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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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18/46

18:海藻

出汁革命。


朝。

大海原から吹き付ける海風は、肌を刺すようにどこまでも冷たかった。

白く砕ける波の音が絶えず周囲に重低音を響かせ、凍てつく砂浜を濡らし続けている。

そんな過酷な冬の海岸線に、クルザードたちは自らの手で一つの強固な「簡易拠点」を完全に構築していた。


周辺から隆起させた頑強な木材。

地脈を組み替えて美しく積み上げられた石の壁。

それらを一瞬で結合させる、完璧な土属性魔法。

さらに、熱を完全に遮断して鮮度を維持するための、精密な氷属性魔法。

そして、質量と移動コストを完全に無視して物資を出し入れする、あの規格外の「アイテムボックス」。

それらすべての歯車がクルザードの計算通りに噛み合わさった結果、その集落の建築速度は、世界の常識を遥かに超越して異常極まりない領域に達していた。


「……はぁ。昨日までただの不毛な砂浜だった場所に、もう立派な小屋が三棟も並んでいるわね。お前が手を動かすと、本当に一瞬でただの平地が『家』に変わっちゃうわね」


金髪のドミニクが、完成した拠点の佇まいを見上げながら、心底呆れたような、しかし深い信頼の入り混じった快活な笑みを漏らした。


最高腕のドワーフ鍛冶師ガルドが、灰色の立派な髭を揺らしながら、豪快に笑声を上げた。

「がははは! 通常の人間の一流の職人を何十人も集めたところでな、これだけの防壁を築くには最低でも十日はかかるのが常識の数式だぜ」

「だが、この小僧が中心に立って流れを決めると、たったの半日で一国の前線基地並みの拠点が勝手に完成しちまうんだからな。驚きを通り越して笑えてくるぜ!」


クルザードは口元に明るく快活な笑みを浮かべ、仕入れたばかりの物資の木箱を滑らかな手際で整然と並べながら、広大な海を見つめていた。

水揚げされたばかりの新鮮な魚。

無限に精製可能な純白の塩。

そして、圧倒的な栄養価を誇る海蛇の資源。

ここ数日の遠征における収穫は、どれをとっても世界をひっくり返すだけの凄まじい価値に満ちあふれていた。


だが――資源の管理者としての彼の頭脳は、まだこれで全てが終わったわけではないと、冷徹に判断していた。

このどこまでも広がる大海のシステムには、未だ人間の誰も気づいていない、さらに巨大な未知の富が完全に眠っている。彼の脳の芯には、そのような確固たる未来への予兆がはっきりと刻まれていた。


瞳の奥で、静かに「鑑定」のシステムが駆動する。

ここ最近の目まぐるしい肉体の進化を経て、クルザードは押し寄せる膨大なデータの奔流にただ押し潰されるだけの、かつての無力な存在では完全になくなっていた。入ってくる情報のすべてに、明確な「状況の看破としての意味」を見出し、完璧にコントロールする術を身につけていた。

