見えて」いた。

以前のようにデータの洪水に溺れて顔をしかめることはもうない。今の彼は、必要な栄養素、足りていないビタミンの質量、そして集まった民の疲労状態や病気の予兆にいたるまでを、匂いと視覚の数値情報から、一瞬で正確に看破できるようになっていた。完全なる能力の掌握。


「ティグリス、海魚の肉の投入量を、現在の需要の計算に合わせてさらに数パーセント引き上げるんだ」


「了解だよ、クル! 一瞬で切り分けて大鍋へ流し込んであげるよ!」


「ドミニク、中央のスープの塩の加減が、熱の蒸発によって僅かに濃くなりかけている。今すぐ地下水を一・二リットルだけ追加して、濃度を最適値へと戻すんだ」


ドミニクが、その正確すぎる指示を聞いて、驚愕のあまりその丸い目を見開いた。

「ちょっと、クル! お前、さっきからそのスープの味見をただの一度も行っていないわよね!? なんでそんな細かな数値の変化が正確に分かるのよ!」


「匂いと熱の流れを見れば、物質の結合状態はすべて論理的に計算できるからね。味見に費やす数秒の時間すら、俺の合理主義にとっては無駄な不効率さ」


「怖! お前、料理をしている時のその冷徹なまでの完璧さ、本当に人間離れしていて鳥肌が立つわ!」


ドミニクの突っ込みを陽気な笑声で受け流しながら、クルザードの手元からは、新時代の幕開けを告げる「最初の料理」の数々が、一分の淀みもない完璧な手際で次々とカウンターへと並べられていった。


濃厚な海藻出汁の特製魚スープ。

精製海塩を揉み込んで完璧に焼き上げられた、肉厚の海魚の塩焼き。

窯から取り出されたばかりの、ふんわりとした温かい白い発酵パン。

そして、隠し味としての、塩牙猪の香ばしい極上の燻製肉。


純木製の皿の上に美しく配置された至高の食糧の山。

手渡された民たちが、その椀を口へと運んだ最初の瞬間、広大な料理屋の内部は、あまりの衝撃の味わいに、完全に物音一つ立てられない静寂に包み込まれた。

そして、次の瞬間。


「……う、美味ぇ。美味すぎるよ、何なんだよ、これは……!」

「中の生地が信じられないほどに柔らかくて、口に入れた瞬間にフワッと解けて消えちゃうぞ!」

「魚の身がプリンのように滑らかで、嫌な生臭さがただの一パーセントも残っていないわ、嘘でしょ!?」

「このスープの汁の深み、一体どういう魔法をかければ水の中からこんなとんでもない旨味が湧き上がるんだよ!」


一瞬にして、部屋全体の空気が驚異的な活気と歓喜の色へと激変した。

集まった民たちの食う速度は、凄まじく速かった。誰もが無駄な軽口やお世辞を叩く時間すら惜しむように、完全に無言のまま、ただひたすらに目の前にある奇跡のような飯を胃袋へと貪るように掻き込み続けていた。完全なる夢中の空間。


そして、その店内で美味そうに飯を食う民たちの晴れやかな笑顔、そして溢れ出る極上の香りを外から目撃したことで、街道に並んでいた列の後ろの絶対数は、さらに波紋のように倍加して膨れ上がり続けていた。


ヴァレリアが、カウンターの真ん中で頭を両手で抱えながら、悲鳴に近い声を上げた。

「ちょっと、クル! 人数がさらに増えているわよ!」

「店内で美味そうに食っている連中の姿を見て、街道を通るだけの予定だった一般の商隊の連中までが、大慌てで荷馬車を止めて列に並び始めちゃったわ!」


ティグリスが、その光景を横から眺めながら、口元を不敵に釣り上げて愉快そうに笑った。

「がははは! まるで美味い餌の匂いに釣られて、一斉に移動を開始した野生の獣の巨大な群れのようじゃないか。人間の本能の動きは、本当に分かりやすくて面白いね!」


昼過ぎ。

広大な料理屋の店内は、一席の隙間もないほどに完全に満席の状態に達していた。

外の敷地まで人間が溢れ返り、用意していた椅子の絶対数は完全に不足している。普通であれば、待ち時間の長さに怒り狂った荒くれ者たちが理不尽な暴動や喧嘩を引き起こす最悪の戦況。

