予想外の助けがきた
「いたッ!?」
「優陽!? 大丈夫!?」
想定外の衝撃に、目を白黒させる。何が落ちてきたのかと足元を見ると、バスケットボールのようだった。
いたたっ、なんでバスケットボールが上から……っ!
上を見上げると、体育館の二階にある細い通路にクラスメイトの男子、堂島くんがいるのが見えた。
「エッ、四ツ森さん!? わり〜ッ!!ボール落っことしちゃって!!」
「ちょっとアンタ! 降りてきなさいよ! 優陽、すっごく痛そうにしてるんだけど!!」
「わり〜ッて!!俺もわざとじゃないんだって!!」
私が頭を押さえてるうちに、ミツキちゃんと堂島くんの言い争いになってきて、どうすればいいかわからなくなってしまう。
い、いたい……。でもミツキちゃんが私のために怒ってくれてるのちょっと嬉しい……。ミツキちゃん、そんなに私の事心配してくれたんだ……なんて、つい感動してしまう。
……いやでも!! 私のせいでミツキちゃんと堂島くんの関係が悪くなったらすごく申し訳ない! でも、どうしよう、何も言えない……。
二人の言い争いはどんどんとヒートアップしていき、口を挟むタイミングが掴めない。私がワタワタしていると、肩をポンっと軽く叩かれた。
「はい……ッ!?」
肩をビクッと跳ねさせ、素っ頓狂な返事をして振り向く。
「あっ、ごめん。そこまで驚かれるとは思ってなかった」
聞き慣れた耳馴染みの良い声に一瞬思考が停止する。
「どうしたの? 揉め事?」
すぐ近くに赤座くんの顔があって、のけ反るようにして再度驚いてしまった。薄く制汗剤のような爽やかな香りが鼻を掠める。
あ、赤座くん……!?
しかし予想外の登場すぎて、心臓がまだバクバク音を立てていた。
目を細めて「蒸しあつ……」と呟きながら、赤座くんは額から流れる汗をさっとタオルで拭っている。さっきの赤いビブスを脱いでいる。
どうやら休憩中らしい。爽やかだけど少し乱暴な男の子の仕草だ。タオルで拭ったからだろう。珍しく髪が乱雑に跳ねている。骨ばった手で乱れた髪を撫で付ける仕草のギャップに、胸がトクンと甘く鳴った。
な、なぜこんな所に……ッ! さっきまで男子に囲まれてたのに……。
「それで見た所、堂島が何かやったの?」
「あ、えと……」
視線が自然と言い合いをする堂島くんとミツキちゃんの方へ向く。
「……あやまってんじゃん!!てかなんで鹿島が怒るんだよッ!!」
「謝ってることを言い訳にする時点でサイテー。早く降りてきてここで優陽に謝りなさいって言ってんの! 」
そこでハッと我に帰る。ミツキちゃんと堂島くんの言い争いはまだ続いていて、どんどん声も荒っぽくなっている。
あああっ、これはまずい……っ!
先生に見つかったら、二人とも怒られてしまうだろう。堂島くんはともかく……ミツキちゃんが怒られるのは申し訳なさすぎる。
チラッと赤座くんの顔を見ると、心なしか少し楽しそうに言い争う二人を見ていた。あれ……? もしかして赤座くん、少し面白がってる……?
「……へぇ」
赤座くんを見ていれば、ふと、視線が交わる。
「そろそろ止めないとまずいかな。で、四ツ森さん、何があったの?」
赤座くんが私の言葉を待っていることに今更気がついて固まる。あ……説明しなきゃ!
