17:海岸
魚介発見。
朝。
村の空気が少し騒がしかった。
パンの香り。
燻製肉。
鍋の湯気。
最近では朝から火が消えない。
人が増えたからだ。
獣人。
流れ者。
冒険者。
仕事を求める職人。
薬師。
孤児。
少し前まで空き家だった建物にも明かりが灯り始めている。
「また増えたな」
クルザードが木箱を持ちながら呟く。
ヴァレリアが帳簿を見ていた。
「三日で二十三人」
「多い」
「飯が美味い村って広まってる」
ドミニクが笑う。
「意味分かんない理由で人来るよね」
「理由としては十分だ」
クルザードは真顔だった。
「人間は飯が不味い場所に住まない」
ティグリスが吹き出した。
「間違ってねぇ」
最近。
クルザードは理解し始めていた。
強い国とは何か。
兵ではない。
城でもない。
住みたいかどうか。
それが重要。
冬を越せる。
腹が減らない。
風呂がある。
病気で死なない。
子供が育つ。
教育がある。
仕事がある。
つまり。
“離れない”。
それが国家になる。
「で?」
ヴァレリアが顔を上げる。
「今日どこ行くの?」
「海」
全員が止まった。
「海?」
「ここから二日だぞ」
ガルドが驚く。
「何しに行く」
「魚」
沈黙。
ティグリスが眉をひそめた。
「魚って川魚じゃなく?」
「海魚」
「食えるの?」
クルザードは少し考えた。
「多分めちゃくちゃ美味い」
「その“多分”怖ぇんだよなぁ……」
だが結局。
全員ついてきた。
理由。
飯。
最近の彼らは完全に胃袋を掴まれていた。
道中。
クルザードは周囲を見ていた。
街道。
荒れている。
馬車が通りづらい。
ぬかるみ。
崩れた橋。
「……物流死んでるな」
ヴァレリアが頷く。
「王都周辺以外こんなものよ」
「地方は放置」
「運べないから高騰」
「高騰するから貧困」
「貧困だから人が死ぬ」
クルザードは頭の中で繋がる感覚を覚えていた。
『道路』
『輸送』
『保存』
『流通』
『食料』
『国家』
全部繋がる。
戦争より先に。
物流。
そこが死ぬと国が死ぬ。
途中。
小さな村へ寄った。
痩せている。
子供の顔色が悪い。
保存食不足。
塩不足。
栄養不足。
見える。
鑑定。
情報。
以前は洪水だった。
今は違う。
必要なものが浮かぶ。
「……魚ないのか」
クルザードが村人へ聞く。
「魚?」
「海遠いしな」
「干物は高級品だ」
老人が苦笑した。
「王都の貴族しか食えん」
クルザードは静かに考える。
魚。
塩。
保存。
輸送。
もし成立したら。
人口が増える。
栄養が変わる。
病気が減る。
子供が育つ。
国家が強くなる。
単純だ。
「クル」
ドミニクが小声で言う。
「また変なこと考えてる顔」
「魚流通」
「ほら始まった」
海へ着いたのは夕方だった。
全員が止まる。
広い。
青い。
水平線。
波。
潮風。
「……すげぇ」
ティグリスが呟く。
獣人の耳が揺れる。
「初めて見た」
エルフのジェシカも静かだった。
「綺麗……」
クルザードは波打ち際へ行く。
水へ触れる。
『海水』
『塩分』
『魚群』
『甲殻類』
『貝類』
情報が流れる。
多い。
でも理解できる。
魚。
大量。
「いるな」
「何が?」
「飯」
ティグリスが笑った。
「お前ほんと全部飯だな」
最初に獲ったのは小魚だった。
風魔法。
水流。
群れ誘導。
クルザードは魔力操作で海水を薄く操った。
網代わり。
魚が跳ねる。
「うおっ!?」
ドミニクが驚く。
「めっちゃ捕れる!」
ステファンが笑う。
「楽しいなこれ!」
ティグリスは槍で大型魚を貫いた。
銀色。
巨大。
「おおっ!」
「でけぇ!」
ガルドが興奮する。
クルザードは魚を鑑定した。
『ブルーフィッシュ』
『脂質豊富』