しかし、ここの空間においては、不満の怒声はただの一声も湧き上がってはこなかった。

なぜなら、換気窓から漂ってくる飯の香りの質量があまりにも強烈すぎて、彼らの心の中にある「美味い飯への圧倒的な期待感」が、些細な焦燥の感情を一瞬にして完璧に圧し戻して支配していたからだ。


クルザードは大鍋を滑らかに混ぜ合わせながら、自らの明るい瞳で、店内のあちこちに出来上がりつつある新しい「人の流れ」の全体を、静かに、しかし冷徹に観察していた。


ある席では、普段であれば刃物を交えて殺し合うはずの異なるパーティの冒険者同士が、温かいスープを分け合いながら、迷宮の深層に関する貴重な情報交換を驚くほど穏やかに行っている。

またある席では、大手の商会の主と地方の零細商人が、発酵パンを齧りながら、今後の新しい流通ルートに関する実利的な商談を澱みなく進めている。

またある別の席では、街の澱みに見捨てられていた高名な職人が、薬師のジェシカを相手に、この崖の上の集落への本格的な「移住の相談」を真剣な目で持ちかけている。

そして中央の席では、栄養状態の改善された小さな子供たちが、白いパンを美味しそうに頬張りながら、心からの温かい笑顔を浮かべて笑っていた。


空間の空気が、これまでのアルフェイドのどこよりも根本から劇的に違っていた。

ただの美味い飯という、世界で最も揺るぎない絶対的な合理の軸。それが中心にあるだけで、バラバラだった人間の力が一本の美しい線として繋がり、新しい社会のコミュニティの場が、ここに勝手に形成されつつあったのだ。


「……なるほどな。世界の歯車というのは、こういう手順で回るわけか」

クルザードが、木べらを動かしながら静かにその本質を呟いた。


ドミニクが、空になった木椀を回収しながら不思議そうに聞き返した。

「ん? 何を一人で納得しているのよ、クル」


「簡単な話さ、ドミニク。人間という生物はね、他者からの強硬な武力や脅迫などなくとも、美味い『飯』がある場所には、自然とその足を止めて長く残るものだからね」


「え?」


「どこよりも圧倒的に美味い飯がある」

「いかなる理不尽な暴力からも完璧に守られた、絶対の安全がある」

「そして、冷え切った肉体を芯から温める、最高の温かい場所がある」

「ただそれだけの当たり前の快適さをここに整えておくだけで、人間は古い街の不条理を置き去りにして、自らの意思でこの場所に長く定住しようとするのさ。これがすべての基盤さ」


ヴァレリアが、カウンターの奥から口元を不敵にニヤリと釣り上げながら、彼に向けて素晴らしい笑みを浮かべた。

「ええ、完璧にその通りよ、お前。それこそが、いかなる強大な帝国であっても最初に構築すべき『国家の最も根源的な基本』そのものよ」

「兵を無理に徴兵して剣を振るわせるよりもね、お前のこの大鍋の飯一つの方が、人間の本能を芯から縛り付ける力としては、数百倍は強力で最強に強いわよ」


日の傾き始めた午後。

料理屋の入り口の扉を静かに開けて、一人の異質な存在感を持つ男が、彼らの店内の空間へと足を踏み入れてきた。

纏っているのは、一目で最高級の絹で作られているのが分かる、豪華な刺繍の施された衣服。

その分厚い指先には、希少な魔石があしらわれた高価そうな金の指輪がいくつも鈍い光を放っている。

背後には、いかにも腕の立ちそうな重装備の護衛を数人従えており、その男の佇まいは、アルフェイドの街の経済の頂点に君臨する、大手商会の「商会長クラス」の大物の風格そのものだった。


