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異世界アジト~辺境に秘密基地つくってみた~  作者: あいおいあおい


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第226話 塔からの眺め

 あれからもう二か月ほどになるだろうか。

 目の前の景色を眺めていると、あの夜のことが嘘のように思えてくる。

 不気味な霧や腐ったクジラ、凶暴なモンスターたち――それらが本当に存在したのかさえ、疑わしく感じられるほどだ。

 ちょうど俺たちが飛び降りた岸壁の上に建てた監視塔、その最上階から海を眺めるとどうしてもそう思わされる。

 それほどまでに、四方に広がる絶景はどこまでも明るくさわやかで、穏やかな海風も心地よい。


「ヴァインツ村の方も素晴らしいものになりそうですが、ここも意外に悪くないですね!」

「ああ、何にもない絶景の中、たったここだけポツンとある感じがなんというか独特の魅力があるよな」


 窓辺の縁に腰かけたラウラは、はちみつ色の柔らかい髪を風に遊ばせながら、気持ちよさそうにそう言う。

 なかなか絵になる姿だが、彼女の場合、いかにもそのまま落っこちそうな気がして、腰に回した手が離せない。

 そんな距離感で、何やらご機嫌な様子で笑みを投げかけてくる婚約者の姿は、実際可愛く魅力的ではあるものの、周りにいる鬼男たちがちらちらと横目で見てくるので、さすがに落ち着かない。


「でも、ここがあの夜と同じ場所だなんて信じられませんね」

「まぁなぁ~……でも、あそこの岩場、ほら、不自然にえぐれてるのって、ラウラの魔法の痕跡じゃないか?」

「ま、まぁ、そんな細かいことは良いじゃないですか!」

「ちょうどクロたちの釣り場になってるみたいだし、良かったのかもな。それはともかく、この監視塔、思ったよりよくできてるじゃないか。堅牢に作ってあるし、なんというか……味がある。どうだった、お前たち?」


 先ほどから狭い部屋でごそごそと動き回っていた鬼男たちの動きが一斉に止まる。

 なんの配慮か、それまでは俺とラウラを遠巻きにしていただけだったが、声をかけると一斉にこちらへとその青い瞳を向けてきた。

 シベリアンハスキーの群れみたいだな……。


「面白かったぞ、首領!」

「最高だった! それに、今度はもっとうまくできそうだ」

「おお、そうかそうか」

「俺は木材の加工が一番面白い! オスカーがすごいんだ」

「最近狩りも楽しいんだ! でもマリーがたまに怖い」

「石積みは俺に任せてくれ! あと、ギゼラが怖い」

「木材は全部俺が削ったんだぞ! あと、シロが怖すぎる」

「俺は人生でこの二か月間が一番面白かった」

「お前は物言いが大げさだなぁ、ゴトウ。あと、うちの女性陣はみんな本当は愛情深いし優しいんだ。だから……諦めろ」


 監視塔に入ってからずっとそんな気配は感じていたが、鬼男たちは本当は俺にいろいろと話したいことがあったようだ。

 まるで競うように話始めた。

 ちなみに今いる監視塔は二番目に建てたものであり、今いる七人の若い鬼男たちだけで作り上げたものだ。

 最初に建てた監視塔は、俺やオスカーがあれこれとヴァインツ村の連中や鬼男たちに指示を出しながら一気に作り上げた。

 当初はそのやり方で次もと考えていたのだが、予想以上に若い鬼男たちの覚えが良く、意欲も高かったので、思い切って図面だけ預けて、二つ目を丸々任せてみたのだ。

 その結果、いくつか図面通りではない場所や、謎に独自性を出そうとして失敗したところはあったものの、初めてにしては十分なものをしっかりと作り上げた。

 もちろん一棟目がわずか三日ほどで完成したのに比べて、二番目のこの監視塔は丸一月もかかりはしたが、まったく手を借りずにここまでの物を完成させるとは思っていなかった。

