14:魔狼
朝の空気が冷たい。
海風が街を撫でる。
アルフェイドの外壁門では、朝から冒険者達が騒がしかった。
「また出たらしいぞ」
「今度は群れだ」
「第三街道沿いだってよ」
「商隊が二つ潰された」
酒臭い声。
不安。
苛立ち。
冬前は魔物が荒れる。
食料を求めて下りてくる。
特に最近は多い。
周辺の森で何かが起きている。
クルザードは干し肉を噛みながら掲示板を見ていた。
『緊急依頼』
『魔狼群討伐』
『報酬:銀貨二十五枚』
『護衛込み』
横でティグリスが腕を組む。
「魔狼か」
「強いのか」
「普通なら中堅以上が必要」
「普通なら?」
「お前は普通じゃない」
クルザードは黙った。
最近、少しだけ戦えるようになった。
ウォーターマスク。
身体強化。
鑑定。
まだ全部不安定だ。
でも。
前よりはマシだった。
「受けるのか?」
ドミニクが聞く。
クルザードは周囲を見た。
市場。
物流。
人の流れ。
最近、街道が止まり始めている。
魚が減った。
野菜が高い。
塩の流通も鈍い。
冬前でこれは危険だった。
「……放置すると飯が減る」
「やっぱりそこか」
「重要だ」
クルザードは真顔だった。
ヴァレリアが肩を揺らす。
「もう商人みたいな発想してるな」
「食料止まると全部止まる」
「まあ正しいけど」
受付へ向かう。
冒険者達の視線が集まる。
「またあいつか」
「料理屋の」
「荷運びじゃねえのか?」
「最近妙に稼いでる」
クルザードは気にしない。
受付嬢へ依頼票を出した。
「四人で受ける」
「え?」
受付嬢が顔を上げる。
「四人?」
「俺、ティグリス、ドミニク、ステファン」
「待ってください。相手は魔狼群ですよ?」
「数は」
「確認で十二」
「増えるな」
クルザードが呟く。
鑑定が少し反応していた。
嫌な感覚。
「……十五」
「は?」
「多分十五以上いる」
受付嬢が固まる。
「分かるんですか?」
「何となく」
本当は違う。
情報が見える。
でも説明できない。
頭痛が増すだけだ。
「止めた方がいい」
横から声。
振り返る。
大柄な男達。
重装備。
中堅冒険者パーティ。
「魔狼は素早い」
「新人が死ぬぞ」
ティグリスの目が細くなる。
「新人?」
「お前以外はな」
男は鼻で笑った。
「料理屋連れてく場所じゃねえ」
クルザードは特に怒らない。
合理的だからだ。
普通はそう判断する。
でも。
「問題ない」
「は?」
「お前らより効率良い」
空気が止まった。
ドミニクが頭を抱える。
「クル、その言い方!」
ティグリスは笑っていた。
「好きだぞそういう所」
男達が睨む。
空気が悪くなる。
だがクルザードは興味を失っていた。
「行くぞ」
街道。
冷たい風。
森の匂い。
ティグリスが先行する。
獣人。
索敵能力が高い。
「血臭」
小さく呟く。
「近い」
クルザードは地面を見る。
足跡。
噛み跡。
荷車の破片。
死体。
商人達だった。
喉を裂かれている。
荷も散乱。
保存食。
布。
塩。
乾燥魚。
ティグリスが低く言う。
「食ってない」
「……?」
「殺しただけだ」
クルザードの目が変わる。
『統率個体』
『指揮型』
『群制御』
頭痛。
情報。
でも今回は意味があった。
「ボスがいる」
「分かるのか」
「多分」
ステファンが拳を鳴らした。
「なら早めに潰すか」
森へ入る。
暗い。
湿っている。
静かすぎた。
普通なら鳥が鳴く。
でも無い。
ティグリスが止まる。
「囲まれてる」
次の瞬間。
黒い影が飛んだ。
「来るぞ!」
魔狼。
速い。
灰色の毛。
赤い目。
大型犬より大きい。
三匹。
同時。
クルザードは反応が遅れた。
速い。
でも。