『高栄養』
『焼き適性:高』
「当たり」
「その判定便利すぎるだろ」
夜。
海岸。
焚き火。
魚を焼く。
脂。
香り。
塩。
ジュウウウ、と音が鳴る。
全員が静かだった。
匂いが強い。
「……ヤバい」
ドミニクが真顔だった。
「肉と違う」
「香りが反則」
クルザードは焼き加減を見る。
皮。
焦げ。
脂。
完璧。
「食え」
ティグリスが一口。
止まる。
「…………」
「美味い」
全員が食べ始める。
一瞬で無くなる。
「なんだこれ!?」
「柔らか!」
「脂甘ぇ!」
「塩だけで美味い!」
クルザードは静かに頷いた。
分かる。
魚は強い。
肉とは別。
栄養。
保存。
量。
全部違う。
「干物いけるな」
ヴァレリアが呟く。
「塩漬け」
「燻製」
「輸送可能」
「これ商売になる」
ガルドも笑う。
「酒が進むぞ」
ジェシカが魚の骨を見ていた。
「カルシウム豊富」
「子供の成長にいい」
「病気減るわね」
クルザードの頭へ情報が流れる。
『魚油』
『栄養改善』
『寿命増加』
『人口増加』
理解する。
また一つ。
国が強くなる。
翌朝。
クルザードは海水を鍋へ入れていた。
「何してる?」
「塩」
煮る。
蒸発。
残る。
白。
「……海から塩取れるのか」
ガルドが驚く。
「大量にな」
ヴァレリアが笑った。
「終わったわね塩商人」
「まだ品質低い」
「でも量が出る」
「革命だ」
クルザードは海を見た。
広い。
終わりがない。
つまり。
資源。
魚。
塩。
物流。
全部ある。
「港もいるな」
ヴァレリアが即反応する。
「船」
「漁業」
「輸送」
「市場」
「冷蔵」
ドミニクが苦笑する。
「また始まった」
でも。
全員少し笑っていた。
分かるからだ。
クルザードの“変な発想”は。
大体当たる。
昼。
突然。
ティグリスが耳を動かした。
「来る」
全員が止まる。
海。
波。
大きい。
黒い影。
巨大。
『シーサーペント』
『海棲魔物』
『高危険』
「うわぁ……」
ドミニクが引いた。
「でか」
海面が割れる。
牙。
長い胴。
波が荒れる。
普通なら逃げる。
でも。
クルザードは冷静だった。
見える。
動き。
水流。
魔力。
「ティグリス右」
「ステファン下」
「ドミニク火準備」
「ジェシカ後退」
全員が動く。
自然に。
もう慣れている。
クルザードが前へ出る。
海水。
制御。
「ウォーターチェイン」
巨大水鎖。
海蛇を拘束。
「今!」
ティグリスが跳ぶ。
速い。
獣人。
一閃。
血。
海。
だが浅い。
海蛇が暴れる。
波。
「くっ……!」
ステファンが吹き飛ばされる。
クルザードが目を細めた。
理解。
水圧。
流れ。
なら。
「スチームバースト」
蒸気。
高熱。
炸裂。
海蛇の顔面が爆ぜた。
悲鳴。
隙。
マルセルの斬撃が飛ぶ。
首。
切断。
海蛇が沈んだ。
静寂。
「……勝った?」
ドミニクが呟く。
クルザードは海蛇を見ていた。
『高級素材』
『高栄養』
『油脂』
『皮革』
「……美味そう」
ティグリスが吹き出した。
「お前ほんとブレねぇな!」
夜。
海蛇鍋だった。
白身。
脂。
塩。
野菜。
湯気。
香り。
全員が無言になる。
「…………」
「うま」
「何これ」
「魚ってレベルじゃねぇ」
クルザードは静かに鍋を見ていた。
海。
魚。
塩。
物流。
保存。
全部繋がる。
この世界。
まだ誰も気付いていない。
本当に強いのは。
“快適さ”だ。
飯が美味い。
死なない。
暖かい。
働ける。
未来がある。
だから人が来る。
だから国になる。
波の音が響く。
冬の海は寒い。
でも。
焚き火の周囲だけは暖かかった。
そして。
その暖かさの中心には。
いつもクルザードの飯があった。