 何より若い鬼たちにとってはこれ以上ないほどいい経験になったようだ。

 わずかこの短い期間で、顔つきや雰囲気もずいぶん変わった気がする。

 今は身なりもそれなりに整えられており、かつて素手でモンスターに殴りかかっていたような連中には思えない。


「まぁなんにしてもこの監視塔は本当によくできてると思うよ。よくやった」

「オスカーがいつも自分の作ったものを、あんなに自慢する気がよく分かったぞ」

「なぁ首領、実際よくできてるだろ?」

「ああ、よくできてるな。それに、完成してからもちょいちょい手を入れてるようだな」

「休みの時はよくここで夜を明かすんだ」


 彼らにとっても初めて自分たちで作った建物ということで、非常に強い愛着を持っているようだ。

 特に仕事がない日などは、全員で連れだって荷物や食料を持ち込み、この監視塔をそれこそ秘密基地のように使っているらしい。

 もちろんサヴォイアから交代で派遣されてきた護衛兵もいるが、以前モンスター相手に共闘した連中がほとんどだ。

 おかげで、今でも仲良くやれているらしい。

 この場で酒盛りをしたり、剣を教えてもらったりと、俺の知らない間にもしっかりと交友関係を築いているようだ。

 サヴォイアでは俺たち以外、街の人間が鬼と仲良くするなどという話は聞いたことがない。

 もしかすると、世間とは孤立隔絶した、この孤島のような特殊な環境が、意外に良い方にはたらいたのかもしれない。

 ちなみに鬼男たちは普段、ヴァインツ村に寝泊まりしており、サラが生活の面倒を見てくれている。

 といっても彼女は今や輸送や人材派遣の采配で毎日忙しい。

 たまに顔をだし、食料や金銭を提供し、仕事の指示を出す程度で、実際には村人が世話を焼いてくれているらしい。

 俺たちとの付き合いも長いせいか、ヴァインツ村の村人たちは特に抵抗感なく鬼男たちを受け入れているようだ。

 評判の悪い鬼男ということで、少し心配していたが、今のところ鬼男たちは驚くほどうまくやれている。

 彼らは若く、鬼としての能力もある。

 もし俺がもっと若く、あれほどの力を持っていれば、それはもう調子にのっただろう。

 そう考えると、シロやギゼラ、マリーなどが適度に彼らを厳しく教育しているのも、案外良いバランスなのかもしれない。

 鬼男たちはいくらなんでも彼女たちを怖がりすぎているような気もするが、まぁそれもいずれザムザのように慣れるだろう……たぶん。


「あれからは特にタミル帝国からの襲撃もないようだが、ここなら何かあってもすぐわかりそうだな」

「ああ、狼煙台もいつでも使えるようにしているし、しばらくなら立てこもりながら戦える。備蓄も十分だし、準備は完璧だぞ! なぁ首領、ヴァインツ村の砦ができたら次は街か?」

