11:薬草採取
アルフェイドの朝は曇っていた。
海風が冷たい。
灰色の空。
湿った空気。
港では漁船が戻り始め、魚市場の怒鳴り声が響いている。
その一方で。
港外れの廃屋には、相変わらず人が集まっていた。
「クルー! パン足りない!」
「追加焼く」
「それ朝から三回目!」
ドミニクが頭を抱える。
焼きたてパン。
燻製。
魚鍋。
最近では、朝食目的で並ぶ者まで現れ始めていた。
冒険者だけじゃない。
港湾労働者。
行商人。
孤児。
子連れ。
皆、ここへ来る。
「完全に店だな」
ベッティーナが笑う。
「違う」
「いや違わねぇよ」
クルザードは鍋を混ぜる。
魚骨出汁。
海藻。
燻製脂。
香りが立つ。
ジェシカは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
エルフの薬師。
長命種。
知識量は異常。
だが、そんな彼女ですら、この場所は理解できなかった。
(何故、人がここまで落ち着く?)
設備は粗末。
建物も古い。
立地も悪い。
なのに。
空気が柔らかい。
安心感がある。
それを作っているのが、クルザードだ。
「ジェシカ」
「ん?」
「今日、薬草採取行く」
彼女は少し驚いた。
「お前が?」
「不足してる」
「何が」
「解毒草」
「……分かるのか」
「最近、見える」
ジェシカは少しだけ笑った。
この男の鑑定は異常だ。
精度。
情報量。
分類。
普通ではない。
ただし。
本人が制御できていない。
「行くなら私も同行する」
「助かる」
「私が監視する」
「何故」
「お前、絶対危ない草触る」
ドミニクが吹き出した。
「分かる!」
「クル絶対やる!」
昼前。
クルザード達は街外れの湿地帯へ来ていた。
アルフェイド近郊は薬草資源が豊富だ。
理由は海霧。
湿度。
そして地下魔力。
ダンジョン由来の魔力が植物へ影響している。
「気を付けろ」
ジェシカが言う。
「この辺は毒草も多い」
「見分けつくのか?」
「普通は匂いと葉脈だ」
「普通は?」
「失敗すると死ぬ」
ステファンが青ざめた。
「怖ぇこと言うなよ……」
クルザードは地面へしゃがむ。
薬草。
苔。
茸。
全部へ情報が流れ込む。
『止血草』
『微弱回復』
『乾燥推奨』
『青毒草』
『神経毒』
『摂取危険』
『腐敗茸』
『胞子感染』
頭が痛い。
情報量が多い。
視界がうるさい。
それでも。
以前より整理され始めていた。
(必要な情報だけ拾う)
クルザードは青い葉を摘んだ。
「それ毒草だぞ」
ジェシカが即座に止める。
「違う」
「え?」
「根は毒」
「葉は薬」
ジェシカが固まる。
「……は?」
「乾燥後、煮沸」
「微量使用で解熱」
「過剰摂取で神経毒」
沈黙。
ジェシカが葉を確認する。
目が変わった。
「……本当か?」
「多分」
「多分で触るな!」
周囲が笑う。
だがジェシカは笑っていなかった。
驚いていた。
この分類。
普通ではない。
長年薬師をやっていても、ここまで詳細には分からない。
「お前、その鑑定……」
「頭痛い」
「そういう問題じゃない」
クルザードは別の草へ触れる。
『解毒効果』
『胃痛』
『疲労回復』
「これ採る」
「待て」
「今度は何だ」
「それは普通の雑草だ」
「違う」
クルザードは葉をちぎる。
香り。
苦味。
「煮ると使える」
ジェシカが絶句する。
薬師知識が塗り替わっていく。
しかも本人は平然としている。
「……怖いな本当に」
「何が」
「お前、世界の常識を壊してる」
クルザードは理解していなかった。
彼にとっては“見えている”だけだ。
その後も採取は続いた。
解毒草。
止血草。
回復茸。
さらに。
毒草。
普通なら避ける植物までクルザードは選別していく。
「何で毒草採るんだ?」
ステファンが聞く。
「薬になる」
「いや怖ぇよ」
「量で変わる」
ジェシカが静かに頷いた。
「……それは正しい」
「毒と薬は近い」
クルザードは周囲を見る。
湿地。
水流。
土壌。
全部情報になる。
『水質悪化』
『腐敗』
『病原菌』
『虫発生』
(……汚いな)
クルザードは水辺を見つめた。
病気が出る理由が分かる。
排水。
淀み。
腐敗。
つまり。
衛生。
(改善できる)
その考えが自然に出る。
最近、そういう思考が増えていた。
戦うより。
整える。
流れを良くする。
その方が、人は死なない。
その時だった。
草むらが揺れた。
「来るぞ!」
ベッティーナが盾を構える。
飛び出したのは、巨大な沼狼だった。
二メートル級。
泥まみれ。
牙が長い。
「ギャアア!」
突進。
速い。
ステファンが迎え撃つ。
拳。
衝突。
重い。
「硬っ!?」
狼が爪を振る。
泥が飛ぶ。
ジェシカが下がる。
クルザードは狼を見た。
『嗅覚特化』
『湿地適応』
『気道弱』
(また呼吸か)
自然に理解する。
クルザードが手を上げる。
水。
湿地水。
泥水。
全部が動く。
「おいクル!」
ベッティーナが叫ぶ。
水が狼の顔へ巻き付く。
透明な膜。
密着。
ウォーターマスク。
狼が暴れる。
呼吸できない。
数秒。
そして崩れ落ちた。
沈黙。
「……便利だなその魔法」
ステファンが引きつった顔で言う。
「効率が良い」
「怖ぇんだよ!」
ドミニクが笑い転げる。
戦闘後。
クルザードは狼を収納した。
「また食うのか?」
「食える」
「お前ほんと全部食うな」
夕方。
廃屋。
今日は薬草鍋だった。
狼肉。
香草。
解毒葉。
茸。
魚出汁。
湯気が立つ。
香りが深い。
「……うま」
ジェシカが驚く。
「薬草臭くない」
「苦味飛ばした」
「どうやって」
「順番」
クルザードは当然のように言った。
先に脂。
次に香草。
後から薬草。
苦味を飛ばし、香りだけ残す。
合理的調理。
ジェシカは思う。
(この男、料理で世界変える気か?)
いや。
本人は多分、そこまで考えていない。
ただ。
“生きやすくしている”。
それだけだ。
鍋を囲む空気は柔らかかった。
笑い声。
湯気。
パンの香り。
安心感。
そして今。
港外れの廃屋には、“帰ってくる理由”ができ始めていた。