不要な物理数値を雑音として脳内で即座に切り捨て、目の前にある資源の最も正しい価値の数値だけを、鋭く拾い上げる。


彼はハキハキとした足取りで波打ち際へと近づき、冷たい海水に足を浸しながら、おもむろに床の泥の中にしゃがみ込んだ。

彼の視線の先、引き波の泡の向こう側に、不気味に黒くうねる大量の「海の草」が、独特の強いぬめりを帯びてびっしりと漂っていた。


ドミニクがその様子を覗き込み、少し不思議そうに美しい顔をしかめた。

「クル、今度は一体何を見つめているの? それって、ただの波に打ち上げられた汚いゴミの山じゃない?」


「いいや、違うよ、ドミニク。ゴミではなく、海の生態系が育んだ最高の至高の資源さ」


クルザードがその黒い草組織に素手を触れさせた瞬間、脳内へ直接、整然とした鑑定のデータが流れ込んできた。


『対象:海洋藻類(海藻)。成分:高濃度の必須ミネラル、およびヨウ素を高比率で検出』

『状態:徹底した乾燥処理を施すことで、細胞を破壊せず長期間の常温保存が完全に可能』

『効果:内部に極めて過剰な『グルタミン酸(旨味成分)』を含有。熱水の抽出効率:極大』

『結論:肉や魚の消費コストを極限まで削減しながら、飯の格を天上のものへと引き上げる、最高の『出汁素材』と判明』


クルザードの動きが、ほんの一瞬だけ、驚きのあまりに静かに止まった。


「……素晴らしいね。完璧な、最上の当たりさ」


「また、当たりなの!?」

ティグリスが長槍を肩に担ぎ直しながら、その黄色い瞳を輝かせて気さくに笑い出した。

「お前が手をかざすと、この広大な海に転がっているすべての泥や草が、一瞬で極上の富に化けていくじゃないか。本当に底の知れない男だよ」


「資源はただ、正しい使い道の工程を知っているかどうか、それだけだからね」

クルザードは口元に不敵な笑みを浮かべたまま、その黒い海藻の繊維を滑らかな手際で大量に持ち上げた。

空間に広がる、濃厚で瑞々しい磯の香りと、精製された塩の匂い。

しかし、彼の頭脳はその奥深くにある、生物の味覚を根底から支配する圧倒的な「旨味の核」を、完全に数値として看破していた。


「これはね、そのまま食べるのではなく、正しい熱の流れで処理を施すことで、極上の食材に化けるのさ」


「本当に、そんなただの海の草が、人間の胃袋を豊かに満たせるのかい?」

エルフの薬師ジェシカが、植物の構造を鋭く感知する目でその海藻を見つめながら、僅かに疑わしそうな声を漏らした。

「長命種の古い薬草学の記録にもね、海の雑草を日常の食事に取り入れたなんて記述はどこにもないわよ。ただの苦くて硬い繊維の塊にしか見えないけれど」


「はは、これまでの人間は、ただ熱を入れる手順の温度管理を誤って大損を出していただけさ。今から俺の拠点で、最も正しい最高効率の抽出の手順を見せてあげるよ」


クルザードはハキハキとした口調で言うと、摘み上げた海藻をアイテムボックスへ収め、一分の手戻りもなく新設された小屋の調理場へと戻っていった。


彼は魔法で生成した巨大な石鍋に、最上の地下水をなみなみと湛え、そこに乾燥を施した海藻の組織を静かに投入した。

そして、真下の石窯の火力を、体内の火属性の魔力によって「極めて微弱な一定値」へと精密にコントロールし始めた。

熱水が、海藻の繊維の隙間へと滑らかに浸透していく。

絶対に、スープの表面をグラグラと激しく沸騰させてはならない。それは、彼の頭脳の中に宿る、最も美しい成分の溶解プロセスの計算が弾き出した、厳格なルールであった。


熱の対流。

一定の温度維持。

そして、内部の旨味成分だけの完璧な抽出。


しばらくすると、石鍋の中から、これまでのアルフェイドのどの料理とも根本から格の異なる、信じられないほどに深く、瑞々しい至高の香気が、白い湯気と共に一気に溢れ出してきた。


その場にいた全員の肉体が、一瞬にして電撃に打たれたようにピタリと動きを止めた。


「……ちょっと、待って。何よ、これ。一体、何が起きているの……?」

ドミニクが、その初めて嗅ぐ胸の奥を締め付けられるような優しい香りに、驚愕のあまりその丸い目を限界まで見開いた。

「匂いの深みが、昨日までの魔物の肉の脂とは完全に別次元だわ。嗅いでいるだけで、身体の力が綺麗に抜けていくみたい……!」


最前線の戦士であるティグリスもまた、その立派な虎耳を小刻みに震わせながら、驚きを隠せない声で鼻を動かした。

「ああ、間違いない。肉や魚を煮込んでいるわけじゃないのに、どうしてこれほどまでに濃厚で、脳を直接揺さぶるような甘やかな香りが、水の中から湧き上がってくるんだい?」


ドワーフのガルドが、石鍋の内部をじっと覗き込みながら、蕩けるような最高の笑顔を浮かべた。

「がははは! こいつはたまらねぇな、小僧! 酒の肴のベースとしては、世界最高峰の推進力を持つ極上の匂いだぜ!」


クルザードは表情一つ変えないまま、その透き通った黄金色の熱水の中に、不純物のない自前の精製海塩を僅かに揉み込み、さらに昨日乾燥させておいた海魚の骨の粉末を、最適なタイミングで少量だけ投入した。