ティグリスがもっと速かった。
爪。
一閃。
首を裂く。
「右!」
クルザードが叫ぶ。
ティグリスが飛ぶ。
背後から飛び込んだ狼が空振る。
ステファンが拳で叩き落とした。
「硬ぇ!」
「鼻狙え!」
クルザードが指示を飛ばす。
自然だった。
考えるより先に出る。
「ドミニク、左拘束!」
「はいよ!」
水の鞭。
ウォーターウィップ。
狼の足へ絡む。
一瞬止まる。
「ティグリス!」
「分かってる!」
斬る。
速い。
美しい。
狼が沈む。
クルザードは息を吐いた。
まだ震える。
怖い。
でも。
見えていた。
動き。
流れ。
最適。
鑑定が戦闘へ繋がり始めている。
「来るぞ!」
さらに五匹。
多い。
普通なら逃げる数。
ティグリスが笑った。
「面白い」
「前出過ぎるな」
「命令か?」
「役割分担だ」
ティグリスが嬉しそうに笑う。
クルザードは水を展開した。
まだ荒い。
不安定。
でも。
狼の動きが見える。
『突進』
『噛み付き』
『連携』
理解。
なら。
止められる。
「ウォーターマスク」
水球。
一匹の顔を覆う。
狼が暴れる。
呼吸が止まる。
ティグリスが飛び込む。
首を落とす。
「次!」
クルザードが叫ぶ。
ドミニクが水を散らす。
地面が滑る。
狼の足が崩れる。
ステファンが殴る。
骨が折れる。
連携。
噛み合い始めていた。
クルザード自身が驚いていた。
何故分かる。
何故動ける。
何故。
最適が見える。
頭痛。
でも止まらない。
その時。
森の奥で低い咆哮。
空気が震えた。
ティグリスが舌打ちする。
「……親玉」
出てきた。
巨大。
二メートル超え。
黒い毛。
赤い瞳。
普通の魔狼ではない。
『魔狼種上位』
『群統率』
『高魔力個体』
クルザードの頭へ情報が流れ込む。
痛い。
視界が揺れる。
「クル!」
ドミニクが叫ぶ。
狼王が突っ込んできた。
速い。
ティグリスが止める。
吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
「ティグリス!」
強い。
格が違う。
普通なら逃げる。
でも。
クルザードは見ていた。
魔力流れ。
筋肉。
呼吸。
重心。
「右前脚」
「……何?」
「古傷ある!」
ティグリスが反応する。
即座に右へ回る。
狼王が嫌がった。
正解。
クルザードは水を集める。
多い。
制御できない。
でも。
「止まれ」
水槍。
ウォーターピアス。
初めて形になった。
狼王の脚へ刺さる。
完全ではない。
浅い。
でも。
止まった。
「そこだ!」
ティグリスが跳ぶ。
爪。
斬撃。
右脚を裂く。
狼王が崩れる。
「ステファン!」
「おう!」
拳。
頭部。
衝撃。
狼王が揺れる。
クルザードは最後に水を展開した。
「ウォーターマスク」
巨大な水。
狼王の顔を覆う。
暴れる。
森が揺れる。
でも。
ティグリスが首へ刃を突き立てた。
沈黙。
終わった。
静かな森。
息が白い。
クルザードは座り込む。
頭が痛い。
魔力が暴れている。
気持ち悪い。
でも。
『レベル上昇』
声が響いた。
最近増えてきた。
自分だけ。
他人には聞こえない。
「……またか」
ティグリスが近づく。
「お前」
「何だ」
「本当に弱いのか?」
クルザードは少し考えた。
「多分まだ弱い」
「ははっ」
ティグリスが笑う。
「じゃあ強くなったらどうなるんだろうな」
クルザードは答えなかった。
代わりに。
狼王を見た。
「……肉、食えるな」
全員が呆れ。
そして笑った。
その日。
アルフェイドでは噂が広がる。
『料理屋の荷運びが魔狼群を潰した』
まだ誰も知らない。
それが始まりだと。




