信じられない噂
──始業式の日から1週間が経った。あの日から私は、クラスから少し浮いた形で過ごしていた。と言うのも、いまだに友達と呼べる子を一人も作れていなかったのである。
隣の席の子に思い切って自分から話かけに行ったりもしたものの、色々とタイミングが合わずに話しかけづらくなってしまった。
つらい……。ずっと気にしていた赤座くんとの会話もあれ以来なく……いや、それは別にいいのだけれど、私の心はなんだかブルーだった。
学校生活、これからが不安だ……。2年に上がって、一学期のうちに修学旅行がある。去年までは二学期だったらしいのだが、最近の夏は暑過ぎて危ないとのことで、今年はかなり早くに行われるらしかった。
クラスに友達が一人もいない修学旅行って……最悪だ!! バスの中でポツンと座る姿……ぼっちで回る観光地……。一人でいると、どうにも嫌な想像がポンポンと浮かんできてしまって困る。
そうやって電車の駅構内で待っていると、たったっと駆け寄ってくる影が一つあった。ミツキちゃんだ。
「おっはよ〜!」
「おはよう!」
ハツラツとした彼女の声にいつも通り挨拶すると、ミツキちゃんはニコッと笑いかけてくれる。
可愛い……っ! 今日も天使! 毎日のことながら癒される。可愛いってそれだけで素晴らしい。今、私が誰を推してるかと聞かれれば、間違いなくミツキちゃんだと答えられる。
昔はキラキラしている鹿島さんは住む世界が違うな、なんて勝手に思って、話すこともほとんどなかったけれど、こんなに仲良くなれるだなんて不思議なものだ。
ああ、ミツキちゃんと同じクラスだったら……! と思わずにはいられない。でもクラスで友達が一人もできないとか言うの恥ずかしいし、言ったら心配させてしまうので、考えないようにした。
「ん? どしたの? ぼーっとして」
「あ、ううん! ごめんね! なんでもない!」
ミツキちゃんは結構勘が鋭い。私が悩んでたりすると、すぐ当てたり、さっとフォローしてくれる。だからこそ、そんなミツキちゃんの手を煩わせるわけにはいかない……!
「うん? そぉ? ならいいけど……」
疑問げな顔をするミツキちゃんに、私も頑張らなくちゃ、と心の中で拳を握りながら、彼女と並んでゆっくり学校へ向かった。
「でさぁ〜、今日美術でスケッチしないといけないんだよね。サイアク〜! ウチ、割となんでもこなせるけどさ、絵だけは、絵だけはダメなのに!」
ミツキちゃんは頬を膨らませてぼやいている。
……あ〜……確かにあれは……。
彼女の絵を一度だけ見たことはあるが……確かにすごかった。玄関に飾ってれば魔除けになりそうな……ある意味芸術的な絵だった。
あははと苦笑いを返していれば、ふと美術準備室で出会った彼のことを思い出した。
「──ソウマ。蒼真瞬」
吐息を落とすように名乗った彼はまるで絵の中の人のように美しかった。
蒼真くん、綺麗な子だったな。そういえば、あれから一度も会ってないな……。思い出してしまうと、好奇心が頭をもたげてくる。
き、気になる……。なんであんな場所に居たのかとか、綺麗な人だったし噂になってないのか、とか。
ミツキちゃんなら何か知ってるかな……?
ミツキちゃんは私と違って友達が各クラスにいる社交的な子だ。そしていつもどこで仕入れてくるのか、いろんな噂を私に話してくれる。
あの二人付き合い始めたらしい、とか、明日抜き打ちで小テストあるよ、とか。そんな話を聞くたび私は、人脈は力だな〜、すごいな〜と思うのだった。
「あのさ」
「ん、なに?」
「蒼真くんって知ってる? 前、少し話したんだけどすごく綺麗な人で……」
私がそう言った瞬間、急にミツキちゃんの顔色が変わった。驚いたような、あり得ないことを聞いたような。
「……まさか、それって美術室?」
「う、うん……?」
正確には美術準備室だけど……。私の回答を聞くと、ミツキちゃんは顔を青くした。
「──── それ、美術室のソウマくんじゃない……?」
「へ……?」
いかにもなネーミングと嫌な予感に顔を引きつらせると、ミツキちゃんは声をひそめて言う。
「去年2年5組で男子生徒が病気で亡くなったって」
あまりに不穏な話の始まり方に、何も言えずに固まってしまう。聞きたい好奇心と同時に、これ以上聞かないほうがいい、なんて予感もあって、結局動けない。
「その子、すごく絵の上手い子でさ。中学時代にはたくさん賞を受賞してたらしいし、かなりの美少年だったらしいんだけど」
そこまで聞いて、ふと、脳裏に情景が思い浮かぶ。
そうだ、だから聞き覚えがあるって……!
去年の夏頃、全校集会で「残念ながら生徒の一人が、闘病の末に亡くなりました」と校長先生が話していた。そのときはみんなで黙祷して全校集会を終えたけど……。
「皆さんの仲間のソウマさんが──」
校長先生の言っていた一言を、今更思い出してしまう。急激に、思考が冷えていくのを感じた。
蒼真くんが、彼が死んでいた⋯⋯? あの日見た彼の姿は、今思い返してみれば本当に現実離れしていて、あのとき白いと思った肌は、もしかしたら青白かったかもしれない、なんて思えてきて……。
そういえば、彼からお線香の香りがしていた。昔、おじいちゃんのお仏壇で手を合わせるおばあちゃんが言っていた。何もないのにお線香の香りがしたら、おじいちゃんがゆうちゃんを見に帰ってきたのよって。
蒼真くんからは、おばあちゃんの家のお仏壇の、白檀のお線香と同じ香りがした。白檀は香木で、サンダルウッドって名前で香水にもなっている匂いだし、蒼真くんが身につけてる可能性も無きにしもあらずだけど……。
でも、おばあちゃんの話では、幽霊はお線香の香りがするらしいし……。ミツキちゃんの話した「美術室のソウマくん」の噂と、どんどん符号があってしまう。
「……それから、出るらしいんだよね。放課後の美術室に、『ちがう、ちがう……』って言いながら絵を描き続けるソウマくんの霊が」
脳裏に過るのは猫の絵を描く彼の姿。
「ソウマくんも、未練があったのかもね。大好きな絵をずっと、描き続けてるらしいよ。美術室で、ずっと一人で……」
そうだったのだろうか。「迷い込んできた」みたいなことを言っていたし、まさか、もうこの世にいない人だったなんて……。
恐怖よりも先に、悲しい、と思った。蒼真くんは初対面の人に掃除を押し付けるなかなかな性格をしていたけれど……。
嫌いじゃなかった……。仲良くなれるかな、と思うくらいには、彼のことが気になっていたらしい。黙り込む私を見て、次第にミツキちゃんは顔を青くする。
「……冗談だよね?」
何も言えず黙る私に、ミツキちゃんは顔を引きつらせた。
「…………まさか、ホントに見たの? や、ちょ、待ってよ……!?ウチ、リアルで怖いのはムリなんだけど……!?」
怖がって私を揺さぶるミツキちゃんに 、なんて言えばいいかわからなくて曖昧な笑みを返すけど、頭の中は蒼真くんのことでいっぱいだった。