そして、完璧な流れを伴って完成したそのスープを、全員の木椀へと均等に振り分けて注ぎ込んだ。


「能書きよりも、まずは口に運ぶといい。冷めないうちに全細胞に流し込むのが、最も正しい判断だからね。さあ、飲んでくれ」


ドミニクが、温かい木椀を両手で包み込みながら、その黄金色のスープを恐る恐る口へと運んだ。

そして――彼女の身体は、完全にその場で硬直した。


「…………」

短い、張り詰めた沈黙。

「……え? 待って、本当に何これ……意味が分からないくらいに、美味しい……」


エルフの薬師ジェシカもまた、気品のある動作でそのスープを一口含んだ瞬間、驚愕のあまりその美しい目を見開いた。

「……なんて、優しいのかしら。なのに、口に含んだ瞬間に、肉体の全神経が震えるほどの圧倒的な『深み』が、胃袋の底へと滑らかに落ちていくわ。お前、一体どういう魔法を水の中に込めたんだい?」


クルザードは自らの椀を傾けながら、口元に明るく快活な笑みを浮かべ、当然の事実を告げるように、ハキハキとした声で答えた。


「魔法なんかじゃないさ。資源の内部に含まれる『出汁だし』の本質を引き出しただけだよ」


「だし、だと? 聞き慣れない言葉ね。それは一体どういう因果関係なの?」

ヴァレリアが尋ねる。


「簡単に言えば、食材が持つ根源的な『旨味』の成分だけを、熱の管理によって最も純粋な状態で抽出した、最強の液体さ。これがあれば、高い肉や希少な野菜の絶対量が少なくても、飯の格を何倍にも引き上げることができるのさ。すべてはただの、合理的な調理の手順さ」


全員が、未だにその論理的な構造のすべてを完全には理解しきれていない顔をしていた。

しかし、自らの肉体が、この黄金色の液体を全細胞で激しく欲し、心底美味いと歓喜しているその厳然たる事実だけは、100%完璧に理解していた。


ティグリスが温かい椀を大切そうに抱え込みながら、心底ほっとしたような深い息を吐き出した。

「……不思議だね、お前。これを一口飲むだけで、過酷な探索で張り詰めていた戦士としての緊張が、信じられないほどの深い安心感に包まれて、体中が芯から温まっていくよ。胃袋に、どこまでも優しいな」


クルザードは、木箱の上に残された黒い海藻の繊維を静かに見つめながら、己の頭脳の中で次なる社会の変革の歯車を完璧に繋ぎ合わせていた。


この、出汁という概念の確立。

それは、彼が目指す物流都市の基盤において、完全なる「回復とコストの革命」を意味していた。

肉や魚といった高価な物資を無駄に大量に消費せずとも、この安価な海藻から取った最高の出汁のベースがあるだけで、いかなる粗末な食事であっても、一瞬にして最高値の栄養と満足度を誇る至高の飯へと変化させることができる。

資源の維持コストが劇的に下がる。

保存が利く。

常温での輸送が完全に可能になる。

つまり――これがあれば、どんなに貧しい最果ての地方の村であっても、毎日の食事の質を根本から劇的に変え、無駄な飢えの流れを完全にゼロに抑え込めるのだ。


「……お前、本当に底の知れない恐ろしい男ね」

大商人のヴァレリアが、スープの最後の一滴を飲み干すと、一人の商人の冷徹な目をクルザードに向けて深く呟いた。


「何が恐ろしいんだい、ヴァレリア。俺はただ、不効率な食糧難を排除するための最善の手順を踏んでいるだけさ」


「そこが一番恐ろしいと言っているのよ、バカザル。お前が今平然とやってのけたその出汁の確立ね、一商会の利益なんてレベルを遥かに置き去りにして、社会全体の『飯のコストの概念』そのものを中央から完全に破壊して死なせるわよ」


商人の本能が、彼女の言葉を熱っぽくまくしたてさせた。

「これほどの代物、海に行けば無限にタダ同然で生い茂っているんでしょう?」

「乾燥させれば、何の手戻りもなく長期間の常温保存が完全に可能」

「しかも水分が抜けているから、重量はこれまでの物資の百分の一以下、驚くほどに軽い」

ヴァレリアは、最高の利益と時代の変革を確信した素晴らしい笑みを浮かべた。

「終わったわね。王都の特権階級たちが暴利を貪っていた、あの気取った高級スープの歴史は。明日からお前のこの一枚の海藻によって、文字通り一瞬で完全に崩壊して死ぬわよ!」