男は店内に一歩足を踏み入れるなり、その鋭い商人の目で、内装の完璧な機能美、外にまで続く凄まじい行列の質量、そして民たちが恍惚の表情を浮かべて貪っている見たこともない至高の料理の数々を、冷徹に値踏みしていった。

そして、その価値の本質を完全に看破した瞬間、男の顔色は、驚愕と強欲な利権の色を孕んだものへと劇的に変化した。


「……なるほどな。街の底辺に流れていたあの常識外れの噂、どうやら一パーセントの誇張もない、完全なる『本物の革命』のようだな」


大商人のヴァレリアが、その男の接近を捉えるなり、一歩前へと滑らかな動作で踏み込み、自らの大商人の鋭い目を正面から向けて立ちはだかった。


「お珍しいお客様ね、大手の商会長様がこんな街の外れの料理屋に一体何の用かしら? 私たちの合理的な流れを邪魔するつもりなら、今すぐお引き取り願うけれど、実利的な『商談』をご希望かしら?」


「ああ、その通りだ、ヴァレリア。元大商会の君がここに居着いている理由も、今の一目で完全に理解できたよ」

男は金の指輪をはめた手を広げ、厨房の奥に立つクルザードに向けて、熱っぽく、しかし冷徹なビジネスの声を張り上げた。

「私はね、ここの店主であるあの青年に、一刻も早い正式な商業提携を申し出たいのさ。金ならいくらでも積む。ギルドの規定の十倍の予算を今すぐその場に用意してもいい」


「それで、一体私たちの持つどの資源の権利を買い取るつもりだい?」

ヴァレリアが尋ねる。


「全部だ。その見たこともない白い発酵パンの製法、純白の高純度な塩の精製ルート、そして人をこれほど狂わせるあの至高のスープの出汁の技術にいたるまで、そのすべての権利と流通のラインを、我が商会が完全に独占して王都へ向けて大規模に量産したいのさ。お前たちにとっても、これ以上の巨額の富を手にする機会は二度とないはずだぞ」


男は、自らの放った巨額の提示の前に、この貧しい元荷物持ちの青年が、一瞬にして色めき立って平伏するのを完全に確信していた。

しかし、厨房の奥で大鍋の火加減を調整していたクルザードは、その男の顔を見る風すらなく、ただ大きな木べらを滑らかに動かしたまま、ハキハキとした明晰な声で即答した。


「断る。君のその不条理な提案に応じるつもりは、一秒さえないよ」


大手の商会長の男は、完璧な拒絶の言葉を前にして、まるで時間が凍結したかのようにその場でカチリと完全に固まった。

「……は? 今、何と言った? 断る、だと……? 私が提示したこの金貨の質量が、その低い脳みそでは正確に計算できなかったのか?」


「計算なら、一瞬で完了しているさ。君のその提案はね、目先の金に目が眩んで組織の未来の全体の流れを中央から完全に破壊する、最も非効率で手戻りの多い最悪の大損だからね」

クルザードは木べらを止め、自らの明るい陽気な瞳を正面から男の強欲な目に向けて、冷徹に事実を告げた。


「現在の俺たちの生産ラインではね、王都の大規模な需要を満たすだけの絶対的な供給量が、未だ決定的に不足している」

「さらに、俺は自分の作ったこの至高の技術の数々を、一つの商会の強欲な利益のために『独占』させるつもりは、最初からただの一パーセントも持ち合わせてはいないからね」

「まずは、この崖の上の集落全体の基盤を完全に安定させること」

「手に入った資源の品質を最高値に維持し、集まった民への供給の流れを完璧に維持すること」

「そのすべての基礎の歯車が完璧に回り始めてからでなければ、外への流通ラインを急激に拡大させる行為は、全体のバランスを破綻させて自滅を招くだけの不効率な大損だからね。お引き取り願うよ」


