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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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13/104

13:ティグリス

 雨だった。


 冬前の冷たい雨。


 港町アルフェイドは海風が強い。


 濡れた石畳。


 湿った木箱。


 魚臭さ。


 酒。


 怒鳴り声。


 貧民街に近い南区画では、朝から喧嘩が起きていた。


「離せッ!」


 獣の唸り声。


 男達の怒声。


 鉄の音。


 クルザードは荷を運んでいた手を止める。


「またか」


 ヴァレリアが眉をひそめた。


「最近増えてる。獣人狩り」


「理由は」


「食糧不足。仕事不足。弱い奴から狙う」


 クルザードは黙って路地を見た。


 人の流れ。


 視線。


 空気。


 最近、町が少し荒れている。


 冬前はいつもそうだ。


 保存食が少ない。


 仕事が減る。


 金が無い。


 だから奪う。


 合理的だ。


 クルザードは理解していた。


 理解しているからこそ嫌っていた。


「……行くぞ」


「おいクル」


「飯が冷める前に終わらせる」


 ヴァレリアが呆れたように笑った。


「本当にお前は基準が飯だな」


 路地裏。


 そこには五人の男がいた。


 囲まれているのは一人。


 虎獣人。


 女。


 長い黒髪。


 黄色い瞳。


 耳。


 尻尾。


 高身長。


 そして。


 全身が傷だらけだった。


 それでも倒れていない。


 目が死んでいなかった。


「売れば金になるぞ!」


「女なら尚更だ!」


「この時期の獣人は高い!」


 男達が笑う。


 虎獣人は血を吐きながら立っていた。


「……触るな」


 低い声。


 殺気。


 だが限界だった。


 片足を引きずっている。


 腹にも傷。


 出血。


 長くない。


 クルザードは一瞬で判断した。


『失血』

『栄養失調』

『疲労』

『戦闘経験:高』

『筋繊維損傷』

『飢餓』


 頭痛。


 情報。


 だが今回は簡単だった。


 死にかけている。


 男達の一人が剣を抜いた。


「抵抗すんなよ獣人!」


 その瞬間。


 水が動いた。


「……は?」


 男の顔を水球が覆う。


 透明。


 揺れる。


 呼吸が止まる。


「がっ!?」


 暴れる。


 苦しむ。


 クルザードは静かに前へ出た。


 ウォーターマスク。


 最近覚えた。


 まだ不安定。


 だが。


 人間相手には十分だった。


「な、何だこれ!?」


「水!?」


「魔法使いか!?」


 男達が後退る。


 クルザードは短剣を抜いた。


 速い。


 一歩。


 踏み込み。


 斬る。


 浅い。


 だが急所だけを正確に外す。


 腕。


 足。


 腱。


「ぎゃあああ!?」


「腕が!?」


 ステファンが後ろで呟いた。


「……相変わらず怖ぇ」


 クルザードは殺さない。


 必要以上に壊さない。


 でも。


 動けなくする精度がおかしい。


「次」


 静かな声。


 男達の顔色が変わる。


「ま、待て!」


「悪かった!」


「金なら!」


「要らん」


 クルザードは短く答えた。


「飢えてるなら働け」


「は?」


「奪うより効率が悪い」


 男達は理解できない顔をした。


 クルザードは興味を失ったように振り返る。


 虎獣人が壁へ寄りかかっていた。


 呼吸が荒い。


 血が多い。


 クルザードは近づく。


「立てるか」


「……助けるのか」


「飯食うか」


 虎獣人が止まる。


「……は?」


「腹減ってるだろ」


 沈黙。


 そして。


 腹が鳴った。


 周囲が静まる。


 虎獣人の顔が赤くなる。


 ドミニクが吹き出した。


「タイミング!」


「笑うな」


「無理!」


 虎獣人は耳まで赤くなっていた。


「……殺す」


「その前に食え」


 クルザードは自然に言った。


 廃屋。


 夜。


 鍋の匂いが広がっていた。


 今日は魚介鍋。


 貝。


 白身魚。