クルザードは口元に不敵な笑みを浮かべた。

「無駄な特権にしがみつく古い澱みは、早いうちに排除されるのが最も合理的だからね」


その日の夜。

海岸線の拠点の調理場では、彼が手に入れたすべての海洋資源を完璧に応用した、最高峰の「特製魚鍋」が煮え滾っていた。

昼間に完成したばかりの、あの至高の海藻出汁のベース。

不純物のない自前の精製海塩。

獲れたての一番新鮮な海魚のフワフワとした身。

そして、道中で仕入れた少量の山の野菜。

具材の構成自体は極めてシンプルであった。しかし、そこから立ち上る白い湯気、そして空間を満たす旨味の香りの質量は、これまでの料理とは完全に一線を画していた。


集まった無数の人間たちが、完全に無言のまま、ただひたすらに大鍋の周りで夢中になって椀を掻き込み続けていた。


「……あぁ、本当に何て言うか、これは本気で反則的な美味しさだわ……」

ドミニクが、スープの深いコクに肉体を震わせながら、感動の声を漏らした。

「出汁のおかげで、お魚本来の持つ旨味が何倍にも膨れ上がっているわ。身体が、全細胞が喜んでいるのが分かるのよ」


虎獣人のティグリスにいたっては、あまりの美味さに我を忘れたのか、巨大な石鍋の全体をその肉厚な両腕で丸ごと抱え込み、独占せんばかりの勢いで貪り食い始めていた。

「おい、やめろ、ティグリス! 拠点の全体の物資を一人で独占するのは明確な非効率だぞ!」

ステファンが大慌てで彼女を引き離そうとする。

「無理だよ、ステファン! このスープの魔力的な美味さの前に、私の戦士としての自制心は完全に一パーセントも機能していないのさ!」


最高腕のガルドもまた、自慢のドワーフの酒を豪快に喉へと流し込みながら、崖の上全体に響き渡るような豪快な大笑いを炸裂させた。

「がははは! 真冬の海までこの小僧の『判断』を信じて付いてきて、本当に大正解だったぜ! これほどの極楽、一生かかっても味わえねぇ代物だ!」


エルフの薬師ジェシカは、木椀を両手で包み込みながら、一人の医療の専門家としての確固たる事実を静かに口にした。

「内部に含まれる必須ミネラルやヨウ素の栄養価が極めて過剰ね。これを村の全員に日常的に補給させなさい」

「肉体の代謝機能が劇的に向上し、冬の間の免疫力が跳ね上がって、地方の民を苦しめていたあの慢性的な不足病の発症率を、完全にゼロに抑え込めるわ。街全体の生存の数値が劇的に増加するわよ」


クルザードの頭脳の中で、彼女たちの言葉が次々と明確なデータの更新として繋がっていく。


『事象:海藻出汁の日常的な摂取による、集団の免疫環境の劇的な改善を予測』

『効果:冬季における無駄な病死の排除、寿命の数値の増加、それに伴う爆発的な人口の増加』

『結論:この出汁のシステムを社会全体へ振り分けることこそが、自らの国をどこよりも強固にするための最強の鍵』


理解する。また一つ、世界の不効率な澱みを消し去り、自らの国をどこよりも強固にするための、絶対的な歯車の繋ぎ目が完成した。


次の日の朝。

海岸線の拠点では、回収された大量の海藻の山を最も正しい手順で加工するための、大規模な量産体制の構築が、クルザードの完璧な差配のもとで一分の手戻りもなく開始されていた。