商会長の男は、悔しそうにその頑強な歯をガチガチと激しく噛み締め、クルザードの姿を睨みつけた。

しかし、同時に彼は本能的に理解していた。

目の前にいるこの料理人の青年は、これまでの人生で出会ってきたどんな悪党や権力者とも、根本からすべてが違っている。目先の巨額の金銭や、理不尽な脅迫の力などでは、この男の脳内にある冷徹なまでの合理主義の数式を、一パーセントも動かすことは絶対に不可能なのだと。

だからこそ、敵に回せば最も危険で、味方にできればこれ以上なく強固な、絶対的な「主導権の強さ」がそこにはあった。


「……最高の、底の知れない男だな、お前は。その正確な名前を、最後に私に聞かせてもらおうか」


「クルザードさ。ただの、背中に大きな荷袋を背負った、陽気な資源の管理者だよ」


「……クルザード、か。その呼び名、私の商人の人生の記録に、最も深い危険の記号として完璧に刻み込んでおいてやるよ。必ず、また来るからな」


男はそう言葉を捨てると、背後の護衛たちを伴って、大慌てで料理屋の扉を叩きつけて去っていった。

ヴァレリアが、その男の去っていった背中を見つめながら、心底楽しそうな素晴らしい笑みを浮かべた。


「ははは! 見事な手際ね、クル! あの強欲な商会長が、お前のその一片の揺らぎもない合理的な一言の前に、完全にプライドを粉砕されて顔を青くして逃げ去っていったわ!」

「でもね、確実よ。あの男、ここの持つ本当の価値に完全に骨の髄まで釣られているから、近いうちに必ず、さらに巨額の条件を積んで降伏の商談を持ちかけにここへ戻ってくるわよ」


「ああ、当然さ。彼らの流入もまた、俺たちの物流の規模を拡大させるための、ただの予定通りの合理的な流れの一部だからね」


「断って本当に良かったのかい? クル」

ドミニクが尋ねる。


「ああ、良かったさ、ドミニク。今の段階で外の強欲な利権にこの場所を売り渡してしまえば、組織の内部から澱みが生じて一瞬で完全に潰れるからね」

「急激な供給の拡大は品質の完全な崩壊を招き、未熟なうちに変革のラインを広げれば、既存の大きな商会に技術を簡単に模倣されて、俺たちの主導権の流れがすべて台無しになるからね」

「すべての事象にはね、最も無駄のない、正しい順番の発展の流れがあるのさ」


ヴァレリアは、彼のその非の打ち所がない完璧な大局の先を見据えた言葉を聞くと、満足そうにその美しい首を深く縦に振った。

「ええ、完璧にその通りよ、お前。基礎の防壁を徹底的に固めてから、外へと富を流し出す。資源の管理者として、本当にお前という男は、何もかもを最初から完璧に分かって動いているわね」


夕方。

料理屋の前の長い列の質量は、茜色に染まる海風が吹き荒れる時間になっても、未だに途切れる気配すら見せてはいなかった。

通常の人間がこれだけの重労働を日の出前から延々と続ければ、肉体も精神も限界を迎えて疲弊し、最悪の疲労に喘ぐのが世界の常識だ。

しかし――厨房の真ん中に立ち、手を動かし続けるクルザードの佇まいには、疲労の色など微塵も浮かんでいなかった。

それどころか、彼の胸の内には、これまでにないほどの瑞々しい活力と、心地よい最高の充足感が満ちあふれていた。


目の前で、自分が作った飯を、無数の民たちが本当に美味そうに胃袋へと掻き込んでいる。

傷だらけだった冒険者たちが、温かいスープを飲んで晴れやかな笑顔を浮かべている。

そして、去り際に向き直り、「明日も必ず、この場所に帰ってくるからな!」と、確固たる信頼の言葉を当然のように残していく。

その澱みのない美しい人間の心理の流れのすべてが、彼の持つ鑑定の数値を通じて、完璧に一本の線として繋がって理解できた。

普通なら疲れるはずのその作業が、今の彼にとっては、世界のすべての不効率を駆逐していくための、最も最高の合理的な駆動のプロセスそのものであったのだ。


閉店の夜。

料理屋の頑強な扉が静かに閉じられると、最前線で魚の解体を担当し続けていたティグリスが、店内の木製の椅子の上にその高身長の身体をどさりと豪快に投げ出して倒れ込んだ。