 海藻。


 野菜。


 燻製肉の脂。


 最近発見した蒸気調理で火を通している。


 香りが強い。


「……」


 虎獣人は警戒していた。


 座らない。


 壁際。


 逃げられる位置。


 完全に戦場の動きだった。


「名前」


 クルザードが聞く。


「……ティグリス」


「俺はクルザード」


「知ってる」


「何故」


「変な飯屋」


 ドミニクが笑う。


「間違ってない!」


 クルザードは鍋を差し出した。


「食え」


 ティグリスは数秒止まる。


 匂いを嗅ぐ。


 腹が鳴る。


 結局。


 食べた。


「……っ」


 止まった。


 目が揺れる。


 熱。


 塩。


 脂。


 魚出汁。


 胃へ落ちる。


 身体が温まる。


「……うまい」


 声が小さい。


 クルザードは当然みたいに言った。


「そうだな」


「自分で言うか普通」


 ドミニクが笑う。


 ティグリスは無言で食べ続けた。


 速い。


 でも綺麗だった。


 獣みたいに食わない。


 訓練されている。


『戦闘経験:極高』

『前衛適性』

『索敵』

『対人戦経験』

『傭兵系技能』


 クルザードは視線だけで情報を見る。


 頭痛。


 でも最近は耐えられる。


「お前」


 ティグリスが言う。


「何者だ」


「料理人」


「違う」


「荷運び」


「もっと違う」


 クルザードは少し考えた。


「……分からん」


 本当に分からなかった。


 自分でも。


 ティグリスはじっと見る。


 そして。


「変な男だな」


「よく言われる」


 その夜。


 ティグリスは泊まった。


 理由は単純。


 外より安全だからだ。


 朝。


 クルザードは既に動いていた。


 水汲み。


 鍋。


 燻製確認。


 パン生地。


 荷整理。


 アイテムボックス。


 全部一人でやっている。


 ティグリスは驚いていた。


「寝ないのか」


「寝てる」


「嘘だろ」


「三時間」


「死ぬぞ」


「効率が悪い」


 ティグリスは呆れた。


 だが。


 見てしまった。


 クルザードが自然に全員へ指示を出している。


「ドミニク、水」


「はいよー」


「ガルド、燻製箱修理」


「後でやる」


「先にやれ。崩れる」


「……見えてんのか?」


「見える」


「気持ち悪ぃな鑑定」


「俺もそう思う」


 ティグリスは静かに周囲を見る。


 変だった。


 ここ。


 空気が違う。


 喧嘩が少ない。


 飯がある。


 笑っている。


 腹が満たされている。


 だから。


 余裕がある。


 この世界では珍しい。


「……何で集まる」


 ティグリスが呟く。


「飯」


 クルザードが即答した。


「人は腹が減る」


「……それだけか?」


「十分だ」


 クルザードは鍋を混ぜながら続ける。


「腹が減ると余裕が消える」


「余裕が消えると奪う」


「奪うと荒れる」


「荒れると人が減る」


「人が減るともっと苦しくなる」


 ティグリスは黙って聞いていた。


「逆もある」


「飯がある」


「温かい」


「眠れる」


「傷を治せる」


「そうすると人は残る」


「人が残ると技術が残る」


「技術が残ると街が強くなる」


 クルザードは静かだった。


 でも。


 妙に説得力がある。


「……国みたいな話だな」


「多分そうなる」


 ティグリスは目を細めた。


「お前、本当に料理人か?」


「飯を作る」


「それはそうだが」


「でも多分」


 クルザードは鍋の湯気を見る。


「飯だけじゃ終わらん」


 その瞬間。


 外で怒鳴り声が響いた。


「おい!」


「また盗賊だ!」


「南通り!」


 ティグリスが立ち上がる。


 殺気。


 速い。


 完全に前衛戦士の動き。


 クルザードは静かに短剣を持った。


「行くぞ」


「……私もか?」


「飯食っただろ」


 ティグリスは数秒止まり。


 笑った。


 初めて。


「……変な理屈だな」


「合理的だ」


 そして。


 虎獣人ティグリスは、この日から廃屋へ住み着いた。







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