全員が自らの才能を最も発揮できる役割へと自然に「振り分け」られ、一秒の無駄もない見事な組織の流れが駆動していく。


圧倒的な怪力とスタミナを活かし、波打ち際から大量の海藻を最高速度で陸へと運び込み続けるティグリス。

新設された巨大な石枠を滑らかに組み立て、海藻を均等に天日干しにするための最高の乾燥棚を量産していくステファン。

長年の木工と金属の知識を活かし、風の通りを最適に制御するための通気用の木枠を精密に加工していくガルド。

乾燥中の海藻の細胞維持状態を厳しい目で検査し、不純物の混入やカビの発生を完璧に排除するジェシカ。

そして、手に入ったすべての出汁素材の物流量を冷徹に計算し、帳簿の数字を更新していくヴァレリア。


「ねぇ、クル。この新しく完成した至高の出汁素材、市場に流通させるにあたって、まずは確実な『商品名』の選定が必要だわ」

ヴァレリアが羽ペンを走らせながら、一人の大商人の目で尋ねた。


「商品名? そんな不確実な記号よりも、ただの『海草』としてそのまま流通させるのが最も簡潔で合理的だがね」


「ダサいわよ、お前! それじゃあ価値の本質が商人に伝わらないじゃない!」

ヴァレリアが即座に鋭いツッコミを返した。

「売るからにはもっとこう、中央の貴族たちから金をふんだくってやれるような、最高級のブランド感を持った名前が必要なのよ」


「それなら、見た目の通りに『黒海草』とするのはどうだい」


「不味そうよ、却下! 誰の食欲もそそらないわ!」


「……ならば、潮の香りを孕んだ葉という意味で『潮葉しおは』とするのは?」


「薬草の一種と勘違いされて、市場の動線が濁るわね。これじゃあ駄目よ」


「……ならば、旨味が詰まった布のような形だから『うま』とするのはどうだい」


「……絶妙に、人間の腹を立たせるふざけた名前ね。お前、本当にそういうネーミングのセンスに関しては、本気で一パーセントの才能も宿していないのね!」


ヴァレリアの呆れ果てた突っ込みに、ドミニクやステファンたち全員が、一斉に盛大な大声を上げて吹き出した。

クルザードは口元に気さくな笑みを浮かべたまま、自らの作業の手を止めることはしなかった。

最近になって、自らの拠点の真ん中で、このような賑やかで温かい時間が流れることが、劇的に増えていた。

生まれて初めてだった。

自分の脳を散々苦しめてきたあの過剰なデータや力が、明確に信頼できる仲間たちの役割を動かし、彼らの笑顔を守るための確固たる鍵となっているのは。

ここはまだ、世界から見れば小さな海岸線の拠点に過ぎない。

しかし――ここにはもう、世界中のどの大都市よりも合理的で、一分の不条理も存在しない、最高に美しい人間の「居場所」が、完璧な流れを伴って出来上がりつつあった。


昼過ぎ。

拠点の敷地の外側、未舗装の街道の向こう側から、ガタガタと重量感のある音を立てて、一台の古い荷馬車がこちらに向けてゆっくりと近づいてきた。

現れたのは、一人の地方の行商人であった。

纏っている衣服は泥と潮風でボロボロに汚れ、連れている護衛の数も僅かに二人だけ。馬車自体の木枠も死にかけて歪んでおり、何より、その商人の男の顔は、長年の過酷な労働と飢えによって、土色に酷く痩せ細っていた。


ヴァレリアが、その馬車の佇まいを捉えるなり、一人の大商人の鋭い目を細めた。

「……あれは、王国の不条理な関税に追い詰められた、地方の零細商人ね。かなりジリ貧の全滅のラインに立たされているわ」


商人の男は、突如として砂浜の上に出現した、あの完璧な機能美を誇る三棟の美しい石造りの小屋、そしてそこに集まる規格外の人間たちの活気を目にした瞬間、驚愕のあまり手綱を引いたままその場に呆然と立ち尽くした。