「ああ~……まぁ、そうだな。ちょうど村のほうが終わるころには街のほうを着手できそうかな。あっちにはお前たちの個別の部屋もちゃんとあるからな」

「わかった!」

「楽しみだなぁ」

「任せろ!」

「首領、俺は新しい服が欲しい!」

「いやぁみんな若くて元気ですねぇ~」


 楽しそうなのは良いが、群がってくる鬼男たちは果てしなく暑苦しい。

 ラウラはいつの間にかぴんくを頭に乗せ、そんな俺たちからちゃっかり距離を取っている。

 まるで他人事のようこちら眺めてはいるが、実はラウラもマリーと同程度には彼らに怖がられていたりする。

 以前ここで繰り広げられた凶悪な魔法を連発していた姿が印象的だったようだ。

 たまに怖い魔女を見るような目でラウラを見ている。


「おーい! みんな! そろそろ行くよ!」

「げっ、サラがもう来た……」

「なんだ、そんな時間か」

「早いな」


 ちなみに鬼男たちは今も仕事中だ。

 一時休憩するために監視塔に立ち寄ったところ、たまたま俺たちと鉢合わせたのだ。

 サヴォイアからヴァインツ村へ、サラたちと荷物を運んでいる途中らしい。

 監視塔の窓から声のする方を見下ろすと、真っ白なローブを羽織ったサラがねじくれた長い木の杖を振り回している姿があった。

 一見するとラウラよりも魔女っぽい。

 彼女も日々個性的になっていってる気がする。

 不思議な奴だ。

 それほど大きくはないが、不思議とよく通る声をしている。

 鬼男たちはおとなしくその声に従い、ぞろぞろと階段を降りていく。

 もともと働き者だったサラだが、エリザベスのローブを羽織るようになってからは一層仕事熱心になった気がする。

 日々謎の使命感を持って、俺たちに尽くしてくれている。

 彼女の強い希望によって、定期的にエリザベスとは会う機会を設けてはいるが、いつもエリザベスのほうが若干引いている気がする。

 ちなみに彼女のローブの背中には、俺たちのものと同じようにボナス商会の紋章である小さなぴんくの図案が刺繍されている。

 だが彼女のローブにはさらに、その裏地にエリザベスの姿が無数に、執拗に刺繍されている。

 どうやらすべてサラ自身の手によるもので、いろいろな姿のエリザベスが刺繍されている。

 忙しい合間によくやるな……ちょっと怖い。


「あっ、ぴんく、そんなところうろちょろしてるとまた落っこちるぞ? お前はほんと高いところ好きだよなぁ~」

「まぁイトちゃんがいるから安全ですけどね」

「そういや、最近のイト少し変なんだよなぁ……」


 親指の爪ほどの大きさしかないイトだが、相変わらず蜘蛛たちの連絡役や、ぴんくの命綱として常々大活躍してくれている。

 ただ最近少しだけその様子に変化がみられるのだ。


「う~ん、なんだろうな……なんかこうやって見るとキラキラと――」

「ねぇ、ボナス。私は不思議なことや魔法が大好きです。だけど、もうあれはきっと人の手に負えるものじゃないから……あまり、考えないほうが良いですよ?」

「え、えぇ……?」


 ガラス細工のように透明だったその体を透かし見ると、何か光の細かい粒子のようなものが、渦を巻くように瞬いているのが見えるのだ。

 昔はこんなものはなかったのだが……大丈夫だろうか。

 そんなイトに吊り下げられ、嬉しそうに手足をバタつかせているぴんくだが、またこいつが何かやったのだろうか。

 まぁ、やったんだろうなぁ……。

 こういうことには、いつも誰よりも関心を示すのがラウラだ。

 だが、そんな彼女が考えるなという。

 本当に大丈夫だろうか。

 彼女もイトの変化に気が付いてしばらくは、熱心に眺めていたのだが、ある時から考えるのを辞めてしまったようだ。

 好奇心の塊のような彼女がそんな様子なのでさすがに不安になる。


「ま、まぁ、本人はむしろ元気そうだし。なんだか小さな銀河みたいで綺麗だから良い……のか?」

「そうです、綺麗ですからね、いいんですよ――」

「アハハッ、アハハハハハハハ!」

「ぎゃうぎゃう! ぐぎゃうぎゃうぎゃう! ぼなす~! ら~うら!」

「はぁ……なんて呼んだらいいんだろうな、あれも」

「そうですねぇ……」


 鬼男たちが去ってしばらく、ラウラと二人でただぼんやりと、ぴんくとイトの愛らしい姿を眺めていると、外からクロたちの声が聞こえてきた。

 どうやら大きな魚が釣れたらしい。

 立派なクロダイのような魚を俺たちに見せつけるかのように掲げ持っている――珍妙なモンスターが。

 ふた月前に最後に出てきたあのモンスターだ。

 クロと小蜘蛛たちの釣りを手伝っていたのだろうか。

 所謂スキュラと呼ばれる、タコ足に人の上半身を持ち、奇怪な笑い声をあげる謎の生き物だが、いつの間にかこの海岸に住み着いてしまったようだ。

 最初はその不気味な姿から、周囲に恐怖と混乱を巻き起こしていたようだが、なぜかこいつは俺たちが海岸線に近づくたびに必ず、海からひょっこりと姿をあらわし、ふらふらと近寄ってくるので、今では鬼男や護衛兵、サラ達やヴァインツ村の村人に至るまで、すっかり見慣れてしまったようだ。