「えと……堂島くんがボール落としたのが私の頭にあたっちゃって、それでミツキちゃんが……」
今の状況を説明すると赤座くんは私の頭を見る。確認するような目つきにあわてて両手を振る。
「ボール当たったって、大丈夫?」
「あ。えと……わ、私は大丈夫! です。それよりも、二人をどうにかしないと……!」
そう伝えると彼はいつものように柔らかい微笑みを浮かべていた。私が好きだった笑顔だ。
「俺に任せてよ」
そう言うと、赤座くんは私から離れていく。
あっ……。
そして躊躇せずに言い争う二人に近づくと、まず2階の堂島くんへ声をかけた。
「堂島ーっ! 次出番だろ。早く降りてこーい!」
赤座くんが来たことに気がついた堂島くんは驚いたような顔をして、それから何か言おうとしたが、その前に赤座くんが言葉を発していた。
「あと四ツ森さんには、上からじゃなくて降りてから謝るのが最低限の礼儀だろ」
「えっ、赤座!? お前もそっち側かよ!!……や、まあ俺が悪いんだけど。あー俺が悪いか……!」
堂島くんは気まずそうに頭をポリポリと掻くと、両手を合わせて下にいる私を見る。
「ごめん四ツ森さん! ボール回収ついでにそっち行くからちょっと待っててくんね!?」
堂島くんはそう叫んだあと、階段のほうへ走っていった。その様子を確認してから、赤座くんはミツキちゃんを見る。
「鹿島さんも」
「はぁ!? なんで赤座が口出すのよ」
「ほら、四ツ森さん困ってるから」
「えっ!? あ……」
ミツキちゃんは私の顔を見て我に返ったようだ。途端に申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「ごめんっ! 優陽……」
「あ……いいの! むしろありがとう。代わりに怒ってくれて」
ごめんって迷いなく言ってくれるミツキちゃんに、ジーンと胸が熱くなる。それと同時に少し照れ臭くて、誤魔化すように足元に転がっているボールを拾った。
なんとなく、ダンッと地面に打ってみると向きが悪かったのかあらぬ方向に飛んでいく。
あっ!! とキャッチしようとしたが、咄嗟に身体が間に合わず、伸ばした手は空を切る。目だけでボールの動きを追うと、パンッと軽い音と共にボールは人の手の中に収まった。
……え?
「おっと。はい」
どうやら、赤座くんがキャッチしてくれたようだ。にこっと笑った彼にバスケットボールが手渡される。
は、恥ずかしい……! よりにもよって、バスケがすごく上手い赤座くんにこの体たらくを見せてしまった。
居た堪れない恥ずかしさに少し俯いてしまうと、ふっと息を含んだ笑うような音が聞こえてきた。
「もしかして、苦手?」
優しい問いかけに小さく頷くと、赤座くんは私に渡そうとしていたボールをその場で床についた。
ダァンッダァンッと規則正しく小気味のいい音が響く。やっぱり上手だなぁ……。
「四ツ森さんは手首の動きが硬いのかもね。もっとスナップ効かせて、柔らかく使ってみなよ」
ポーンと軽く投げられたボールは、私の手の中にすっぽりと収まった。
「あ、ありがと……」
あまりに下手すぎて、レクチャーをいただいてしまった……。でも嬉しいだなんて……。そうぼーっとしていると、赤座くんはまた笑った。
「がんばれ」
その優しいがんばれに── 思わずキュンとしてしまった。彼はそのままアドバイスだけ置いて、男子コートへ戻っていく。
ず、ずるい。ああいうの……。熱い顔をバスケットボールで隠す。きっと、今私の顔は茹でダコみたいに真っ赤に染まっている。
あんなの、誰だって好きになっちゃう。好きになられると、困るくせに……。そんな苦く非難がましい気持ちと、甘い残り香に、貰ったボールを胸に押し当てた。
── その後、堂島くんに謝られ、ミツキちゃんにももう一度謝られてから、練習は再開した。
✳✳
放課後になり、私は美術準備室に向かっていた。例の、蒼真くんについての噂を確かめる為だ。
美術準備室のある美術室の方面は普段人が少なく、あまり使われていない。うちの高校にも美術部はあるのだが、その部活動は第二美術室で行われており、めったにこの美術室では行わないのだ。
改めて“出る”と噂される場所に向かってみると、次第に恐怖が膨れていく。
蒼真くん、本当に幽霊だったらどうしよう……。
居なかったら……寂しいけど、まだ納得できる。でももし、本当に幽霊で、死んでることに気づいたからって豹変して襲ってきたら──
フィクションの世界でよくある、寂しいから人を引きずり込む悪霊とか、呪いとか……。そんな嫌な想像をしてしまって、頭を振って振り払う。
いや……あの時の蒼真くんはそんなことする人には見えなかったし……。そんなことを考えていると、気づけば美術準備室前へと辿り着いてしまっていた。
……そもそも、鍵開いてるかもわかんないし……。
恐る恐る引き戸に指をかける。少し力を入れると、ゴロッと少しの重みを纏って動いたのがわかった。
あ、開いてる……っ! 途端に指先が重くなった。顔からさぁーっと熱が引いていく。心臓がトットットッと小刻みに脈打っていて、今すぐに回れ右して帰りたくなる気持ちに駆られる。
──しかし。
「誰?」
扉の向こうから唐突にかけられた声に、私は声にならない悲鳴をあげた。