「……おい、嘘だろ。何だ、ここは……。地図の上では、ここはただの化け物しか住まねぇはずの不毛な最果ての海岸線のはずだぞ……」

「それに、あの信じられないほどに大量の新鮮な魚の山は一体何なんだ……? 砂浜の奥で眩しく輝いている、あの純白の山は……まさか、本物の塩なのか……?」

「おまけに、あの見たこともない黒い海の草を、これほどまでに整然と並べて何をしているんだ、ここの連中は……」


男は、自分の商人の常識を根底から破壊する光景を前にして、ただ震えるしかなかった。

クルザードはその混乱する男の傍らへと滑らかに歩み寄ると、口元に明るく快活な笑みを浮かべ、気さくなトーンで声をかけた。

彼の調理場では、ちょうど大鍋の最高の海藻出汁を含んだ、熱々の焼き魚のスープが出来上がった瞬間だった。


商人の男のお腹の底から、盛大で情けないお腹の音が、波の音を掻き消すほどに響き渡った。


ティグリスがその音を聞くや否や、口元を不敵に釣り上げて笑った。

「がははは! また物凄いタイミングで健全な悲鳴が響いたね! おい、そこの痩せこけた商人、能書きはいいからまずはクルの飯を食うかい?」


数分後。

手渡された温かい木椀を握りしめながら、その地方の商人の男は、砂浜の上に膝をついてボロ、ボロと大粒の涙を流して号泣していた。


「う、美味ぇ……美味すぎるよ、何なんだよ、この温かい汁は……!」

「身体の芯から、物凄い魔力と活力が湧き上がってくるのが分かるぞ……!」

「それに、この魚の身……どうしてこれほどまでにフワフワで、嫌な泥臭さがただの一パーセントも残っていないんだよ……!」


クルザードは彼のその切実な姿を静かに見つめながら、ハキハキとした明晰な声で尋ねた。

「お前さんたちのいる地方の村では、日常の物流の中に、これほど栄養の高い海産資源は一パーセントも流通していないのかい?」


「流通なんて、できるわけがないだろ……!」

商人は、涙を拭うのも忘れて、貪るようにスープを掻き込みながら絶叫した。

「海の魚なんてな、水揚げされた瞬間に一瞬で腐る廃棄物だ! 運ぶための道路はボロボロに崩落しているし、遠くまで生きたまま運ぶための氷の技術もここにはない!」

「おまけに、物資を長期間維持するための精製された塩の価格は、中央の王侯貴族どもに不当に吊り上げられて法外な値段だ! 資源を保存する手順なんて、俺たち地方の貧しい民には、最初からどこにも残されていないのさ……!」


ヴァレリアが、その商人の男の言葉を聞きながら、静かにクルザードの真横へと並び、二人の目がピタリと正面から合わさった。

言葉を交わす必要は、一秒すらなかった。二人の脳細胞は、全く同じ未来の完璧な「判断」の流れを、完全に共有していたからだ。


物流の完全なる掌握。

一分の劣化も許さない、圧倒的な常温保存技術の確立。

そして、それらを支える、高純度な塩と至高の出汁素材の量産。

この3つの利点を完全に揃えたこの場所を押さえることこそが、既存の古い不条理な社会の利権を根底から木端微塵に叩き潰し、最強の富の流れを掌握するための、唯一の確実な王道なのだ。


「……よし、全ての計算は完了したよ、ヴァレリア」


「ええ、分かっているわ、クル。お前の次の一手の『判断』の流れ、完璧に私の商人の本能と噛み合っているわ」


「明日から、この最果ての海岸線に、大型の船を無限に行き来させるための強固な『港の設備』の建築を正式に開始するよ」


商人の男が、木椀を掲げたまま、開いた口が塞がらないといった顔でその場に完全に硬直した。

「……は? は、港だと……? 正気か、お前たち! こんな不毛な最果ての砂浜に、一国の大規模な港湾都市を築くっていうのか!?」


「ああ、当然さ。ここに魚を集め、無限の塩を精製し、至高の海藻出汁をシステム化して、アルフェイドの全域の底辺の民に向けて澱みなく流し出すからね」

クルザードは陽気に笑いながら、しかしよく通る明晰な声で言葉を続けた。

「物と人がこれだけ綺麗に循環する場所にはね、古い街の権力や不条理を置き去りにして、自然と世界中から新しい人間が集まってくるからね。ここはただの港ではなく、世界で最も生きやすい最強の『新しい都市』に化けるのさ」


ヴァレリアが、その非の打ち所がない壮大な大局観を聞くや否や、心底楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。

