第227話 保養所
ヴァインツ村の保養所兼酒蔵は、気が付くと要塞のようなものになってしまった。
大きく設計を変えたわけではないが、岸壁に沿うように建築したのと、大きな石造りの建物であるため妙に勇壮だ。
陸から見てこれだから、海から見ると一層示威的に見えることだろう。
保養所っぽさはないが、防衛の要としてはある意味正解なのかもしれない。
建物自体は南北に長く、西の海に向けて大きく構えている。
二階建てだが、石造りで各階の天井が高く、全体としてかなり背が高い建物だ。
特に一階部分は、倉庫や酒蔵を兼ねているので、大空間が連続しており、壁が厚く梁も太い。
最悪の事態になった場合、村人が立てこもることも考えているので、一階部分は窓が比較的小さいのも、威圧的な印象を与える要因の一つだろう。
昔のように黒狼に囲まれても、これなら食料が続く限り持ちこたえられるはずだ。
また、それとは逆に、二階はかなり開放的な作りとした。
海に向けて設けた、大きなバルコニーと、開口部が海風をいっぱいに取り込み、リゾート感を演出している。
一階が完成してからは建築中も食事はいつもそのバルコニーでとっていたが、なかなかの絶景を楽しむことができた。
面白かったのは、むしろヴァインツ村の連中ほど、バルコニーからの眺めに感動していたことだ。
見慣れた景色だとは思うが、こういう舞台装置からあらためて眺めると、意外と感じ方も変わるようだ。
何度か村のみんなをバルコニーに招待し食事を振舞ったが、想像以上に盛り上がった。
保養所としては貴族向けの機能を想定しているが、この戦いが終わったら一般にも解放して、村のイベントごとにも活用してもらいたい。
村長などは長い間、ただ夕陽が沈む様子を見つめ、時折涙を流していた。
もうこの村長とも長い付き合い。
なんだかんだ村に対する愛着の強い男だし、それなりに慕われてもいる。
最近では村長をサラに託して、早々に引退しようとたくらんでいるようだが、俺としてはもう少し頑張ってもらいたい。
「良いな――これは、良い場所だ、ボナス。こんな俺でも、また夢を見たくなってしまう」
「だろう? 気に入ってもらえてよかったよ。ただハジムラド、お前はもうサヴォイアの店の看板爺なんだから、そっちもたのむぞ?」
「ああ、まだあの店の味を任せられる奴は、クロくらいしかいないからな」
「お、おれは?」
「……ふんっ」
いつの間にか俺のコーヒーショップは乗っ取られていたようだ。
オスカーあたりは文句を言いそうだが、こう店を任せっきりでは俺も反論できない。
いずれにしてもボナス商会の店であることは変わらないし、ハジムラド自身がその一員だ。
どのみち今は俺が店に立つ余裕もない。
正直ハジムラドの存在はめちゃくちゃありがたい。
特にこれからしばらくはサヴォイアには兵士や傭兵、貴族、その他よくわからない連中もなだれ込んでくるだろう。
ハジムラドなら傭兵から貴族まで、そつなく対応できる。
こんな奴はサヴォイア中探し回ってもまずいない。
ソルティスにもすっかり気に入られている。
流石にもう勧誘されるようなことはないようだが、客の少ない時には延々と話し相手をさせられているようだ。
「ただ、この場所も魅力的だ……出来れば俺も直接――」
「まぁ、心配するなって! まだ中に設置する機材も準備できてないしな~。それもボナスが上手く考えてくれたから、あとは俺やギゼラ、あと……あの婆さんもいるんだ。そりゃあ立派なの用意してやるからよ!」
「ああ、ガスト、お前たちのことは信用している。ただ、楽しみなだけだ。あとラフィを婆さんと呼んだことは彼女に伝えておこう」
「お、おいおい、冗談だって!」
ちなみに今、俺とハジムラド、ガストは建物の北側に設けた酒蔵にいる。
ピリは倉庫で運びを終えたらここで合流する予定だ。
ガストは別だが、酒蔵の元々の出資者たちだ。
この場にメナスがいないことが悔やまれる。
しばらく姿を見ていないが、果たして大丈夫だろうか。
状況が複雑になると、彼女の声が聞きたくなる……。
ともかく、今ではそこにマリーや領主、ソルティスまでも過剰に金を出そうとしてくるこの施設だが、元々の構想はラウラがうっかりつくりだしたラウラ酒に始まり、そこへメナスやハジムラド、ピリが乗ってきてくれたから動いた話だ。
できれば皆揃って祝杯でも上げたかった。
ただまぁそれは酒造りの機材が揃ってからでも十分だろう。
金属加工にはまだまだ課題も多いし、実際建築よりも時間がかかりそうだ。