 イトが必死に伝えてくるところによると、どうもこのモンスターは蜘蛛たちの母性を刺激する姿をしているようで、餌の取り方などを教えたり、生き物好きのクロと一緒にこそこそと世話をしていたようだ。

 得体のしれないモンスターということで、始めは警戒していたものの、クロがすることには文句も言いづらく、なし崩し的にペットとして海で放飼いしているような状況になっていった。


「アハハッ、ボナス? アハハハハハハハ! ラウラ、アハハハハハッアハッ!」

「な、なぁラウラ……本当にあの上半身てただの飾り?」

「……最初は確かにそうだったんですよ。今はちょっと、う~ん……わからないですね」

「なんか、クロよりはっきり喋ってない?」

「ぼ~な~す! ぼなす!」

「ああ、いや、もちろんクロも上手だよ!」


 姿を見かけるたびに、ひょこひょこと寄ってくる上に、何とも言えない妙な愛嬌もあるので、ついつい食べ物を与えてしまい、気が付けば愛着を感じるようになり、モンスターのほうもすっかり俺たちに懐いてしまっていた。

 妙な笑い声は上げるものの、基本的に動きは穏やかでおとなしい。

 ただ、その食事方法だけはなかなか豪快で、対象物を下半身で絡めとるようにして、足の付け根に隠された口で、大きな魚なども骨ごとぐしゃぐしゃと食べていく。

 観察してると、なかなかグロテスクだ。

 そういうわけで、しばらくは珍獣として適当に相手をしていたのだが、最近どうも様子がおかしくなってきた。

 特に最初はただの飾りだといわれていた上半身が時々妙に怪しい挙動をする。

 ただへらへらと奇妙な笑い声をあげるだけだった顔が、時折静かにこちらをじーっと見つめてくることがある。

 さらに蜘蛛たちの真似をしてか、こちらへウネウネと手を振ってきたり、最近では先ほどのように俺や仲間の姿を見て、はっきりとその名前まで発するようになったのだ。

 やっぱり不気味なような可愛いような……。

 ただ、ぴんくは相変わらずタコに類する生き物は我慢ならないようで、近寄ろうともしないし、今も嫌そうな顔で舌をべっとだしている。

 なのであのモンスターがおかしいのは、珍しくこいつのせいではなさそうだ。

 あるいは蜘蛛とクロ経由で何かあるのかもしれないが……まぁ、どのみち俺には分からない。

 結局海からはあまり離れられないようだし、別に襲い掛かってこなければどうでもいい。

 ちなみに出会った当初はもう少し弱々しい雰囲気で、クロの伝えてくるところによると実際放っておくと死ぬところだったらしい。

 それを蜘蛛たちと一緒に頑張って育てたとのことだ。

 実際明らかに少し大きくなっている。

 タコの足もむっちりと太くなった。

 本当に大丈夫かな……。

 などと思いはするものの、実際はそこまで心配はしていない。

 このあたりの見極めに関しては、クロはかなり信用できるからだ。

 シロやギゼラ、マリーなどは、そもそもたいして脅威とも思っていないようで、かなりどうでも良さそうだった。

 鬼男やザムザは狩ったモンスターを餌としてやったり、逆に魚をもらったりしているようで、俺以上に完全にボナス商会のペットとして扱っている。

 洞穴族やオスカー、ミルは忙しくて、まったくそれどころではないようだし、ソルティスにとってはクロのほうがずっと珍しいようで、何をいまさらと言った雰囲気だ。

 ただあの誰にでも懐く珍妙な生き物も、唯一コハクだけは苦手なようだ。

 姿を見かけると大慌てで海へと逃げていく。

 コハクは何かその動きに本能を刺激されるのか、ついじゃれつきすぎてしまうようだ。

 いつも逃げていくその姿を眺めながら、もっと一緒に遊びたいような雰囲気を醸し出している。


「そろそろ名前でも付けてやったほうが良いのかもしれないな……」

「あと上着もいりますね!」

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