18:海藻
出汁革命。
朝。
海風が冷たい。
波の音が絶えず響く。
クルザードたちは海岸へ簡易拠点を作っていた。
木材。
石。
土魔法。
氷魔法。
そしてアイテムボックス。
建築速度がおかしい。
「……もう家じゃん」
ドミニクが呆れた。
昨日まで何もなかった場所に、小屋が三棟できている。
ガルドが笑った。
「普通は十日かかる」
「こいつがいると半日だ」
クルザードは木箱を並べながら海を見ていた。
魚。
塩。
海蛇。
全部収穫だった。
だが。
まだ終わっていない。
海にはもっとある。
そんな感覚があった。
鑑定。
最近は“意味”が見える。
以前みたいに情報に潰されない。
必要なもの。
重要なもの。
それが浮かぶ。
波打ち際へ近づく。
足元。
黒い草。
ぬめり。
ドミニクが顔をしかめた。
「なにこれ」
「ゴミ?」
「いや」
クルザードはしゃがみ込む。
海藻。
頭へ情報。
『高ミネラル』
『乾燥保存可能』
『旨味成分』
『出汁適性:極大』
止まる。
「……当たりだ」
「また?」
ティグリスが笑う。
「海全部当たりじゃねぇか」
クルザードは海藻を持ち上げた。
匂い。
磯。
塩。
でも。
奥にある。
何か。
「食える」
「本当に?」
ジェシカが疑う。
「草よ?」
「海の」
クルザードは小屋へ戻った。
鍋。
水。
海藻。
弱火。
静かに温める。
グツグツさせない。
まだ感覚。
でも。
頭の中で繋がる。
『旨味抽出』
『温度』
『成分溶解』
香りが変わる。
全員が止まった。
「……何これ」
ドミニクが目を丸くする。
「匂いが違う」
ティグリスも鼻を動かす。
「肉入れてねぇのに」
ガルドが鍋を覗き込んだ。
「酒飲みたくなる匂いだな」
クルザードは塩を少し。
干した魚を少量。
そして木椀へ注ぐ。
「飲め」
ドミニクが恐る恐る口をつける。
止まる。
「…………」
「え?」
「なにこれ」
ジェシカも飲む。
「……優しい」
「なのに深い」
「何で?」
クルザードは静かに頷いた。
「出汁」
「だし?」
「旨味」
全員が分かっていない顔をする。
でも。
美味いことだけは分かる。
ティグリスが椀を持ったまま呟く。
「これ飲むと落ち着く」
「身体が温まる」
「胃に優しい」
クルザードは海藻を見ていた。
理解する。
これ。
革命。
肉が少なくても美味くなる。
栄養。
保存。
コスト。
全部変わる。
つまり。
貧しい村でも飯が変わる。
「……やばいな」
ヴァレリアが真顔だった。
「何が?」
「飯のコスト壊れる」
商人の目。
「これ安いの?」
「海に大量」
「乾燥保存可能」
「しかも軽い」
ヴァレリアが笑う。
「終わった」
「何が」
「既存の高級スープ」
「全部死ぬ」
その日の夜。
クルザードは魚鍋を作った。
海藻出汁。
塩。
魚。
少量の野菜。
それだけ。
だが。
香りが違った。
湯気。
旨味。
全員が完全に無言になる。
ドミニクが震えた。
「……これ反則」
「魚がさらに美味い」
ティグリスが鍋を抱え込み始める。
「やめろ独占すんな」
「無理」
ガルドは酒を飲みながら笑う。
「海来て正解だったなぁ!」
ジェシカが静かに呟いた。
「栄養も高い」
「ミネラル豊富」
「不足病減るわ」
クルザードの頭へ流れる。
『栄養改善』
『寿命増加』
『免疫』
『子供成長率向上』
理解する。
また国が強くなる。
翌日。
海藻回収が始まった。
ティグリスが大量に運ぶ。
ステファンが乾燥棚を作る。
ガルドが木枠を加工。
ジェシカが保存試験。
ヴァレリアが帳簿を書く。
「商品名いるわね」
「商品名?」
「売るなら必要」
「海草でいいだろ」
「ダサい」
ヴァレリアが即答した。
「もっとこう……高級感」
「黒海草」
「不味そう」
「潮葉」
「薬っぽい」
「うま布」
「絶妙に腹立つ」
クルザードは少し笑った。
最近。
こういう時間が増えた。
悪くない。
村。
いや。
まだ拠点。
でも。
人が集まる場所になっている。
昼頃。
遠くから馬車が来た。
商人。
ボロい。
護衛少数。
痩せている。
ヴァレリアが目を細めた。
「地方商人ね」
男は海岸を見て驚いた。
「……何だここ」
「魚?」
「塩?」
「海藻?」
クルザードは魚を焼いていた。
商人の腹が鳴る。
ティグリスが笑った。
「食うか?」
数分後。
商人は泣いていた。
「う、美味ぇ……」
「なんだこの汁……」
「魚が……臭くない……」
クルザードは静かに聞く。
「海産物流通してないのか」
「無理だ……」
「腐る」
「遠い」
「塩高い」
「保存できねぇ」
ヴァレリアがクルザードを見る。
目が合う。
理解した。
同じことを考えている。
物流。
保存。
ここを押さえると強い。
「クル」
「分かってる」
「港作るぞ」
商人が止まる。
「……は?」
「港?」
「ここに?」
クルザードは真顔だった。
「魚運ぶ」
「塩運ぶ」
「海藻運ぶ」
「人も来る」
ヴァレリアが笑う。
「都市になるわね」
ティグリスが鍋を食べながら言う。
「また始まった」
でも。
誰も否定しない。
最近分かってきた。
クルザードの発想。
大体現実になる。
夕方。
クルザードは一人で海を見ていた。
波。
空。
風。
情報が流れる。
『漁場』
『海流』
『船』
『交易』
『国家』
まだ弱い。
今は小さい。
でも。
積み上がっている。
塩。
魚。
海藻。
出汁。
燻製。
パン。
風呂。
衛生。
全部。
人が生きやすくなる方向へ。
「何見てるの?」
ドミニクだった。
隣へ座る。
距離が近い。
「海」
「それは見れば分かる」
「考えてた」
「何を?」
クルザードは少し黙った。
「……人が増えるなって」
ドミニクが笑う。
「もう増えてるじゃん」
「まだ増える」
「獣人」
「エルフ」
「ドワーフ」
「商人」
「冒険者」
「子供」
「職人」
「皆来る」
「飯があるから?」
「それもある」
「生きやすい場所になる」
ドミニクは静かに笑った。
「いいじゃん」
「そういうの」
クルザードは海を見た。
昔は。
一人だった。
情報に潰されるだけ。
力も制御できない。
でも今は違う。
飯がある。
仲間がいる。
役割がある。
未来がある。
波の音が響く。
海風は冷たい。
だが。
その寒さすら悪くなかった。
焚き火の匂い。
魚の香り。
海藻出汁の湯気。
人の笑い声。
少しずつ。
確実に。
“国の味”が出来始めていた。