「ははは! 完全に始まったわね、お前の新時代の建国計画が。これほどの絶対的な合理の軸を見せつけられて、集まらない人間なんて世界に一人もいないわよ!」


最前線に立つティグリスもまた、大鍋のスープを美味そうに口に含みながら、嬉しそうにその黄色い瞳を細めた。

「がははは! また始まったね、クルのあの世界の構造を根底から変える最高の病気が! どこまでも付き合ってあげるよ、お前のその最高の判断の盾となってね!」


彼の一片の揺らぎもないその姿勢に、居合わせたメンバー全員が一斉に大声を上げて笑い、彼らの絆の歯車は、さらに強固に噛み合って回り始めていった。


夕方。

クルザードは一人、赤く燃え盛る水平線の彼方の海を見つめながら、砂浜の上に静かに腰を下ろしていた。

寄せては返す、雄大な波の躍動。

冷たい風。

そのすべての自然の現象の中に、鑑定のシステムが、次なる巨大な歴史の流れのデータを冷徹に弾き出し続けていた。


『環境:港湾都市の建設の開始を感知。海流の駆動効率:最高値』

『予測:船による交易ルートの開通に伴い、周辺諸国との富の循環が爆発的に増加』

『結論:美味しい飯、確実な医療、天国のお風呂、そして不純物のない塩と出汁。このすべての合理の軸を中心に据えることで、新たなる最強の『国家』の誕生が完全に確定』


まだ、自分たちの足元は小さい。

ここはただの最果ての海岸線であり、囲んでいるのも数人の臨時の遠征部隊、一つの小さな石鍋に過ぎない。

しかし――彼の手元には、これまで積み上げてきた確実な変革の鍵が、完璧な流れを伴ってすべて揃っていた。


純白の高純度な塩。

全細胞を満たす、海魚と海蛇の極上肉。

社会のコストを根底から破壊する、至高の海藻出汁。

黄金色に輝く、ふんわりとした白い発酵パン。

いかなる致命傷をも一瞬で修復する、確実な医療。

人間の肉体疲労を完璧に解きほぐす、天国のお風呂。

そして何より、それらすべての不条理を排除して最適に動かす、彼自身の一片の迷いもない「判断の軸」。


人間がこの場所に集まり、決して離れようとはしなくなる本当の理由は、極めて単純で揺るぎない。

ここが世界中のどの大都市よりも圧倒的に合理的で、生きやすいからだ。


「何を見つめているの? クル」


背後から、毛布を肩に羽織った金髪のドミニクが、滑らかな足取りで歩み寄ってきて、彼の真横へと静かに腰を下ろした。二人の距離は、驚くほどに近く、澱みがなかった。


「海さ。これからの、新しく生まれる物と人の流れを見つめていたのさ」


「それは、見れば分かるわよ。お前がその顔をした時は、いつも頭の中でとんでもないスケールの計算を行っているんだから」


「考えていたのさ。これからこの場所に、どれほど多くの新しい仲間たちが流れ込んでくるのかをね」


ドミニクは彼の横顔を見つめ、それから心底嬉しそうに、晴れやかな笑顔を浮かべて小さく笑った。

「もう、すでに溢れ返るほどに増えているじゃない。お前という男の真ん中にはね、いつも不思議なほどに温かい生活の匂いがあるからよ」


「獣人も、エルフも、ドワーフも、大商人も、熟練の冒険者も、貧しい孤児たちも、みんな自らの意思でここに集まって、一つの家を作っているわ。飯が、どこよりも腹一杯に美味く食えるからね」


「それだけじゃないさ、ドミニク。ここはただの飯屋ではなく、世界で最も生きやすく、誰もが無駄に死なない最強の『約束の居場所』に化けるからね。みんながここに残り続けるのは、極めて自然で合理的な結果さ」


「ええ、そうね。お前のその最高の居場所、私もどこまでも真横で一緒に見届けてあげるわ」


ドミニクは静かに笑い、二人はそのまま、揺れる赤い夕日の中に溶けていく大海原の威容を見つめ続けた。


遠くからは、静かに、そして雄大に波打つ冬の海の重低音が鳴り響いていた。

海風は肌を刺すようにどこまでも冷たく、世界は過酷な浅い冬の混沌の底に沈んでいた。

それでも。

この海岸線の簡易拠点に灯された、一つの巨大な焚き火の炎を囲む彼らの空間だけは、全く異なる世界の時間が、どこまでも暖かく、そして完璧な速度で力強く駆動していた。


美味い飯。

確実な救い。

そして、すべての才能を最高値に振り分けて動かす、一人の荷物持ちの「判断の軸」。

ただそれだけの、世界で最も揺るぎない絶対的な合理の軸を中心に据えることで――

澱んだアルフェイドの都市国家を根底から塗り替え、新たなる歴史の巨大な歯車を駆動させるための、最強の“国家の味”が、崖の上からこの海岸線にいたるまで、今、完璧な奔流となって美しく、そして確実に形作られようとしていた。






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