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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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10:ドミニク

 港町アルフェイドの朝は早い。


 潮の匂い。


 魚市場の怒鳴り声。


 荷車の軋む音。


 海鳥。


 冒険者。


 酒臭い怒声。


 そんな喧騒の中で、最近ひとつだけ異質な場所があった。


 港外れの廃屋。


 そこだけは、匂いが違う。


 焼きたてパン。


 燻製。


 肉汁。


 温かい鍋。


 そして、人の笑い声。


「おいクル! パン追加焼けるか!?」


「あと三十人並んでる!」


 ドミニクが慌ただしく叫ぶ。


 クルザードは石窯を見た。


「焼ける」


「いやその返事軽いんだよ!」


 廃屋前には、朝から列ができていた。


 冒険者。


 荷運び。


 商人。


 港湾労働者。


 最近は家族連れまでいる。


「本当に毎日増えるな……」


 ベッティーナが呆れる。


「飯が美味いからだろ」


「いやそれだけでこんな増えるか?」


「増える」


 クルザードは淡々と答えた。


 実際、理由は単純だ。


 安い。


 美味い。


 腹いっぱいになる。


 しかも衛生的。


 この世界では、それだけで十分に異常だった。


 ドミニクは生地を運びながら、ちらりとクルザードを見る。


 最初に会った時。


 彼はただの荷物持ちだった。


 殴られ。


 馬鹿にされ。


 弱い男。


 そう見えた。


 でも違った。


 この男は、“流れ”を変えている。


 誰より強いわけじゃない。


 派手でもない。


 なのに。


 周囲が勝手に動き始める。


「ドミニク」


「ん?」


「塩足りない」


「うわほんとだ」


「商人から受け取ってこい」


「了解」


 自然だった。


 誰も命令されている感覚がない。


 なのに回る。


 人が動く。


 クルザードは、そういう男だった。


 昼前。


 列が一段落した頃だった。


 ドミニクが廃屋裏で座り込む。


「疲れたぁ……」


 木箱へ寄りかかる。


 空を見る。


 青い。


 平和だ。


 昔では考えられない。


「食うか」


 クルザードが皿を置いた。


 スープ。


 焼きたてパン。


 燻製肉。


 少量の野菜。


 湯気が立っている。


「……お前さ」


「なんだ」


「なんでそんな普通なんだ?」


 クルザードは少し考えた。


「普通?」


「アイテムボックスある」


「料理できる」


「意味不明な魔法使える」


「なのに威張らない」


「普通もっと調子乗るだろ」


 クルザードはパンを千切る。


「効率が悪い」


「その答えほんと好きだわ……」


 ドミニクは笑った。


 最初は怖かった。


 無表情。


 静か。


 何考えてるか分からない。


 でも最近、分かってきた。


 この男は、ちゃんと人を見ている。


 疲れている奴。


 怪我している奴。


 腹を空かせている奴。


 全部見ている。


 そして自然に動く。


「……なんで私を置いてくれたの?」


 ドミニクが小さく言った。


 クルザードは止まった。


 少しだけ。


「行く場所なかっただろ」


「それだけ?」


「ああ」


 ドミニクは笑う。


 少し泣きそうな顔だった。


「普通、女一人拾ったらもっと警戒するんだよ」


「危険か?」


「そこじゃないんだよなぁ……」


 クルザードは本当に分かっていなかった。


 ドミニクは思う。


 だから安心する。


 下心より先に、“生活”を見ている。


 だから居やすい。


 だから皆、ここへ戻ってくる。


 その時だった。


 怒鳴り声。


「おいガキ!」


 表が騒がしい。


 ドミニクが立ち上がる。


 冒険者だった。


 三人。


 酔っている。


「最近調子乗ってるらしいなぁ?」


「屋台ごっこ楽しいか?」


 列の客が引く。


 ドミニクの顔が曇った。


 最近増えた。


 こういう連中。


 嫉妬。


 利権。


 縄張り。


 人気が出れば、必ず出てくる。


「クル」


「分かってる」


 クルザードは静かに前へ出た。


「営業中だ」


「あ?」


「邪魔するなら帰れ」


 空気が冷える。


 冒険者が笑う。


「雑魚荷物持ちがイキってんじゃ――」


 そこで止まった。


 水。


 透明な水球。


 男の顔へ張り付いていた。


「――ッ!?」


 ウォーターマスク。


 男が暴れる。


 呼吸できない。


 仲間達が青ざめる。


「ま、待て!」


「死ぬ!」


 クルザードは静かだった。


「騒ぐな」


「営業妨害だ」


 水球が消える。


 男が地面へ崩れ落ちる。


 咳き込む。


 恐怖で顔が引き攣っていた。


「次はない」


 静かな声だった。


 なのに。


 誰より怖い。


 三人は逃げた。


 市場が静まり返る。


「……やっぱ怖ぇなクル」


 ステファンが苦笑する。


「合理的処理だ」


「その言い方!」


 周囲が笑う。


 空気が戻る。


 ドミニクは少しだけ安心した。


 この場所は、守られている。


 武力だけじゃない。


 居場所として。


 だから人が集まる。


 その日の夜。


 廃屋では鍋が煮えていた。


 魚出汁。


 燻製脂。


 香草。


 塩。


 焼きたてパン。


 皆が自然と集まっている。


「なんかもう家だな」


 ベッティーナが呟く。


「分かる」


「帰ってきた感ある」


 ドミニクは鍋を見ながら笑った。


 昔は違った。


 寝床も不安定。


 食事も適当。


 誰も信用できなかった。


 でも今は。


 温かい。


 腹いっぱい食べられる。


 笑える。


 安心できる。


 それがどれだけ異常か。


 この世界では、よく分かる。


「ドミニク」


「ん?」


「パン追加焼く」


「今!?」


「朝足りない」


「いや働きすぎだろ!」


 全員が笑う。


 クルザードは本気だった。


 だから皆また笑った。


 ドミニクは鍋の湯気を見つめる。


 この男は、多分。


 世界を変える。


 本人は気づいていない。


 でも。


 腹を満たし。


 人を集め。


 安心を作っている。


 それは武力より強い。


 そして今。


 港外れの廃屋は、“ただの飯屋”ではなくなり始めていた。







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