10 心の中のハム太郎
(3)
綾羅木定祐と上市理可のふたりは、和室スペースに移動していた。
ダイナミックかつ、アーティテックにひび割れした土壁の間――
ふたりはスマホをテレビ電話にし、碇賀元たちから“混沌事件”について話を聞いていた。
『――と、いうわけなの。綾羅木さん、上市さん』
と、賽賀忍が、事のあらましを伝えた。
なお、テレビ電話にしているのは、四人で円滑に話を進めるというのもあるのだが、綾羅木定祐にとっては、片手がふさがってカンチョー攻撃を防げないのを防ぐ――という意味合いもあった。
「何だ? それで、私らに、調査を手伝ってくれというわけか? その、混沌事件とやらを? あぁ”?」
綾羅木定祐が聞いた。
すこし機嫌悪そうにふるまい、「返答次第では断るぞ」という、性格の悪そうなオーラを漂わせながら。
『そっ。だから、ちょっち手伝ってくれないかねい? 綾羅木さん?』
碇賀元が、何とかOKしてもらおうと、機嫌を取るように頼む。
すると、横から、
「いや、待つのだ! 綾羅木氏! この依頼は、クソの香りがプンプンするからやめておくのだッ――! と、私の心の中のハム太郎が、言っているのだ」
と、上市理可が、横やりを入れてきた。
『『何だよ、心の中のハム太郎って? てか、何だよ? クソの香りのプンプンする依頼って、バカにしてんのかよ?』』
画面の向こうで、碇賀元と賽賀忍がつっこんだ。
話をもどして、
「とにかく、さ? そこを、頼んますよ、綾羅木さんたち」
と、引き下がれない営業マンのように、碇賀元が粘り強く懇願してくると、
「ああ”……? まったく、仕方ないな……。いいよ、受けてやるよ」
『ほ、本当かい……!?』
「ああ、受けるって言ったろ」
と、綾羅木定祐は、しぶしぶ依頼を受けてやることにすると、
「だから、やめておくのだ! 綾羅木氏! クソの香りしかしないと言っているのだ」
「おい、うるせーぞ! ハム太郎!」
と、心の中のハム太郎を出してくる上市理可に、綾羅木定祐がウザがってつっこむ。
それはともかく、
『とりあえず、助かるわー、綾羅木さん』
「ああ。いいから、こんど、たんまり礼をしろな」
『ええ。分かったわ』
と、これにて、依頼は成立することになった。
それから、碇賀たちとの電話を切った。
綾羅木定祐が、コーヒを入れてきて、一服する。
「しかし、何か、ムカつくな……。アイツらから、依頼を受けるの」
と、ここにきて、根性が悪いのだろう、依頼を受けたことにムカムカしてきた。
また、そこへ
「ムカつくからさ? あの“ドラえもん”に、枇杷でもパシらせない? 綾羅木氏?」
「おっ、いいねぇ! 理可氏!」
と、上市理可の提案に、綾羅木定祐がテンションをあげた。
なお、“あのド〇えもん”とは、妖狐の神楽坂文のことを指し、ふたりとは協力関係にある、異界というか異世界の住人だった。
某諜報する家族マンガの嫁のような、黒のアサシン風ドレス姿に、長く麗しい黒髪に狐耳と――、客観的には、絶世の美女の見た目をしているのだが、綾羅木定祐たちには都合よく妖具や妖力などを利用されており、実質“ドラえもんみたいなナニカ”扱いだった。
さっそく、綾羅木定祐は、妖狐に電話をかける。
――プル、ルルル……
と、呼び出し音を、しばらく待つ。
すると、つながって、
「おい、このドラ〇もん野郎」
『はぅ、』
「はぅ、じゃないがッ。しゃんと返事しろってんだよ、クソダヌキ」
と、気の抜けた声の妖狐に、綾羅木定祐がつっこんだ。
まあ、何か頼むほうの立場なのに、ドラえもん野郎だの、クソダヌキだのとの言い草で。
『――で? どうしたのだ? 貴様たち』
妖狐が、要件を聞いてくると、
「まあ、ちょっと用があってな。いいから、今すぐ、ちょっとこっちに来い」
『何だ、めんどくさいな。いまから、麻雀しようというところだというに』
「うるせえ。いいから、来いってんだよ。ドラ焼き野郎」
と、ドラ焼き呼ばわりして、綾羅木定祐は命令する。
『やれやれ、仕方ないな。このゴミ芥ども』
妖狐のほうも、ふたりをゴミ呼ばわりしながらも、しぶしぶ来てやると答える。
そして、
――ブ、ィィン……
と、小上がりになった、この和室スペースの外――
天井の高い土間のほうに、空中に、もろに『どこでもドア』をすこしパクッたようなドアが現れる。
それも、重厚そうな鉄製の、本職の方の事務所のドアのような。
ただ、ドアは現れただけで、
…………
…………
と、沈黙が漂うだけで、いっこうに、開く気配がなかった。
「……」
綾羅木定祐と、
「……」
と、上市理可が無言で、ジトッ……とした目で見た。
「何? 全然、開かないんだけど、綾羅木氏? しかも、微妙に開けにくい高さにあるっていう」
上市理可が言い、
「ああ……。舐めてんな、あの、クソポンコツくそダヌキ」
と、綾羅木定祐も、同調する。
クソポンコツくそダヌキと、クソを二回つけながら。
そうして、
「おう、大阪や!」
と、綾羅木定祐は、拳を振りかぶるなり、
――ドォ、ォンッ――!!