木樽についてもまだまだオスカーと実験中でもある。
そのすべてが面白く、やりがいもある。
焦る必要もないだろう。
「おい、ボナス! あの倉庫、よく考えたな。やっぱり荷台の高さに床があると便利だなぁ~。あとあの荷車、早く俺たちにも作ってくれ!」
「ああピリ、搬入路も一方通行で使いやすいだろ?」
「お前はほんとそういう知識、いったいどこで仕入れてくるんだよ……」
「あ~……サイードの工場で荷受けしてたからな、いろいろ思うところがあったんだ」
「はははっ! 思い出した。そういやお前使い走りみたいなことやってたなぁ!」
荷物をおろし終えたピリが緊張感のない様子で姿を現す。
今日は半日仕事で、この後はヴァインツ村で一日休暇を満喫するつもりだろう。
いつもの傭兵然とした姿ではなく、半袖半ズボンと緩い姿でペタペタとサンダルを響かせて歩いてきた。
とはいえ、ピリたちはこれまでサクの街からヴァインツ村まで、サラ達とともに、ここまで馬車馬のように働いていた。
それもほぼボナス商会のせいだ。
今日くらいゆっくりとしてもらおう。
明日の午後にはまたうちの仕事が入っているはずだ。
「しかしなんだかんだあったが……一瞬で出来ちまったなぁ。計画を聞いた時は眉唾ものだと思ったが、意外とできるもんなんだなぁ、ハジムラド!」
「そんなわけあるか、ピリ。この規模でこの造りだぞ? 普通はありえん、異常なことだ」
「まだ細かい工事は残っているものの、大枠は完成と言えるからな。予定通りと言えば予定通りだが……俺もなんか信じられない気分だよ」
「お前たちはその顔ぶれ故戦力が目立つが、むしろ俺が恐ろしいと思うのはこういうことを簡単に実現させることだ。村の復興時から思っていたが、今回ばかりはボナス商会の底力を思い知らされたぞ」
「鬼男と洞穴族の協力がかなり大きかったからな」
「へへっ! まぁ~俺たちにかかれば、石切りなんて簡単なことだ! ただ、なんだかんだ鬼男たちが頑張ったのは大きいけどな」
「お前たちすっかり仲良しだよな」
事実今回の計画ではあらゆる場面で鬼男と洞穴族の活躍が目覚ましかった。
もちろん今まで通り、ボナス商会の面子は大きな力になったが、新しく仲間に加わった若い鬼男たちやラフィ、その仲間たちがそれこそ朝から晩まで、場合によっては寝ずに石を切り、運び、建物を作り上げるのに多大な協力をしてくれたのだ。特にラフィたちが協力してくれたのは嬉しい誤算だった。
今ではうちの鬼と洞穴族はすっかり意気投合して、休日も仕事場に来ては仲良く遊んでいる。
当初の鬼に対する敵対的な態度は何だったのかとも思うが、あくまで仲良くできるのはうちの商会の鬼限定の関係らしい。
馴れ馴れしいようで、本質的には警戒心の高い種族だ。
だが、今もし知らない鬼が洞穴族へちょっかいをかけるようなことがあれば、むしろうちの鬼たちこそが黙ってはいないだろう。
その程度には十分親密になっている。
「――ボナス! そろそろ食事がきますよ~!」
「ああ、ラウラ。今そっち行くよ!」
「ボナス商会の用意した料理は久しぶりだな! へっへっへっ、言われた酒も大量に運び込んできたから、準備は万端だな!」
「酒か……そういえば酒を飲むのは久しぶりだな。酒蔵にいるのに……妙な話だ」
「それじゃあバルコニーに移動しよう」
二階のバルコニーに出ると、ボナス商会の面子や洞穴族、鬼男たちもすでに集まっていた。
もう酒が入っているようで、洞穴族と鬼男たちが大きな声で歌っている。
今日は特別な名目があるわけではないが、一区切りついたので身内で気楽に飲もうという話になっただけのことだ。
サヴォイアの露店も今日は休みにして、メラニーや仕立て屋の娘たちも連れてきている。
メラニーは街を出るのも初めてということで、はじめは酷く緊張していたようだが、今では普段眠たげな目を大きく見開いて、興奮したように飲み食い騒いでいる。
仕立て屋の娘たちもすっかり場に馴染んでいる。
種族も立場も違う者たちばかりだが、ほぼ全員顔見知りなので、意外にリラックスした雰囲気だ。
さらには、話を聞きつけたソルティスやカイ、モモ、建築に参加した村人まで参加しており、混沌とした盛り上がりを見せている。
それでも巨大なバルコニーには十分ゆとりはあるし、並べられた食事も食べきれないほどだ。
今回用意したものの半分はアジトから持ち込んできたものだが、実は残り半分はこの村の食材だ。
思った以上にこの村の環境は豊かだ。
