9 グラブをはめて潜入するアサシンのごとく――、あるいは、ニンジャのごとく
(3)
場目は変わって、神楽坂。
雰囲気がフランスに似ているとか似ていないとかいわれる、お洒落な坂の街。
神楽坂との名に、確率じかけの神遊びに思いを馳せたり馳せなかったりしつつ、小路地へと入って行ったところに、合同会社『神楽坂事務所』の古い洋館がある。
その、洋館の二階にて、
「うわぁぁん……、チカレタ……」
と、綾羅木定祐が、大きな長窓にもたれかかりながら、気持ちの悪い声で言った。
眼下の、古そうな邸宅の庭が見える。
そこには、濃い緑にギザギザの入った葉っぱに、食欲を誘う黄色というか橙色の実が成った、枇杷の木があった。
「はぁ……、枇杷、食いてぇな……」
綾羅木定祐が、呟いた。
まさに、ちょうど枇杷のシーズンで、そう呟きたくなるのも分からなくはない。
そこへ、
――カランコロン、カランコロン……♪
などと、ズボンのポケットにいれた、スマートフォンが鳴った。
手に取って画面を確認すると、
「あ”ん……?」
と、発信の相手に、露骨に嫌そうに顔をしかめた。
発信の主というのは、特別調査課の碇賀元からだった。
綾羅木定祐は、機嫌悪そうに電話に出てやるなり、
「おい、殺すぞ」
『何、でッ――!?』
と、電話の向こうから、碇賀元の驚愕した声が返ってくる。
まあ、開口一番の言葉が『殺す』など、普通は言わない。
『い、いやぁ……、いきなり『殺す』って、夫婦どうし、似てますねい……』
「ああ”? 元だろが? もう切るぞ、そのまま着拒するからな」
『ちょッ――!? まっ、待っちくりって! 綾羅木さん!』
「待ってくれじゃないが。わざとだろ、お前?」
『い、いや、わざとじゃないって……! つ、つい、間違えちまってさ、』
と、碇賀元は、慌てて綾羅木定祐を引きとめようとすると、
「――で? 要件は、何だってんだ?」
と、綾羅木定祐は、仕方なしに話を聞いてやる。
『あ、ああ……、その……、綾羅木さんたちにさ? ちょっと、うちらの調査を手伝ってほしくてねい』
「ああ”? 調査を、手伝ってくれだと――?」
綾羅木定祐が、顔をしかめながらも、続きを聞こうとした。
その時、
――グァ、バッ――!!
「ッ――!?」
と、突然に、綾羅木定祐は後ろから搦め手のごとく――!! 口元を塞がれてしまう!!
「動きゅな――」
微妙に噛んだ警告の声に、
「ぶ、ベイだァッ――!?」
と、綾羅木定祐も、謎の奇声をあげる。
ベイダーとは、ダースベイダーの、暗黒面に堕ちたフォースに似たオーラでも感じたのかもしれない。
背後の、身長の高そうな黒い影――
グラブをはめて潜入するアサシンのごとく――、あるいは、ニンジャのごとく背後をとった影の者は、もういっぽうの手を、下から突き上げると、
「あ、ひゅぅぅんッ――!?」
と、綾羅木定祐は尻の穴に走った感覚にビクン――!? となりつつ、奇声で叫んだ。
尻の穴を、カンチョーのように侵された感触――、いや、実際のカンチョー。
「う、ぐぐゥッ……!!」
綾羅木定祐は呻きながらも、チラと見て、背後の影を確認する。
そこにはあったのは、いまSNS界隈で話題の高身長女子と化した、相方の上市理可の姿。
自分より2センチほど低いものの、174センチの身長に、何ゆえか厚底を履いて10センチほど嵩上げしていた。
綾羅木定祐は、上市理可のほうを向いて、キリッ――! として、
「もうッ!! だ、か、らッ!! 良い子は人にカンチョーをするもんじゃありませんって!!」
「指じゃなくて、リアルの浣腸をしようかと……、思いとどまりますた――」
「思いとどまるのがッ、当たり前ですッ!! ――てかッ!! もはや、アブノーマルなエロ漫画かAVの世界じゃないかッ!! いい加減にしなさいッ!!」
と、実際に手にしたカンチョーを見せる上市理可を、綾羅木定祐は一喝して憤怒した。
そんな、ふたりのやり取りの様子を、
『……』
と、忘れられた碇賀元は、電話の向こうの傍らで聞きながら、
(ほんと……、マジで、何やってんだよ? こいつらは……)
と、ドン引きし、呆れるより他なかったが。