「はぁぁ……つ、疲れたぁ……。いくら何でも、今日処理した海魚の絶対量、私の戦士としての生涯の戦闘駆動の回数を遥かに超えていたよ……」

その立派な虎耳が、疲労のあまりに力なくぐったりと横へと伏せられている。


ドミニクもまた、配膳のカウンターの床の上にぐったりと座り込んで息を吐き出した。

「あはは、本当に足の全細胞の感覚が完全に死んで消え去りそうだわ……。朝から晩まで、一秒も立ち止まる隙がなかったわね……」


最高腕のガルドは、自慢の特注のドワーフの酒を豪快に喉へと流し込みながら、崖の上全体に響き渡るような豪快な大笑いを炸裂させた。

「がははは! 認めざるを得ねぇな、小僧! ダンジョンの深層でトロールやオーガの首を斬り落としていたあの最前線の戦場よりもな、お前のこの厨房の真ん中で火を操って飯を配り続ける一日の方が、何倍も肉体が激しく疲弊して心地いいぜ!」


クルザードはその彼らの賑やかな笑声を聞き流しながら、カウンターの上に広げられたヴァレリアのぶ厚い帳簿の数値を、冷徹な目で見つめていた。

ヴァレリアが自慢の羽ペンを置き、彼の真横からその顔を覗き込みながら素晴らしい笑みを浮かべた。


「どう? クル。今日の私たちの記念すべき最初の『料理屋としての駆動効率』の計算の結果は?」


「完璧な、圧倒的な黒字の数値さ。一パーセントの無駄な赤字も出さずに、全ての資源の回収の流れが適正値を超えて完了しているよ。当然の結果さ」


「はは、さすがはお前ね。それで、資源の管理者として、お前の目には次なる段階のどんな『問題点』のデータが見えているのかしら?」


クルザードは帳簿の数字から視線を外し、窓の外の広大な暗闇の地形へと、その明るい瞳を向けた。

彼の頭脳の中では、今日の爆発的な人口の流入を経て、次なる巨大な不効率のボトルネックの数値が、最初から完璧に一本の線として繋がって弾き出されていた。


「深刻な人手不足」

「消費される食材の絶対的な供給ルートの不足」

「集まった民を全員座らせるための、店内の座席の不足」

「遠方から押し寄せてきた商隊の馬車を通すための、道路の舗装幅の不足」

「そして、飯を食い終わった人間たちが、夜の寒さを凌いで安全に眠るための『宿屋の設備』の絶対的な不足」

「さらに、これらの大量の物資を長距離交易で外へと一気に流し出すための、強固な『港の設備』の建築」

「そしてそれらを劣化させずに維持するための、超大型の『冷却保存庫の追加』にいたるまでね」

「やるべき仕事の工程が、これまでにないほどに大量に溜まっている。非常に合理的で、素晴らしい流れさ」


ヴァレリアが、そのあまりにも一歩先を行く、一介の料理屋の主の次元を一瞬で置き去りにして「一国の大都市の建国計画」を大真面目に弾き出し続けるその圧倒的な思考を聞くや否や、堪えきれずにその美しいお腹を抱えて、崖の上全体に響き渡るような凄まじい大声を上げて激しく笑い出した。


「はははは! 面白すぎるわよ、お前、本当に! ただの料理屋を開いた最初の日の夜にね、もうこの場所の全体を『巨大な一大交易都市』へと変貌させるための都市計画を、平然と真顔でまくしたてるなんて、普通そこまで考えるわけがないじゃない!」


