15:風呂
回復革命。
魔狼討伐から三日後。
廃屋は酷い匂いになっていた。
「……くせぇ」
ステファンが真顔で言った。
「お前もだ」
ティグリスが即座に返す。
「お前も獣臭ぇぞ」
「殺すか?」
「やってみろ虎」
また始まった。
ドミニクが呆れ顔で鍋を混ぜる。
「はいはい。飯前に喧嘩しない」
クルザードは黙って全員を見ていた。
臭い。
普通に臭い。
血。
汗。
獣臭。
鉄臭。
魔狼の脂。
三日も戦闘と解体を繰り返せば当然だった。
しかもこの世界では風呂文化が弱い。
金持ちや貴族なら湯浴みもある。
だが庶民は違う。
水で流す程度。
冬は特に洗わない。
寒いからだ。
結果。
病気が増える。
皮膚病。
寄生虫。
傷の腐敗。
臭気。
衛生悪化。
クルザードは頭の中へ流れる情報を見ていた。
『雑菌』
『皮膚炎』
『疲労蓄積』
『睡眠質低下』
『筋肉硬化』
頭痛。
でも最近は少し慣れてきた。
「……風呂作る」
全員が止まる。
「は?」
ドミニクが首を傾げた。
「風呂?」
「湯」
「いや意味は分かるけど」
「今?」
「必要だ」
クルザードは本気だった。
「疲労が抜けてない」
「怪我の治りも遅い」
「衛生も悪い」
「臭い」
「最後本音出たな?」
ステファンが笑う。
ティグリスは鼻を鳴らした。
「確かに臭う」
「お前もだ」
「知ってる」
クルザードは既に動き始めていた。
裏庭。
壊れた木材。
石。
樽。
鉄板。
ガルドが眉をひそめる。
「おい坊主。何始める」
「湯船」
「……は?」
「全員入れる大きさ欲しい」
「正気か?」
「合理的」
ガルドは腕を組む。
「湯を張るだけでも大変だぞ」
「だから作る」
クルザードは地面へ線を引いた。
簡単な設計。
水路。
排水。
熱循環。
蒸気利用。
最近覚えたスチーム制御も使う。
ガルドの目が変わる。
「……お前」
「何だ」
「頭の中どうなってる」
「うるさい」
クルザード自身も理解していない。
でも見える。
流れ。
効率。
最適解。
「石積むぞ」
ティグリスが言った。
「私は木切る」
ドミニクも動く。
自然だった。
誰かが命令したわけじゃない。
クルザードが流れを決める。
すると。
全員が動きやすくなる。
それだけだった。
半日後。
簡易浴場が完成した。
石組み。
大鍋式。
下で火を焚く。
横には水路。
クルザードが水魔法で供給する。
蒸気循環で温度を維持。
簡易だが十分だった。
「……出来た」
全員が沈黙する。
普通なら数日かかる。
でも。
クルザードは魔法を建築へ使った。
土。
石。
水。
蒸気。
組み合わせ。
合理。
「お前、本当に料理人か?」
ティグリスがまた聞いた。
「最近自信なくなってきた」
クルザードも少し思っていた。
ドミニクが湯へ手を入れる。
「あったか……」
顔が緩む。
「入るぞ」
ステファンが服を脱ぎ始めた。
「待て」
ティグリスが睨む。
「女いる」
「別に減るもんじゃねえだろ」
「殺すぞ」
「怖ぇな虎」
ドミニクが笑う。
「分ければいいじゃん」
「……面倒」
クルザードが呟く。
全員が見る。
「何だ」
「いや」
「クルって女とか興味無いよね」
ドミニクが不思議そうに言う。
クルザードは少し考えた。
「……飯の方が重要」
「終わってんなこの男」
結局。
男女交代になった。
先に女。
ドミニク。
ティグリス。
ヴァレリア。
三人が湯へ入る。
静寂。
そして。
「…………」
「…………」
「…………」
数秒後。
「なにこれ……」
ドミニクが呆然と呟いた。
湯気。
熱。
身体が溶ける。
疲労が抜ける。
筋肉が緩む。
ティグリスが目を閉じた。
「……久しぶりだ」
「風呂?」
「違う」
「安心して目閉じるの」
ドミニクが止まる。
ティグリスは静かだった。
「獣人は追われる」
「捕まる」
「売られる」
「寝る時も起きる準備してる」
「……でも今は」
湯気の中で小さく笑った。
「眠れそう」
ヴァレリアも静かに湯へ沈む。
「商会でもこんなの無いわ」
「貴族用?」
「もっと酷い」
「高いだけで狭い」
ドミニクが笑う。
「クルって変だよね」
「うん」
「でも」
三人が自然に同じ方向を見る。
外。
火の前。
クルザードが鍋を見ている。
「……安心する」
男湯。
「っっっっはぁぁぁぁ……!」
ステファンが叫んだ。
「天国かここ!?」
「うるせぇ!」
ガルドが怒鳴る。
でも顔は蕩けていた。
「身体軽っ……」
「疲労抜けるな」
「傷も痛くねぇ」
クルザードは湯温を調整していた。
蒸気循環。
水補充。
熱量管理。
鑑定が見せる。
『疲労回復』
『血流改善』
『筋肉緩和』
「……効率良い」
「お前は何でそんな冷静なんだ」
ステファンが笑う。
クルザードは少し考えた。
「皆の動き良くなる」
「飯も美味くなる」
「病気減る」
「長く働ける」
「……やっぱ商人向いてるぞお前」
夜。
鍋。
湯上がり。
全員の顔が柔らかい。
それだけで空気が違った。
ティグリスが肉を食べながら呟く。
「……何か違うな」
「何が」
「帰ってきた感じする」
ドミニクも頷く。
「分かる」
「前まで寝床って感じだった」
「今は」
「家っぽい」
クルザードは黙って聞いていた。
家。
居場所。
まだ理解は薄い。
でも。
悪くないと思った。
「なあクル」
ステファンが笑う。
「次は何作る」
クルザードは少し考える。
頭の中へ情報が流れる。
『排水』
『腐敗』
『衛生』
『井戸汚染』
『病気』
嫌な情報。
でも意味は分かる。
「……下水欲しい」
全員が止まった。
「は?」
「風呂だけだと汚水増える」
「流れ悪い」
「病気出る」
ヴァレリアが笑い出す。
「普通そこまで考える!?」
「考える」
「何で!?」
「腐るから」
クルザードは真顔だった。
「人も街も」
静かになる。
そして。
ガルドが笑った。
「おもしれぇ坊主だ」
ティグリスも笑う。
「確かに」
ドミニクが鍋をよそう。
湯気。
香り。
暖かい空気。
外は寒い。
でも。
この廃屋だけは違った。
少しずつ。
確実に。
居場所になり始めていた。