魚もあればワインやオリーブ、様々な野菜も採れる。
少しづつだが牧畜も再開した。
王国の端にある村で危険も多いが、それでも人が住み続けるのは、やはりそれなりの理由があったようだ。
アジトの包み込まれるような環境とはまた違った魅力がある。
もしかするとこの村はこれから化けるかもしれない。
「ぼなす~、ぐぎゃうぎゃう!」
「うん? おお~、可愛いじゃないか、クロ! 着替えたんだな、良く似合ってるよ」
「きゃ~ぅ!」
クロが新しい服を見せに来てくれた。
仕立て屋の姉妹が持ってきてくれたもののようだ。
よく見るとクロだけじゃない。
シロにギゼラ、ラウラにマリー、さらにはミルやビビ、ガストまで、ボナス商会の面々は当たり前のように着飾っている。
特に気取った服ではないが、皆よく似合っていて当たり前のように綺麗だ。
ビビやガストは相変わらずローブだが、それでもその素材を考えると、決して貴族が着るものに劣ることはないだろう。
エリザベスの毛をふんだんに使い、トマスの店やクロ、蜘蛛たちに仕立てられた衣服は、彼女たちの魅力を十全に引き出している。
ザムザやオスカー、鬼男たちまで、いまではそれなりの服装をしている。
元々が体格に優れた連中なので、腹が立つほど格好良い。
ぴんくはなぜか手足の八本ある着ぐるみを着ているが、何かへの対抗意識だろうか……。
いずれにしても一年前を思うと、まったく信じられないような光景だ。
このバルコニーの様子をみていると、ハジムラドではないが、確かにボナス商会の底力のようなものを感じる。
「ねぇ、ボナス。ありがとうね」
「うん? どうした、メラニー、今更感謝なんて、らしくないぞ? 大体招いておいてなんだが、今日の飯だって、一緒に作ってくれたらしいじゃないか。あっ、この魚のフライうまいな……」
メラニーが適当に食事を取り分けた皿を持ってきてくれた。
見慣れない料理がいくつかあるので、彼女の作ったものかもしれない。
とりあえず適当に摘まんだ魚のフライの味に感動する。
「それは私が揚げたやつ――ってそんなことはどうでもいいけど、私は――あんたたちに出会うまで、自分がサヴォイアを出るなんて思いもしなかったんだよ」
「いやヴァインツ村だって一応サヴォイアだろ?」
「それでもだよ! 私にとっては街を出るだけで、大冒険なんだ……けどねぇ、なんだか思ったよりずっと簡単に、ず~っと遠くに来ちゃった気がするね」
「そうか? まぁいいじゃないか。いろいろきな臭くはあるが、近場だしいつでも遊びに来れば」
「ああ、そうだね。実際悪くない気分だよ! 子供のころ、母さんから、いろいろな街を旅した話を聞いて、うらやましくって……でも私にはとても真似できないなって思っていたけど、今じゃ私のほうがずっと凄い経験してるからね!」
「う~ん、そうなのか?」
「そりゃそうだよ! 大体この宴会自体あり得ないことでしょ? 町人に村人、傭兵に兵士、さらには貴族に小鬼、鬼、洞穴族まで! それが仲良く一緒にご飯食べてるって……普通ありえないよ?」
「ん~……まぁ、言われれば……それもそうか?」
「私としちゃあ、昔憧れた物語の世界の、さらに向こう側に来ちゃったような気分だよね」
「そういう感じか……もう最近俺にはそのあたりわかんなくなってきたよ」
「それに、コハクはまぁちっちゃいころから知ってるから……もういいよ。けど――あれは何なのよ、あれは!」
「アハハハ~、ボナスサマ~! サカナ~!」
「ああ……オクタヴィア、今はいらないから、自分で食べな」
「ハーイ、アハハハッ!」
メラニーが指さしたのは、バルコニーの手すりに絡みついたタコ足の少女。
毎度俺たちが海辺に来ると、当たり前のように海から這い寄ってくるこの謎生物のことは、オクタヴィアと名付けた。
今では意外にみんなに可愛がられている。
最初はクロや蜘蛛たちがせっせと餌を与え、育てていたようだが、今ではしっかり自分で食べ物を採ってくる――どころか、俺たちにお土産を持ってくるまでに成長した。
なぜかラウラの護衛をしているモモが、オクタヴィアの姿をいたく気に入ったようで、可愛い可愛いと言って、暇さえあればオクタヴィアを構い、言葉まで教え始めてしまった。
そこからさらにオクタヴィアは思わぬ方向へと成長し、最初は知性のかけらもなく、ほぼ人型の付属物だった上半身が、その目に明確な知性を宿し、言葉を発するようになってしまった。
「歌上手いんだよ、あいつ」
「歌……ほんとボナスたちは飽きないねぇ」