と、本職の方の事務所にカチコ――、否、ガサ入れする某府警のように、ドアをぶっ叩いた。
「おぅ! 開けんかい! ゴラァ!」
怒鳴る綾羅木定祐に、
「開けんか~い」
と、上市理可も便乗する。
すると、
『何だ、貴様ら? カチコミをかける大阪府警か?』
と、妖狐の声がして、
「やかまし、早よ出てこい、コラァ」
と、綾羅木定祐が急かす。
『やれやれ……。ちょっと、いま、開けるから待っておけ』
と、妖狐は言葉をどおり、やれやれとドアを開けてやる。
――ギィ、ィッ……
と、見た目どおり、ドアは重い音を立てて開く。
そうして、
――スッ……
と、黒のアサシンドレスを身にまとった、美麗としかいいようのない女の形をした妖狐こと、神楽坂文が姿を現した。
ただ、開いたドアから土間には降りてこず、ドアのふちに座るという、やる気のない様子で。
なお、奥の、異世界と思しきほうでは、中国神話風の風体の――神っぽいヤツらはだいたい友達なヤツらが、ジャラジャラとマージャンを打っているという。
「――で? 来てやったが、何の用だ?」
妖狐が、ふたりに聞く。
「ちょっと、依頼が入ってな。また、お前の妖具をよこせ」
綾羅木定祐が答える。
「妖具を貸せ、だと? 調査は、具体的に進んでいるのか?」
「いや。まだ、依頼されたばかりだが、」
「なら、具体的に調査が進んでからでも、いいではないか?」
妖狐が言った。
確かに、調査をどのように進めるか見通しが立ってから初めて、どんな妖具・妖力が必要になるか分かることもあり、一理あった。
「ふん、このクソダヌキめ……。まあ、妖具はいいから、な? お前? ちょっと、枇杷でも取って来いよ?」
「枇杷、だと……?」
妖狐が、すこし眉を動かすと、
「うん。いま、ちょうど、旬の時期じゃない? ドラえもん」
「そうだ、ちょっと、マッハ2か3出して取って来いよ、ドラえもん野郎。ちょうど、すぐ隣の、くっそ田舎の千葉にでも行って。人様の土地じゃなくて、誰も所有してない、でっかい枇杷の木くらいあるだろ」
と、ふたりが、妖狐に枇杷をパシらせようとするも、
「ふむ……。嫌なのだ。そもそも、貴様らゴミ芥どもには、枇杷すら勿体ない話なのだ」
と、妖狐は、若干のハム太郎口調で拒否した。
「はぁ? 舐めてんのか? このクソポンコツダヌキ」
キレる綾羅木定祐と、
「そうよ、文さんは、私たちのドラえもんなの。ちゃんと、自覚して?」
と、上市理可が言うも、
――ギィ……、バ、タンッ……!
と、妖狐は、ドアは閉めた。
「おい! 開けんかい! コラァ!」
綾羅木定祐は、ドンッ――! とドアを叩くも、こんどは出てくる気配がなく、
「くっそ……、この、ポンコツダヌキめ、」
「何? ねぇ、ねぇ? 逃げるわけ? 文さん?」
と、ふたりは、空中に浮いたドアに文句を言う。
すると、
――ギィッ……
と、ドアが、すこしだけ開く。
「――!」
綾羅木定祐が、反応するも、
「枇杷が欲しいのだろ? 貴様たち? なら、“これ”でもくれてやる」
と、妖狐が言い残しながら、
――ポロ、リ……
と、少し開いたドアの隙間から、パチンコの玉ほどの大きさの枇杷の種を落としてみせた。
ポトポト……と、焦げ茶色の枇杷の種が八つほど床に転がりつつ、
「「おい、八年後に実が成って食えってか! このクソポンコツクソダヌキ! 舐めとんのか!」」




