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気がかりだったから

 そこに立っていたのは鞄を持った赤座くん。いつもの爽やかな微笑みを浮かべて近づいてきたかと思えば、先生を見て、それからちらっと私を見た。


 っ、変に意識しすぎだな……。気まずさと、変に意識してしまっている恥ずかしさに、居心地が悪くて目を逸らしてしまう。


 手伝ってくれるのが嬉しい、赤座くんと話したい気持ちの反面、振られた過去が気まずすぎる。


 頷いてほしいのか、断ってほしいのか、私自身分からないまま、赤座くんと先生の様子をうかがう。


「いいですよ」


 そうにこやかに答える赤座くんの声がどこか遠い。


 え……赤座くん、今、頷いて……。


「ありがとう。じゃあお願いね」


 それだけ言った先生がさっと教室から出ていってしまい、少しの間沈黙が流れる。


 え、先生は手伝わないのか……。ってことは……私と赤座くん、ふたりきりで……!?


「じゃあ、行こっか。四ツ森さん」


 私を向いた赤座くんに固まってしまったが、はっと我にかえる。


「……あ、うん!」


 慌てて鞄を背負ってから、プリントの束を持ち上げる。まさかの展開にまだ頭がついていっていない。


「そっちのは俺が持つから。ほら、早く終わらせよう」


「あ、りがとう……」


 誰が想像しただろうか。こんなイベント。それもまさか、失恋した私に起こるなんて。


 彼の後ろ姿を少し距離を空けて追いかける。こうしてみると、やっぱりスタイルがいい。一目惚れしたくらいだし、すごく彼の容姿が好みなのだ。


 それに、やっぱりいい人だ〜……! さっきもさらっとプリントを多めに持ってくれたし、朝も挨拶してくれた。すごいな、完璧すぎて、本当に住んでる世界が違う。


 そして同時に、告白したくせにこんなことも知らないなんて……とまた自己嫌悪に陥った。好きだったのは確かだけど、いくらなんでも不誠実。最低じゃん、私……。


「……ちょっと歩くの早かった?」


 足が気がつかないうちに遅くなっていたのか、不意に目があって肩が跳ねる。


「あ、いえいえ! そんなことは……!」


 慌てて首を振れば、彼はふっと笑って足を緩める。すると私は追いついて、隣に並んだ。


「結局一緒に職員室入るしね。一緒に行こうか」


 そう言って歩幅を合わせてくれる様子に私は驚いていた。す、すごい。さすが王子様って女子に影で呼ばれてる男……!


 あまりに対応がスマートで、ときめく前に感心してしまった。そりゃモテるよなぁ……。


 横顔を盗み見れば、ふわっと柔らかそうな黒髪から覗く横顔は、鼻が高くて眉毛がキリッとしてて、まるで俳優みたいだ。


 スクールドラマのワンシーンにありそう……。少女漫画が元ネタのとか。そういえばクラスの子もそんな話をしていた。確かにまつげが長くて、何度見ても整っている。


 フェイスライン綺麗……。羨ましい……。


「ん……、俺の顔なにかついてる?」


 っバレてる……!?


「え、あ……、ごめんなさい、ジロジロ見て!」


 声をかけられて、てんぱってしまい、咄嗟に手を顔の前でぶんぶん振ると赤座くんは苦笑した。


「いいよ。慣れてるから」


 あまりにサラッと言われて驚く。でも言われてみれば当たり前だ。彼みたいな人、知らない人だってまじまじと見たくなってしまう。


 思わず目で追っちゃうよね……。こんなにかっこいいと。


「でも、四ツ森さんも人がいいね。プリント運びなんてさ」


 それを言ったら、赤座くんだってそうだ。少し視線を彷徨わせて、言うか言わないか迷ってから、やっぱり口にする。


「それを言ったら、赤座くんだって優しいよ」


 プリント多めに持ってくれたのも、歩幅合わせてくれてるのも……。私の言葉に、彼はふはっと笑った。


「先生に呼ばれて面向かって言われたら断りにくくない?」


 笑いながらのその一言が意外で彼の顔を見つめてしまう。


「俺のは面倒ごと押し付けられただけかな。……って言っても、クラスのやつだし、俺の出したプリントも入ってるし、これぐらいはやらなきゃだろ?」


 ……私とおんなじこと、思ってる。


 驚いてしまった。住む世界が違うと思ってたから、まさか同じこと考えてるなんて思わなくて。


 赤座くんもそんな風に、面倒だなんて思うんだ。考えてみれば当たり前のことだけど、なんだか気が抜けて、笑ってしまった。


「よかった」


 息を含んだ柔らかい声で言われて、目を見開く。彼の方を見れば、普段浮かべている優しい微笑みの中に、安堵の色がある気がした。


「え……?」


「一年の時の、気がかりだったから」


 その言葉にドキンとする。一年の時ってやっぱり、あの……。


 それ、蒸し返しちゃうんだ……!


 ほろ苦い過去の記憶に俯く。急激に顔が熱くなっていく。居た堪れない……。


 見られているのは分かっていたが、咄嗟に何を話せばいいかわからない。そんなこと考えている間に、この階段を登ればすぐに職員室だ。むしろそれが救いに思えてしまう。


「じゃあ入ろうか」


 赤座くんは職員室のドアをコンコンとノックして開けて、挨拶をして入っていく。ハッとなって私も追いかけた。


✳✳


「じゃあ、俺はここで」


 無事にプリントを置き終わり、赤座くんはひらりと手を振って帰っていく。


 あれは……なんて返せばよかったんだろう。気にしてないよ。むしろ私のほうこそごめんね……。ううん、どれを言っても違う気がする。


 変に思われてないといいな……。なんて、思わず俯いてしまう。気づけばぎゅっとカバンの紐を握っていた手が見えて、急に自分が情けなく思えて、ため息を吐いた。


 とぼとぼと廊下を歩く。わざと赤座くんに追いつかないように遠回りの道を選んで階段を降りる。ほんと、情けなさすぎて泣きそう……。


 そうして階段を降りたところで、ゆら、と何かの尻尾が揺れたのが見えた。


 ……黒猫? 学校に? 黒いそのシルエットは見間違えでなければ猫そのもので、思わず追いかける。


 こんなとこになんで……。迷い込んじゃったのかな? もし先生方にバレれば大騒ぎだ。その前に外に放してあげないと。そうして辿り着いたのは ───


「美術準備室……?」


 ドアは猫1匹ぐらいならするりと入り込めてしまいそうなほど空いている。もしかして、この中に入ってしまったのだろうか。


 だとしたらまずい。美術準備室は入ったことがないから何があるかわからないけど、物を倒したりしてしまったら大変だ。仕方ない……!


「お、お邪魔しま〜す……」


 美術準備室の扉を軽く開いて、中に足を踏み入れた。

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