16:岩塩
ピュリフィケーション。
雪が降っていた。
まだ浅い冬。
だが空気は確実に変わっている。
吐息が白い。
地面が硬い。
そして。
食料消費が増えていた。
「肉が減る速度おかしくない?」
ドミニクが帳簿を見ながら呟く。
最近、ヴァレリアが数字管理を始めていた。
物資。
塩。
干し肉。
麦。
薬草。
風呂用薪。
全て。
増えた人数に比例して減る。
「当然だ」
クルザードは鍋を混ぜながら答えた。
「寒いと消費増える」
「分かるけどさ」
「問題は塩よ」
ヴァレリアが真顔だった。
「このままだと高騰する」
「保存食も止まる」
「燻製も減る」
ガルドが眉をひそめる。
「塩は高ぇぞ」
「王国が押さえてる」
「岩塩鉱山も貴族管理だ」
クルザードは黙る。
塩。
重要。
あまりにも重要。
保存。
味。
発酵。
治療。
体調維持。
全部に関わる。
頭の中へ情報が流れた。
『塩不足』
『保存率低下』
『冬季死亡率上昇』
『体力低下』
『流通支配』
頭痛。
でも理解できる。
塩は覇権だ。
「……取りに行く」
全員が止まる。
「は?」
「岩塩」
「場所分かるの?」
ドミニクが聞く。
「多分」
「多分で行くな」
ティグリスが呆れる。
クルザードは地図を見る。
北東。
古い廃坑。
今は放棄。
理由。
『毒性地下水』
『腐敗』
『病死』
つまり。
精製できなかった。
それだけだ。
「行ける」
「根拠は?」
「浄化」
静かになる。
光属性。
最近覚えた。
ピュリフィケーション。
まだ不安定。
でも。
クルザードの中では既に繋がっていた。
「毒を抜ける」
「……本当に?」
ジェシカが初めて真面目な顔をした。
エルフの薬師。
薬と毒に詳しい。
「岩塩自体は良質でも、不純物が問題なのよ」
「重金属」
「毒水」
「腐敗菌」
「普通は無理」
「でも」
クルザードは鍋から肉を取り出した。
塩なし。
物足りない。
「塩が無い方が無理」
ティグリスが笑った。
「それは分かる」
翌日。
クルザードたちは出発した。
人数は増えていた。
ティグリス。
ドミニク。
ガルド。
ジェシカ。
ステファン。
ヴァレリア。
自然に役割ができ始めていた。
ティグリスは前衛索敵。
ステファンは乱戦。
ドミニクは補助。
ガルドは荷運び兼鍛冶。
ジェシカは薬草判定。
ヴァレリアは物資管理。
クルザードは全体。
誰に何を振るか。
どこで動くか。
流れ。
最適化。
頭の中で勝手に整理される。
それが最近。
少し快感になっていた。
「クル」
ヴァレリアが横へ来る。
「何だ」
「最近変わった」
「何が」
「前より迷わない」
クルザードは少し考えた。
「……情報に慣れてきた」
「情報?」
「全部見える」
「全部?」
「体調」
「疲労」
「嘘」
「空腹」
「戦闘能力」
「死ぬ確率」
ヴァレリアが止まる。
「怖」
「俺もそう思う」
廃坑へ到着したのは昼だった。
空気が悪い。
湿気。
腐臭。
黒い水。
ティグリスが顔をしかめる。
「臭ぇ」
「毒だな」
ジェシカが頷く。
「長時間吸うと肺がやられる」
「飲めば死ぬ」
クルザードは壁へ触れた。
頭へ流れる。
『岩塩』
『高純度』
『地下毒水汚染』
『微量重毒素』
「……ある」
ガルドが目を細めた。
「本当に岩塩か」
「ああ」
「でも毒」
「浄化できるなら価値が変わる」
ヴァレリアが呟く。
「塩商人が死ぬ」
その時だった。
奥。
音。
低い唸り。
ティグリスが即座に剣を抜く。
「来る」
黒い影。
巨大。
犬ではない。
狼でもない。
腐っていた。
『ダークファング』