「考えるさ、ヴァレリア。俺たちはただの飯屋を開いたんじゃないからね。最初から、この最果ての地のすべての不効率な澱みを駆逐して、世界で最も生きやすい最強の国を築き上げるための、完璧な一手を動かしているだけだからね」


「……あはは、まぁね。お前のその一片の迷いもない最高の判断、どこまでも付き合って形にしてあげるわよ!」


ヴァレリアが最高の利益と信頼を確信した笑みを浮かべ、ティグリスもまた口元を不敵に釣り上げて、その黄色い瞳を嬉しそうに細めた。

ドミニクが、新しく仕込まれた大鍋の熱々の具沢山スープを、働くみんなの木椀へと一分の澱みもない手際で滑らかによそっていく。


料理屋の換気窓の外からは、未だに香ばしい燻製と鍋の放つ、豊かな白い湯気が、冬の冷たい夜空に向けて静かに、しかしどこまでも高く真っ直ぐに昇り続けていた。

その香りは、海風に乗って最果ての海岸線からアルフェイドの全域へと広く流れ、それを辿るようにして、今夜も暗闇の街道の向こう側から、無数の新しい旅人や職人、冒険者たちが、自らの意思で怒涛の勢いでここへ向けて流れてきていた。


彼らが夜の寒さの中で交わす、無数の会話の噂。

「なぁ、あの海沿いに出来た、あの新しいやばい料理屋の噂は本当なのか?」

「ああ、確実だ。冬の極寒の時期であっても、腹一杯の温かい最高に美味い魚のスープが食えるぞ」

「あそこに行けば、どんな致命的な怪我であっても綺麗に治るし、あの天国のようなお風呂まであるらしい」

「あそこの飯を一度口にしてみなさい、これまでの自分の生き方の概念が、一瞬で根本からすべて変わってしまうわ……」


噂は波紋のように広がり、そして――人は必ず、より生きやすい場所へと自然に流れる。


クルザードは夜の静寂が戻った厨房の中で、一人、使用した巨大な石鍋の表面を、滑らかな熟練の手際で淡々と洗い流していた。

ザァ、ザァと響く、流体の静かな水音。

空間に残る、最高の発酵パンと火の残り香。

肉体を引き締める心地よい疲労。

そのすべての現象の真ん中に立ちながら、彼の瞳の奥では、鑑定の無機質なデータが、次なる時代の更新の記号を整然と弾き出し続けていた。


『環境:集落全体の人口増加率:最高値を更新中』

『状態:独自の物流システム、および新しい経済の動線が中央から完全に形成開始』

『効果:美味い飯の安定確保に伴い、人間の定住率が通常値の数百%へと跳ね上がりを記録』

『結論:これまでの古い社会の利権を完全に置き去りにして、大規模な『都市化』への初期駆動段階へと完全に突入を確認』


クルザードは掌の水滴を滑らかに払い落とすと、揺れる赤い暖炉の火を見つめながら、口元に不敵な笑みを浮かべて小さく呟いた。


「はは、みんな大げさだな。俺たちは未だ、ただの小さな始まりの料理屋を開いたばかりだというのにね」


なのに――世界のすべての不効率を駆逐するための物と人の流れは、もう彼のその手元へと向けて、爆発的な勢いで美しく変わり始めていた。

真に強固な最強の国家。それは、力任せに敵を脅迫する城から生まれるのではない。

そこに集まったすべての人間が、「心からこの場所で生きたい」と願った、そのたった一つの温かい飯の行列の真ん中からこそ、新しく始まるのだ。


冬の最果ての海岸線は、肌を刺すようにどこまでも寒く、冷酷だった。

それでも。

新設されたこの巨大な料理屋の暖かな光の周囲だけは、世界中のどの大都市よりも圧倒的に合理的で、人間の心からの温かい笑顔と、明日への確実な希望の活気が、完璧な速度で力強く駆動し続けていた。






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