『毒属性』
『群体』
『地下適応』
「数!」
ステファンが叫ぶ。
十。
二十。
三十。
暗闇から出てくる。
「うわ多っ!?」
ドミニクが後退る。
クルザードは前へ出た。
頭が静かだった。
見える。
動き。
噛みつき。
速度。
位置。
「ティグリス左」
「ステファン中央」
「ドミニク後衛支援」
「ガルド下がれ」
全員が自然に動く。
もう迷わない。
ティグリスが突っ込む。
斬る。
速い。
獣人特有の身体能力。
だが数が多い。
ステファンが殴り飛ばす。
「っらぁ!」
拳で魔狼の頭蓋を砕く。
ドミニクが火球。
爆炎。
だが。
「毒煙!」
ジェシカが叫ぶ。
紫色。
腐毒。
吸えば終わる。
クルザードが前へ出る。
光魔力。
初めてだった。
でも。
感覚はある。
「ピュリフィケーション」
白光。
一瞬。
空気が変わる。
毒煙が消えた。
全員が止まる。
「……は?」
ドミニクが呆然とする。
クルザード自身も驚いていた。
できた。
理解した。
光。
浄化。
不純物除去。
つまり。
「クル! 後ろ!」
ティグリス。
反応。
遅れた。
魔狼が飛ぶ。
牙。
喉元。
瞬間。
水が動いた。
「ウォーターバインド」
水縄。
拘束。
魔狼停止。
クルザードが剣を抜く。
一閃。
首が飛んだ。
静か。
全員が見る。
「……お前」
ステファンが笑う。
「普通に強くなってね?」
「多分」
クルザードも最近分からない。
戦闘は苦手。
その感覚は変わらない。
でも。
負ける気もしなくなっていた。
戦闘後。
クルザードは岩塩へ手を置いた。
黒い。
汚染。
毒。
でも中身は良質。
見える。
全部見える。
「やるぞ」
光。
浄化。
ピュリフィケーション。
白光が広がる。
岩塩が変わる。
黒から白へ。
不純物が抜ける。
空気が変わる。
ジェシカが息を呑んだ。
「……嘘」
「成功?」
ドミニクが聞く。
クルザードは塩を少し舐めた。
静かに目を閉じる。
塩味。
強い。
でも。
雑味がない。
「美味い」
ガルドが笑った。
「塩で美味いとか初めて聞いたぞ」
「いや」
クルザードは真顔だった。
「これは価値ある」
ヴァレリアの目が変わる。
商人の顔。
「……覇権取れる」
「塩だぞ?」
「塩だからよ」
静かに笑った。
「保存食」
「流通」
「冬」
「兵站」
「全部塩で決まる」
「しかも高純度」
「王都なら金貨飛ぶ」
クルザードは岩塩をアイテムボックスへ収納した。
大量。
一瞬。
全員がまだ慣れない顔をする。
「ほんと反則ねそれ」
「便利」
「物流終わるぞ」
ヴァレリアが笑う。
「馬車いらないじゃない」
クルザードは少し止まった。
頭へ情報が流れる。
『物流』
『保存』
『流通革命』
『塩漬け』
『発酵』
『人口増加』
理解した。
全部繋がる。
塩。
食。
保存。
冬。
人口。
国家。
「……帰る」
「飯か?」
ティグリスが聞く。
「ああ」
「今日は塩使う」
その夜。
廃屋。
焼いた肉。
岩塩。
湯気。
香り。
全員が止まった。
「…………」
「何これ」
ドミニクが呆然とする。
ティグリスも止まる。
「肉が違う」
「甘い……」
ガルドが酒を飲みながら笑う。
「塩だけで変わるのかよ」
クルザードは静かに頷く。
「塩は重要」
ジェシカが肉を食べながら呟いた。
「これ広まったら人が来るわよ」
「絶対」
ヴァレリアも笑う。
「美味い飯は人を呼ぶ」
外は雪。
寒い。
でも。
この場所だけは暖かかった。
湯。
飯。
塩。
仲間。
少しずつ。
確実に。
“村”の形が出来始めていた。




